料理やお菓子、歯磨き粉に至るまで、私たちの日常に欠かせないハーブ「ミント」。
この爽やかな香りを放つ植物の名前が、ギリシャ神話に登場する美しいニンフに由来していることをご存知でしょうか?
冥界の王ハデスに愛されながらも、嫉妬に燃える女神によって踏みつぶされ、草へと姿を変えられてしまった悲劇のニンフ——それが「メンテー」です。
この記事では、ミントの名前の起源となったギリシャ神話の「メンテー」について、その伝承や複数の異説、さらには古代ギリシャの宗教儀式との深いつながりまで詳しくご紹介します。
メンテーって何者?

基本情報
メンテー(古希: Μένθη, Menthē)は、ギリシャ神話に登場するナイアス(水のニンフ)の一人です。
「ミンター」(古希: Μίνθα, Minthā)とも呼ばれ、日本語では長母音を省略して「メンテ」「ミンタ」と表記されることもあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | メンテー(Menthē)/ ミンター(Minthā) |
| 種族 | ナイアス(淡水のニンフ) |
| 父親 | コキュートス(冥界の嘆きの川の神) |
| 住処 | 冥界のコキュートス川 |
| 関係者 | ハデス(恋人)、ペルセポネ(ハデスの妻)、デメテル(ペルセポネの母) |
| 変身後 | ミント(薄荷)の草 |
ナイアスとは?
ナイアス(単数形:ナイアス、複数形:ナイアデス)は、ギリシャ神話に登場するニンフ(精霊)の一種で、泉や川、湖などの淡水を守護する存在です。
一般的なニンフは地上の自然——山や森、泉——に宿る精霊ですが、メンテーは少し特殊な存在でした。彼女が住んでいたのは冥界を流れる「コキュートス川」だったんです。
コキュートス川は「嘆きの川」とも呼ばれ、冥界に流れる五つの川の一つ。その暗く陰鬱な場所で、メンテーはひっそりと暮らしていました。
名前の由来と語源
「メンテー」という名前は、そのまま古代ギリシャ語で「ミント」を意味する言葉です。
言語学者のロベルト・ビークスによると、この言葉は先ギリシャ語(ギリシャ人が到来する以前からその地域で話されていた言語)に起源を持つとされています。
興味深いのは、「-nth-」という音の組み合わせ。これは先ギリシャ語からの借用語に特徴的なパターンで、以下のような言葉にも見られます。
- アカントス(akanthos):トゲのある植物
- ザキントス(Zakynthos):ギリシャの島名
- ラビリントス(labyrinthos):迷宮
- コリントス(Korinthos):都市名
- ヒュアキントス(hyakinthos):ヒヤシンス
さらに驚くべきことに、線文字B(紀元前15世紀頃の古代ギリシャ文字)で書かれた粘土板にも「mi-ta」という形でこの言葉が記録されているんです。つまり、ミントという言葉は青銅器時代からすでに存在していたということになります。
メンテーの伝承

ハデスとの関係
メンテーの物語は、冥界の王ハデスとの恋愛関係から始まります。
ハデスといえば、ゼウスやポセイドンの兄弟で、冥界を支配する強大な神。浮気で有名なゼウスとは対照的に、ハデスは「妻一筋の誠実な神」として知られています。
しかし、そんなハデスにも数少ない浮気相手が存在しました。その一人がメンテーだったんです。
冥界のコキュートス川に住むメンテーは、その美しさでハデスの心を射止めました。ハデスは彼女の美貌に魅了され、愛人として寵愛するようになったと伝えられています。
悲劇の始まり——複数の説
メンテーがミントに変えられた経緯については、複数の異なる伝承が残されています。主要な説を見ていきましょう。
説1:ペルセポネによる嫉妬の報復
最も一般的な説では、ハデスの妻ペルセポネが嫉妬から報復を行ったとされています。
ハデスが地上からペルセポネをさらって冥界に連れてきた後、メンテーは激しい嫉妬に駆られました。彼女はペルセポネに対して傲慢な言葉を浴びせ、こう豪語したのです。
「私の方がペルセポネより美しい。いずれハデスは私のもとに戻り、あなたを館から追い出すだろう」
この言葉を聞いたペルセポネは激怒し、メンテーを足で踏みつけて草に変えてしまいました。
古代ローマの詩人オウィディウスは『変身物語』の中で、ペルセポネがメンテーを「香り高いミント」に変えたと簡潔に記しています。
説2:デメテルによる制裁
紀元3世紀の詩人オッピアノスの『漁夫の歌(ハリエウティカ)』では、メンテーを罰したのはペルセポネではなく、母親のデメテルだったとされています。
この版では、ハデスがエトナ山(シチリア島)からペルセポネをさらった後、メンテーが嫉妬に狂って愚かな言葉を吐き散らしたと描写されています。彼女は自分の方が「黒い瞳のペルセポネより高貴で美しい」と自慢し、ハデスが自分のもとに戻ってくると豪語しました。
