ゲージ対称性は、現代素粒子物理学の中核を成す概念です。
電磁気学から強い相互作用まで、自然界の基本的な力のほとんどがこの原理に基づいて記述されています。
この記事では、ゲージ対称性の基本概念から標準模型における役割まで、詳しく解説します。
概要
ゲージ対称性(gauge symmetry)とは、物理法則が特定の変換(ゲージ変換)に対して不変である性質を指します。
この対称性は、素粒子間の相互作用を記述するゲージ理論の基礎となっており、標準模型の構築において不可欠な役割を果たしています。
ゲージ対称性の理解は、自然界の基本的な力の統一的な理解につながる重要な概念です。
ゲージ対称性とは何か
基本的な定義
ゲージ対称性とは、物理系がゲージ変換と呼ばれる特定の変換を施しても、物理法則が変わらない性質のことです。
最も単純な例は、電磁気学における電磁ポテンシャルのゲージ変換です。
電磁気学では、電場と磁場という観測可能な量は、電磁ポテンシャルから導出されます。
しかし、電磁ポテンシャル自体には任意性があり、ある種の変換を加えても電場と磁場は変化しません。
この変換がゲージ変換であり、物理法則がこの変換に対して不変であることがゲージ対称性です。
大域対称性と局所対称性
ゲージ対称性を理解する上で重要なのが、大域対称性と局所対称性の区別です。
大域対称性(global symmetry):
時空全体で同じ変換を行う対称性のことです。
例えば、宇宙全体を一斉に回転させても物理法則が変わらないという性質です。
局所対称性(local symmetry):
時空の各点で独立に異なる変換を行っても物理法則が不変である対称性です。
ゲージ対称性は、この局所対称性に該当します。
局所対称性が成り立つためには、ゲージ場と呼ばれる新しい場が必要になります。
このゲージ場が、力を媒介する粒子(ゲージボソン)に対応しています。
ゲージ場とゲージボソン
ゲージ対称性を持つ理論では、必然的にゲージ場が導入されます。
ゲージ場は、物質場の局所的な変換を補償するために必要な場であり、力を媒介する役割を果たします。
量子化されたゲージ場は、ゲージボソンと呼ばれる粒子に対応します。
標準模型では、以下のゲージボソンが存在します:
- 光子(電磁相互作用を媒介)
- ウィークボソン(W⁺、W⁻、Z⁰:弱い相互作用を媒介)
- グルーオン(強い相互作用を媒介)
これらのゲージボソンの存在は、ゲージ対称性の要請から自然に導かれます。
歴史的背景
ヘルマン・ワイルの先駆的研究(1918年)
ゲージの概念を最初に提案したのは、ドイツの数学者・物理学者ヘルマン・ワイル(Hermann Weyl)です。
1918年、ワイルは一般相対性理論を拡張して電磁気学を幾何学的に説明しようと試みました。
ワイルが当初考えたのは、「尺度(スケール)の局所的な変更に対する不変性」という概念でした。
ドイツ語で「尺度」を意味する”Eich”が、英語の”gauge”の語源となっています。
ワイルの当初の試みは物理的には受け入れられませんでしたが、「ゲージ」という考え方は後に量子力学の発展とともに重要な意味を持つようになりました。
量子力学との融合
量子力学が発展すると、ワイルの考えは新たな解釈を得ました。
ウラジミール・フォック(Vladimir Fock)やフリッツ・ロンドン(Fritz London)らによって、単純なスケール変換は複素数の位相変換に置き換えられました。
この再解釈により、電磁場の量子論(量子電磁力学、QED)が、U(1)ゲージ対称性を持つ理論として定式化されました。
電荷を持つ粒子の波動関数の位相が局所的に変換されても、物理法則が不変であることが示されたのです。
ヤン-ミルズ理論(1954年)
1954年、チェン・ニン・ヤン(Chen Ning Yang)とロバート・ミルズ(Robert Mills)は、電磁気学のゲージ不変性を一般化しました。
彼らは、より複雑な対称性群(非アーベル群)に基づくゲージ理論を構築したのです。
ヤン-ミルズ理論は、陽子と中性子のアイソスピン対称性をゲージ化することから出発しました。
この理論は、SU(2)という対称性群に基づいており、複数のゲージ場が互いに相互作用する構造を持っています。
ヤン-ミルズ理論は当初、実験的な応用が不明でしたが、後に弱い相互作用と強い相互作用の理論の原型となりました。
標準模型におけるゲージ対称性
素粒子物理学の標準模型(Standard Model)は、ゲージ対称性に基づいて構築されています。
標準模型のゲージ群は、SU(3) × SU(2) × U(1)という数学的構造を持ちます。
U(1)ゲージ対称性:電磁相互作用
U(1)対称性は、最も単純なゲージ対称性です。
この対称性に基づくのが、量子電磁力学(QED: Quantum Electrodynamics)です。
U(1)は、複素数の位相を変換する変換群を表しています。
電荷を持つ粒子の波動関数は、位相を自由に変更できますが、物理的な観測量(確率や電場・磁場)は変化しません。
この対称性から、電磁相互作用を媒介する光子の存在が導かれます。
