物理学では、同じ現象でも観察者の立場によって見え方が変わります。
ガリレイ変換は、異なる観察者が見た物理現象を結びつける重要な数学的な道具です。
この記事では、ガリレイ変換とは何か、なぜ重要なのかを、できるだけわかりやすく解説します。
ガリレイ変換とは何か
ガリレイ変換(ガリレイへんかん)とは、互いに一定の速度で動いている2つの観察者が測定する座標(位置や時刻)を結びつける変換式のことです。
例えば、線路の横に立っている人と、電車に乗っている人では、同じボールを見ても位置や速度が違って見えます。
ガリレイ変換は、この2人の測定値を結びつける式です。
この変換は、イタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)の名前にちなんでいます。
ガリレイは、等速直線運動している船の中でも地上と同じ物理法則が成り立つことを思考実験で示しました。
座標系と慣性系
ガリレイ変換を理解するには、まず座標系と慣性系の概念を理解する必要があります。
座標系とは
座標系とは、物体の位置を数値で表すための基準のことです。
例えば、教室の一角を原点(0,0,0)として、そこからの距離で物の位置を表すことができます。
物理学では、観察者ごとに異なる座標系を設定することがあります。
例えば、地面に立っている人の座標系と、動いている電車に乗っている人の座標系は異なります。
慣性系とは
慣性系(かんせいけい)とは、ニュートンの運動法則がそのまま成り立つ座標系のことです。
具体的には、外から力を受けていない物体が等速直線運動(一定の速度でまっすぐ進む運動)を続ける座標系です。
これを慣性の法則といいます。
重要なのは、ある慣性系に対して等速直線運動している別の座標系も慣性系になるということです。
静止している観察者も、一定速度で動いている観察者も、どちらも慣性系にいることができます。
慣性系の例
地面に静止している人の座標系は、近似的に慣性系です(厳密には地球の自転や公転の影響がありますが、日常的なスケールでは無視できます)。
その地面に対して時速60キロで等速直線運動している車の中も、近似的に慣性系です。
車が加速したり減速したり、カーブを曲がったりしている間は慣性系ではありません。
ガリレイ変換の式
ガリレイ変換の具体的な式を見てみましょう。
設定
2つの慣性系SとS’を考えます。
- 座標系S:地面に静止している観察者の座標系
- 座標系S’:S系に対して一定速度vでx軸方向に動いている観察者の座標系
両方の座標系は、時刻t=0のときに原点が一致していたとします。
また、y軸とz軸の方向は両者で平行です。
変換式
ある出来事(例えばボールが特定の位置にあること)について、S系での座標を(x, y, z, t)、S’系での座標を(x’, y’, z’, t’)とすると、以下の関係が成り立ちます。
x’ = x – vt
y’ = y
z’ = z
t’ = t
これがガリレイ変換の基本式です。
式の意味
各式の意味を見てみましょう。
x’ = x – vt
これは、S’系の原点がS系から見て距離vtだけ移動しているため、S’系から見たx座標はS系でのx座標からvtを引いた値になることを表しています。
y’ = y、z’ = z
運動方向(x軸)に垂直な方向の座標は変わりません。
t’ = t
これは「絶対時間」の仮定を表しています。
つまり、時間の流れは観察者によらず共通であるという考え方です。
この最後の式は、後に特殊相対性理論で修正されることになります。
具体例:電車とボール
ガリレイ変換を具体的な例で理解してみましょう。
設定
時速30kmで走っている電車があります。
電車内の乗客が、電車の進行方向に時速100kmのピッチングマシンでボールを発射しました。
2つの視点
電車内の乗客から見た場合(S’系)
電車内の乗客から見ると、自分は静止しています。
ボールは時速100kmで進行方向に飛んでいきます。
線路の横に立っている人から見た場合(S系)
線路の横に立っている人から見ると、どうなるでしょうか。
ボールは電車の速度30kmに、電車内での速度100kmが加わります。
ガリレイ変換によれば、地上から見たボールの速度は130km(=30km+100km)です。
速度の合成則
このように、ガリレイ変換では速度は単純な足し算で合成されます。
S’系での速度をu’、S系での速度をuとすると、
u = u’ + v
という関係が成り立ちます。
これを速度の合成則といいます。
