ダークマター(dark matter、暗黒物質)は、宇宙に大量に存在するにもかかわらず、光や電磁波では観測できない謎の物質です。
私たちが見ることができる星や銀河などの通常の物質は、宇宙全体のわずか5%にすぎません。
残りの95%は、ダークマター(約27%)とダークエネルギー(約68%)という、正体不明の存在が占めています。
ダークマターは直接観測することはできませんが、重力を通じて通常の物質に影響を与えます。
その重力効果から、ダークマターの存在が間接的に確認されています。
この記事では、ダークマターの発見の歴史から、存在の証拠、正体の候補、検出実験、そして最新の研究成果まで、わかりやすく解説します。
ダークマターとは何か
ダークマター(暗黒物質)とは、宇宙に存在すると考えられている、光などの電磁波で観測できない未知の物質です。
宇宙の組成
2013年、欧州宇宙機関(ESA)のプランク衛星の観測結果に基づいて、宇宙の組成が以下のように発表されました。
- ダークエネルギー: 約68%
- ダークマター: 約27%
- 通常の物質(原子からなる物質): 約5%
つまり、私たちが知っている原子からなる物質(バリオン)は、宇宙全体のエネルギー密度のわずか5%以下でしかありません。
ダークマターは、その5倍以上も存在します。
ダークマターの性質
ダークマターには、以下のような性質があると考えられています。
- 電荷を持たない: 電磁波(光、X線、電波など)を放出、吸収、反射しない
- 質量を持つ: 重力を及ぼす
- 安定である: 長期間存在し続ける
- 通常の物質とほとんど相互作用しない: 幽霊のように通常の物質を通り抜ける
このような性質を持つ物質は、現在知られている素粒子では説明できません。
そのため、ダークマターは未発見の新しい種類の素粒子である可能性が高いと考えられています。
「暗黒(ダーク)」と呼ばれる理由
ダークマターが「暗黒物質」と呼ばれるのは、光を発しないためです。
これまで宇宙の観測には、主に光やX線、赤外線などの電磁波が利用されてきました。
しかし、ダークマターは電磁波を一切放出しないため、望遠鏡で直接観測することができません。
ダークマター発見の歴史
フリッツ・ツヴィッキーの発見(1933年)
ダークマターの存在を最初に示唆したのは、スイス系アメリカ人の天文学者フリッツ・ツヴィッキーです。
1933年、ツヴィッキーは「かみのけ座銀河団」を観測し、銀河団内の銀河の運動速度を測定しました。
彼はビリアル定理を適用して銀河団の総質量を計算したところ、目に見える星の質量だけでは、銀河が高速で運動しているにもかかわらず銀河団から飛び出さない理由を説明できないことを発見しました。
観測された銀河の運動速度を保つには、目に見える星の質量の約400倍もの質量が必要だったのです。
ツヴィッキーは、この観測できない質量を「欠損質量(missing mass、ミッシングマス)」と呼びました。
当初は「dark matter(暗黒物質)」という語は、見えにくい通常の物質を指していました。
しかし、後の研究により、これが未知の新しい種類の物質であることが明らかになっていきます。
ヴェラ・ルービンの観測(1970年代)
1970年代後半、アメリカの天文学者ヴェラ・ルービンとケント・フォードは、渦巻き銀河の回転速度を詳細に観測しました。
彼らは、銀河の回転曲線(銀河の中心からの距離と回転速度の関係)が予想と大きく異なることを発見しました。
通常、銀河の中心から離れるほど、星の軌道速度は遅くなるはずです。
しかし、実際には銀河の外側でも速度がほとんど低下せず、むしろ一定か少し上昇していました。
この観測結果を説明するには、目に見える星の約10倍もの質量が銀河に付随している必要がありました。
ルービンの観測により、ダークマターの存在がより確実なものとなり、天文学と物理学の根本的な問題として認識されるようになりました。
ダークマターの存在を示す証拠
ダークマターは直接観測できませんが、重力を通じた様々な現象から、その存在が間接的に確認されています。
銀河の回転曲線
銀河の中心の周りを公転している星には、回転の中心から離れる方向に遠心力が働きます。
この遠心力と銀河内の物質による重力が釣り合うことで、星は銀河から飛び出すことなく回り続けることができます。
