「地球の表面って、どこまで行っても端っこがないのに、歩き続けても無限に広がっているわけじゃない」
「ドーナツの表面も、端っこはないけど、ずっと歩いても宇宙まで行かない」
実は、これらはすべて「コンパクト多様体」という数学の概念で説明できるんです。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、実はとてもイメージしやすい概念です。
この記事では、位相幾何学における重要な概念「コンパクト多様体」について、中学生でも理解できるように、できるだけわかりやすく解説していきます。
コンパクト多様体を理解する前に
コンパクト多様体を理解するには、まず2つの概念を知っておく必要があります。
多様体とは
多様体(manifold)とは、簡単に言うと「局所的には平らに見える曲がった空間」のことです。
身近な例
地球の表面を想像してください。
あなたが立っている場所の周りを見ると、地面は平らに見えますよね。
でも、実際には地球全体は球の形をしています。
つまり、「近くで見ると平ら(ユークリッド空間のよう)だけど、全体では曲がっている」というのが多様体の特徴です。
多様体の次元
多様体には次元があります。
円や楕円は1次元多様体、地球の表面やドーナツの表面は2次元多様体、私たちが住む空間は3次元多様体です。
コンパクトとは
コンパクト(compact)とは、数学用語で「有限の大きさに収まっている」という意味です。
イメージ
想像してみてください。
あなたが大きな布を持っていて、何か図形を覆おうとしています。
円:有限枚の布で完全に覆えます→コンパクト
無限に続く直線:何枚布を使っても覆いきれません→非コンパクト
コンパクトな空間は、ある意味で「有限」なんです。
無限に広がらず、「閉じ込められている」イメージです。
コンパクトの正式な定義
数学的には、「任意の開被覆に対して有限部分被覆が存在する」という性質をコンパクト性といいます。
これは難しそうに見えますが、要するに「どんな覆い方をしても、有限個で覆える」という意味です。
コンパクト多様体とは
コンパクト多様体とは、「コンパクトである多様体」のことです。
定義
位相空間としてコンパクトな性質を持つ多様体を、コンパクト多様体といいます。
もっと簡単に言うと、「端っこはないけど、無限に広がっていない、曲がった空間」です。
コンパクト多様体と閉多様体
用語の整理をしておきます。
コンパクト多様体
位相空間としてコンパクトな多様体のことです。
境界(縁)を持つ場合もあります。
閉多様体
境界を持たないコンパクト多様体を特に「閉多様体」といいます。
例えば、円盤(ディスク)は2次元のコンパクト多様体ですが、縁があるので閉多様体ではありません。
一方、球面は縁がないので、2次元の閉多様体です。
注意:「閉」という言葉は、位相空間の「閉集合」とは別の意味で使われています。
コンパクト多様体の具体例
実際にどんなものがコンパクト多様体なのか、具体的に見ていきましょう。
1次元のコンパクト多様体
円
円は唯一の連結な1次元コンパクト多様体です。
どこから始めても、ぐるっと回れば元の場所に戻ってきます。
端っこはありませんが、無限に続くわけでもありません。
直線はコンパクトではない
一方、まっすぐな直線は1次元多様体ですが、コンパクトではありません。
どこまで行っても終わりがなく、無限に広がっているからです。
2次元のコンパクト多様体
2次元のコンパクト多様体は、私たちがイメージしやすい形をしています。
球面
地球の表面のような球面は、最も基本的な2次元コンパクト多様体です。
どこにも端っこがなく、表面を歩き続けても元の場所に戻ってきます。
数学では、3次元空間内の単位球(中心からの距離が1の点の集合)の表面を球面といい、S²と表記します。
トーラス(ドーナツ型)
ドーナツの表面の形をトーラス(torus)といいます。
これも2次元のコンパクト多様体です。
トーラスには「穴」が1つあります。
この穴の数を「種数(genus)」といいます。
球面の種数は0、トーラスの種数は1です。
種数が2以上の閉曲面
穴が2つあるドーナツのような形、穴が3つあるもの、と考えていくと、種数がいくつでもある閉曲面を作ることができます。
クラインの壺
クラインの壺(Klein bottle)は、不思議な2次元コンパクト多様体です。
3次元空間では自分自身と交わってしまいますが、4次元空間では交わらずに存在できます。
向きが付けられない(裏表の区別がつかない)多様体の例です。
円盤
円盤(中身が詰まった円)は2次元のコンパクト多様体ですが、縁があるので閉多様体ではありません。
高次元のコンパクト多様体
