ろうそくを燃やすと小さくなりますが、その「なくなった」部分は本当に消えてしまったのでしょうか?
料理で材料を混ぜ合わせるとき、全体の重さはどうなっているのでしょうか?実は、これらの疑問を解く鍵が「質量保存の法則」という化学の基本原理にあります。
今日は、すべての化学反応に共通するこの重要な法則について、身近な例を使いながらわかりやすく解説していきます。
質量保存の法則とは何か?基本を理解しよう

質量保存の法則とは、「化学反応の前後で、物質の総質量は変わらない」という自然界の基本的なルールです。
フランスの化学者ラボアジエが18世紀に発見したこの法則は、現代化学の土台となっています。
簡単に言うと、「物質は形を変えることはあっても、総量は増えも減りもしない」ということです。まるで、粘土で色々な形を作っても粘土の総量は変わらないのと同じですね。
法則の基本的な表現
質量保存の法則は以下のように表現できます:
反応前の物質の質量の合計 = 反応後の物質の質量の合計
例:
- 水素2g + 酸素16g → 水18g
- 反応前:2g + 16g = 18g
- 反応後:18g
- 質量は保存されている
なぜこの法則が重要なのか
質量保存の法則が重要な理由:
- 化学反応式を正しく書くための基準
- 工業生産での材料計算の基礎
- 環境問題を理解するための基本
- 日常生活の現象を科学的に説明
この法則を理解することで、身の回りで起こる様々な変化をより深く理解できるようになります。
ラボアジエの発見と歴史的背景

質量保存の法則の発見には、興味深い歴史があります。
18世紀のフランスで活躍した化学者アントワーヌ・ラボアジエの功績を見てみましょう。
ラボアジエ以前の考え方
18世紀より前は、「フロギストン説」という間違った理論が信じられていました。
フロギストン説とは
- 燃える物質には「フロギストン」という成分が含まれている
- 燃焼とは、フロギストンが放出される現象
- 燃えた後は軽くなるはず
しかし、実際には多くの物質は燃やすと重くなることが知られており、矛盾がありました。
ラボアジエの画期的な実験
ラボアジエは、精密な天秤を使って燃焼実験を行いました。
有名な水銀の実験
- 密閉容器の中で水銀を加熱
- 水銀は酸化水銀になり、空気中の酸素が減少
- 反応前後の総質量を測定
- 質量が変わらないことを確認
実験の革新性
- 密閉系での実験(空気の出入りを防ぐ)
- 精密な測定器具の使用
- 定量的な分析方法の確立
化学革命への影響
ラボアジエの発見は「化学革命」と呼ばれる大変化をもたらしました。
変化の内容
- フロギストン説の否定
- 燃焼の正しい理解(酸素との結合)
- 定量分析の重要性の確立
- 現代化学の基礎の構築
この発見により、化学は錬金術的な考え方から科学的な学問へと変貌を遂げたのです。
次は、具体的な例を使って法則を確認してみましょう。
身近な例で確認する質量保存
質量保存の法則は、私たちの身の回りで起こる様々な現象で確認できます。
身近な例を使って、この法則を実感してみましょう。
水の電気分解
中学校の理科実験でおなじみの水の電気分解で確認してみます。
反応式 2H₂O → 2H₂ + O₂
質量の計算
- 水:18g × 2 = 36g
- 水素:2g × 2 = 4g
- 酸素:32g × 1 = 32g
- 確認:36g = 4g + 32g ✓
実際の実験では、発生した気体が逃げてしまうため軽くなったように見えますが、気体も含めて測定すれば質量は保存されています。
食塩水の蒸発
食塩水を加熱して水を蒸発させる実験です。
現象
- 食塩水100g(塩10g + 水90g)
- 加熱により水が蒸発
- 残った塩は10g
質量の確認
- 反応前:塩10g + 水90g = 100g
- 反応後:塩10g + 水蒸気90g = 100g
- 質量は保存されている
鉄の燃焼(酸化)
鉄が錆びる反応も質量保存の法則に従います。
