スマートフォンを使う私たちにとって、Qualcomm(クアルコム)という名前は意外と身近です。
「Snapdragon」というプロセッサの名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
Qualcommは、スマートフォンの心臓部とも言えるプロセッサを設計し、無線通信技術の特許を世界中にライセンス提供している、アメリカを代表する半導体企業です。
5Gをはじめとするモバイル通信技術の発展に大きく貢献してきました。
この記事では、Qualcommがどのようにして設立され、どのような事業を展開しているのか、その歴史とビジネスモデルを詳しく解説します。
Qualcommとは
Qualcomm Incorporated(クアルコム)は、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴに本社を置く、半導体設計および無線通信技術を専門とする多国籍企業です。
1985年の創業以来、モバイル通信技術の進化を牽引してきました。
社名の「Qualcomm」は、「Quality Communications(高品質な通信)」を組み合わせた造語です。
この名前には、創業者たちが目指した「品質の高い通信技術を提供する」という理念が込められています。
2025年度(2024年9月期)の売上高は約443億ドル(約6兆円)、従業員数は約52,000人を擁する巨大企業です。
創業の経緯と創業者
7人の創業者たち
Qualcommは1985年7月、カリフォルニア州サンディエゴで7人の通信技術のベテランによって設立されました。
中心人物は以下の2人です。
Irwin M. Jacobs(アーウィン・M・ジェイコブス)
- MIT(マサチューセッツ工科大学)で電気工学の博士号を取得
- カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の教授を務めた経歴を持つ
- Qualcommの初代CEOとして2005年まで経営を率いた
Andrew J. Viterbi(アンドリュー・J・ビタビ)
- 「ビタビアルゴリズム」の開発者として知られる通信理論の権威
- 初代CTOとしてQualcommの技術開発を主導
この2人を含む7人の創業メンバーは、以前に共同でLinkabitという通信技術コンサルティング会社を設立していました。
Linkabitは1980年にM/A-COMに売却されましたが、創業者たちはより野心的なビジョンを持って再び集結し、Qualcommを設立したのです。
創業時の事業
当初、Qualcommは政府および防衛関連のプロジェクトに特化した契約研究開発センターとして事業をスタートしました。
1985年、Qualcommは最初の大型契約として、Hughes Aircraftから衛星ネットワーク提案に関する研究・テストの依頼を受けました。
この契約が、後の事業展開の基礎となります。
CDMA技術の開発と実用化
OmniTRACSによる資金調達
1988年、QualcommはOmniTRACS(オムニトラックス)という、トラック運送業界向けの双方向移動衛星通信システムを開発・販売しました。
このシステムは大成功を収め、1989年にはSchneider National社との契約だけでQualcommの年間売上3,200万ドルの50%を占めるまでになりました。
OmniTRACSで得た350万ドルの資金が、Qualcommの最も重要な研究開発プロジェクトであるCDMA技術の開発に投入されます。
CDMA特許の取得
1986年、Qualcommは初のCDMA特許(特許番号4,901,307)を申請しました。
この特許は、Qualcommの全体的なCDMAアプローチを確立するものであり、後に技術文献史上最も頻繁に引用される文書の一つとなりました。
CDMA(Code Division Multiple Access、符号分割多元接続)は、複数のユーザーが同じ周波数帯を同時に共有できる通信技術です。
各通信に固有のコードを割り当てることで、混信を防ぎながら効率的な通信を実現します。
業界標準への採用
1989年、QualcommはCDMA技術を、携帯電話業界団体であるCTIA(Cellular Telephone Industries Association)に第2世代携帯電話ネットワークの標準として提案しました。
当時、業界ではEricsson社が開発したTDMA(Time Division Multiple Access、時分割多元接続)方式が有力視されていました。
