インターネット上で、他人のIPアドレスを偽装して通信する「IPスプーフィング」という攻撃手法をご存知ですか?
これは、送信元のIPアドレスを偽って通信することで、まるで別人になりすましたように見せかける技術です。サイバー攻撃の基本的な手口の1つであり、様々な不正行為に悪用されています。
この記事では、IPスプーフィングの仕組みから具体的な攻撃手法、そして効果的な対策方法まで、分かりやすく解説していきます。ネットワークセキュリティの基礎知識として、ぜひ理解を深めていきましょう!
IPスプーフィングとは?なりすましの基本

IPスプーフィング(IP Spoofing)とは、IPパケット(データの小包)の送信元IPアドレスを偽装する攻撃手法のことです。
「スプーフィング(Spoofing)」は英語で「なりすまし」や「偽装」を意味します。つまり、自分のIPアドレスを隠して、別のIPアドレスから送信したように見せかけるんですね。
なぜ危険なのか?
普通の通信では、郵便物のように「差出人(送信元)」と「宛先(送信先)」が明確に記録されています。
しかしIPスプーフィングでは、この差出人情報を自由に書き換えられてしまうため、以下のような問題が起きます:
- 攻撃者の身元を隠せる(追跡が困難)
- 信頼されたIPアドレスになりすませる(セキュリティを突破)
- 大規模な攻撃の踏み台にできる(DDoS攻撃など)
まさにインターネット版の「偽造身分証」のようなものなんです。
なぜIPスプーフィングが可能なのか?TCP/IPの仕組み
「なぜこんな偽装ができるの?」と疑問に思いますよね。
実は、インターネットの基本プロトコルであるTCP/IPの仕組みに原因があります。
TCP/IPの構造
IPパケットには、以下のような情報が含まれています:
IPヘッダーの主な項目:
- 送信元IPアドレス(どこから送られたか)
- 宛先IPアドレス(どこへ送るか)
- その他の制御情報
問題は、この送信元IPアドレスを送信者が自由に設定できるという点です。
郵便に例えると
普通の郵便でも、差出人の住所は送る人が書きます。つまり、嘘の住所を書こうと思えば書けてしまうんですね。
ただし郵便の場合は:
- 返信を受け取れない
- 追跡される可能性がある
一方、IPスプーフィングでは:
- 攻撃自体は成立する(返信不要な攻撃)
- 追跡が非常に困難
この違いが、IPスプーフィングを危険な攻撃手法にしています。
IPスプーフィングの主な種類と攻撃手法
IPスプーフィングには、いくつかの代表的な攻撃パターンがあります。
1. ブラインドスプーフィング(Blind Spoofing)
攻撃者が相手からの返信を受け取れない状態で行う攻撃です。
特徴:
- 送信元を偽装するため、返信は本来のIPアドレスに届く
- 一方向の攻撃に使われる
- DDoS攻撃(大規模な妨害攻撃)の典型的な手法
具体例:
攻撃者が大量のパケットを送信し、すべての送信元を被害者のIPアドレスに偽装します。すると、返信がすべて被害者に集中し、システムが過負荷になるんです。
2. 非ブラインドスプーフィング(Non-Blind Spoofing)
攻撃者が通信の内容を傍受できる環境で行う攻撃です。
特徴:
- 同じネットワーク内で実行される
- 通信内容を盗聴しながら攻撃
- より高度な攻撃が可能
具体例:
社内LANなどで、正規ユーザーになりすまして機密情報にアクセスする場合に使われます。
3. SYN Flood攻撃
TCP接続の仕組みを悪用した攻撃手法です。
攻撃の流れ:
- 偽装したIPアドレスから大量の接続要求(SYNパケット)を送信
- サーバーは各要求に応答を準備
- 偽装アドレスなので応答が返らない
- サーバーのリソースが枯渇して正常な接続を受け付けられなくなる
これはTCPの3ウェイハンドシェイク(接続確立の手順)を悪用した攻撃なんです。
4. Smurf攻撃
ネットワークのブロードキャスト機能を悪用する攻撃です。
攻撃の仕組み:
- 被害者のIPアドレスを偽装してICMPエコー要求を送信
- ネットワーク内の多数の機器に一斉送信
- すべての機器が被害者に返信
- 被害者のシステムが大量の応答で麻痺
増幅効果により、小さな攻撃が大きなダメージになる恐ろしい手法です。
IPスプーフィングの実際の被害とリスク
IPスプーフィングは、様々なサイバー攻撃の基盤となっています。
主な被害・リスク
1. DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃)
- Webサイトやサービスを利用不能にする
- 企業の営業停止や信頼低下を引き起こす
- 身代金要求の手段として使われることも
2. 不正アクセス
- 信頼されたIPアドレスになりすまし
- ファイアウォールやアクセス制御を突破
- 機密情報の窃取
3. マルウェアの拡散
- 信頼されたサーバーからのように見せかける
- ユーザーに悪意あるファイルをダウンロードさせる
4. 証拠隠滅と追跡回避
- 攻撃者の本当の所在を隠す
- 捜査を妨害する
実際の事例では、大手企業のWebサイトが数時間にわたってアクセス不能になったり、金融機関のシステムが攻撃を受けたりしています。
IPスプーフィングへの対策方法

では、どうやってIPスプーフィングから守ればよいのでしょうか?
