Page曲線とは?ブラックホール情報パラドックスを解く鍵

ブラックホールが蒸発するとき、情報はどこへ行くのか。
この宇宙の根本的な謎に挑む物理学者たちにとって、「Page曲線」は重要な手がかりとなっています。
1993年に物理学者ドン・ペイジによって提唱されたこの曲線は、ブラックホールの情報保存を示す理論的な指標であり、近年の量子重力研究において中心的な役割を果たしています。

この記事では、Page曲線の基本概念から最新の研究動向まで、わかりやすく解説します。

スポンサーリンク

Page曲線とは何か

Page曲線は、ブラックホールが蒸発する過程におけるホーキング放射のエンタングルメント・エントロピー(量子もつれエントロピー)の時間変化を示す曲線です。

この曲線は逆V字型の形状をしており、以下のような特徴があります。

ブラックホールの蒸発が始まると、エンタングルメント・エントロピーはゼロから増加し始めます。
蒸発過程の中間点(Page時間)で最大値に達した後、減少に転じます。
最終的にブラックホールが完全に蒸発すると、エントロピーは再びゼロに戻ります。

この逆V字型の変化パターンが「Page曲線」と呼ばれています。

Page曲線が重要な理由

Page曲線は、量子力学の基本原理である「ユニタリー性(unitarity)」が保たれていることを示す指標です。

ユニタリー性とは、量子系の時間発展において情報が保存される性質を指します。
もしブラックホールが情報を破壊するなら、物理学の基礎が揺らぐことになります。

Page曲線が正しければ、ブラックホールに落ち込んだ情報は最終的に回復可能であることを意味します。
これは「ブラックホール情報パラドックス」の解決につながる重要な手がかりとなります。

ブラックホール情報パラドックスとは

ブラックホール情報パラドックスは、1970年代にスティーブン・ホーキングが提起した物理学の根本的な問題です。

パラドックスの核心

量子力学では、情報は決して失われないという原則があります。
一方、ホーキングの計算によると、ブラックホールから放出されるホーキング放射は完全に熱的(ランダム)であり、ブラックホールに落ち込んだ物質の情報とは無関係に見えます。

つまり、以下のような矛盾が生じます。

ブラックホールが蒸発して消滅すると、内部の情報も失われてしまう。
これは量子力学の基本原理(ユニタリー性)に反する。
この矛盾が「ブラックホール情報パラドックス」です。

ドン・ペイジとPage曲線の提唱

ドン・ペイジの経歴

ドン・ネルソン・ペイジ(Don Nelson Page)は、1948年12月31日生まれのアメリカ出身カナダの理論物理学者です。

カリフォルニア工科大学(Caltech)でスティーブン・ホーキングとキップ・ソーンの共同指導のもと、1976年に博士号を取得しました。
1976年から1979年までケンブリッジ大学でホーキングの研究助手として活動しました。
現在はアルバータ大学(カナダ)の物理学教授として、量子宇宙論と理論重力物理学を研究しています。

Page曲線の提唱(1993年)

1993年、ペイジは画期的な論文を発表しました。

彼は、ブラックホールとホーキング放射を一つのエンタングル系(量子もつれ系)として考察しました。
純粋な量子状態から始まったブラックホールがユニタリー過程で完全に蒸発する場合、エンタングルメント・エントロピーは最初ゼロから増加し、その後減少してゼロに戻る必要があると論じました。

この分析により、情報パラドックスは単なる哲学的議論から、具体的な計算可能な問題へと変わりました。

Page時間とは

Page時間(Page time)は、Page曲線が最大値に達する時点を指します。

Page時間の特徴

ブラックホールの寿命の約半分の時点で発生します。
この時点で、ブラックホールの残存エントロピーと放出された放射のエントロピーが等しくなります。
Page時間以降、放射のエンタングルメント・エントロピーは減少に転じます。

計算によると、Page時間はブラックホールの寿命の約3分の1から2分の1の時点で訪れるとされています。

Page時間の発見は、量子重力効果が極端な状況だけでなく、比較的穏やかな条件下でも重要であることを示しました。
これにより、情報パラドックスの深刻さが明確になりました。

ホーキング曲線とPage曲線の違い

ホーキングの半古典的計算とPage曲線には重要な違いがあります。

ホーキング曲線

ホーキングの計算では、ホーキング放射のエントロピーは単調に増加し続けます。
ブラックホールが完全に蒸発した後も、エントロピーは高い値のまま残ります。
これは情報の喪失を示唆しています。

Page曲線

Page曲線では、エンタングルメント・エントロピーはPage時間で最大値に達した後、減少します。
最終的にゼロに戻り、情報が保存されることを示します。
これはユニタリー性が保たれていることを意味します。

この違いこそが、情報パラドックスの核心です。

Page曲線の導出への挑戦

ペイジが1993年にPage曲線の概念を提示してから、実際にこの曲線を導出することは物理学者たちの長年の目標でした。

古典的なアプローチの限界

半古典的重力理論だけでは、Page曲線を導出できませんでした。
量子効果を適切に取り入れる必要がありましたが、その方法が不明でした。

ブレークスルー(2019-2020年)

