AI技術の進化とともに、その処理を支えるハードウェアも大きく進化してきました。
その中でも注目を集めているのが、Googleが開発した「TPU(Tensor Processing Unit)」です。
この記事では、TPUの基本概念から仕組み、CPU・GPUとの違い、実際の活用例まで、わかりやすく解説します。
TPUとは
TPU(Tensor Processing Unit)は、Googleが開発した機械学習とニューラルネットワークに特化したカスタムプロセッサです。
正式には、ASIC(Application-Specific Integrated Circuit:特定用途向け集積回路)に分類されます。
その名前が示すとおり、「テンソル(多次元配列)」と呼ばれるデータ構造の計算を高速に処理するために設計されています。
TPUの開発背景
GoogleはTPUを2015年から社内で使用開始し、2016年5月のGoogle I/Oカンファレンスで正式に発表しました。
2018年には、Google Cloud Platformを通じて第三者向けにも提供を開始しています。
開発の背景には、AI処理の需要急増があります。
Google検索、Google翻訳、Googleフォトなど、同社のAIアプリケーションのパフォーマンスを向上させるために、従来のCPUやGPUだけでは処理しきれない計算需要に対応する必要がありました。
TPUの基本的な仕組み
TPUの中核となるのが、シストリックアレイ(Systolic Array)と呼ばれる特殊なアーキテクチャです。
シストリックアレイとは
シストリックアレイは、複数の演算ユニットをグリッド状に接続した構造です。
「シストリック(systolic)」という名前は、心臓が血液を送り出すリズムに似ていることから名付けられました。
データが波のようにチップ内を流れることで、効率的な計算を実現します。
Matrix Multiply Unit(MXU)
TPUの計算能力の中心となるのが、MXU(Matrix Multiply Unit:行列乗算ユニット)です。
第1世代TPUは256×256のシストリックアレイを持ち、合計65,536個の乗算累積ユニット(MAC:Multiply-Accumulate)を含んでいました。
最新世代のTPU v6e(Trillium)では、さらに大型の256×256アレイを搭載しています。
各MACユニットは、1クロックサイクルあたり1回の乗算と加算を実行できます。
第1世代TPUは700MHzで動作し、理論上92兆回の演算を毎秒実行できました。
データフローの特徴
シストリックアレイでは、重みデータ(weights)が各MACユニットに事前にロードされます。
その後、入力データ(activations)が左から右へ水平方向に流れ、部分和(partial sums)が上から下へ垂直方向に流れます。
この構造により、中間結果をメモリに保存・読み込みする必要がなくなり、大幅な省電力化を実現しています。
実際、DRAMからデータを読み込む操作は、1回の乗算累積演算の約200倍のエネルギーを消費します。
CPU・GPU・TPUの違い
それぞれのプロセッサには、異なる設計思想と得意分野があります。
CPU(Central Processing Unit)
CPUは汎用プロセッサとして設計されています。
さまざまな計算処理を順次実行するシリアル処理に適しており、柔軟性が最大の特徴です。
しかし、AIや機械学習で必要とされる大規模な並列計算には、構造的に向いていません。
GPU(Graphics Processing Unit)
GPUは元々グラフィックス処理用に設計されたプロセッサです。
多数のコアによる大規模並列処理が可能なため、行列演算を多用する機械学習にも適しています。
NvidiaのGPUは、現在AI業界の標準的な選択肢となっています。
GPUは汎用性があり、AIだけでなくゲームやその他の並列計算にも使用できます。
TPU(Tensor Processing Unit)
TPUは機械学習とニューラルネットワーク計算に特化した専用プロセッサです。
行列演算に最適化された設計により、汎用性を犠牲にしながらも純粋な速度と電力効率を追求しています。
Googleの社内ベンチマークテストによれば、TPUは同世代のCPUやGPUと比較して、機械学習タスクにおいて15〜30倍の処理速度を実現しています。
また、電力効率(性能対消費電力比)では30〜80倍の改善を達成しました。
比較まとめ
各プロセッサの特徴を整理すると以下のようになります。
CPU:
- 汎用性が高い
- 順次処理に最適
- 複雑な制御フローに強い
- AI処理には不向き
GPU:
- 並列処理に強い
- グラフィックスとAI両方に対応
