宇宙の暗黒物質(ダークマター)は何でできているのでしょうか。
この根本的な問いに対して、素粒子物理学は「グラビティーノ」という仮説上の粒子を候補の一つとして提示しています。
グラビティーノ場は、超重力理論において重力を媒介する粒子の超対称性パートナーとして予言される、スピン3/2を持つ特殊な場です。
この記事では、グラビティーノ場の基本的な性質から、超対称性理論との関係、暗黒物質候補としての可能性まで、現代物理学の最先端トピックを解説します。
グラビティーノとは何か
グラビティーノ(gravitino)は、超重力理論(supergravity)に現れる仮説上の素粒子です。
基本的な定義:
グラビティーノは、重力を媒介する仮説上の粒子であるグラビトン(重力子、graviton)の超対称性パートナーです。
グラビトンがスピン2のボース粒子であるのに対し、グラビティーノはスピン3/2のフェルミ粒子として予言されています。
名称の由来:
「グラビティーノ」という名称は、1977年にシドニー・コールマン(Sidney Coleman)とハインツ・パーゲルス(Heinz Pagels)によって提案されました。
「グラビトン(graviton)」に「-ino」という接尾辞を加えたもので、この「-ino」は超対称性理論においてボース粒子の超対称性パートナーであるフェルミ粒子を示す慣例的な語尾です。
2025年時点の状況:
グラビティーノは理論的に予言されているものの、2025年2月時点では実験的に発見されていません。
CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)をはじめとする世界中の実験施設で探索が続けられていますが、現在までのところ観測の兆候は見つかっていません。
超対称性理論の基礎
グラビティーノを理解するには、まず超対称性理論の基本を知る必要があります。
超対称性(SUSY)とは
超対称性(supersymmetry、略してSUSY)は、ボース粒子とフェルミ粒子の間の対称性を表す理論的な枠組みです。
基本的な考え方:
自然界に存在するすべての素粒子には、スピンが1/2だけ異なる「超対称性パートナー」が存在するという仮説です。
つまり、以下のような対応関係が予言されます。
- 既存のフェルミ粒子(スピン1/2) → 対応するボース粒子(スピン0)
- 既存のボース粒子(スピン1) → 対応するフェルミ粒子(スピン1/2)
- 重力子(スピン2) → グラビティーノ(スピン3/2)
命名規則:
超対称性粒子の名称には規則があります。
- フェルミ粒子のパートナー: 語頭に「s-」(スカラーの略)を付ける
- 電子(electron) → セレクトロン(selectron)
- クォーク(quark) → スクォーク(squark)
- ボース粒子のパートナー: 語尾に「-ino」を付ける
- フォトン(光子、photon) → フォティーノ(photino)
- グラビトン(重力子、graviton) → グラビティーノ(gravitino)
なぜ超対称性が必要なのか
超対称性理論が提唱される理由には、以下の3つの主要な動機があります。
1. ヒッグス粒子の質量問題(階層性問題)
標準模型では、スピン0のヒッグス粒子の質量を自然に説明することが困難です。
量子補正により、ヒッグス粒子の質量は理論が適用可能な最大エネルギースケールまで大きくなってしまう傾向があります。
超対称性が存在すると、ヒッグス粒子はスピン1/2の粒子と関係付けられ、対称性によってその小さい質量を自然に理解できるようになります。
2. 力の大統一
標準模型の3つの基本的な相互作用(電磁気力、弱い力、強い力)の強さは、高エネルギーになるほど変化します。
標準模型だけでは、これらの力の強さが完全には一致しません。
しかし、超対称性理論を導入すると、約2×10¹⁶ GeVのエネルギースケールで3つの力の強さが見事に一致することが計算で示されています。
これは、より高いエネルギーで3つの力が統一される「大統一理論」の証拠として考えられています。
3. 暗黒物質の説明
宇宙観測により、宇宙の全質量の約27%は暗黒物質と呼ばれる未知の物質で占められていることがわかっています。
標準模型には暗黒物質の候補となる粒子がありません。
超対称性理論では、最も軽い超対称性粒子(LSP: Lightest Supersymmetric Particle)は安定であるという特徴があります。