目に見える星とガスだけから予想される回転速度と、実際に観測される回転速度を比較すると、外側の星が予想以上に速く回転していることがわかります。
これを説明するには、銀河を取り囲むように大量のダークマターが存在する必要があります。
重力レンズ効果
重力レンズとは、遠方の天体と私たちの間にある別の銀河や銀河団の重力によって、遠方の天体から発せられた光の進む方向が曲げられる現象です。
一般相対性理論によれば、質量を持つ物体は周囲の時空を歪ませます。
光はこの歪んだ時空に沿って進むため、結果として光の経路が曲がります。
重力レンズによる効果は、夜空の複数の方向に同じ銀河の像が見える現象として観測されます。
天体の像が歪んで見える様子を詳しく観測することで、重力レンズ効果をもたらしている銀河や銀河団に存在するダークマターの質量を推定できます。
遠方の天体と私たちの間にある銀河・銀河団の質量が大きいほど、光の曲がり方も大きくなります。
ダークマターを直接見ることはできませんが、その重力効果から質量を測定できるのです。
バレット・クラスター(2006年)
2006年、科学者たちは「バレット・クラスター」(1E 0657-56)を観測し、ダークマターの直接的な証拠を発見しました。
この銀河団は、2つの大きな銀河団が約38億光年離れた場所で衝突してできたものです。
衝突の際、一方の銀河団の高温ガスは、もう一方の高温ガスと相互作用しました。
重力レンズ効果の観測により、質量の中心(ダークマターの位置)と高温ガス(通常の物質)の位置がずれていることが明らかになりました。
これは、ダークマターが通常の物質とは異なる振る舞いをする物理的実在であることを示す強力な証拠となりました。
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)
宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンの約38万年後に放出された光の名残です。
ダークマターは電磁波と直接相互作用しませんが、その重力ポテンシャルによってCMBに影響を与えます。
通常の物質とダークマターの密度ゆらぎは、時間とともに異なる進化をし、CMBに異なる痕跡を残します。
CMBの観測データは、Lambda-CDM(冷たいダークマター)モデルとよく一致しています。
2003年から2012年にかけてのWMAP衛星、2013年から2015年にかけてのプランク衛星による精密な観測は、ダークマターの存在を強く支持しています。
宇宙の大規模構造
現在の宇宙は、銀河団が連なったフィラメント状の構造と、銀河が希薄な空洞(ボイド)が複雑に絡み合った網の目のような構造をしています。
この大規模構造の形成は、次のように考えられています。
初期宇宙のわずかなゆらぎからダークマターの密度に差が生じ、密度の濃いところは重力によってさらにダークマターを引き寄せていきました。
そして、徐々に通常の物質であるチリやガスも引き寄せ、やがて星や銀河が形成されました。
シミュレーションによると、ダークマターがなければ、現在観測されるような銀河の分布は形成されません。
ダークマターは、宇宙の構造形成に不可欠な役割を果たしているのです。
ダークマターの正体の候補
ダークマターの正体は分かっていませんが、いくつかの有力な候補が提案されています。
冷たいダークマターと熱いダークマター
ダークマターは、宇宙の晴れ上がりの時点での運動エネルギーによって分類されます。
冷たいダークマター(Cold Dark Matter, CDM)
宇宙初期に非相対論的(ゆっくり運動していた)だったダークマター。
観測データとよく合うのは、この冷たいダークマターです。
熱いダークマター(Hot Dark Matter)
宇宙初期に相対論的(光速に近い速度で運動していた)だったダークマター。
ニュートリノが代表例です。
シミュレーションの結果、宇宙の大規模構造をよく再現するのは冷たいダークマターモデルであることがわかっています。
WIMP(ウィンプ)
最も有力な候補の一つが、WIMP(Weakly Interacting Massive Particles、弱い相互作用をする重い粒子)です。
WIMPは、弱い力(素粒子物理学における4つの基本的な力の一つ)を通じてのみ相互作用する仮想的な粒子です。
質量は陽子の100倍から1000倍程度と予想されています。
ニュートラリーノ