光子は質量を持たず、電磁場の量子として振る舞います。
SU(2) × U(1)ゲージ対称性:電弱統一理論
弱い相互作用と電磁相互作用は、SU(2) × U(1)ゲージ対称性によって統一的に記述されます。
この理論は、シェルドン・グラショー(Sheldon Glashow)、アブドゥス・サラム(Abdus Salam)、スティーヴン・ワインバーグ(Steven Weinberg)によって確立され、電弱統一理論(electroweak theory)と呼ばれます。
SU(2)は弱アイソスピン対称性、U(1)は弱超電荷対称性に対応します。
これらの対称性から、W⁺、W⁻、Z⁰ボソンと光子が導かれます。
電弱統一理論の成功により、グラショー、サラム、ワインバーグは1979年にノーベル物理学賞を受賞しました。
SU(3)ゲージ対称性:量子色力学
強い相互作用は、SU(3)ゲージ対称性に基づく量子色力学(QCD: Quantum Chromodynamics)によって記述されます。
SU(3)は、クォークが持つ「色荷」と呼ばれる量子数の対称性です。
色荷には、赤、緑、青の3種類があり、SU(3)変換によってこれらが混ざり合います。
この対称性から、8種類のグルーオンが導かれ、クォーク間の強い相互作用を媒介します。
QCDは、漸近的自由性(asymptotic freedom)という特徴を持ちます。
これは、高エネルギー(短距離)では相互作用が弱くなり、低エネルギー(長距離)では強くなるという性質です。
この発見により、デイヴィッド・グロス(David Gross)、デイヴィッド・ポリツァー(David Politzer)、フランク・ウィルチェック(Frank Wilczek)が2004年にノーベル物理学賞を受賞しました。
標準模型の数学的構造
標準模型のゲージ群SU(3) × SU(2) × U(1)は、以下のように対応します:
| ゲージ群 | 相互作用 | ゲージボソン | 個数 |
|---|---|---|---|
| U(1) | 電磁相互作用 | 光子(γ) | 1 |
| SU(2) × U(1) | 弱い相互作用 | W⁺、W⁻、Z⁰ | 3 |
| SU(3) | 強い相互作用 | グルーオン(g) | 8 |
標準模型は、これらのゲージ対称性を基礎として、クォークとレプトンという物質粒子、そしてヒッグス粒子を含む理論体系です。
実験的に極めて高い精度で検証されており、現代物理学の最も成功した理論の一つとなっています。
自発的対称性の破れとヒッグス機構
対称性の破れの必要性
標準模型のゲージ対称性には、一つの問題がありました。
ゲージ対称性が厳密に成り立つ場合、ゲージボソンは質量を持つことができません。
しかし、実験的にW⁺、W⁻、Z⁰ボソンは質量を持つことが知られていました。
この矛盾を解決するために導入されたのが、自発的対称性の破れ(spontaneous symmetry breaking)という機構です。
ヒッグス機構
1964年、ピーター・ヒッグス(Peter Higgs)らによって提案されたヒッグス機構は、ゲージ対称性を破ることなくゲージボソンに質量を与える方法を示しました。
ヒッグス機構の核心は、真空状態(最低エネルギー状態)が対称性を破っているという考え方です。
ヒッグス場と呼ばれるスカラー場が宇宙全体に充満しており、その真空期待値がゼロでないことで、対称性が自発的に破れます。
この過程で、本来現れるはずだった南部-ゴールドストーン粒子(Nambu-Goldstone boson)が、ゲージボソンに「食べられ」て、ゲージボソンの縦波成分(質量の由来)になります。
これにより、W⁺、W⁻、Z⁰ボソンは質量を獲得します。
ヒッグス粒子の発見
ヒッグス機構が正しければ、ヒッグス場の励起状態としてヒッグス粒子(Higgs boson)が存在するはずです。
長年の探索の結果、2012年に欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)において、質量約126 GeVのヒッグス粒子が発見されました。
この発見により、ピーター・ヒッグスとフランソワ・アングレール(François Englert)は2013年にノーベル物理学賞を受賞しました。
ヒッグス粒子の発見は、標準模型の完成を意味する歴史的な成果となりました。
ゲージ対称性の数学的側面
ファイバー束の幾何学
ゲージ理論は、数学的にはファイバー束(fiber bundle)の幾何学として理解されます。
ファイバー束は、時空の各点に「内部空間」が付随した構造を表現します。
ゲージ変換は、この内部空間における座標変換に対応しています。
ゲージ場は、内部空間の「捻れ」を表す接続(connection)として解釈され、場の強さは曲率(curvature)に対応します。
この幾何学的解釈により、ゲージ理論は単なる数学的記号操作ではなく、内部空間の幾何学を研究する理論として位置づけられます。
共変微分とゲージ場