加速度の不変性
ガリレイ変換の重要な性質の一つは、加速度が変換によって変わらないことです。
速度の変換
速度の変換式を求めてみましょう。
位置の変換式x’ = x – vtの両辺を時間で微分すると、
dx’/dt = dx/dt – v
となります。
左辺は dx’/dt = dx’/dt’ × dt’/dt = dx’/dt'(t’ = tより)なので、S’系での速度です。
右辺のdx/dtはS系での速度です。
つまり、S’系での速度はS系での速度からvを引いたものになります。
加速度の変換
さらに時間で微分すると、
d²x’/dt² = d²x/dt² – dv/dt
ここで、vは一定(等速直線運動)なので dv/dt = 0 です。
したがって、
d²x’/dt² = d²x/dt²
となります。
これは、加速度が座標系によらず同じ値になることを意味します。
ガリレイの相対性原理
ガリレイ変換の最も重要な意味は、ニュートンの運動法則が異なる慣性系で同じ形を保つことです。
ニュートンの運動法則
ニュートンの運動の第2法則は、
F = ma
と表されます。
Fは力、mは質量、aは加速度です。
異なる慣性系での法則
先ほど見たように、加速度aは慣性系が変わっても変わりません。
また、力Fも(同じ物体に作用する力なので)変わりません。
質量mも変わりません。
したがって、S系で F = ma が成り立つなら、S’系でも F = ma が成り立ちます。
ガリレイの相対性原理
このように、物理法則が慣性系によらず同じ形で成り立つという原理を、ガリレイの相対性原理といいます。
これは、すべての慣性系が物理的に対等であることを意味します。
「絶対的に静止している」特別な慣性系は存在しません。
等速直線運動している電車の中でも、地上でも、同じ物理法則が成り立つのです。
ガリレイ変換が適用できる範囲
ガリレイ変換は、日常的な速度の範囲では非常に正確に成り立ちます。
適用できる場合
相対速度が光速(秒速約30万km)に比べて十分に小さい場合、ガリレイ変換は現実をよく記述します。
例えば、新幹線(時速約300km)、飛行機(時速約1000km)、さらには人工衛星(秒速約8km)でさえ、光速に比べればほぼゼロです。
これらの速度では、ガリレイ変換の誤差は測定できないほど小さく、実用上は完全に正確です。
適用できない場合
しかし、光速に近い速度では、ガリレイ変換は成り立ちません。
特に重要なのは、光の速度そのものです。
ガリレイ変換によれば、光の速度は観察者によって異なるはずです。
例えば、光源が動いている場合、その速度が光の速度に加算されるはずです。
しかし、実験によれば、光の速度はどの慣性系から測っても常に一定(秒速約30万km)です。
電磁気学との矛盾
19世紀後半、ガリレイ変換の重大な問題が明らかになりました。
マクスウェルの方程式
電磁気学の基本法則であるマクスウェルの方程式は、光が電磁波であることを示しました。
この方程式から、光速は約秒速30万kmという一定の値として導かれます。
しかし、マクスウェルの方程式はガリレイ変換で形が変わってしまいます。
つまり、異なる慣性系では異なる法則になってしまうのです。
マイケルソン・モーレーの実験
1887年、アルバート・マイケルソンとエドワード・モーレーは、精密な実験を行いました。
当時は、光を伝える媒質として「エーテル」という物質が宇宙に満ちていると考えられていました。
地球はエーテルの中を動いているので、光の速度は地球の運動方向によって変わるはずです。
しかし、どんなに精密に測定しても、光速は方向によって変化しませんでした。
この結果は、物理学者を大いに困惑させました。
2つの可能性
この実験結果を説明するには、以下のいずれかを認める必要がありました。
- 光速は慣性系によって変わる(マクスウェルの方程式が正しくない)
- 光速は常に一定(ガリレイ変換が正しくない)
どちらも当時の常識からは受け入れがたいものでした。
ローレンツ変換と特殊相対性理論
この矛盾を解決したのが、アルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論(1905年)です。
アインシュタインの仮定
アインシュタインは、2つの基本原理を提唱しました。
- 物理法則はすべての慣性系で同じ形で成り立つ(相対性原理)
- 光速はすべての慣性系で一定である(光速度不変の原理)
特に重要なのは、第2の原理です。
これは、光源や観測者の運動によらず、真空中の光速は常に一定であるという主張です。
