2006年12月、アメリカの有名雑誌『Time』が選んだ「今年の人」は、特定の誰かではなく「You(あなた)」でした。
表紙には鏡のように反射するパソコン画面が描かれ、こう書かれていました:「情報化時代へようこそ。あなたの世界へようこそ」
これは、インターネットの主役が「情報を発信する一部の専門家」から「情報を生み出す普通のユーザー」へと移り変わったことを象徴する出来事でした。
この大きな変化を表す言葉が「Web 2.0(ウェブ・ニーテンゼロ)」です。
Web 2.0とは何か?

定義:参加型インターネットの総称
Web 2.0(ウェブ・ニーテンゼロ)とは、2000年代半ば以降に広まった、ユーザー参加型の新しいインターネットサービスや技術、概念の総称です。
特徴を一言で言うと:
従来の「一方的に情報を見るだけのインターネット」から、「誰もが情報を発信し、協力して価値を生み出すインターネット」へと進化したことを指します。
言葉の誕生:2004年のカンファレンス
Web 2.0という言葉が広まったのは、以下の経緯です:
1999年: デザイナーのダーシー・ディヌッチが『Print Magazine』で最初に使用
2004年: ティム・オライリー(O’Reilly Media創設者)とジョン・バテル(Media Live International)が「Web 2.0 Conference」を開催
2005年9月: ティム・オライリーが論文『What Is Web 2.0』を発表し、概念が爆発的に普及
なぜ「2.0」なのか:
ソフトウェアのバージョンアップ(1.0 → 2.0)になぞらえて、従来のWebを「Web 1.0」、新しいWebを「Web 2.0」と表現しました。
Web 1.0 vs Web 2.0:何が変わったのか
Web 1.0の時代(1990年代~2004年頃)
インターネット黎明期の特徴:
情報の流れ: 一方通行
- 情報の送り手(企業、メディア)と受け手(一般ユーザー)が明確に分かれていた
- ユーザーは基本的に「見るだけ」「読むだけ」
典型的なサービス:
- 企業の公式ホームページ
- オンライン百科事典(ブリタニカ)
- ポータルサイト(Yahoo! ディレクトリ)
- 個人のホームページ(GeoCities、Tripod)
技術的特徴:
- 静的なHTML ページ
- ページ全体の再読み込みが必要
- CGI による簡単な動的処理のみ
参加率:
- 掲示板では閲覧者95%、書き込み者5%以下
- ほとんどのユーザーは受動的
Web 2.0の時代(2004年頃~現在)
参加型インターネットの特徴:
情報の流れ: 双方向・多方向
- 誰もが情報の発信者になれる
- ユーザー同士が相互に影響し合う
典型的なサービス:
- ソーシャルメディア(Facebook、Twitter、mixi)
- 動画共有(YouTube)
- 百科事典(Wikipedia)
- ブログプラットフォーム
- 写真共有(Instagram、Flickr)
技術的特徴:
- Ajax による動的なページ更新
- リッチなユーザー体験
- API によるサービス連携(マッシュアップ)
参加率の劇的な向上:
- 2007年のmixiではユーザーの70%以上が日記を書いていた
- 「見るだけ」から「作って共有する」へ
ティム・オライリーが示した7つの原則
ティム・オライリーが2005年の論文で示した、Web 2.0を定義する7つのコアパターンです。
【原則1】プラットフォームとしてのWeb
意味: Webそのものが、アプリケーションの基盤となる
Web 1.0の例(Netscape):
- ブラウザという「パッケージソフト」を販売
- ソフトウェア中心のビジネスモデル
Web 2.0の例(Google):
- Webブラウザからアクセスする「サービス」として提供
- ソフトを売るのではなく、データと機能を提供
【原則2】集合知の活用
意味: 多数のユーザーの知識や行動を集めて価値を生む
具体例:
- Google: ユーザーが作ったリンク(PageRank)で検索順位を決定
- Wikipedia: 世界中のユーザーが協力して百科事典を作成
- Amazon: レビューと評価で商品の価値を可視化
【原則3】データは次世代の「Intel Inside」
意味: 独自のデータそのものが競争力となる
重要なデータの例:
- 位置情報(Googleマップ)
- ユーザーの嗜好データ
- レビューと評価データ
- SNSの人間関係データ
【原則4】ソフトウェアリリースサイクルの終焉
意味: 「永遠のベータ版」——サービスを常に更新し続ける
Web 1.0: バージョン1.0、2.0と定期的にリリース
Web 2.0: 毎日のように改善を重ねる
- Googleは年間数百回の改善
- ユーザーの反応を見ながら進化
【原則5】軽量なプログラミングモデル
意味: シンプルで柔軟な設計、他のサービスと連携しやすい
特徴:
- API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の公開
- マッシュアップ(複数のサービスを組み合わせる)の促進
- RSS(情報配信)の活用
【原則6】単一デバイスの枠を超えたソフトウェア