超対称性理論で予言されている粒子で、WIMPの代表的な候補です。
ニュートラリーノ同士が衝突すると、稀に対消滅を起こし、高エネルギー粒子やガンマ線に変化すると予想されています。
アクシオン
アクシオンは、素粒子物理学の理論(量子色力学)で存在が期待されている非常に軽い粒子です。
質量は電子の10兆分の1程度と予想されており、WIMPとは対照的に極めて軽い粒子です。
理論的には、強い磁場の存在下で光子(検出可能な光の粒子)に変換されると考えられています。
MACHO(マッチョ)
MACHO(Massive Astrophysical Compact Halo Object、銀河ハロー内の大質量でコンパクトな天体)は、光をほとんど出さない天体の総称です。
候補には以下が含まれます。
- 褐色矮星(核融合を起こすほどのガス質量がなかった天体)
- 白色矮星
- 中性子星
- ブラックホール
- 原始ブラックホール(宇宙誕生直後に形成されたブラックホール)
しかし、様々な観測により、MACHOがダークマターに占める割合は少ないことが示されています。
2018年の研究では、原始ブラックホールはダークマターの約23%以下しか占めないと結論されました。
ダークマターの検出実験
ダークマターの正体を解明するため、世界中で様々な検出実験が行われています。
直接検出実験
地下深くに設置された大型の検出器を使って、ダークマター粒子が通常の物質と衝突する瞬間を直接捉えようとする実験です。
XMASS実験(日本)
岐阜県飛騨市の神岡鉱山地下に設置された実験装置。
液体キセノンを用いてダークマター粒子の検出を試みています。
LUX-ZEPLIN(アメリカ)
サウスダコタ州の地下約1.5キロメートルに設置された、世界最大級のダークマター検出器。
間接検出実験
ダークマター粒子同士が衝突・対消滅することで生じるガンマ線や宇宙線を観測する実験です。
CTA(チェレンコフ・テレスコープ・アレイ)
ガンマ線観測施設。
ニュートラリーノの対消滅によって発生するガンマ線を検出することを目指しています。
Fermi(フェルミ)ガンマ線宇宙望遠鏡
NASAのガンマ線観測衛星。
銀河内のダークマター対消滅の証拠を探しています。
加速器実験
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)などの粒子加速器で、ダークマター粒子を人工的に生成しようとする実験です。
もしダークマター粒子がLHCで生成されれば、検出器を素通りするため直接観測はできません。
しかし、衝突後にエネルギーと運動量が「不足」することから、その存在を推測できます。
ダークマターとダークエネルギーの違い
ダークマターとダークエネルギーは、どちらも「ダーク(暗黒)」という言葉がつきますが、全く異なる存在です。
ダークマター
- 宇宙の約27%を占める
- 質量を持ち、重力を及ぼす
- 銀河や銀河団を引き寄せる
- 宇宙の構造形成を促進
ダークエネルギー
- 宇宙の約68%を占める
- 宇宙の膨張を加速させる
- 銀河を遠ざける
- 真空のエネルギーと関連すると考えられている
ダークマターは銀河を引き寄せますが、ダークエネルギーは銀河を押し離します。
この2つの効果が、宇宙の進化を決定しているのです。
宇宙におけるダークマターの役割
ダークマターは、宇宙の構造形成において極めて重要な役割を果たしています。
銀河の形成
宇宙が誕生した当初、通常の物質とダークマターはまばらに分布していました。
ダークマターは通常の物質よりも先に集まり始め、そのダークマターの塊が通常の物質を引き寄せました。
これにより、星や銀河が形成されるのに十分な物質が集まった領域が生まれました。
つまり、ダークマターが宇宙における銀河の大規模な分布を決定したのです。
惑星形成への影響
ダークマターは、銀河や星の形成を本来よりも早く始めさせることで、惑星形成の条件を整える役割も果たしました。
初期の世代の星は、宇宙の大部分を占めていた水素とヘリウムを、地球のような惑星を構成する多様な元素に変換しました。
ダークマターにより星の形成が早まったことで、複雑な惑星が形成される時間が増えたのです。
私たちの身の回りにも
理論計算によると、私たちの身の回りにもダークマターは1リットル当たり約1個ほど存在すると考えられています。