n次元球面
3次元以上の次元にも球面を考えることができます。
n次元球面S^nは、n次元のコンパクト多様体です。
n次元トーラス
円をn個掛け合わせた空間を、n次元トーラスT^nといいます。
これもn次元のコンパクト多様体です。
実射影空間
n次元実射影空間RP^nは、n次元のコンパクト多様体です。
複素射影空間
n次元複素射影空間CP^nは、2n次元のコンパクト多様体です。
コンパクト多様体の重要な性質
コンパクト多様体には、数学的に非常に便利な性質があります。
有限個の座標近傍で覆える
コンパクト多様体は、有限個の局所座標系(チャート)で完全に覆うことができます。
イメージ
地球儀を作るとき、有限枚の地図を貼り合わせれば完成します。
一方、無限に広がる平面の地図を作ろうとすると、無限枚必要になってしまいます。
この性質があるため、コンパクト多様体では「全体」を扱いやすいのです。
連続関数が有界
コンパクト多様体上で定義された連続な実数値関数は、必ず有界です。
つまり、最大値と最小値を持ちます。
具体例
球面上で温度の分布を考えてみましょう。
連続的に変化する温度は、必ず最も暑い場所と最も寒い場所が存在します。
これは、最適化問題を解く際に非常に重要な性質です。
コンパクト性の同値条件
ユークリッド空間の部分集合の場合、ハイネ・ボレルの定理により、以下が成り立ちます。
ユークリッド空間R^nの部分集合がコンパクトである ⇔ その集合が有界かつ閉集合である
つまり、「広がりが有限で、境界を含む」集合がコンパクトです。
例えば、閉区間[0, 1]はコンパクトですが、開区間(0, 1)や半無限区間[0, ∞)はコンパクトではありません。
点列コンパクト性
コンパクト空間では、任意の点列が収束する部分列を持ちます。
イメージ
球面上で点をランダムに選び続けると、必ずある点の近くに無限個の点が集まってきます。
これは、「逃げ場がない」ためです。
一方、無限に広がる平面では、点が無限遠方へ逃げていくことができます。
2次元コンパクト多様体の分類
2次元のコンパクト多様体(境界なし)は、完全に分類されています。
向き付け可能な閉曲面
向き付け可能(裏と表の区別がつく)な2次元閉多様体は、以下のように分類されます。
種数0:球面(S²)
種数1:トーラス(T²)
種数2:2つ穴のトーラス
種数3:3つ穴のトーラス
…
種数g(g = 0, 1, 2, …)ごとに、ただ1つの閉曲面が存在します。
向き付け不可能な閉曲面
向き付け不可能(裏と表の区別がつかない)な2次元閉多様体もあります。
実射影平面(RP²)
クラインの壺(K²)
その他の非向き付け可能閉曲面
オイラー標数による分類
2次元閉多様体は、オイラー標数(Euler characteristic)という数値で特徴づけられます。
球面のオイラー標数:2
トーラスのオイラー標数:0
種数gの閉曲面のオイラー標数:2 – 2g
この値は、多様体の位相的性質を表す重要な不変量です。
コンパクト多様体が重要な理由
なぜコンパクト多様体がこれほど重要なのでしょうか。
数学的に扱いやすい
コンパクト多様体には、以下のような「良い性質」があります。
有限個の座標近傍で覆える
連続関数が最大値・最小値を持つ
一様連続性が保証される
積分が有限の値を持つ
これらの性質により、解析学や幾何学の問題を解きやすくなります。
物理学への応用
コンパクト多様体は、現代物理学で重要な役割を果たしています。
一般相対性理論
宇宙の形を記述する際、コンパクトな多様体が候補として考えられています。
素粒子物理学
弦理論では、余剰次元がコンパクト多様体(カラビ・ヤウ多様体など)として扱われます。
場の量子論
コンパクト多様体上での場の理論が研究されています。
トポロジーの研究
コンパクト多様体の分類問題は、位相幾何学の中心的テーマです。
低次元(1次元、2次元)では完全に分類されていますが、高次元になるほど複雑になります。
3次元多様体の分類は、ポアンカレ予想の解決(ペレルマンによる証明)により大きく進展しました。
コンパクトではない多様体
対比として、コンパクトではない多様体も見ておきましょう。
開多様体
開多様体(open manifold)とは、境界を持たず、コンパクトな連結成分を持たない多様体のことです。
例
ユークリッド空間R^n:どこまでも広がっているため、コンパクトではありません。
開区間(0, 1):端点を含まない1次元多様体で、コンパクトではありません。
半無限の多様体
半無限円筒のような形も、コンパクトではありません。
一方向には無限に伸びているためです。
コンパクト多様体の見分け方
ある図形がコンパクト多様体かどうか、どう判断すればよいでしょうか。