意味: PC だけでなく、あらゆるデバイスで動作
例:
- iTunesとiPodの連携
- WebメールをPCでもスマホでも使える
- クラウド同期
【原則7】リッチなユーザー体験
意味: デスクトップアプリのような快適さをWebで実現
実現技術:
- Ajax(非同期通信)
- Flash(当時、2020年終了)
- インタラクティブなインターフェース
Web 2.0を支えた主要技術
Ajax(エイジャックス)
正式名称: Asynchronous JavaScript and XML(非同期JavaScript + XML)
何ができるか:
- ページ全体を再読み込みせずに、一部だけを更新できる
- Googleマップで地図をスクロールしてもページが切り替わらない
- Gmailでメールを読んでもページ遷移しない
革新性:
従来は「クリック→待つ→ページ全体が再表示」だったのが、「リアルタイムで反応する」ようになった
RSS(アールエスエス)
正式名称: Really Simple Syndication(本当にシンプルな配信)
何ができるか:
- ブログや新聞サイトの更新情報を自動的に受信
- 複数のサイトの更新を一箇所でチェック
使い方:
- RSSリーダーに好きなサイトを登録
- 新しい記事が投稿されると自動で通知
API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)
何ができるか:
- 他のサービスの機能やデータを自分のサービスで利用できる
具体例:
- Googleマップの地図を自分のサイトに埋め込む
- Twitterの投稿を自動的に自分のブログに表示
- 複数のサービスを組み合わせた新しいサービス(マッシュアップ)を作る
タグとフォークソノミー
タグ付け(タギング):
- ユーザーが自由にキーワードを付けて情報を分類
フォークソノミー:
- ユーザーが作る自由な分類体系(Folk(民衆)+ Taxonomy(分類学))
従来のディレクトリ型:
- Yahoo! ディレクトリのように、専門家が予め決めた分類
タグの例:
- del.icio.us(ソーシャルブックマーク)
- Flickr(写真にタグ)
- YouTube(動画にタグ)
Web 2.0の代表的サービス
Google:検索とPageRank
革新性:
- ユーザーが作ったリンク構造を分析して検索順位を決定
- 使えば使うほど賢くなる
Web 2.0らしさ:
集合知を活用した最初の大成功例
Wikipedia(ウィキペディア)
始まり: 2001年1月
仕組み:
- 誰でも編集できるオンライン百科事典
- 専門家ではなく、一般ユーザーが協力して作成
規模:
- 日本語版だけで130万項目以上
- 世界300言語以上
批判と反論:
- 批判:信頼性に問題がある
- 反論:研究では『ブリタニカ百科事典』と遜色ない精度
YouTube:動画共有の革命
創設: 2005年2月
Googleが買収: 2006年
革新性:
- 誰でも簡単に動画をアップロード・共有
- プロではない一般人が動画クリエイターに
影響:
- 個人が世界中に情報を発信できる時代の到来
ブログ:個人メディアの普及
代表的プラットフォーム:
- Blogger
- WordPress
- はてなダイアリー
- Movable Type
Web 1.0との違い:
- Web 1.0: 個人ホームページ作成には HTML の知識が必要
- Web 2.0: ブログツールで誰でも簡単に情報発信
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)
海外:
- Friendster(2002年)
- MySpace(2003年)
- Facebook(2004年、当初は学生限定)
- Twitter(2006年)
日本:
- GREE(2004年)
- mixi(2004年)
革新性:
- 参加率の劇的な向上(mixiでは70%以上が日記を投稿)
- 「見るだけ」から「書いて交流する」へ
重要な概念:ロングテール

ロングテールとは
提唱者: クリス・アンダーソン(『WIRED』誌元編集長)
意味:
従来は売れなかった「ニッチ商品」も、インターネットでは大きな売上になるという現象。
グラフで見るロングテール:
売上
↑
│■■■■(ヒット商品)
│■■■
│■■
│■
│■ ←この「尾っぽ(テール)」が長く伸びる
│■━━━━━━━━━━━━━━━
└──────────────→ 商品の種類
人気 ← ニッチ
従来の店舗:
- スペースが限られるので、売れ筋商品だけを置く
- ニッチ商品は置けない
インターネット:
- スペースは無限
- ニッチ商品もすべて扱える
- 少数派の合計が多数派を超える
ロングテールの実例
Amazon:
- 書店には置かれない専門書
- 絶版に近い古い本
- これらの合計売上が、ベストセラーの売上を超える
YouTube:
- プロではない一般人の動画
- 再生回数は少ないが、動画の総数は膨大
- すべて合わせると莫大な価値
Web 2.0のビジネスモデル
広告収入モデル
仕組み:
- 魅力的なサービスで多数のユーザーを集める