ダークマターは地球を幽霊のように通り抜けていますが、その重力効果は太陽系や地球にも影響を与えている可能性があります。
最新の研究動向
NASAジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測(2025年)
2025年1月、NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使った研究チームが、これまでで最も詳細で高解像度のダークマターのマップを作成しました。
このマップは、六分儀座の方向にある約80万個の銀河を観測して作成されました。
観測領域は満月の約2.5倍の大きさです。
研究により、ダークマターと通常の物質が密接に重なり合っていることが確認されました。
この重なりは偶然ではなく、ダークマターの重力が通常の物質を引き寄せていることを示しています。
120億年前のダークマターの検出(2022年)
2022年、名古屋大学を中心とする研究チームが、約120億年前に存在した銀河の周囲のダークマターの検出に成功しました。
これは、ダークマターの最も早期の検出記録です。
研究チームは、ビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射を利用してこの観測を行いました。
興味深いことに、初期宇宙のダークマターは、現在の宇宙論モデルが予測するよりも「塊が少ない」可能性が示唆されています。
この発見が確認されれば、宇宙の進化を理解する上で重要な手がかりとなります。
日本のダークマター研究プロジェクト
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)を中心として、「ダークマターの正体は何か?—広大なディスカバリースペースの網羅的研究」というプロジェクトが進行中です。
このプロジェクトでは、様々な質量範囲のダークマター候補を網羅的に探索する多角的なアプローチが取られています。
まとめ
ダークマター(暗黒物質)は、宇宙の約27%を占める謎の物質です。
光や電磁波では観測できませんが、重力を通じて通常の物質に影響を与えます。
ダークマターの存在は、1933年のフリッツ・ツヴィッキーの観測に始まり、1970年代のヴェラ・ルービンの研究により確固たるものとなりました。
現在では、銀河の回転曲線、重力レンズ効果、宇宙マイクロ波背景放射、宇宙の大規模構造など、様々な観測からその存在が間接的に確認されています。
ダークマターの正体については、WIMP(ニュートラリーノ)やアクシオンといった未発見の素粒子が有力な候補とされています。
世界中で直接検出実験、間接検出実験、加速器実験が行われていますが、現時点では決定的な証拠は得られていません。
ダークマターは、宇宙の構造形成において極めて重要な役割を果たしています。
ダークマターが先に集まることで通常の物質が引き寄せられ、銀河や星が形成されました。
その意味で、ダークマターは私たちの存在にも間接的に関わっているのです。
2025年のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測など、最新の研究により、ダークマターの分布や性質についての理解が深まっています。
ダークマターの正体解明は、現代宇宙物理学の最大の課題の一つであり、その発見は宇宙の成り立ちの理解を大きく前進させるでしょう。
参考情報
本記事は以下の信頼できる情報源を参照して作成しました。
- Wikipedia:暗黒物質
- sorae:ダークマター(暗黒物質)とは?
- 天文学辞典:ダークマター
- 東京大学XMASS実験:ダークマターとは
- 東京工業大学:ダークマターの正体はブラックホールか?
- NASA:Dark Matter
- NASA:NASA Reveals New Details About Dark Matter’s Influence on Universe
- Department of Energy:DOE Explains…Dark Matter
- CERN:Dark matter
- Wikipedia:Dark matter
- Britannica:Dark matter
※最終更新日:2025年2月14日

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