CTIAは当初、Qualcommの提案を却下しましたが、Qualcommは粘り強く技術の優位性を実証し続けます。
激しい議論の末、CDMAは北米における2G標準として採用されました。
この決定が、Qualcommの飛躍的な成長の転機となります。
株式上場と事業構造の転換
NASDAQへの上場
1991年12月、Qualcommは株式を公開し、NASDAQ市場に上場しました(ティッカーシンボル: QCOM)。
これにより、CDMA技術の大量生産に必要な資金を調達します。
1995年には追加で1,150万株を売却し、4億8,600万ドルを調達しました。
この資金は、米国内の携帯電話ネットワークがCDMA標準を採用すると発表したことを受けて、CDMA対応の携帯電話、基地局、機器の大量生産に充てられました。
1995年の年間売上は3億8,300万ドル、1996年には8億1,400万ドルに達します。
製造部門の売却と事業モデルの転換
1998年、Qualcommは事業構造の大転換を行いました。
基地局部門と携帯電話端末製造部門を売却し、より高収益の特許ライセンス事業とチップセット設計事業に集中する戦略を採用したのです。
具体的には、以下の売却を実施しました。
- 携帯電話端末製造部門 → 京セラに売却
- 基地局部門 → Ericssonに売却
基地局部門は年間4億ドルの赤字を計上していたため、この売却により収益性が劇的に改善しました。
翌1999年、Qualcommの株価は2,621%という驚異的な成長を記録し、当時最も成長率の高い株式となりました。
この戦略転換により、Qualcommは「ファブレス企業(工場を持たない半導体企業)」としてのビジネスモデルを確立します。
Snapdragonプロセッサの登場
モバイルプロセッサ市場への参入
2007年、Qualcommは「Snapdragon(スナップドラゴン)」ブランドのモバイルプロセッサシリーズを発表しました。
Snapdragonは、CPU(中央処理装置)、GPU(グラフィックス処理装置)、DSP(デジタル信号処理装置)を統合したSoC(System on Chip、システムオンチップ)です。
これらのコンポーネントが必要な時にだけ動作することで、高性能と低消費電力を両立させる設計が特徴です。
当初、チップセット事業は特許ライセンス事業ほどの成功を収めていませんでしたが、Snapdragonの登場により状況は大きく変わります。
スマートフォン時代の到来
2000年代後半から2010年代にかけてのスマートフォンの爆発的な普及に伴い、SnapdragonプロセッサはAndroidスマートフォンの主流プロセッサとなりました。
Samsung、Xiaomi、OPPO、OnePlusなど、世界中の主要スマートフォンメーカーがSnapdragonを採用しています。
Snapdragonは数字でシリーズ分けされており、番号が大きいほど高性能です。
- Snapdragon 8シリーズ: フラッグシップモデル向け高性能プロセッサ
- Snapdragon 7シリーズ: ミドルハイレンジ向け
- Snapdragon 6シリーズ: ミドルレンジ向け
- Snapdragon 4シリーズ: エントリーモデル向け
現在の事業セグメント
Qualcommの事業は、主に3つのセグメントで構成されています。
QCT(Qualcomm CDMA Technologies)
QCTは、半導体製品の設計・開発・販売を行う部門です。
2025年度の売上の約87%を占める、Qualcommの中核事業です。
主な製品は以下の通りです。
- Snapdragonモバイルプロセッサ
- モデムチップ
- RF(無線周波数)フロントエンド
- Wi-Fi/Bluetoothチップ
- 車載向けプロセッサ(Snapdragon Digital Chassis)
- IoT向けプロセッサ
- PC向けプロセッサ
QCTはファブレス企業として、設計のみを行い、製造はTSMC、Samsung、GlobalFoundriesなどのファウンドリ(半導体製造専門企業)に委託しています。
2025年度のQCT売上は約384億ドルで、前年比15.58%増と好調な成長を遂げています。
QTL(Qualcomm Technology Licensing)
QTLは、Qualcommが保有する膨大な特許ポートフォリオのライセンス供与を行う部門です。
2025年度の売上の約13%を占めます。
Qualcommは、3G、4G LTE、5Gといったモバイル通信規格に不可欠な標準必須特許(SEP: Standard Essential Patent)を多数保有しています。
