「見てはいけない」と言われた人物が、結局は見てしまう。
この展開は日本の昔話にも、ギリシャ神話にも、旧約聖書にも出てきます。
なぜどの話でも、決まって破られるのでしょうか。
この記事では、こうした見るなの禁の話を12話集め、「見るな」「振り返るな」「開けるな」「問うな・言うな」の4つの型に分けて紹介します。
最後に、その理由についても考えます。
見るなの禁とは
見るなの禁とは、何かを見てはいけないと禁じられた人物がそれを破り、取り返しのつかない結果を招く物語の型のことです。
「見るなのタブー」という呼び方もあります。
厳密には「見るな」だけを指す言葉ですが、実際の話ではその中身がもう少し広がります。
振り返ってはいけない。
箱を開けてはいけない。
名前を尋ねてはいけない。
どれも「するなと言われたことをしてしまう」という同じ骨組みを持っていて、結末も似ています。
そこでこの記事では、狭い意味での「見るな」に加えて、周辺にある3つの型もまとめて扱います。
集めた範囲は、日本の神話と昔話、ギリシャ神話、旧約聖書、ヨーロッパの伝承です。
そのうち、言いつけの内容と破ったあとの結果がはっきり語られている話を選びました。
型ごとに整理したのが下の表です。
| 物語 | 型 | 禁じられたこと | 破った結果 |
|---|---|---|---|
| 豊玉姫 | 見るな | 出産中の産屋を覗くこと | 妻が海へ帰る |
| 鶴の恩返し | 見るな | 機を織る部屋を覗くこと | 妻が鶴の姿で飛び去る |
| メリュジーヌ | 見るな | 土曜日の妻の姿を見ること/それを口外すること | のちに妻が竜となって去る |
| イザナギ | 見るな | 黄泉の国で妻の姿を見ること | 妻に追われ、生と死が分かれる |
| プシュケ | 見るな | 夫の姿を見ること | 夫が去り、長い試練が始まる |
| オルフェウス | 振り返るな | 地上に出るまで振り返ること | 妻が冥界へ引き戻される |
| ロトの妻 | 振り返るな | 逃げる途中で振り返ること | 塩の柱になる |
| パンドラ | 開けるな | 壺を開けること(最古の記録に言いつけはない) | あらゆる災いが世に出る |
| 浦島太郎 | 開けるな | 玉手箱を開けること | 一瞬で老人になる |
| 青ひげ | 開けるな | 小部屋の扉を開けること | 前妻たちの死体を見て、殺されかける |
| ローエングリン | 問うな | 夫の名と素性を尋ねること | 夫が白鳥の船で去る |
| 雪女 | 言うな | その夜のことを人に話すこと | 妻が正体を明かして消える |
以下、型ごとに見ていきます。
【見るな】正体を見られた者は去っていく
最も狭い意味にあたるのがこの型です。
共通するのは、見られる側が人間ではないこと。
型で分けてみて意外だったのは、この【見るな】に日本の話が3つ固まったことです。
イザナギ、豊玉姫、鶴の恩返し。
日本から選んだ5話のうち3話がここに入り、しかも3話とも、見た直後に別れが来ます。
ただし、この3つは別の角度から見ると同じ仲間ではありません。
イザナギは死者の国を訪ねる話であり、豊玉姫と鶴の恩返しは人ならぬ者との結婚を扱う話です。
この型のほうが大きな枠組みに付いてくる部品で、主役は別にあるという見方もできます。
豊玉姫|産屋を覗かれた海の女神
海の神の娘である豊玉姫は、山幸彦の子を産むために地上へやってきます。
出産のときは本来の姿に戻るので見ないでほしい、と彼女は頼みました。
山幸彦は我慢できずに産屋を覗きます。
そこにいたのは、巨大な生き物の姿で身をよじる妻でした。
正体を見られたことを恥じた豊玉姫は、子を残して海へ帰り、海と陸の境を閉ざしてしまいます。
『古事記』は、そのときの姿を和邇と記しています。
古代の日本にワニは生息していなかったため、和邇はサメを指すというのが定説です。
鶴女房(鶴の恩返し)|機を織る部屋
助けられた鶴が女の姿で現れて男の妻となり、機織りで暮らしを支えるという話です。
織っている間は決して覗かないでほしい、というのが彼女の唯一の願いでした。
やがて男は約束を破り、自分の羽根を抜いて布を織る鶴の姿を見てしまいます。
妻は鶴に戻り、姿を消します。
「鶴女房」とも呼ばれ、異類との結婚を扱う昔話の代表格です。
同じ構造を持つ日本の昔話は数多く、ちょげぶろぐ「日本の昔話 一覧|有名な民話55選をカテゴリ別に紹介」でも複数の類話を確認できます。
メリュジーヌ|土曜日だけの秘密
フランスに伝わる妖精メリュジーヌは、騎士レイモンダンと結婚するとき、条件を出します。
土曜日には決して自分の姿を見ないこと。
そしてもし正体を知ってしまっても、それを誰にも言わないこと。
土曜日の彼女は、下半身が蛇の姿に変わってしまうからです。
夫は約束を守り続けましたが、ある土曜日、ついに水浴する妻を覗いてしまいました。
ただし、このときは黙っていたので破局には至りません。
決裂したのは後年、人前で夫が妻を責めたときでした。