もしLSPが電気的に中性であれば、これが暗黒物質の候補となり得ます。
グラビティーノは、この暗黒物質候補の一つとして注目されています。
グラビティーノの物理的性質
グラビティーノの詳細な性質を見ていきましょう。
スピンと統計性
スピン3/2:
グラビティーノはスピン3/2を持つ粒子として予言されています。
これは、スピン1の粒子(ベクトル粒子)とスピン1/2の粒子(スピノル粒子)の性質を併せ持つ、ラリタ-シュウィンガー粒子(Rarita-Schwinger particle)と呼ばれる種類の粒子です。
フェルミ粒子:
スピンが半整数(1/2、3/2、5/2…)の粒子はフェルミ粒子であり、パウリの排他原理に従います。
グラビティーノもフェルミ粒子の一種です。
ラリタ-シュウィンガー方程式
グラビティーノの運動は、ラリタ-シュウィンガー方程式(Rarita-Schwinger equation)に従います。
これは、スピン3/2粒子を記述する相対論的な波動方程式です。
場の表記:
グラビティーノ場は慣例的に ψ_μ^α と表記されます。
ここで、μ = 0, 1, 2, 3 は4元ベクトルの添え字、α = 1, 2 はスピノルの添え字を表します。
つまり、グラビティーノ場はベクトルとスピノルの両方の性質を持つ場です。
質量
グラビティーノの質量は、超対称性の破れ方によって決まります。
超対称性の破れと質量:
もし超対称性が完全に保たれていれば、グラビティーノの質量はゼロです。
しかし、現実の宇宙では超対称性粒子が観測されていないため、低エネルギーでは超対称性が破れていると考えられています。
この超対称性の破れにより、グラビティーノは質量を獲得します。
その質量は超対称性を破る機構に依存し、以下のような範囲が予測されています。
質量の予測範囲:
- 重力媒介型の超対称性の破れ: 10²〜10³ GeV程度
- ゲージ媒介型の超対称性の破れ: より軽い質量も可能
質量が約1 TeV(=1000 GeV)以下であれば、LHCで生成・検出できる可能性があります。
相互作用の強さ
グラビティーノは重力の強さでしか他の粒子と相互作用しません。
これは、グラビティーノが超重力理論におけるゲージ粒子(局所的な超対称性変換を媒介する粒子)であることに由来します。
相互作用の弱さの意味:
重力相互作用は、電磁気力や強い力に比べて極めて弱い力です。
そのため、グラビティーノは他の粒子とほとんど相互作用せず、検出が非常に困難です。
寿命:
グラビティーノが不安定な場合(つまり、最軽量の超対称性粒子でない場合)、その寿命は質量によって決まります。
寿命は質量を m、プランク質量を M_pl とすると、およそ M_pl² / m³ のオーダーになります。
質量が1 TeVの場合、寿命は約10⁵秒(約1日)と非常に長くなります。
これは、宇宙の元素合成が起こった時代(ビッグバンから数分後)よりもはるかに後まで残ることを意味します。
超重力理論におけるグラビティーノ場
グラビティーノは超重力理論において中心的な役割を果たします。
局所的な超対称性とゲージ粒子
局所的な超対称性:
超対称性を局所化する、つまり時空の各点で独立に超対称変換を行えるようにすると、理論の一貫性を保つために新しい場を導入する必要があります。
これは、電磁気学において局所的なゲージ対称性が光子を要求するのと類似しています。
局所的な超対称性(局所超対称性)の場合、必要となる場がグラビティーノ場です。
超重力理論:
局所超対称性を持つ理論は超重力(supergravity、略してSUGRA)と呼ばれます。
超重力理論は、一般相対性理論と超対称性を組み合わせた理論であり、量子重力理論の候補の一つです。
重力超多重項
超重力理論において、グラビトンとグラビティーノは「重力超多重項(gravity supermultiplet)」を形成します。
超多重項の構成:
最も単純な4次元の超重力理論(N=1超重力)では、重力超多重項は以下の2つの場から構成されます。
- 重力子(グラビトン): スピン2のボース粒子
- グラビティーノ: スピン3/2のフェルミ粒子
これらは超対称性変換によって互いに関係付けられます。
拡張超重力:
より多くの超対称性(N>1)を持つ拡張超重力理論では、複数のグラビティーノ場が存在します。
最も対称性の高いN=8超重力では、8個のグラビティーノ場が存在します。
スーパーヒッグス機構
超重力理論において、超対称性が自発的に破れる場合、グラビティーノは質量を獲得します。