- 広告を表示して収入を得る
代表例:
- Google(検索連動型広告)
- Facebook(ターゲティング広告)
- YouTube(動画広告)
フリーミアム
仕組み:
- 基本機能は無料
- 高度な機能は有料
代表例:
- Dropbox
- Evernote
- Spotify
サブスクリプション
仕組み:
- 月額・年額料金で継続利用
代表例:
- Netflix
- Spotify Premium
プラットフォームビジネス
仕組み:
- ユーザー同士をつなぐ「場」を提供
- 取引手数料で収益
代表例:
- eBay(オークション)
- Amazon マーケットプレイス
- Airbnb(後のWeb 2.0時代)
Web 2.0がもたらした社会的影響
【影響1】情報発信の民主化
変化:
- 誰もがメディアになれる時代
- 専門家ではない一般人の声が世界に届く
メリット:
- 多様な視点
- 草の根の情報発信
デメリット:
- 情報の信頼性の問題
- フェイクニュースの拡散
【影響2】集合知の実現
Wikipedia の成功:
- 世界中の人々が協力して知識を共有
- 専門家に頼らない新しい知識体系
問題点:
- 編集合戦
- 著作権侵害
- 名誉毀損
【影響3】ビジネスモデルの変革
変化:
- パッケージソフトからクラウドサービスへ
- 所有からアクセスへ
- 広告モデルの確立
【影響4】コミュニケーションの変化
SNSの普及:
- 世界中の人々と瞬時につながる
- リアルタイムの情報共有
問題:
- プライバシーの侵害
- 誹謗中傷
- 依存症
Web 2.0への批判と問題点
【批判1】「第二のバブル」との指摘
『エコノミスト』誌:
2000年代半ば~後半のWeb企業偏重を「バブル2.0」と呼んだ
批判の内容:
- ビジネスモデルが不明確なまま資金調達
- 似たようなサービスが乱立
- 2000年のドットコムバブル崩壊の再来を懸念
【批判2】アマチュアリズムの崇拝
アンドリュー・キーンの批判(『The Cult of the Amateur』2007年):
問題点:
- 誰でも情報を発信できる → 専門性の概念が損なわれる
- すべての意見が等しく価値がある → 誤った前提
- 才能・知識・資格なく、誰でも何でも投稿できてしまう
『サンデー・タイムズ』のレビュー:
「無限の凡庸さ……無知な政治談義、見苦しいホームビデオ、共感性羞恥を引き起こす稚拙な音楽、読むに堪えない詩・随筆・小説」
【批判3】「無料労働」の搾取
批判の内容:
- ユーザーが作ったコンテンツ(動画、投稿、レビュー)を企業が無料で利用
- 利用規約でコンテンツの権利を企業が取得
- ユーザーデータを収集して広告主に販売
指摘者:
- ジョナサン・ジットレイン(ハーバード大学)
- 政府による市民監視にも利用される可能性
【批判4】プライバシーの問題
問題:
- ユーザーの行動を追跡
- 個人情報の収集と利用
- データ漏洩のリスク
【批判5】GAFAM による独占
GAFAM とは:
- Apple
- Facebook(現 Meta)
- Amazon
- Microsoft
批判:
- 少数の巨大企業がインターネットを支配
- ユーザーの選択肢が限られる
- 競争の阻害
Web 2.0から Web 3.0へ

Web 3.0の概念(2つの異なる定義)
【旧定義】セマンティックWeb(2000年代)
提唱: W3C(World Wide Web Consortium)
概念:
- コンピューターが情報の「意味」を理解できるWeb
- メタデータによる自動的な情報処理
技術:
- XML、XHTML
- RDF(Resource Description Framework)
- オントロジー(概念の体系化)
現状:
この定義は主流にならず、限定的な実現に留まった
【新定義】分散型Web(2010年代後半~)
基盤技術: ブロックチェーン
概念:
- 中央集権的な企業に依存しないWeb
- ユーザーがデータの所有権を持つ
- P2P(ピア・ツー・ピア)ネットワーク
特徴:
- 非中央集権化(Decentralization)
- トラストレス(信頼する第三者が不要)
- 透明性
Web 1.0 → 2.0 → 3.0 の比較
| 項目 | Web 1.0 | Web 2.0 | Web 3.0 |
|---|---|---|---|
| 時期 | 1990年代~2004年頃 | 2004年頃~現在 | 2010年代後半~ |
| 特徴 | 読み取り専用(Read) | 読み書き(Read-Write) | 読み書き所有(Read-Write-Own) |
| 情報の流れ | 一方向 | 双方向 | 分散型 |
| 主役 | 企業・メディア | ユーザー | ユーザー(+ブロックチェーン) |
| 代表例 | 企業サイト、Yahoo! | Google、Facebook、YouTube | ブロックチェーン、NFT、暗号資産 |
| データ所有 | 企業 | 企業(GAFAM) | ユーザー |
| 中央集権 | 企業サーバー | 企業プラットフォーム | 分散ネットワーク |
よくある質問と回答
Q1:Web 2.0は今も続いているのですか?