メリュジーヌは翼のある竜となって城から飛び去ります。
見ただけでは終わらず、口に出したことで終わる。
この点は、後で扱う【問うな・言うな】の型につながっています。
イザナギ|黄泉の国で妻を見る
亡くなった妻イザナミを連れ戻すため、イザナギは死者の国へ向かいます。
イザナミは戻れるよう相談してくると告げ、その間は自分を見ないでほしいと頼みました。
待ちきれなくなったイザナギは、櫛の歯に火をともして覗きます。
そこにあったのは、腐敗して変わり果てた妻の姿でした。
逃げ出したイザナギは追ってきたイザナミと黄泉の境で決別し、生者の世界と死者の世界はここで切り離されます。
この場面の詳細はちょげぶろぐ「【死者の国への旅】日本神話の「黄泉の国」とは?イザナギとイザナミの悲しい物語を分かりやすく解説!」でも扱っています。
プシュケとエロス|灯りに照らされた夫
プシュケは姿を見せない夫と暮らしていました。
夫は闇の中でしか彼女のもとに現れず、姿を見ようとしてはいけないと言い渡していたのです。
姉たちに「夫は怪物だ」とそそのかされたプシュケは、ある夜、灯りを手に寝顔をのぞきこみます。
そこにいたのは怪物ではなく、愛の神エロスでした。
灯りの油が肩に落ちて目を覚ましたエロスは、そのまま姿を消してしまいます。
この話が面白いのは、プシュケがもう一度やらかすことです。
夫を取り戻すための最後の試練で、彼女は「決して開けてはならない」と言われた箱を開けてしまいます。
【振り返るな】振り向いた瞬間に失う
見る対象が「後ろ」に変わっただけで、構造は前の型と変わりません。
ただしこの型には特徴があります。
破ったのが、あと少しで助かるという場面だということです。
あと一歩というところでの失敗が、読者の記憶に残ります。
オルフェウス|地上まであと少し
竪琴の名手オルフェウスは、毒蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ下ります。
その音楽に心を動かされた冥界の王は、ひとつの条件つきで妻を返すことを認めました。
地上に出るまで、振り返ってはならない。
暗い道を歩き続けたオルフェウスは、地上の光が見えたところでこらえきれず、振り返ります。
エウリュディケは冥界へ引き戻され、二度と戻りませんでした。
ギリシャ神話の他の代表的なエピソードはちょげぶろぐ「ギリシャ神話の有名な話20選!知っておきたい名エピソードを一覧で紹介」にまとめられています。
ロトの妻|塩の柱になった女性
旧約聖書の『創世記』で、滅ぼされる町ソドムから逃れる一家は、こう告げられます。
命がけで逃げよ、後ろを振り返ってはならない。
一家は町を脱出しますが、ロトの妻だけが振り向いてしまいました。
彼女はその場で塩の柱になります。
聖書は理由を書いていません。
残してきたものへの未練だったのか、単に何が起きているのか見たかったのか、そこは読み手に委ねられています。
【開けるな】中を見た瞬間に終わる
ここから、言いつけの対象が人から物に変わります。
箱や部屋という「閉じられたもの」が目の前にあり、開ける権利は与えられている。
しかし開けてはいけない。
この宙ぶらりんの状態が、話の緊張をつくります。
パンドラ|災いが飛び出した容器
ギリシャ神話で最初の女性とされるパンドラは、ゼウスの贈り物としてエピメテウスのもとへ送られました。
彼女が大きな容器の蓋を取り去ると、あらゆる災いが飛び出し、世界に広がります。
中には希望だけが残りました。
ここで、この記事全体に関わることを一つ書いておきます。
壺の話が出てくる最も古い記録、ヘシオドス『仕事と日』には、「開けるな」という言いつけがありません。
好奇心に負けたという説明もなく、容器がどこから来たのかさえ書かれていません。
つまり禁止も好奇心も、後の語り手が足したものでした。
この差はかなり大きいと思います。
原典では、すべてがゼウスの計画どおりに進みます。
ところが後の語りでは、女が好奇心に負けて災いを解き放った話になりました。
なお広く知られる「箱」も、原典では壺です。
浦島太郎|開けた瞬間に過ぎた歳月
竜宮城で歓待を受けた浦島太郎は、故郷が恋しくなって帰ることを決めます。
見送る乙姫は玉手箱を渡し、開けてはいけないと告げました。
帰り着いた村に知る顔はなく、竜宮で過ごしたわずかな時間は地上では数百年でした。
途方に暮れた太郎が箱を開けると、白い煙とともに彼は一瞬で老人になります。
話の成立過程や、太郎が鶴になる異なる結末についてはちょげぶろぐ「浦島太郎とは?日本最古の昔話の起源から現代版までを徹底解説」で詳しく扱っています。
青ひげ|開けてはいけない小部屋
裕福だが不気味な男、青ひげは、新妻にすべての鍵を預けて旅に出ます。
好きな部屋をどれでも見てよい。
ただし、一つの小部屋だけは開けてはならない。
新妻は誘惑に負けて扉を開け、そこで殺された前妻たちの死体を目にします。
落とした鍵に付いた血はどうしても取れず、帰宅した夫に露見してしまいました。
