半導体は現代社会の基盤を支える材料であり、スマートフォンから電気自動車まで、私たちの生活のあらゆる場面で活躍しています。
化学の観点から見ると、半導体は電気伝導性が導体と絶縁体の中間にある特殊な材料で、その性質は原子レベルの構造と電子の振る舞いによって決まります。
現在、世界の半導体産業は2024年に約6,559億ドル(約98兆円)の規模に達し、2025年には7,000億ドルを超える見込みです。
この記事では、半導体の基本的な化学から最新技術まで、解説します。
半導体の基本的な定義と化学的性質

半導体とは、電気伝導性が金属(導体)とガラスや陶器(絶縁体)の中間にある材料です。
化学的特徴:
- 共有結合で結ばれた結晶構造
- バンドギャップが0.5~3.5電子ボルト(eV)の範囲
- 温度により電気伝導性が変化
シリコンの基本構造
最も代表的な半導体であるシリコン(Si)の特性:
- 原子番号:14
- 電子配置:[Ne]3s²3p²
- 価電子数:4個
- 結晶構造:ダイヤモンド型
- 結合角:109.5°(正四面体構造)
- 格子定数:0.543ナノメートル
温度による電気伝導性の変化
金属と半導体の違い:
- 金属:温度上昇で抵抗が増加
- 半導体:温度上昇で電気を通しやすくなる
室温(300K)でのシリコンの真性キャリア濃度は約1.08×10¹⁰個/cm³で、温度が11度上昇するごとにほぼ2倍になります。
価電子帯、伝導帯、バンドギャップの仕組み
半導体の電子構造を建物の階層構造に例えて説明します。
三つの重要な概念
- 価電子帯(Valence Band)
- 建物の1階のようなもの
- 通常は電子で満員状態
- 電子は原子同士の結合に使われる
- 自由に動き回ることはできない
- 伝導帯(Conduction Band)
- 建物の2階のようなもの
- 通常はほとんど空いている
- ここの電子は自由に動き回れる
- 電気を運ぶことができる
- バンドギャップ
- 1階と2階の間の「通れない階段」
- 電子がこのエネルギーギャップを越える必要がある
主要半導体のバンドギャップ
- シリコン:1.12 eV(室温)
- ゲルマニウム:0.66 eV
- ガリウムヒ素:1.42 eV
電子がバンドギャップを越える方法
- 熱励起(温度による)
- 光励起(光子の吸収)
- 電場による励起
真性半導体と不純物半導体の違い
真性半導体
不純物をほとんど含まない純粋な半導体です。
特徴:
- シリコンの場合、99.9999999%(ナインナイン)以上の純度
- 電子と正孔(ホール)の数が等しい
- 室温での電気伝導性は低い
不純物半導体(外因性半導体)
純粋な半導体に微量の不純物を意図的に添加したものです。
ドーピング条件:
- 100万~1万個の母体原子に対して1個の割合
- 精密に制御された不純物添加
n型半導体とp型半導体

n型半導体
使用するドーパント(5価元素):
- リン(P)
- ヒ素(As)
- アンチモン(Sb)
特徴:
- 余った電子が伝導に寄与
- 多数キャリア:電子
- 少数キャリア:正孔
- 活性化エネルギー:約0.05 eV
p型半導体
使用するドーパント(3価元素):
- ホウ素(B)
- アルミニウム(Al)
- ガリウム(Ga)
特徴:
- 正孔が生成される
- 多数キャリア:正孔
- 少数キャリア:電子
- 正孔は正の電荷のように振る舞う
主要な半導体材料の化学的特性
シリコン(Si)が支配的な理由
- 豊富な資源
- 地殻中で酸素に次いで2番目に豊富
- 優れた酸化膜
- 自然形成されるSiO₂が安定
- 優れた絶縁体として機能
- 化学反応:Si + O₂ → SiO₂
- 熱的安定性
- 融点:1414°C
- 高温プロセスに耐えられる
- 確立された製造技術
- 直径300mmの単結晶ウェハー製造可能
- チョクラルスキー法による高品質結晶
その他の重要な半導体材料
ゲルマニウム(Ge)
- バンドギャップ:0.66 eV
- 電子移動度:シリコンより高い
- 用途:特殊用途に限定(熱的安定性が劣る)
ガリウムヒ素(GaAs)
- III-V族化合物半導体
- 直接遷移型バンドギャップ:1.42 eV
- 電子移動度:8,500 cm²/V·s(シリコンの約6倍)
- 用途:高周波デバイス、LED、太陽電池
窒化ガリウム(GaN)
- ワイドバンドギャップ:3.4 eV
- 熱伝導率:1.7 W/cm·K
- 用途:青色LED、パワーエレクトロニクス
炭化ケイ素(SiC)
- ワイドバンドギャップ:3.3 eV
- 高温・高電圧環境で動作可能
- 用途:電気自動車、再生可能エネルギーシステム
ドーピングのメカニズムと化学的プロセス
典型的なドーピング濃度
10¹³~10¹⁸個/cm³(母体原子の10⁷~10⁴個に1個)
ドーピング方法
- 熱拡散
- 温度:900-1200°C
- ガス状のドーパントを拡散
- イオン注入
- 加速したイオンを基板に打ち込む
- 精密な濃度制御が可能
- エピタキシャル成長
- 結晶成長中にドーパントを混入
- 均一な分布を実現
- 中性子核変換ドーピング(NTD)
- シリコン-30をリン-31に変換
- 極めて均一なドーピング
半導体製造における化学反応