QTLのビジネスモデルは非常に収益性が高く、営業利益率は67〜71%という驚異的な数字を維持しています。
これは、一度開発した技術を繰り返しライセンス供与できるため、追加コストがほとんど発生しないためです。
スマートフォンメーカーは、Qualcommのチップを使用するかどうかに関わらず、3G/4G/5G対応端末を製造・販売する際にQualcommに特許使用料(ロイヤリティ)を支払う必要があります。
この仕組みにより、Qualcommは安定した収益基盤を確保しています。
2025年度のQTL売上は約56億ドルでした。
QSI(Qualcomm Strategic Initiatives)
QSIは、戦略的投資を行う部門です。
売上全体の1%未満と小規模ですが、将来の成長分野への投資を担っています。
投資対象は以下のような分野です。
- 5G関連技術
- 人工知能(AI)
- 自動車技術
- IoT(モノのインターネット)
- XR(拡張現実)
- クラウド技術
経営陣の変遷
Qualcommの経営は、創業以来、戦略的なリーダーシップの移行を経験してきました。
Irwin Jacobs(1985年〜2005年)
創業者であるIrwin Jacobsは、初代CEOとして2005年まで20年間にわたりQualcommを率いました。
彼のリーダーシップの下、QualcommはCDMA技術を実用化し、モバイル通信業界のリーダーとなりました。
2000年までに、Qualcommの売上は30億ドルを超えるまでに成長します。
Paul Jacobs(2005年〜2014年)
2005年、創業者Irwinの息子であるPaul Jacobsが2代目CEOに就任しました。
Paul Jacobsは、3G/4G無線規格の開発を推進し、スマートフォン時代におけるQualcommの地位を確立しました。
また、IoT(モノのインターネット)分野への研究開発投資を強化しました。
Steve Mollenkopf(2014年〜2021年)
2014年、Steve MollenkopfがCEOに就任しました。
Mollenkopfは、Qualcommの事業領域をスマートフォンを超えて、自動車、ウェアラブルデバイス、その他の新市場へと拡大する戦略を推進しました。
2016年には、車載半導体大手のNXP Semiconductorsを470億ドルで買収する計画を発表しましたが、米中貿易摩擦の影響で2018年に買収は断念されました。
Cristiano Amon(2021年〜現在)
2021年、Cristiano R. Amonが現CEOに就任しました。
Amonは1995年にエンジニアとしてQualcommに入社し、Snapdragonプラットフォームの製品ロードマップを担当してきた人物です。
AmonのリーダーシップのもとQualcommは、スマートフォン依存からの脱却を加速させています。
自動車、IoT、AI、PCなどの非ハンドセット市場での売上を、2029年までに220億ドル(全体の50%)にする目標を掲げています。
主要な買収と戦略
Qualcommは、技術力強化と市場拡大のため、数々の戦略的買収を行ってきました。
主要な買収事例
2005年: Flarion Technologies
- OFDMA(直交周波数分割多元接続)技術を持つ企業を買収
- 4G LTE技術の開発を加速
2021年: Nuvia(約14億ドル)
- 元Apple/Google出身のエンジニアが2019年に設立したサーバーCPUスタートアップを買収
- PC向けプロセッサの性能向上を目指す
- 2022年後半からラップトップCPUとして製品化
2022年: Arriver
- ADAS(先進運転支援システム)および自動運転ソフトウェアブランドを買収
- 自動車分野での競争力を強化
2022年: Cellwize
- イスラエルのスタートアップをQualcomm Venturesを通じて買収
- 5Gネットワーク最適化技術を獲得
法的課題と独占禁止法問題
Qualcommの特許ライセンスビジネスモデルは、高い収益性を誇る一方で、独占禁止法上の問題も引き起こしてきました。
主要な訴訟と制裁
中国当局からの制裁(2015年)
- 独占禁止法違反で約10億ドルの罰金
- Qualcommの特許ライセンス慣行が競争を阻害しているとの判断
韓国当局からの制裁(2016年)
- 公正取引委員会から約8億5,000万ドルの罰金
欧州委員会からの制裁(2018年)
- Appleとの独占契約が競争法違反として約10億ドルの罰金
米国FTC訴訟(2017年〜2020年)
