家でWi-Fiを使ってネットサーフィンをしている時、実は「WAN」という巨大なネットワークを使っているって知っていましたか?
WAN(Wide Area Network:ワイド・エリア・ネットワーク)は、簡単に言えば「離れた場所をつなぐネットワーク」のことです。東京と大阪の会社をつないだり、日本とアメリカをつないだり、そんな広い範囲のネットワークがWANなんです。
実は、私たちが毎日使っているインターネットも、世界最大のWANなんですよ。でも、WANはインターネットだけじゃありません。企業が独自に構築する専用線ネットワークもWANの一種なんです。
この記事では、WANの基本的な仕組みから、最新のSD-WAN技術まで、ネットワーク初心者の方でも理解できるように詳しく解説していきます。
1. WANの基本:LANとの違いを理解しよう

WANとLANの決定的な違い
ネットワークを理解する上で、まず押さえておきたいのがWANとLANの違いです。
LAN(Local Area Network):
- 同じ建物や敷地内のネットワーク
- 家庭内のWi-Fi、オフィス内のネットワーク
- 高速で安定した通信が可能
- 自分たちで管理・運用できる
WAN(Wide Area Network):
- 離れた拠点をつなぐネットワーク
- 都市間、国際間の接続
- 通信事業者のサービスを利用
- LANより速度は遅いが、広範囲をカバー
身近な例で理解するWAN
家庭での例:
あなたの家
├── LAN:家の中のWi-Fiネットワーク
│ ├── スマートフォン
│ ├── パソコン
│ └── スマートTV
│
└── WAN:インターネット回線(光ファイバーなど)
└── インターネット(世界中のサーバーへ)
企業での例:
東京本社(LAN)
↕ WAN接続
大阪支社(LAN)
↕ WAN接続
福岡支店(LAN)
WANが必要な理由
なぜわざわざWANという仕組みが必要なんでしょうか?
1. 物理的な距離の克服
- LANケーブルは100メートル程度が限界
- 光ファイバーで数千キロメートルの通信が可能
2. 異なるネットワークの接続
- 異なる組織のネットワークを相互接続
- 標準化されたプロトコルで通信
3. 冗長性とバックアップ
- 複数の経路で接続可能
- 一つの回線が切れても通信継続
2. WANの接続方式を詳しく解説
専用線(最も安全だが高額)
専用線は、企業が独占的に使用できる通信回線です。
特徴:
- 帯域幅を100%保証
- セキュリティが非常に高い
- 月額費用が高額(数十万円〜)
- 遅延が少なく安定
向いている用途:
- 金融機関の基幹システム
- 大量のデータを常時転送する企業
- リアルタイム性が求められるシステム
IP-VPN(コストと性能のバランス型)
通信事業者の閉域網を使った仮想プライベートネットワークです。
特徴:
- 専用線より安価
- 複数拠点の接続が容易
- 通信事業者が品質を管理
- MPLS技術で高速転送
設定例(概念):
拠点A(192.168.1.0/24)
↓
IP-VPNサービス(通信事業者の閉域網)
↓
拠点B(192.168.2.0/24)
インターネットVPN(最も手軽でコスト効率が良い)
一般のインターネット回線を使って、暗号化した通信を行う方式です。
特徴:
- 導入コストが最も安い
- インターネット接続があればどこでも利用可能
- 通信品質はベストエフォート
- IPsecやSSL-VPNで暗号化
実際の設定例(IPsec VPN):
# VPNルーターの基本設定例
config vpn ipsec phase1
edit "本社-支社VPN"
set remote-gateway 203.0.113.100
set psk "共有秘密鍵をここに設定"
set proposal aes256-sha256
set dhgrp 14
end
config vpn ipsec phase2
edit "本社-支社VPN-Phase2"
set phase1name "本社-支社VPN"
set proposal aes256-sha256
set src-subnet 192.168.1.0/24
set dst-subnet 192.168.2.0/24
end
広域イーサネット(LANの使い勝手をWANで実現)
イーサネット技術をWANに拡張したサービスです。
特徴:
- LANと同じ感覚で利用可能
- VLAN対応で柔軟な設計
- レイヤー2での接続
- ブロードキャストも転送可能
メリット:
- 設定がシンプル
- 既存のLAN機器をそのまま利用可能
- マルチキャスト通信に対応
3. SD-WAN:次世代のWAN技術
SD-WANとは何か?