シャルル・ペローが1697年の童話集に収めた版が知られています。
グリム童話の初版にも収められていましたが、第2版以降では外されました。
グリム童話全体の内容はちょげぶろぐ「グリム童話|有名作品のあらすじと全210話を徹底紹介」で確認できます。
【問うな・言うな】口に出した瞬間に消える
最後は、目ではなく口に関わる型です。
見ることは許されている。
しかし尋ねてはいけない、話してはいけない。
破られ方は違っても、相手がいなくなる結末は他の型と変わりません。
ローエングリン|名を尋ねてはならない騎士
白鳥に引かれた船に乗って現れた騎士が、窮地にあった姫を救い、そのまま結婚します。
ただし条件がありました。
自分の名も素性も、問うてはならない。
幸せな日々が続いたのち、妻はついに問いを口にします。
騎士は聖杯の城から来たローエングリンであると明かし、白鳥の船に乗って去っていきました。
これは中世ドイツの叙事詩の筋で、のちにワーグナーの歌劇でよく知られるようになりました。
雪女|見たことを話してはならない
吹雪の夜、小屋に逃げ込んだ若者の巳之吉は、白い女が連れの老人を凍え死なせる場面を目撃します。
女は若い巳之吉を気の毒に思って見逃し、今夜見たことを誰かに話せば殺すと言い残して去りました。
のちに巳之吉はお雪という女性と出会って結婚し、子をもうけて幸せに暮らします。
ある晩、子どもたちが寝たあとで、彼はふと妻に、昔こんなことがあったと語ってしまいました。
お雪こそがあの雪女であり、彼女は正体を明かして白い霧となって消えます。
この話に「見るな」という言いつけは一度も出てきません。
巳之吉が禁じられたのは、見ることではなく語ることでした。
小泉八雲が1904年の作品集『怪談』に収めた版が、現在知られている筋の土台になっています。
【コラム】破るのが男か女かは、土地によって偏る
『ブリタニカ国際大百科事典』の「見るなの座敷」という項に、もう一つ指摘があります。
日本の話では男が戒めを破り、外国の話では女が破る例が多い、というものです。
これは昔話の系譜についての指摘ですが、ここに集めた12話を数えてみると、そのとおりになりました。
日本の5話は、イザナギ、山幸彦、鶴女房の夫、浦島太郎、巳之吉と、破るのがすべて男です。
海外の7話では、プシュケ、ロトの妻、パンドラ、青ひげの新妻、ローエングリンの妻と、7話のうち5話で女が破ります。
日本側では隠している側が妻に寄るぶん、破る側は夫に回る形になっています。
12話という小さな数ですが、事典の指摘どおりに割れました。
破られる理由
広く知られている筋で見るかぎり、12話すべてで禁は破られました。
守り通した人物は一人もいません。
昔話の研究では、この形そのものが一つの型として扱われてきました。
女と交わした約束を、男の側が一方的に破る。
この筋立ては、欧米にもインドにも東洋にも広く見られます。
日本の「見るなの座敷」という話型には、禁を守っていればそのまま幸せが続いたはずだ、という前提が裏にあったのでしょう。
人の側から見た説明もあります。
社会心理学者のジャック・ブレームが1966年に唱えた心理的リアクタンスという考え方です。
人は自分の行動の自由が脅かされると、それを取り戻そうとします。
その結果、してはいけないと言われたことに、かえって引き寄せられるわけです。
閲覧注意と書かれた画像を開いてしまう感覚が、これにあたります。
まとめ
見るなの禁は、正体を見られた者が去る「見るな」、あと一歩で失う「振り返るな」、閉じたものを開ける「開けるな」、口にした瞬間に終わる「問うな・言うな」の4つに整理できます。
日本の昔話も、ギリシャ神話も、旧約聖書も、この骨組みを共有していました。
広く知られている筋では、12話すべてで言いつけが破られています。
禁じられると引き寄せられる性質は、心理学ではリアクタンスと呼ばれます。
次に「絶対に開けるな」という台詞に出会ったら、その禁止が最初からあったものなのかを疑ってみてください。パンドラのように、後から足されたものかもしれません。
参考情報源
- 國學院大學 古典文化学事業「豊玉毘売」
- 國學院大學 古典文化学事業「『古事記』あらすじ」
- 青空文庫 シャルル・ペロー(楠山正雄訳)「青ひげ」
- YouVersion 新共同訳聖書「創世記 19章」
- Theoi Classical Texts Library「HESIOD, WORKS AND DAYS」
- World History Encyclopedia「Melusine」
- Edward Worth Library「Melusine」
- Jewish Women’s Archive「Lot’s Wife: Midrash and Aggadah」
- コトバンク「鶴女房」
- コトバンク「見るなの座敷」
- Frontiers in Psychology「Threat to Freedom and the Detrimental Effect of Avoidance Goal Frames」