この過程は「スーパーヒッグス機構(super-Higgs mechanism)」と呼ばれます。
機構の概要:
- スカラー場が真空期待値を持つことで超対称性が破れる
- このとき、フェルミ粒子の中で南部-ゴールドストーン粒子に相当する「ゴールディーノ(goldstino)」が現れる
- ゴールディーノは、元々質量がゼロだったグラビティーノに「吸収」される
- その結果、グラビティーノは質量を獲得し、スピン3/2の巨大な粒子になる
これは、電弱対称性の自発的破れにおいて、ゴールドストーン粒子がウィークボソンに吸収されて質量を与えるヒッグス機構の超対称版です。
グラビティーノと暗黒物質
グラビティーノは暗黒物質の有力な候補の一つとされています。
暗黒物質とは
観測的証拠:
宇宙観測により、宇宙の全質量の約27%は「暗黒物質」と呼ばれる未知の物質で占められていることがわかっています。
暗黒物質は電磁気的に相互作用しないため光を発しませんが、重力的な影響から間接的に検出できます。
標準模型の限界:
現在の素粒子物理学の標準模型には、暗黒物質の候補となる粒子がありません。
ニュートリノは電気的に中性で安定ですが、質量が小さすぎて観測される暗黒物質の量を説明できません。
グラビティーノが暗黒物質候補となる条件
グラビティーノが暗黒物質の主成分となるためには、以下の条件を満たす必要があります。
1. 安定性:
グラビティーノが最軽量の超対称性粒子(LSP)であり、R-パリティ(R-parity)と呼ばれる量子数が保存される場合、グラビティーノは崩壊できず安定になります。
2. 電気的中性:
グラビティーノは電荷を持たないため、電磁気的に相互作用しません。
これは暗黒物質の性質と一致します。
3. 適切な存在量:
初期宇宙で生成されたグラビティーノの量が、現在観測される暗黒物質の量と一致する必要があります。
グラビティーノ問題
しかし、グラビティーノを暗黒物質と考えると、いくつかの問題が生じます。
宇宙論的グラビティーノ問題:
初期宇宙で生成されたグラビティーノの密度を計算すると、観測される暗黒物質の密度よりもはるかに高くなってしまうことがあります。
また、質量が1 TeV程度のグラビティーノが存在すると、その崩壊が宇宙の元素合成(ビッグバンから数分後に起こる軽元素の生成)に影響を与えてしまう可能性があります。
解決策の提案:
この問題を解決するために、以下のような理論的モデルが提案されています。
- 分割超対称性(split supersymmetry): グラビティーノの質量がTeVスケールよりもはるかに重い
- R-パリティの微小な破れ: グラビティーノが長寿命だが完全には安定でない
- グラビティーノの質量が比較的軽い: eV(電子ボルト)からkeV(キロ電子ボルト)程度
2013年の理論提案
2013年、ノルウェーのオスロ大学のAre Raklev准教授らの研究チームは、グラビティーノからなる暗黒物質モデルを提案しました。
モデルの特徴:
- グラビティーノは完全に安定ではないが、非常に長寿命
- その寿命は宇宙の年齢よりもはるかに長い
- このモデルでは、暗黒物質の性質と超対称性理論を整合的に説明できる
Raklev准教授は、「もし万物の理論が存在し、4つの基本的な力を統一できるならば、グラビティーノは存在するはずです」と述べています。
実験的探索の現状
グラビティーノを直接的に検出することは極めて困難ですが、間接的な探索が世界中で行われています。
加速器実験
大型ハドロン衝突型加速器(LHC):
スイスのCERNにあるLHCは、世界最高エネルギーの粒子加速器です。
2012年のヒッグス粒子発見以降、超対称性粒子の本格的な探索が行われています。
探索結果(2025年2月時点):
- 重心系エネルギー13 TeVまでの探索において、超対称性粒子の明確な証拠は見つかっていません
- 2021年のCERNの論文では、「超対称性粒子がいかなる条件でも観測されなかった」と報告されています
- これにより、単純な超対称性モデルで予言される粒子は、少なくとも13 TeVで探索可能な質量領域には存在しないことが示唆されています
探索の難しさ:
グラビティーノは重力相互作用しかしないため、加速器で直接生成・検出することは極めて困難です。
実際の探索では、他の超対称性粒子が崩壊してグラビティーノを生成する過程を探しています。
暗黒物質直接検出実験