反応式 4Fe + 3O₂ → 2Fe₂O₃
質量の変化
- 鉄:56g × 4 = 224g
- 酸素:32g × 3 = 96g
- 酸化鉄:160g × 2 = 320g
- 確認:224g + 96g = 320g ✓
鉄が錆びると重くなるのは、空気中の酸素と結合するためです。
炭酸水からの二酸化炭素発生
炭酸飲料を開けたときの現象も確認できます。
反応
- 密閉された炭酸水:一定の質量
- 栓を開ける:CO₂が逃げる
- 残った水 + 逃げたCO₂ = 元の質量
ペットボトルが軽くなるのは、二酸化炭素が逃げたためです。
料理での応用
日常の料理でも質量保存を確認できます。
例:パンを焼く
- 材料:小麦粉、水、イーストなど
- 発酵:CO₂が発生
- 焼成:水分が蒸発
- 材料の総質量 = パン + 蒸発した水分 + 発生したCO₂
これらの身近な例を通じて、質量保存の法則が私たちの日常に深く関わっていることがわかりますね。続いて、化学反応式での応用を見てみましょう。
化学反応式での質量保存の活用

質量保存の法則は、化学反応式を正しく書くための重要な手がかりとなります。この法則を使って反応式の係数を決める方法を学びましょう。
化学反応式の基本ルール
化学反応式を書くときの基本ルール:
- 元素の種類は変わらない
- 反応前後で同じ元素が存在
- 原子の個数は保存される
- 各元素の原子数が反応前後で等しい
- 質量は保存される
- 反応前後の総質量が等しい
反応式の係数決定法
例1:水素の燃焼 H₂ + O₂ → H₂O
ステップ1:原子の個数を数える
- 左辺:H = 2個、O = 2個
- 右辺:H = 2個、O = 1個
- 酸素の個数が合わない
ステップ2:係数を調整 2H₂ + O₂ → 2H₂O
ステップ3:確認
- 左辺:H = 4個、O = 2個
- 右辺:H = 4個、O = 2個
- すべての原子数が一致 ✓
より複雑な反応式
例2:メタンの燃焼 CH₄ + O₂ → CO₂ + H₂O
ステップ1:炭素を合わせる CH₄ + O₂ → CO₂ + H₂O (炭素は既に1:1で合っている)
ステップ2:水素を合わせる CH₄ + O₂ → CO₂ + 2H₂O (水素4個に対して水分子2個)
ステップ3:酸素を合わせる CH₄ + 2O₂ → CO₂ + 2H₂O (右辺の酸素:2 + 2 = 4個、左辺:2 × 2 = 4個)
質量による確認
完成した反応式を質量で確認してみましょう。
CH₄ + 2O₂ → CO₂ + 2H₂O
分子量の計算
- CH₄:12 + 4 = 16
- O₂:32
- CO₂:12 + 32 = 44
- H₂O:18
質量の確認
- 左辺:16 + (32 × 2) = 80
- 右辺:44 + (18 × 2) = 80
- 質量が保存されている ✓
工業での応用例
アンモニア合成(ハーバー・ボッシュ法) N₂ + 3H₂ → 2NH₃
生産計算
- 窒素28kg + 水素6kg → アンモニア34kg
- 原料投入量から製品量を正確に計算可能
- 工業生産の効率性向上に貢献
化学反応式での質量保存の活用により、反応を正確に表現し、実際の物質量を計算できるようになります。次は、実験での測定方法について説明しましょう。
実験での測定と確認方法
質量保存の法則を実際に確認するには、適切な実験方法と測定技術が必要です。学校や家庭でできる実験方法を紹介します。
基本的な実験の条件
密閉系での実験 質量を正確に測定するためには、物質の出入りを防ぐことが重要です。
必要な条件:
- 密閉された容器の使用
- 反応前後での系の重さ測定
- 気体の逃げ道を塞ぐ
- 精密な天秤による測定
学校でできる実験例
実験1:炭酸水素ナトリウムの分解
準備物
- 炭酸水素ナトリウム(重曹)
- 試験管
- ゴム栓
- 電子天秤
- ガスバーナー
手順
- 試験管に重曹を入れて密閉
- 全体の質量を測定