局所ゲージ対称性を実現するためには、通常の微分を共変微分(covariant derivative)に置き換える必要があります。
共変微分は、ゲージ場を用いて定義され、ゲージ変換の下で適切に変換される微分演算子です。
ゲージ場は、共変微分を定義する際に自然に導入されます。
物質場の微分がゲージ変換で不変になるように補正するために、ゲージ場との相互作用項が現れるのです。
ゲージ不変な作用
ゲージ理論の構築では、作用(action)がゲージ変換に対して不変であることが要求されます。
この要求から、許される相互作用の形が大きく制限されます。
標準模型のラグランジアン(作用の密度)は、SU(3) × SU(2) × U(1)ゲージ不変性とローレンツ不変性(特殊相対性理論の要請)から、ほぼ一意的に決定されます。
この意味で、ゲージ対称性は理論の構造を強く制限する原理となっています。
ゲージ対称性の物理的意味
対称性か冗長性か
ゲージ対称性の解釈については、物理学の分野によって見方が異なります。
物性物理学の一部では、「ゲージ対称性は対称性ではなく、単なる記述の冗長性である」という立場が主張されることがあります。
この見方では、ゲージ自由度は観測可能な物理量に影響を与えない「見かけの自由度」であり、ゲージ変換は物理的に意味のない変換とされます。
一方、素粒子物理学や一般相対性理論の分野では、ゲージ対称性を真の対称性として扱う方が自然な場合があります。
特に、カルツァ-クライン(Kaluza-Klein)理論のような高次元理論では、ゲージ場は高次元時空の計量テンソルの成分として現れ、ゲージ変換は一般座標変換の一部として解釈されます。
ゲージ原理
現代素粒子物理学では、「ゲージ原理(gauge principle)」という考え方が重要視されています。
これは、大域対称性を局所対称性に拡張することで、相互作用が自然に導かれるという原理です。
ゲージ原理に従えば、物質場が持つ内部対称性を局所化することで、力を媒介するゲージ場が必然的に導入されます。
電磁気学、弱い相互作用、強い相互作用のすべてが、この原理に基づいて統一的に記述されています。
まとめ
ゲージ対称性は、現代素粒子物理学の基礎を成す重要な概念です。
以下、この記事の要点をまとめます:
- ゲージ対称性の本質: 物理法則が局所的な変換(ゲージ変換)に対して不変である性質
- 歴史的発展: ヘルマン・ワイルの先駆的研究(1918年)から、ヤン-ミルズ理論(1954年)を経て、標準模型の確立へ
- 標準模型の構造: SU(3) × SU(2) × U(1)ゲージ対称性に基づき、強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用を統一的に記述
- ヒッグス機構: 自発的対称性の破れにより、ゲージボソンが質量を獲得する仕組み
- 数学的基盤: ファイバー束の幾何学、共変微分、ゲージ不変な作用
- 物理的意義: ゲージ原理による相互作用の統一的理解
ゲージ対称性の概念は、20世紀物理学の最も重要な発見の一つであり、自然界の基本的な力の理解に革命をもたらしました。
標準模型の成功は、ゲージ対称性の妥当性を強く支持しています。
参考情報
この記事で参照した情報源
学術資料・研究機関
- 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構(KMI) – 対称性の破れとゲージダイナミックス研究プロジェクト
- 九州大学 素粒子物理学入門 – 標準模型の解説
- 東京大学 物理学実験 – ゲージ理論入門資料
- 名古屋大学 素粒子物理学講義 – 対称性とゲージ相互作用
- 東北大学 経路積分とゲージ理論 – 場の量子論講義資料
百科事典・総説
- Wikipedia「ゲージ理論」(日本語版)
- Wikipedia「Gauge theory」(英語版)
- Wikipedia「Standard Model」(英語版)
- Scholarpedia: Gauge theories – 専門家による詳細な解説
学術論文・専門書
- Springer: Gauge Theories and the Standard Model
- arXiv: The Gauge Principle and Foundations of the Standard Model – QEDを通じた標準模型入門
- UCSC: Gauge Theories and the Standard Model (PDF)
解説記事
- ゲージ対称性は、対称性ではないのか?(note) – 物性物理と素粒子物理の視点の違い
- TANAAKK: Gauge Symmetry – 幾何学的解釈
参考になる外部サイト
- 高エネルギー加速器研究機構(KEK)キッズサイエンティスト – 素粒子物理学の基礎知識
- CERN(欧州原子核研究機構) – ヒッグス粒子発見の舞台となった研究機関

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