宇宙空間に漂う暗黒物質粒子が地球上の検出器と相互作用する現象を直接観測しようとする実験も行われています。
主な実験:
- XMASS実験(日本・神岡)
- LUX-ZEPLIN実験(アメリカ)
- XENON実験(イタリア・グランサッソ)
ただし、グラビティーノは重力相互作用のみを行うため、これらの実験で検出される可能性は極めて低いと考えられています。
宇宙線観測
宇宙からやってくる高エネルギー粒子(宇宙線)の中に、グラビティーノの崩壊生成物が含まれている可能性があります。
関連実験:
- IceCube実験(南極): 高エネルギーニュートリノの観測
- ANTARES実験(地中海): ニュートリノ天文学
これらの実験で観測される高エネルギーニュートリノの中に、グラビティーノの崩壊からの寄与がないか調査されています。
理論的課題と将来展望
グラビティーノと超対称性理論は、現在も活発に研究されている分野です。
現在の理論的状況
超対称性理論への懐疑:
LHCでの探索で超対称性粒子が見つかっていないことから、素粒子物理学者の間では超対称性理論に対する懐疑的な見方も広がっています。
しかし、以下の理由から、探索は継続されています。
- 探索領域の限界: これまでの探索は特定の質量領域に限られている
- 質量縮退の可能性: 粒子間の質量差が小さい場合、検出が困難
- 代替モデル: より複雑な超対称性破れのモデルの可能性
11次元超重力理論
M理論との関係:
11次元の超重力理論は、弦理論を統一する「M理論」の低エネルギー極限として重要な役割を果たします。
11次元における重力超多重項:
11次元では、重力超多重項は以下の3つの場から構成されます。
- 重力子(グラビトン): スピン2
- グラビティーノ: スピン3/2
- 3形式ゲージ場(C場): スピン0
この理論は、現在知られている唯一の古典的な11次元超重力理論です。
将来の展望
次世代加速器:
より高エネルギーの粒子衝突実験により、未探索の質量領域の超対称性粒子を探索する計画があります。
宇宙観測の進展:
暗黒物質の性質に関するより詳細な宇宙観測データが、グラビティーノ暗黒物質モデルの検証に役立つ可能性があります。
理論の発展:
量子重力理論の理解が深まることで、グラビティーノの役割がより明確になることが期待されています。
まとめ
グラビティーノ場は、超対称性理論と超重力理論が予言する、スピン3/2を持つ仮説上の場です。
重要なポイント:
- 定義と性質:
- 重力子の超対称性パートナー
- スピン3/2のフェルミ粒子
- ラリタ-シュウィンガー方程式に従う
- 重力相互作用のみを行う
- 理論的重要性:
- 超重力理論における局所超対称性のゲージ粒子
- 重力子とともに重力超多重項を形成
- スーパーヒッグス機構により質量を獲得
- 宇宙論的意義:
- 暗黒物質の候補の一つ
- 初期宇宙における生成と進化が宇宙論に影響
- 実験的現状:
- 2025年2月時点で未発見
- LHCをはじめ世界中で探索が継続中
- 検出は極めて困難だが、間接的な証拠を探している
- 理論的課題:
- 宇宙論的グラビティーノ問題
- 超対称性の破れの機構との関係
- 質量の予測範囲の不確定性
グラビティーノ場の研究は、素粒子物理学の標準模型を超える新しい物理学、暗黒物質の正体、そして究極的には量子重力理論の理解につながる可能性を秘めています。
実験技術と理論的理解の両面での進展により、グラビティーノの存在が将来確認されるか、あるいは超対称性理論そのものが修正を迫られるか、今後の研究の展開が注目されます。
参考情報
この記事は、天文学辞典、学術論文、および信頼できる科学文献をもとに作成しています。
- グラビティーノ | 天文学辞典
- 重力子 – Wikipedia
- 超対称性粒子 – Wikipedia
- 超対称性 – Wikipedia
- Gravitino – Wikipedia
- Supergravity – Wikipedia
- ダークマターの正体を説明する画期的理論 – AstroArts
- 超対称性理論 – 奈良女子大学 素粒子論研究室
- 超対称性粒子の質量の持つ新しい性質 | 九州大学 理学研究院
※この記事の情報は2025年2月時点のものです。素粒子物理学は急速に発展する分野であり、新しい実験結果や理論的進展により内容が更新される可能性があります。

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