SD-WAN(Software-Defined WAN)は、ソフトウェアでWANを制御する新しい技術です。従来のハードウェア中心のWANを、よりフレキシブルで管理しやすいものに変えるんです。
従来のWANの問題点:
- 設定変更に時間がかかる
- 拠点ごとに専門技術者が必要
- クラウドサービスへの接続が非効率
- コストが高い
SD-WANで解決:
- 中央から一括管理
- 自動的に最適な経路を選択
- クラウドへの直接接続
- 複数回線を効率的に活用
SD-WANの動作原理
【従来のWAN】
支社 → 本社データセンター → インターネット → クラウドサービス
(すべての通信が本社経由で遅延が発生)
【SD-WAN】
支社 → インターネット → クラウドサービス
(最短経路で直接接続、セキュリティも確保)
SD-WANコントローラーの役割:
- トラフィックの種類を識別
- アプリケーションの優先度を判断
- 最適な回線を自動選択
- 障害時の自動切り替え
SD-WAN導入のメリット
1. コスト削減
従来:専用線 月額50万円 × 10拠点 = 500万円/月
SD-WAN:インターネット回線 月額5万円 × 10拠点 + SD-WAN利用料 = 100万円/月
→ 80%のコスト削減が可能
2. パフォーマンス向上
- Microsoft 365への接続が3倍高速化
- ビデオ会議の品質が向上
- クラウドアプリの応答速度改善
3. 管理の簡素化
- GUIで視覚的に管理
- テンプレートで一括設定
- リアルタイムで状態監視
SD-WAN製品の比較
主要なSD-WANソリューション:
- Cisco SD-WAN (Viptela)
- 大規模企業向け
- 高度なセキュリティ機能
- 既存のCisco製品との連携
- VMware SD-WAN (VeloCloud)
- クラウドファーストなアプローチ
- 導入が簡単
- 中小企業にも最適
- Fortinet SD-WAN
- セキュリティ機能が充実
- UTM統合
- コストパフォーマンスが良い
4. WANの速度と帯域幅を理解する

通信速度の単位と実際
WANの速度は「bps(bits per second)」で表されます。
速度の目安:
1Mbps:メール、軽いWeb閲覧
10Mbps:HD動画視聴、Web会議(1対1)
100Mbps:4K動画、大人数Web会議
1Gbps:大規模データ転送、複数拠点の統合
10Gbps:データセンター間接続
帯域保証型と帯域確保型の違い
帯域保証型:
- 契約した速度を100%保証
- 高額だが確実
- 例:100Mbps保証なら常に100Mbps使える
帯域確保型(ベストエフォート):
- 最大速度は保証されない
- 安価で一般的
- 例:最大1Gbpsでも実際は100-500Mbps程度
帯域幅の計算方法
必要な帯域幅の見積もり:
【計算例】50人のオフィス
- メール・Web閲覧:50人 × 1Mbps = 50Mbps
- ビデオ会議(10人同時):10人 × 5Mbps = 50Mbps
- ファイル共有・クラウドバックアップ:100Mbps
- 余裕(ピーク時対応):50Mbps
合計:250Mbps → 300Mbps回線を契約
QoS(Quality of Service)による優先制御
重要な通信を優先的に処理する仕組みです。
優先度の設定例:
高優先度:音声通話、ビデオ会議
中優先度:業務システム、メール
低優先度:Webブラウジング、ファイルダウンロード
設定コマンド例(Cisco):
class-map match-any VOICE
match protocol rtp
policy-map WAN-QOS
class VOICE
priority percent 30
class BUSINESS
bandwidth percent 40
class class-default
fair-queue
5. WANのセキュリティ対策
VPNによる暗号化
WANを安全に使うために、VPN(Virtual Private Network)は必須です。
IPsec VPNの暗号化プロセス:
- 認証:接続相手が正しいか確認
- 鍵交換:暗号鍵を安全に共有
- 暗号化:データを暗号化して送信
- 復号化:受信側で元のデータに戻す
推奨される暗号化設定:
暗号化アルゴリズム:AES-256
ハッシュアルゴリズム:SHA-256以上
DH(Diffie-Hellman)グループ:14以上
完全前方秘匿性(PFS):有効
ファイアウォールとUTM
ファイアウォールの配置:
インターネット
↓
外部ファイアウォール
↓
DMZ(Webサーバーなど)
↓
内部ファイアウォール
↓
社内LAN
UTM(統合脅威管理)の機能:
- ファイアウォール
- アンチウイルス
- IPS/IDS(侵入防御/検知)
- Webフィルタリング
- アプリケーション制御
ゼロトラストセキュリティ
従来の「境界防御」から「すべてを疑う」セキュリティモデルへの移行です。
ゼロトラストの原則:
- すべてのアクセスを検証
- 最小権限の原則
- 継続的な監視
- デバイスの信頼性確認
実装方法:
ユーザー認証 → デバイス認証 → アプリケーション認証 → データアクセス
(各段階で厳密にチェック)
6. 企業でのWAN活用事例
事例1:製造業のグローバルネットワーク
課題:
- 世界10カ国の工場を接続
- リアルタイムの生産管理が必要
- セキュリティとコストのバランス
解決策:
本社(日本)
├── MPLS-VPN(基幹ネットワーク)
│ ├── 中国工場