2019年から2020年にかけて、複数の研究グループがPage曲線の導出に成功しました。

主な手法は以下の通りです。

レプリカトリック(replica trick)という数学的手法を使用しました。
重力の経路積分に新たなサドル点(レプリカワームホール)を含めました。
アイランド公式(island formula)を用いて、ホーキング放射のエンタングルメント・エントロピーを計算しました。

これらの研究は、MITのネッタ・エンゲルハートやプリンストン高等研究所のアーメド・アルムヘイリ、カリフォルニア大学バークレー校のジェフ・ペニントンらによって行われました。

レプリカトリックとアイランド公式

レプリカトリック

レプリカトリックは、エントロピーを計算するための数学的手法です。

複数の宇宙のコピー(レプリカ)を考えます。
これらのレプリカ間で情報の流れを考慮に入れます。
この方法により、単一のブラックホールでは不可能だった計算が可能になります。

レプリカワームホール

重力の経路積分計算において、レプリカ間を結ぶワームホール(レプリカワームホール)という新しいサドル点が重要な役割を果たします。

このレプリカワームホールが支配的になると、エンタングルメント・エントロピーの計算結果がPage曲線に従います。

アイランド公式

アイランド公式は、ホーキング放射のエンタングルメント・エントロピーを計算する新しい方法です。

$$S(R) = \min_{\text{ext}} \left[ \frac{\text{Area}(\partial I)}{4G} + S_{\text{matter}}(R \cup I) \right]$$

ここで:

  • $S(R)$:放射領域のエンタングルメント・エントロピー
  • $I$:アイランド(島)領域
  • $\text{Area}(\partial I)$:アイランド境界の面積
  • $S_{\text{matter}}(R \cup I)$:放射とアイランドを合わせた物質のエントロピー

アイランド領域とは、ブラックホール内部の特定の領域で、放射と強く相関している部分を指します。
この公式により、Page曲線の導出が可能になりました。

Page曲線の物理的解釈

Page曲線が示す物理的な意味は以下の通りです。

初期段階(Page時間以前)

ブラックホールから放出される初期の放射は、主にブラックホール内部の量子もつれ相手と相関しています。
放射のエンタングルメント・エントロピーは増加します。
この段階では、放射から元の情報を取り出すことは困難です。

Page時間付近

ブラックホールの質量が約半分になる時点です。
この時点で、放射のエンタングルメント・エントロピーが最大値に達します。
放射と内部の相関関係が変化し始めます。

後期段階(Page時間以降)

放射間の相関が重要になります。
エンタングルメント・エントロピーは減少し始めます。
初期に落ち込んだ情報が、放射の相関パターンとして回復可能になります。

最終段階

ブラックホールが完全に蒸発すると、エントロピーはゼロに戻ります。
情報は完全に保存されています。
ユニタリー性が確認されます。

現在の研究状況と課題

達成されたこと

Page曲線の理論的導出に成功しました。
情報保存の機構が数学的に示されました。
ブラックホール情報パラドックスの解決に大きく前進しました。

残された課題

Page曲線の導出方法は理解できましたが、その背後にある物理的メカニズムの詳細は完全には解明されていません。
カリフォルニア大学バークレー校のラファエル・ブッソ教授は「Page曲線を計算できるようになったが、なぜできるのかわからない」と述べています。

情報が実際にどのように放射に戻るのか、そのステップごとのプロセスは明らかになっていません。
現在の計算は主に2次元の簡易モデルや反ド・ジッター(AdS)時空で行われており、現実のブラックホールへの適用にはさらなる研究が必要です。

Page曲線研究の今後の展望

Page曲線の導出成功は、量子重力理論の理解を深める重要な一歩です。

期待される発展

より現実的な4次元時空でのPage曲線の導出が進むでしょう。
情報回復の具体的なメカニズムの解明が期待されます。
ブラックホール内部構造の理解が深まる可能性があります。

量子重力への影響

Page曲線の研究は、重力と量子力学をどのように統合すべきかについて、重要な手がかりを提供しています。

MITのネッタ・エンゲルハート教授は「これこそが、量子重力をよりよく理解するために注目すべき場所です」と述べています。

まとめ

Page曲線は、1993年にドン・ペイジによって提唱された、ブラックホール蒸発過程におけるエンタングルメント・エントロピーの時間変化を示す逆V字型の曲線です。

この曲線は、ブラックホールが情報を保存し、量子力学の基本原理であるユニタリー性が保たれることを示す重要な指標となっています。

2019-2020年にかけて、レプリカトリックとアイランド公式を用いた導出に成功し、ブラックホール情報パラドックスの解決に大きく前進しました。

しかし、情報回復の詳細なメカニズムや現実のブラックホールへの適用には、まだ多くの課題が残されています。

Page曲線の研究は、量子重力理論の発展において中心的な役割を果たし続けるでしょう。

参考情報

本記事は以下の信頼できる情報源に基づいて作成されました。

記事最終更新日:2026年2月10日

コメント

タイトルとURLをコピーしました