この傲慢さに怒り狂ったデメテルは、メンテーを足で踏みつけて滅ぼしてしまいます。そして、その場所から弱々しいミントの草が生えてきたのだといいます。
学者のベルは、この説について興味深い解釈を示しています。デメテルはペルセポネの誘拐と帰還で大きな苦しみを味わったため、娘に対するいかなる不倫行為も許容できなかったのだろう、と。
説3:ハデスの慈悲による変身
さらに別の説では、より悲劇的な展開が語られています。
ペルセポネがメンテーを踏みつけて変えたのは、ただの「雑草」でした。しかし、それを哀れに思ったハデスが、愛したニンフに芳しい香りを与え、ミントへと変えてあげたのだといいます。
この説では、メンテーが今でも良い香りを放ち続けるのは、ハデスの愛の証なのだとされています。
説4:ハデスから守るための変身
最も優しい解釈として、こんな説もあります。
ペルセポネはメンテーを罰したのではなく、ハデスの目から彼女を隠すために草に変えてあげたのだ、という説です。これはメンテーを哀れんでの行為だったとされています。
地理学者ストラボンの記録
紀元前1世紀から紀元後1世紀に活動したギリシャの地理学者ストラボンは、『地理誌』の中でメンテーについて興味深い記録を残しています。
「ピュロス市の東には、メンテーにちなんで名付けられた山がある。伝説によれば、ハデスの愛人であったメンテーは、コレー(ペルセポネ)に踏みつけられて庭のミント——別名ヘデュオスモス(甘い香りの意)——に変えられた。さらに、この山の近くにはハデスの聖域がある」
このように、古代ギリシャのエリス地方(ペロポネソス半島西部)には、メンテーの名を冠した山が実在し、その麓にはハデスの神殿が建てられていたのです。
古代ギリシャにおけるミントの重要性
葬祭儀式とミント
古代ギリシャでは、ミントは単なるハーブ以上の宗教的意味を持っていました。
葬祭儀式において、ミントはローズマリーやギンバイカとともに使用されました。これは腐敗臭を隠すためだけでなく、冥界との深い結びつきを示すものでもあったのです。
メンテーがハデスの愛人であったこと、そしてコキュートス川というまさに冥界の川のニンフであったことから、ミントは死者の世界と現世を結ぶ植物として神聖視されていました。
エレウシスの秘儀とキュケオン
メンテーの神話と最も深く関わる宗教儀式が、エレウシスの秘儀です。
エレウシスの秘儀は、デメテルとペルセポネを崇拝する古代ギリシャ最大の密儀宗教で、紀元前15世紀頃から紀元後4世紀末まで、実に約2000年間も続いた神秘的な祭儀でした。哲学者のプラトンやソクラテスも入信者だったと伝えられています。
この秘儀の中で、参加者はキュケオンと呼ばれる神聖な飲み物を口にしました。
キュケオンの材料は以下の通りです。
- 大麦粉
- 水
- ミント(特にペニーロイヤルミント)
『デメテル讃歌』によれば、娘を探して悲嘆に暮れるデメテルがエレウシスで休息した際、彼女はワインを断り、代わりにこの大麦とミントを混ぜた飲み物を求めたとされています。
断食の後にキュケオンを飲むことで、参加者はデメテルの苦しみを追体験し、死と再生の神秘に触れることができたと信じられていました。
興味深いことに、一部の研究者はキュケオンに幻覚作用があった可能性を指摘しています。大麦に寄生する麦角菌(LSDの前駆物質を含む)が関係していたという説もありますが、学術的な論争は今も続いています。
媚薬と避妊薬としてのミント
古代ギリシャでは、ミントは媚薬としても知られていました。これはメンテーがハデスの愛人となった神話と結びついています。
しかし同時に、ミントは避妊薬としても使われていました。性行為の前にミントを摂取すると妊娠を防げると信じられていたのです。
学者のデティエンヌは、この「不妊の植物」としての性質が、豊穣の女神デメテルとの対立関係を象徴していると主張しています。
ハデスとメンテーの関係からは子供が生まれなかったこと、そしてミントが豊穣の対極にある植物として位置づけられたことには、神話的なつながりがあるのかもしれません。
文献と出典
メンテーの神話を記録した主要な古代文献をご紹介します。
古代の文献
| 作品名 | 著者 | 時代 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 『地理誌』 | ストラボン | 紀元前1世紀〜紀元後1世紀 | メンテーの山とハデスの神殿について |
| 『変身物語』 | オウィディウス | 紀元前1世紀〜紀元後1世紀 | ペルセポネによる変身の記述 |