- 加熱して分解反応を起こす
- 冷却後、再度質量を測定
- 結果を比較
予想される結果
- 気体(CO₂と水蒸気)が発生
- 密閉系なので質量は変わらない
- 開放系では軽くなる
家庭でできる簡単な実験
実験2:食塩の溶解
準備物
- 食塩
- 水
- ビーカーまたはコップ
- キッチンスケール
手順
- 水の重さを測定
- 食塩の重さを測定
- 食塩を水に溶かす
- 溶液の重さを測定
- 重さを比較
結果の考察
- 水の重さ + 食塩の重さ = 溶液の重さ
- 溶けても物質の総量は変わらない
測定上の注意点
精度を高めるコツ
- 天秤の校正
- 実験前に天秤をゼロ調整
- 風の影響を避ける
- 温度変化を考慮
- 密閉の確認
- ゴム栓やふたの密閉性確認
- 気体の漏れがないかチェック
- 必要に応じて接着剤使用
- 温度の管理
- 反応前後の温度を揃える
- 熱膨張による影響を避ける
- 室温での測定を心がける
よくある実験の誤差要因
誤差が生じる原因
- 気体の逃げ
- 完全密閉が困難
- 溶解度の変化
- 圧力変化による影響
- 測定器具の限界
- 天秤の精度限界
- 読み取り誤差
- 静電気の影響
- 環境要因
- 湿度による水分吸収
- 気圧の変化
- 温度変化
結果の解釈方法
データの分析
- 誤差の計算
- 理論値との差を算出
- 誤差率の計算
- 有効数字の考慮
- 原因の考察
- 誤差要因の特定
- 改善方法の検討
- 実験条件の見直し
- 結論の導出
- 法則の確認
- 例外的な場合の検討
- 実用上の意味
実験を通じて質量保存の法則を確認することで、理論の理解がより深まります。次は、この法則の限界や例外について説明しましょう。
質量保存の法則の限界と例外

質量保存の法則は非常に重要な法則ですが、すべての場合に完璧に成り立つわけではありません。現代科学が明らかにした限界や例外について理解しておきましょう。
原子核反応での例外
核反応では質量とエネルギーが変換される
通常の化学反応では原子核は変化しませんが、核反応では状況が異なります。
アインシュタインの質量エネルギー等価原理 E = mc²
- E:エネルギー
- m:質量
- c:光の速度
核分裂の例
- ウラン235の核分裂
- 反応前後で質量がわずかに減少
- 減少した質量は膨大なエネルギーに変換
- 原子力発電の原理
相対論的効果
高速で動く物体 物体が光速に近い速度で動くとき:
- 質量が増加して見える
- 通常の速度では無視できる効果
- 素粒子加速器での現象
重力場の影響 強い重力場では:
- 時間の進み方が変わる
- エネルギーと質量の関係が複雑になる
- 日常生活では影響なし
化学反応での微細な質量変化
結合エネルギーによる質量変化
実は、通常の化学反応でも理論的には微細な質量変化があります。
例:水素と酸素の反応 H₂ + ½O₂ → H₂O + エネルギー
- 発生した化学エネルギー分だけ質量が減少
- 変化量は極めて小さい(10⁻⁹ g程度)
- 通常の天秤では測定不可能
実用上の考え方
日常的な化学現象
- 質量保存の法則は十分に正確
- 誤差は測定精度以下
- 実用上は完全に成り立つと考えてよい
工業プロセス
- 材料計算には質量保存を使用
- 製品歩留まりの計算
- 環境負荷の評価
現代科学での統一理解
エネルギー保存則との統合
現代では、質量保存とエネルギー保存を統合した考え方が一般的です。
質量エネルギー保存則
- 質量とエネルギーの総量が保存
- 通常の化学反応では質量として現れる
- 核反応ではエネルギーとの変換が顕著
教育上の取り扱い
段階的な理解
- 中学・高校レベル
- 質量保存の法則として理解
- 化学反応の基本原理
- 実用上十分な精度
- 大学レベル以上
- 質量エネルギー保存則として理解
- 相対論的効果の考慮
- より正確な物理描像
実用的な意義
- 基本概念として極めて重要
- 化学工業の基礎
- 環境科学での応用