│ ├── タイ工場
│ └── ベトナム工場
│
└── SD-WAN(補助ネットワーク)
├── 営業所(各国)
└── リモートワーカー
結果:
- ネットワークコスト40%削減
- 障害時の自動切り替えで可用性99.9%達成
- クラウドERPの応答速度3倍向上
事例2:小売業のマルチサイト接続
課題:
- 全国200店舗のPOSシステム接続
- 本社との在庫情報リアルタイム同期
- 店舗ごとのIT管理者不在
解決策:
各店舗:
- SD-WANエッジデバイス設置
- LTE回線とFTTH回線の冗長構成
- 自動フェイルオーバー設定
本社:
- SD-WANコントローラーで一括管理
- クラウド型POSシステムへ移行
効果:
- 初期導入コスト70%削減
- 新店舗のネットワーク構築が1日で完了
- 回線障害によるPOS停止ゼロ
事例3:金融機関のハイブリッドWAN
要件:
- 極めて高いセキュリティ
- ゼロダウンタイム
- 規制要件への準拠
構成:
データセンター間:専用線(メイン)+ ダークファイバー(バックアップ)
支店接続:IP-VPN(メイン)+ インターネットVPN(バックアップ)
ATM網:専用線のみ
災害対策サイト:広域イーサネット
7. WANのトラブルシューティング
よくあるWANの問題と対処法
問題1:通信速度が遅い
診断手順:
# 1. 回線速度の確認
speedtest-cli
# 2. パケットロスの確認
ping -c 100 [宛先IPアドレス]
# 3. 経路の確認
traceroute [宛先IPアドレス]
# 4. 帯域使用状況の確認
iftop -i [インターフェース名]
問題2:VPN接続が不安定
チェックポイント:
- MTUサイズの調整(1400-1450が推奨)
- NATトラバーサルの設定
- ファイアウォールのルール確認
- IPsecのライフタイム設定
問題3:特定アプリケーションだけ遅い
対策:
# QoS設定の確認と調整
show policy-map interface
# アプリケーション識別の設定
config application list
edit "重要アプリ"
set app "Microsoft.Office365"
set priority high
end
パフォーマンスモニタリング
監視すべき項目:
- 帯域使用率
- 閾値:平均70%、ピーク90%
- レイテンシ(遅延)
- 国内:20ms以下
- アジア圏:50ms以下
- 欧米:150ms以下
- パケットロス率
- 許容値:0.1%以下
- ジッター(揺らぎ)
- 音声通話:30ms以下
- ビデオ:40ms以下
モニタリングツール:
# SNMP設定例
snmpwalk -v2c -c public [ルーターIP] interfaces
# Zabbixでの監視設定
- WAN回線の帯域使用率
- VPNトンネルの状態
- QoSポリシーの適用状況
8. WANの将来:5GとSASEの時代へ
5Gが変えるWANの未来
5Gの普及により、WANの概念が大きく変わろうとしています。
5G WANの特徴:
- 超高速:10Gbps以上の速度
- 超低遅延:1ms以下
- 多数同時接続:100万デバイス/km²
活用シナリオ:
固定回線の代替:
光ファイバー不要で高速通信
モバイルオフィス:
どこでも企業ネットワークに接続
IoTデバイス接続:
大量のセンサーをWANに直結
SASE(Secure Access Service Edge)
ネットワークとセキュリティを統合した新しいアーキテクチャです。
SASEの構成要素:
- SD-WAN
- CASB(Cloud Access Security Broker)
- SWG(Secure Web Gateway)
- ZTNA(Zero Trust Network Access)
- FWaaS(Firewall as a Service)
従来との違い:
【従来】
ユーザー → 企業WAN → データセンター → クラウド
【SASE】
ユーザー → SASEクラウド → 各種サービス
(場所を問わず同じセキュリティポリシー適用)
エッジコンピューティングとの融合
データ処理を利用者に近い場所で行う仕組みです。
従来:すべてのデータをデータセンターで処理
エッジ:必要な処理は現場で実行、結果のみ送信
効果:
- WANトラフィック削減
- レスポンス向上
- 帯域コスト削減
まとめ:WANを理解して最適なネットワークを構築しよう
WANは、現代のビジネスに欠かせないインフラストラクチャーです。
押さえておくべきポイント:
- WANの基本を理解
- LANとの違いを明確に
- 用途に応じた接続方式の選択
- 最新技術の活用
- SD-WANでコストと柔軟性を両立
- クラウド時代に適したネットワーク設計
- セキュリティの確保
- VPNによる暗号化は必須
- ゼロトラストモデルへの移行を検討
- 将来への備え
- 5Gの活用を視野に
- SASEアーキテクチャの理解
WANは単なる「つなぐ技術」ではありません。ビジネスの成長を支え、新しい働き方を可能にする重要な基盤なのです。
専用線、VPN、SD-WANなど、様々な選択肢がありますが、重要なのは自社の要件に最適な構成を選ぶこと。コスト、性能、セキュリティのバランスを考えながら、最適なWANを構築していきましょう。
技術は日々進化していますが、基本をしっかり理解していれば、新しい技術にも対応できるはずです!
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