ローレンツ変換
この2つの原理を満たす座標変換が、ローレンツ変換です。
ローレンツ変換の式は以下のようになります(簡略版)。
x’ = γ(x – vt)
t’ = γ(t – vx/c²)
ここで、γ = 1/√(1 – v²/c²) はローレンツ因子、cは光速です。
重要なのは、時間の変換式 t’ = t が成り立たず、時間も座標変換を受けることです。
ガリレイ変換との関係
相対速度vが光速cに比べて十分に小さい(v << c)とき、γ ≈ 1 となり、ローレンツ変換はガリレイ変換に近づきます。
つまり、ガリレイ変換は、ローレンツ変換の低速度近似なのです。
日常的な速度では、ローレンツ変換とガリレイ変換の差は無視できるほど小さいため、ガリレイ変換で十分正確な結果が得られます。
ガリレイ変換の歴史的意義
ガリレイ変換は、物理学の発展において極めて重要な役割を果たしました。
ニュートン力学の基礎
ガリレイ変換とガリレイの相対性原理は、ニュートン力学の基礎となる概念です。
すべての慣性系が対等であるという考え方は、「絶対的な静止」という概念を否定し、運動の相対性を明確にしました。
特殊相対性理論への道
ガリレイ変換が電磁気学と矛盾するという発見は、物理学の革命につながりました。
この矛盾を解決する過程で、時間と空間についての私たちの常識が根本から覆され、特殊相対性理論が誕生しました。
現代物理学における位置づけ
今日では、ガリレイ変換は厳密には正しくないことがわかっています。
正しい変換はローレンツ変換です。
しかし、日常的な速度の範囲では、ガリレイ変換は実用上完全に正確です。
工学や日常生活では、今でもガリレイ変換が広く使われています。
ガリレイ変換の応用例
ガリレイ変換は、様々な場面で実用的に使われています。
航空機の速度計算
風速が時速50kmの向かい風の中を、時速900kmで飛ぶ飛行機を考えます。
地上から見た飛行機の速度は、ガリレイ変換により時速850kmと計算できます。
河川の流れと船の速度
川の流れが時速5kmで、船が静水中で時速10kmで進める場合を考えます。
下流に向かえば地上から見た速度は時速15km、上流に向かえば時速5kmです。
人工衛星の軌道計算
地球の自転速度と人工衛星の速度を合成する際、ガリレイ変換が使われます。
人工衛星の速度は秒速約8kmですが、これは光速の約0.003%に過ぎないため、ガリレイ変換で十分正確です。
野球のボールの速度
動いているトラックから投げたボールの速度を計算する場合も、ガリレイ変換が使えます。
時速40kmで走るトラックから時速100kmで投げたボールは、地上から見ると時速140kmで飛んでいきます。
まとめ
ガリレイ変換とは、互いに等速直線運動している2つの慣性系の座標を結びつける変換式です。
基本的な変換式は以下の通りです。
x’ = x – vt
y’ = y
z’ = z
t’ = t
ここで、vは2つの座標系の相対速度です。
ガリレイ変換の重要な性質は以下の通りです。
- 速度は単純な足し算で合成される
- 加速度は座標系によらず不変である
- ニュートンの運動法則は形を変えない(ガリレイの相対性原理)
- 時間はすべての慣性系で共通である(絶対時間)
ガリレイ変換は、日常的な速度の範囲(光速に比べて十分遅い場合)では非常に正確に成り立ちます。
工学や日常生活では、今でも広く使われている実用的な変換です。
しかし、光速に近い速度や電磁気学の法則を考える場合、ガリレイ変換は成り立ちません。
特に、マクスウェルの方程式がガリレイ変換で形を変えてしまうという問題が、19世紀末に明らかになりました。
この矛盾は、アインシュタインの特殊相対性理論によって解決されました。
特殊相対性理論では、ガリレイ変換の代わりにローレンツ変換が使われます。
ローレンツ変換では、時間も座標変換を受け、「絶対時間」の概念は否定されます。
ガリレイ変換は、ローレンツ変換の低速度近似と見なすことができます。
つまり、速度が光速に比べて十分小さい極限で、ローレンツ変換はガリレイ変換に一致します。
ガリレイ変換は、ニュートン力学の基礎をなす概念であり、「すべての慣性系は物理的に対等である」という相対性の考え方を初めて明確にしました。
この考え方は、後の特殊相対性理論や一般相対性理論にも引き継がれ、現代物理学の基本原理の一つとなっています。

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