質量保存の法則の限界を知ることで、科学の発展と理論の深化を理解できます。次は、現代社会での応用について見てみましょう。
現代社会での応用と重要性
質量保存の法則は、現代社会の様々な分野で重要な役割を果たしています。その具体的な応用例を分野別に見てみましょう。
工業生産での活用
化学工業での材料計算
製薬業界
- 医薬品の合成過程での収率計算
- 原料投入量から製品量の予測
- 廃棄物発生量の見積もり
- コスト計算の基礎データ
食品工業
- 食品添加物の配合計算
- 加工過程での歩留まり管理
- 栄養成分の保持量計算
- 品質管理の基準設定
石油化学工業
- 原油から製品までの物質収支
- 副生成物の量的予測
- エネルギー効率の評価
- 環境負荷の計算
環境問題への応用
大気汚染対策
排出ガス処理
- 工場からの排出物質量の把握
- 処理装置の効率評価
- 除去された物質の行方追跡
- 規制値との比較検討
温室効果ガス
- CO₂排出量の正確な計算
- 削減対策の効果測定
- カーボンニュートラルの検証
- 国際的な排出量取引
資源リサイクルでの重要性
廃棄物処理
金属リサイクル
- 回収された金属の純度計算
- 精錬過程での物質収支
- リサイクル率の向上
- 資源の有効活用
プラスチックリサイクル
- 原料プラスチックと再生品の関係
- 添加剤の影響評価
- 品質劣化の定量的評価
- 循環型社会への貢献
食品・栄養分野での活用
栄養計算
食事バランス
- 摂取栄養素の正確な把握
- 調理による栄養価の変化
- 保存による成分変化の追跡
- 健康管理への応用
食品保存
- 乾燥による水分量変化
- 冷凍による成分保持
- 発酵による成分変化
- 賞味期限の科学的根拠
医療分野での応用
薬物動態学
体内での薬物の動き
- 投与量と血中濃度の関係
- 代謝産物の生成量予測
- 排泄量の計算
- 副作用の定量的評価
栄養療法
- 点滴による栄養補給計算
- 透析による物質除去量
- 代謝異常の定量的診断
- 治療効果の客観的評価
研究開発での重要性
新材料開発
化学合成
- 新規化合物の合成設計
- 反応条件の最適化
- 純度向上の方法論
- スケールアップの指針
エネルギー研究
- 燃料電池の効率評価
- 蓄電池の容量計算
- 太陽電池の変換効率
- 新エネルギーの可能性評価
教育での価値
科学的思考の育成
定量的な考え方
- 現象を数値で捉える習慣
- 論理的な推論能力の向上
- 仮説検証の方法論
- 客観的な判断力の育成
環境意識の向上
- 物質循環の理解
- 持続可能性の概念
- 責任ある消費行動
- 地球環境への配慮
現代社会での質量保存の法則の応用を知ることで、この基本法則がいかに重要で実用的かがわかりますね。最後に、効果的な学習方法についてまとめてみましょう。
まとめ:質量保存の法則は化学の基礎中の基礎
質量保存の法則について詳しく学んできましたが、いかがでしたか?最初は「当たり前のことのように思える」この法則も、実は現代社会を支える重要な科学原理だということがわかったと思います。
今回学んだ重要なポイントを振り返ってみましょう:
質量保存の法則の本質
- 化学反応前後で物質の総質量は変わらない
- ラボアジエが18世紀に発見した化学の基本法則
- 原子の個数が保存されることの現れ
- 現代化学の土台となる重要な原理
身近な現象での確認
- 水の電気分解:気体も含めれば質量は保存
- 食塩水の蒸発:水分は逃げても総量は同じ
- 鉄の酸化:重くなるのは酸素と結合するため
- 日常の料理:材料の総重量は変わらない
実用的な応用分野
- 工業生産:材料計算と品質管理の基礎
- 環境問題:排出物質量の正確な把握
- 医療分野:薬物動態と栄養管理
- 教育:科学的思考力の育成
現代科学での位置づけ
- 通常の化学反応では完全に成立
- 核反応では質量エネルギー保存則に発展
- 相対論的効果は日常では無視可能
- 実用上は今でも重要な基本法則
コメント