- 柔軟性がある
- 高い汎用性
TPU:
- 行列演算に特化
- 最高の電力効率
- 機械学習専用
- 汎用性は低い
TPUの世代と進化
TPUは発表以来、複数の世代を経て進化してきました。
第1世代TPU(2015年)
推論(inference)専用に設計された最初のTPUです。
8ビット整数演算に対応し、256×256のシストリックアレイを搭載していました。
28nmプロセスで製造され、ダイサイズは331mm²以下でした。
クロック速度は700MHz、消費電力は28〜40Wです。
第2世代TPU(2017年)
学習(training)にも対応できるよう設計された世代です。
高帯域幅メモリ(HBM)を16GB搭載し、メモリ帯域幅が600GB/sに向上しました。
計算性能は45テラFLOPS(浮動小数点演算)に達し、Google独自の16ビット浮動小数点形式「bfloat16」をサポートしました。
第3世代TPU(2018年)
第2世代の2倍の性能を持つプロセッサとして発表されました。
90テラFLOPSの計算性能を実現しています。
第4世代TPU(2021年)
第3世代の2倍以上の性能向上を達成しました。
1つのTPU v4ポッド(4,096チップ)は、他のネットワーク技術と比較して10倍の相互接続帯域幅を持ちます。
2023年のGoogleの論文によれば、TPU v4はNvidia A100と比較して、機械学習ベンチマークで5〜87%高速であると報告されています。
第5世代TPU(2023年)
第4世代のほぼ2倍の速度を実現したと発表されています。
物理レイアウトの設計に深層強化学習を応用した点が特徴です。
TPU v6e – Trillium(2024年)
2024年5月のGoogle I/Oで発表された最新世代です。
TPU v5eと比較して4.7倍の性能向上を実現しました。
より大型の行列乗算ユニットとクロック速度の向上により、HBMの容量と帯域幅も2倍になっています。
2024年10月からプレビュー版が利用可能になりました。
TPU v7 – Ironwood(2025年)
2025年4月のGoogle Cloud Nextカンファレンスで発表された次世代TPUです。
256チップクラスタと9,216チップクラスタの2つの構成が用意されています。
ピーク計算性能は4,614テラFLOPS(FP32換算)に達します。
Edge TPU(2018年)
データセンター向けとは別に、エッジコンピューティング用の小型版も開発されています。
Coral Edge TPUとして知られ、低消費電力デバイス向けに設計されています。
製造ラインでの物体検出による欠陥識別など、クラウド接続に依存しないリアルタイムAI推論を可能にします。
TPUの主な用途
TPUは、さまざまな分野で活用されています。
機械学習モデルの学習と推論
TPUの最も主要な用途です。
深層学習モデルの学習には数週間から数ヶ月かかることがありますが、TPUを使用することで大幅に時間を短縮できます。
Googleは、PaLMやGeminiなどの大規模言語モデル(LLM)の学習に、数千のTPUを相互接続した大規模クラスタ(ポッド)を使用しています。
自然言語処理
機械翻訳、テキスト生成、感情分析などのタスクに使用されます。
Google翻訳などのサービスでTPUが活用されています。
画像認識と生成
物体検出、顔認識、画像分類、画像生成などに使用されます。
Googleフォトの機能の多くがTPUによって支えられています。
音声認識と生成
音声認識、音声合成、音声アシスタント機能などに活用されています。
データ分析
行列処理を含むデータ分析や処理にもTPUが活用されます。
機械学習に直接関係しない場合でも、行列演算が多用される処理であれば恩恵を受けられます。
エッジAI
Edge TPUを使用することで、IoTデバイスや自動運転車などでリアルタイムのAI処理が可能になります。
TPUの利用方法
TPUは、主にGoogle Cloudを通じて利用できます。
対応フレームワーク
現在、以下の主要な機械学習フレームワークがTPUをサポートしています。
元々はGoogle独自のTensorFlowフレームワーク向けに開発されましたが、現在では他のフレームワークにも対応が広がっています。
Google Kubernetes Engine(GKE)との統合
GKEを使用することで、TPUの柔軟性とスケーラビリティを活用できます。
すべてのワークロード向けに統一された運用環境を提供し、自動化されたMLOpsパイプラインを標準化できます。
Vertex AIでの利用
最もシンプルにAIモデルを開発したい場合、完全マネージド型AIプラットフォームであるVertex AIでTPUを利用できます。