- 2019年、カリフォルニア地裁がQualcommに反トラスト法違反の判決
- しかし2020年、第9巡回区控訴裁判所が地裁判決を覆し、Qualcommが勝訴
- 控訴裁判所は、Qualcommの事業慣行を「反競争的」ではなく「超競争的」と判断
Appleとの和解(2019年)
- 長年の特許訴訟が和解
- Qualcommは47億ドルの収益増を計上
- Appleは再びQualcommのモデムチップを採用
現在の展開と今後の方向性
スマートフォン以外への事業拡大
2024年以降、Qualcommはスマートフォン依存からの脱却を加速させています。
主要な成長分野は以下の通りです。
自動車分野
- Snapdragon Digital Chassis: デジタルコックピット、ADAS、自動運転向けプラットフォーム
- 主要顧客: GM、BMW、ルノー
- 2025年、BMWと共同で自律走行システムを開発し、BMW iX3に搭載
AI分野
- 2024年、生成AIをエッジコンピューティングの主要な市場需要として特定
- 2025年、NVIDIAの支配的地位に挑戦するAIアクセラレータチップ「AI200」を発表
- 初期顧客: Humain(サウジアラビアの公共投資基金が支援するAI企業)
PC分野
- Nuvia買収により開発されたArm系プロセッサをWindows PC向けに投入
- Apple Siliconに対抗する高性能・低消費電力プロセッサを目指す
XR(拡張現実)分野
- MetaのVRヘッドセット「Quest」シリーズにSnapdragonチップを供給
2025年度の業績
2025年度(2024年9月期)、Qualcommは以下の業績を達成しました。
- 総売上高: 約443億ドル(前年比14%増)
- 純利益: 約55億ドル
- 自動車・IoT分野: 前年比27%増の大幅成長
非ハンドセット市場の成長により、事業多角化戦略が実を結びつつあることが示されました。
2030年に向けた目標
Qualcommは、2030年までに以下の目標を掲げています。
- 非ハンドセット市場(自動車・IoT)で220億ドルの売上達成
- 全体売上の50%を非ハンドセット市場から創出
- TAM(総獲得可能市場)を約9,000億ドルと見積もる
Appleとの関係
現在、QualcommはAppleのiPhoneに5Gモデムチップを100%供給しています。
しかし、2022年にAppleが自社製5Gモデムチップの開発を発表しました。
業界アナリストは、Appleが自社製モデムの実用化に成功した場合、Qualcommのモデムチップ供給シェアは現在の100%から20%まで低下する可能性があると予測しています。
ただし、Appleの自社製モデム開発は技術的課題に直面しており、実用化の時期は不透明です。
Qualcommは、この潜在的リスクを踏まえ、自動車やIoTなど他の成長分野への投資を加速させています。
まとめ
Qualcommは、1985年の創業以来、モバイル通信技術の進化を牽引してきた半導体企業です。
CDMA技術の実用化から始まり、Snapdragonプロセッサで世界中のスマートフォン市場を支配し、現在は自動車、IoT、AI、PCなど新たな成長分野への展開を進めています。
ファブレス企業として半導体設計に特化し、製造はファウンドリに委託するビジネスモデル、そして特許ライセンスによる高収益体制が、Qualcommの強固な事業基盤を支えています。
独占禁止法問題や主要顧客であるAppleの自社製チップ開発など、課題も抱えていますが、2025年度に約443億ドルの売上を達成し、非ハンドセット市場での成長を加速させているQualcommの今後の展開に注目が集まります。
参考情報
本記事は以下の情報源を参照して作成しました。
- Qualcomm公式サイト – 企業情報
- Qualcomm – Wikipedia
- Yahoo Finance – Qualcomm企業プロファイル
- 東京エレクトロンデバイス – Qualcomm製品情報
- マクニカ – Qualcomm半導体事業
- Quartr – “Qualcomm: Quality Communication and Semiconductor Innovation” (2025年9月)
- DCFmodeling.com – “QUALCOMM Incorporated (QCOM): history, ownership, mission, how it works & makes money” (2025年11月)
※この記事の情報は2025年2月時点のものです。


コメント