結晶成長プロセス
チョクラルスキー法の条件:
- 温度:1425°C
- 材料:高純度多結晶シリコン
- るつぼ:石英製
- 酸素混入:約10¹⁸個/cm³
化学気相成長(CVD)反応
二酸化シリコン膜形成:
SiH₄ + O₂ → SiO₂ + 2H₂O(400-500°C)
窒化シリコン膜形成:
3SiH₄ + 4NH₃ → Si₃N₄ + 12H₂(700-800°C)
フォトリソグラフィーの化学
プロセスの要素:
- 光酸発生剤(PAG)による酸生成
- 酸触媒による保護基の脱離反応
- 現像液:TMAH 2.38%水溶液
- 温度制御:±0.2°Cの精度
日常生活での半導体の応用
電子機器での使用例
スマートフォン:
- 15種類以上の半導体チップ
- プロセッサに100億個以上のトランジスタ
自動車:
- 平均1,000個以上の半導体使用
- 電気自動車ではさらに増加
LED技術
色別のバンドギャップ:
- 赤色LED:1.8V
- 緑色LED:2.2V
- 青色LED:3.0V(GaN、3.4 eV)
その他の応用分野
医療分野:
- MRI/CTスキャナーの画像処理
- ペースメーカーの制御
- 連続血糖測定センサー
スマート家電:
- 温度センサー(サーミスタ)
- 制御用マイコン
- 通信チップ(IoT対応)
最新技術と将来の展望
製造プロセスの進化
2024-2025年の状況:
- 現在:3nmプロセスで量産中(TSMC、Samsung)
- 2025年後半:2nmプロセスの量産開始予定
- 新構造:GAA(Gate-All-Around)トランジスタ採用
次世代技術
量子コンピューティング:
- シリコン量子ドット使用
- シリコン-28同位体純度:99.99%以上
- コヒーレンス時間:30秒以上達成
ニューロモルフィック・コンピューティング:
- 使用材料:HfO₂、TaOₓ
- スイッチングエネルギー:4.28アトジュール
- 人間の脳のシナプスに匹敵する効率
2次元材料:
- グラフェン
- 遷移金属ダイカルコゲナイド(MoS₂、WS₂)
- 原子1層の厚さで優れた電気特性
中学生向けの分かりやすい説明と実験
簡単な実験例
- LED実験
- 異なる色のLEDの必要電圧を比較
- バンドギャップの違いを体験
- 太陽電池実験
- 光の強さと発電量の関係を観察
- 光電効果を実感
- 温度センサー実験
- サーミスタの抵抗値変化を測定
- 温度による半導体の性質変化を観察
専門用語の分かりやすい解説
- バンドギャップ:電子が飛び越える必要があるエネルギーの壁
- ドーピング:純粋な半導体に少量の違う原子を混ぜること(調味料のような役割)
- p-n接合:一方通行の道路のように電流を一方向にだけ流す境界
環境への取り組みと持続可能性
2030年までの目標
- 再生可能エネルギー100%使用
- 水のリサイクル率98%達成
- 半導体リサイクル市場:2034年までに877億ドル規模
結論:化学が創る未来の技術
半導体技術は、原子レベルの精密な化学制御により、現代社会の基盤を支えています。
シリコンを中心とした材料科学の発展により、3nmという原子数個分の精度で構造を制御できるようになりました。
今後は、量子コンピューティング、ニューロモルフィック・コンピューティング、2次元材料など、新しい物理現象と化学プロセスを組み合わせた革新的な技術が登場します。
化学の視点から見た半導体は、原子の配列、電子の振る舞い、化学反応の精密な制御が融合した、人類の英知の結晶です。
中学生の皆さんも、身の回りの電子機器に使われている半導体の不思議な世界に興味を持ち、将来この分野で活躍することを期待しています。半導体の化学は、私たちの未来を創る重要な科学技術なのです。
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