TPUのメリットとデメリット
メリット
TPUの主な利点は以下のとおりです。
高速な処理:
行列演算に最適化されているため、深層学習タスクで圧倒的な速度を発揮します。
優れた電力効率:
同じ性能を得るのに必要な電力が、GPUと比較して大幅に少なくなります。
大規模並列処理:
数千のMACユニットが同時に動作することで、大量の計算を並列実行できます。
コスト効率:
Google Cloudでは、性能あたりのコストがGPUより低い場合があります。
TPU v5eは、TPU v4と比較して1ドルあたり最大2.5倍のスループット性能を提供します。
デメリット
一方で、以下のような制約もあります。
汎用性の欠如:
機械学習以外のタスクには使用できません。
フレームワークの制約:
カスタム演算が多いモデルや、TPUでサポートされていないTensorFlow演算を使用するモデルには不向きです。
入手可能性:
TPUはGoogle独自のASICデバイスであり、直接購入することはできません。
Google Cloudサービスを通じてのみ利用可能です。
動的形状の制約:
テンソルの形状が動的に変化するモデルには適していません。
XLA(Accelerated Linear Algebra)コンパイラは最初のバッチでグラフをコンパイルするため、後続のバッチで形状が変わるとうまく動作しません。
TPUの技術的特徴
High Bandwidth Memory(HBM)
TPUには高帯域幅メモリが搭載されており、大きなモデルとバッチサイズを使用できます。
第2世代以降のTPUは、より大容量のHBMを搭載しています。
XLAコンパイラ
TPU上で実行されるコードは、XLA(Accelerated Linear Algebra)コンパイラによってコンパイルされる必要があります。
XLAは、機械学習フレームワークが生成したグラフを受け取り、線形代数、損失関数、勾配計算の部分をTPU機械語にコンパイルするJIT(Just-In-Time)コンパイラです。
テンソル次元の最適化
TPUで最高のパフォーマンスを得るには、テンソルの次元を適切に選択することが重要です。
128×128のシストリックアレイ構造とメモリサブシステムの設計により、8の倍数の次元が推奨されます。
理想的には、バッチサイズと特徴次元の少なくとも一方が128の倍数であることが望ましいです。
まとめ
TPU(Tensor Processing Unit)は、Googleが開発した機械学習専用のASICプロセッサです。
シストリックアレイアーキテクチャを採用し、行列演算に特化することで、従来のCPUやGPUと比較して圧倒的な速度と電力効率を実現しています。
2015年から社内利用を開始し、現在では第7世代(TPU v7 Ironwood)まで進化しています。
Google Cloudを通じて利用可能で、TensorFlow、PyTorch、JAXなどの主要フレームワークをサポートしています。
大規模言語モデルの学習、画像認識、自然言語処理など、AI処理の需要が高まる現代において、TPUはクラウドベースのAIインフラストラクチャの中核を担う重要な技術となっています。
ただし、機械学習に特化しているため汎用性に欠ける点や、Google Cloudを通じてのみ利用可能という制約があることも理解しておく必要があります。
参考情報
本記事は、以下の信頼できる情報源を参考に作成しました。
- Tensor Processing Unit – Wikipedia
- Cloud TPU – Google Cloud
- TPU architecture – Google Cloud Documentation
- Introduction to Cloud TPU – Google Cloud Documentation
- An in-depth look at Google’s first Tensor Processing Unit – Google Cloud Blog
- What is a tensor processing unit (TPU)? – TechTarget
- How to Think About TPUs – JAX Documentation
- What are tensor processing units and what is their role in AI? – Computer Weekly
- Google TPU Architecture: 7 Generations Explained – Introl Blog

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