A: はい、現在も私たちが使っているインターネットの多くはWeb 2.0の概念に基づいています。SNS、動画共有、ブログなど、すべてWeb 2.0のサービスです。
ただし、Web 3.0への移行も徐々に進んでいます。
Q2:Web 2.0の終わりはいつですか?
A: 明確な「終わり」はありません。Web 1.0からWeb 2.0への移行も段階的で、今もWeb 1.0的なサイトは存在します。
Web 2.0からWeb 3.0への移行も、同様に長期的なプロセスになるでしょう。
Q3:「2.0」という数字に技術的な意味はありますか?
A: いいえ、技術的なバージョン番号ではありません。ソフトウェアのバージョンアップになぞらえた比喩表現です。
実際には、特定の技術や明確な境界線があるわけではなく、概念的な変化を表しています。
Q4:Web 2.0は「バズワード」ですか?
A: 提唱当初は「意味のないマーケティング用語だ」という批判もありました。
しかし、実際にインターネットの使われ方は大きく変化し、現在では歴史的に重要な概念として認識されています。
Q5:Web 2.0で最も重要な変化は何ですか?
A: 「ユーザー参加率の劇的な向上」です。
掲示板では5%以下だった書き込み率が、SNSでは70%以上になったという変化が、Web 2.0の本質を表しています。
Q6:日本におけるWeb 2.0の特徴は?
A: 日本では特に以下が特徴的でした:
- mixi の大流行(2004年~)
- ニコニコ動画(2006年)の独自文化
- はてなブックマークなどのソーシャルサービス
- ガラケー時代のモバイルSNS
Q7:Web 2.0の「勝者」は誰ですか?
A: ティム・オライリーが指摘した「強力なプレイヤー」は:
- 検索: Google
- SNS: Facebook(現Meta)、Twitter
- 動画: YouTube(Google傘下)
- EC: Amazon
これらの企業がWeb 2.0時代の市場を支配しました。
まとめ:Web 2.0が変えた世界
Web 2.0は、単なる技術的な進化ではなく、インターネットの使い方そのものを変えた社会的革命でした。
Web 2.0がもたらしたもの:
- 参加の民主化
- 誰もが情報発信者になれる
- 集合知の実現
- 新しいビジネスモデル
- プラットフォーム型ビジネス
- 広告収入モデルの確立
- サブスクリプションの普及
- コミュニケーションの革新
- SNSによる人々のつながり
- リアルタイムの情報共有
- 技術の進化
- Ajax、API、クラウド
- モバイルとの連携
一方で残された課題:
- プライバシーとデータ所有権
- 巨大企業による独占
- 偽情報の拡散
- デジタル格差
Web 2.0の遺産:
現在の私たちが当たり前に使っているインターネットの多くは、Web 2.0の概念に基づいています。
- YouTubeで動画を見る
- Twitterで情報を共有する
- Wikipediaで調べ物をする
- Amazonでレビューを参考に買い物をする
これらすべてが、2000年代半ばに生まれたWeb 2.0の成果なのです。
そして次の時代へ:
Web 2.0の問題点を解決し、より分散化されたインターネットを目指すWeb 3.0の時代が、今まさに始まろうとしています。
インターネットの進化は続きます。Web 2.0を理解することは、これからのデジタル社会を理解する第一歩です。

コメント