| 『漁夫の歌』 | オッピアノス | 紀元後3世紀 | デメテルによる制裁の詳細な描写 |
| 『アレクシパルマカ注釈』 | ニカンドロスの注釈者 | 不明 | ハデスがミントの香りを与えた説 |
| 『ノモイ』 | クラティノス | 紀元前5世紀 | 最古の言及(作品は散逸) |
紀元前5世紀のアテナイの喜劇作家クラティノスが『ノモイ(法律)』という作品でメンテーに言及していたことが、ユリウス・ポルクスの『オノマスティコン』に記録されています。残念ながらこの作品自体は失われてしまいましたが、メンテーの神話が古典期のアテナイですでに知られていたことを示しています。
神話の起源について
メンテーの神話がいつ頃成立したかについては、学者の間で議論があります。
一説では、この神話はヘレニズム時代(紀元前323年〜紀元前31年)に成立した比較的新しいものだとされています。エリス地方のメンテー山にあったハデスの神殿で、ミントと冥界の神との特別な結びつきから生まれた地方伝説が起源ではないか、という見方です。
一方で、線文字Bの粘土板にミントの言葉が記録されていることから、より古い時代からの伝承である可能性も指摘されています。
他のハデスの恋愛譚
ハデスは妻一筋の神として知られていますが、メンテー以外にももう一人、浮名を流した相手がいます。
レウケ——白ポプラのニンフ
レウケは大洋の神オケアノスの娘で、オケアニデス(海のニンフ)の一人でした。
メンテーと同様に美しいニンフだったレウケは、ハデスに愛されて冥界に連れ去られました。しかし、不死の存在ではなかったレウケは、やがて寿命を迎えて死んでしまいます。
悲しみに暮れたハデスは、彼女を白ポプラの木に変えました。この木はその後、ハデスの神聖な植物として丁重に扱われるようになったと伝えられています。
白ポプラは冥界の祝福された島「エリュシオン」に植えられ、ハデスの象徴の一つとなりました。
対照的な二人のニンフ
メンテーとレウケの物語を比較すると、興味深い対照が見えてきます。
| 項目 | メンテー | レウケ |
|---|---|---|
| 出自 | コキュートスの娘(冥界のニンフ) | オケアノスの娘(海のニンフ) |
| 変身の原因 | 嫉妬による制裁 | ハデスの愛による保護 |
| 変身後 | ミント(草) | 白ポプラ(木) |
| 変身させた者 | ペルセポネまたはデメテル | ハデス本人 |
メンテーが傲慢さゆえに罰を受けたのに対し、レウケは自然な死を迎え、愛する者の手で木に変えられました。同じ「植物への変身」でも、その背景にある物語は大きく異なっているんですね。
現代文化におけるメンテー
ミントの学名
ミントの学名「Mentha(メンタ)」は、まさにこのニンフの名前に由来しています。シソ科ハッカ属の植物全体が、悲劇のニンフにちなんで名付けられているのです。
金星の地形
1991年、NASAは金星の地形に「メンテー・クレーター」と名付けました。ギリシャ神話のニンフの名前が、遠い惑星にまで届いているんですね。
ゲーム・漫画での登場
近年では、ギリシャ神話をテーマにしたゲームや漫画でメンテーが登場することもあります。特に「ハデスの数少ない浮気相手」という設定は、冥界の王の意外な一面を描く上で興味深い題材となっています。
人気ゲーム『ハデス(Hades)』シリーズでは、メンテーは「かつてハデスが愛したニンフ」として言及されることがあり、ミントのモチーフが冥界と結びついて描かれています。
まとめ
メンテーは、ギリシャ神話に登場する冥界のニンフであり、私たちが日常的に親しんでいる「ミント」の名前の由来となった存在です。
重要なポイント
- 正体:コキュートス川(冥界の嘆きの川)のナイアス(水のニンフ)
- ハデスとの関係:数少ない冥界の王の浮気相手として愛された
- 変身の経緯:複数の説がある
- ペルセポネの嫉妬により草に変えられた説
- デメテルの怒りにより踏みつぶされた説
- 雑草にされた後、ハデスが香りを与えてミントにした説
- 古代ギリシャでの重要性:葬祭儀式やエレウシスの秘儀で使用された
- 地理的痕跡:エリス地方にメンテーの名を冠した山とハデスの神殿があった
- 言語学的遺産:ミントの学名「Mentha」の由来
傲慢さゆえに滅ぼされたニンフでありながら、その芳しい香りは今も人々を魅了し続けています。踏みつけられるたびに香りを放つミントの姿は、まるでメンテーが自分の存在を知らせ続けているかのようです。
次にミントの香りを嗅いだとき、この悲劇のニンフの物語を思い出してみてはいかがでしょうか。冥界の王に愛され、嫉妬に燃える女神に滅ぼされながらも、永遠の香りとして生き続けるメンテーの物語を。

コメント