チェックリスト
以下の条件を確認します。
多様体であるか
局所的にユークリッド空間と同相(位相的に同じ)な開近傍を持つか。
コンパクトであるか
有界(広がりが有限)か。
閉じている(境界を含む)か、または境界がないか。
無限に広がる部分がないか。
具体的な判断例
円:多様体かつコンパクト → コンパクト多様体 ○
直線:多様体だがコンパクトでない → コンパクト多様体 ×
閉円盤:多様体かつコンパクト → コンパクト多様体 ○(ただし境界あり)
球面:多様体かつコンパクトで境界なし → 閉多様体 ○
コンパクト多様体の作り方
新しいコンパクト多様体を作る方法もいくつかあります。
直積
2つのコンパクト多様体M、Nの直積M × Nは、再びコンパクト多様体になります。
例
円と円の直積 S¹ × S¹ は、2次元トーラスT²になります。
球面と円の直積 S² × S¹ は、3次元のコンパクト多様体です。
連結和
2つの多様体から小さな円盤を取り除き、その境界どうしを貼り合わせる操作を連結和(connected sum)といいます。
例
2つのトーラスの連結和は、種数2の閉曲面になります。
商空間
ある多様体に同値関係を入れて作る商空間も、多様体になることがあります。
例
正方形の対辺を貼り合わせると、トーラスができます。
球面に対蹠点(正反対の点)を同一視すると、実射影平面RP²ができます。
よくある質問
すべての多様体はコンパクトですか
いいえ、すべての多様体がコンパクトなわけではありません。
ユークリッド空間R^nは多様体ですが、コンパクトではありません。
コンパクト多様体と閉多様体の違いは何ですか
コンパクト多様体は、コンパクトな多様体全般を指します(境界を持つ場合もある)。
閉多様体は、特に境界を持たないコンパクト多様体のことです。
つまり、閉多様体はコンパクト多様体の一種です。
コンパクト多様体は常に有界ですか
はい、コンパクト多様体は位相空間としてコンパクトなので、ある意味で「有界」です。
ただし、「有界」という概念は距離空間で定義されるものなので、厳密には多様体に距離構造を入れる必要があります。
高次元のコンパクト多様体は分類されていますか
高次元になるほど、完全な分類は難しくなります。
1次元、2次元は完全に分類されています。
3次元は、ポアンカレ予想の解決により大きく進展しました。
4次元以上は、現在も研究が進められています。
コンパクト多様体上の関数は必ず最大値を持ちますか
はい、コンパクト多様体上で定義された連続な実数値関数は、必ず最大値と最小値を持ちます。
これは、コンパクト空間の重要な性質です。
日常生活でコンパクト多様体に出会うことはありますか
はい、たくさんあります。
地球の表面、ボールの表面、ドーナツの表面など、すべてコンパクト多様体です。
また、閉じた曲線(円や楕円など)も1次元のコンパクト多様体です。
コンパクト多様体を学ぶには何が必要ですか
基本的な位相空間論の知識が必要です。
開集合、閉集合、連続写像、コンパクト性などの概念を理解しておくとよいでしょう。
また、微分幾何学を学ぶ際には、可微分多様体の知識も必要になります。
まとめ
コンパクト多様体は、「端っこはないけど、無限に広がっていない、曲がった空間」です。
重要なポイント
- コンパクト多様体とは、位相空間としてコンパクトな多様体のこと
- 境界のないコンパクト多様体を「閉多様体」という
- 1次元:円が唯一の連結なコンパクト多様体
- 2次元:球面、トーラス、クラインの壺など、種数で分類される
- コンパクト多様体は有限個の座標近傍で覆える
- 連続関数が最大値・最小値を持つ
- 物理学や幾何学で重要な役割を果たす
コンパクト多様体は、無限の複雑さを持ちながらも、ある意味で「有限」に収まっている不思議な空間です。
局所的には平らに見えるのに、全体としては曲がっていて、しかも端がないのに無限に広がっていない。
この一見矛盾するような性質を併せ持つコンパクト多様体は、現代数学の最も美しい概念の一つといえるでしょう。
参考情報
この記事は以下の情報源を参考に作成しました。
- Wikipedia「閉多様体」「多様体」「コンパクト空間」
- MathWorld「Compact Manifold」
- 京都大学数理解析研究所公開講座資料
- 各種大学の位相幾何学講義ノート
コンパクト多様体についてさらに詳しく学びたい方は、位相空間論や微分幾何学の教科書を参照することをおすすめします。
この記事は2025年2月時点の数学的知見に基づいています。

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