ネットワーク管理者側の対策
1. イングレス/エグレスフィルタリング
イングレスフィルタリング(入口フィルタリング):
- 外部から入ってくるパケットの送信元IPアドレスをチェック
- 内部ネットワークのIPアドレスを偽装したパケットを拒否
エグレスフィルタリング(出口フィルタリング):
- 内部から外部へ出るパケットの送信元IPアドレスを確認
- 自ネットワーク以外のIPアドレスを持つパケットをブロック
これにより、偽装されたパケットを水際で食い止められます。
2. ファイアウォールの設定強化
- 信頼できるIPアドレスのみ許可
- 不審なトラフィックパターンを検知
- ステートフルインスペクション(通信の状態を追跡)を有効化
3. IDS/IPS(侵入検知・防止システム)の導入
IDS(Intrusion Detection System):
- 不正な通信パターンを検知して警告
IPS(Intrusion Prevention System):
- 不正な通信を自動的にブロック
リアルタイムで攻撃を検知・防御できるんです。
4. RPF(Reverse Path Forwarding)チェック
パケットが正しい経路から来ているか確認する技術です。
- 受信したパケットの送信元IPアドレスを確認
- そのアドレスへの返信経路が正しいかチェック
- 不正な経路のパケットを廃棄
一般ユーザー側の対策
1. VPNの利用
- 通信を暗号化
- IPアドレスを保護
2. 信頼できるネットワークの使用
- 公共Wi-Fiでの重要な通信を避ける
- 企業や自宅の保護されたネットワークを使用
3. セキュリティソフトの導入
- 不正な通信を検知
- マルウェア感染を防止
IPスプーフィングの検知方法
攻撃を受けている可能性がある場合、どう気づけばよいのでしょうか?
検知のポイント
1. 異常なトラフィック量
- 通常より大幅に多い通信量
- 特定のポートへの集中的なアクセス
2. 予期しないTCP接続
- 完了しないTCP接続の急増
- SYNパケットの異常な増加
3. 矛盾するログ情報
- 同じIPアドレスから異なる場所での同時アクセス
- 通常と異なるアクセスパターン
4. ネットワーク性能の低下
- 急激なレスポンス速度の悪化
- 正常な接続の失敗増加
分析ツールの活用
Wireshark(パケット解析ツール):
- ネットワークトラフィックを詳細に分析
- 不審なパケットを発見
ログ監視システム:
- アクセスログを自動分析
- 異常パターンを即座に通知
早期発見により、被害を最小限に抑えられます。
IPスプーフィングと法律:違法性について
IPスプーフィング自体や、それを使った攻撃は明確な違法行為です。
関連する法律
不正アクセス禁止法:
- 他人になりすましてシステムにアクセスする行為を禁止
- 違反すると3年以下の懲役または100万円以下の罰金
電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2):
- DDoS攻撃などでサービスを妨害する行為
- 5年以下の懲役または100万円以下の罰金
私電磁的記録不正作出罪:
- データを不正に作成・変更する行為
技術的に可能だからといって、絶対に実行してはいけません。研究や学習目的であっても、実際のネットワークで試すことは違法です。
まとめ:IPスプーフィングから身を守るために
IPスプーフィングは、インターネットセキュリティにおける重大な脅威の1つです。
この記事のポイント:
- IPスプーフィングは送信元IPアドレスを偽装する攻撃手法
- TCP/IPの仕組みにより偽装が可能
- DDoS攻撃や不正アクセスなど様々な攻撃に利用される
- フィルタリングやファイアウォールで対策可能
- 早期検知が被害拡大を防ぐ鍵
- 実行すると法律違反になる
ネットワーク管理者の方は、適切なフィルタリング設定とIDS/IPSの導入を検討してください。
一般ユーザーの方も、公共Wi-Fiでの重要な通信を避けたり、セキュリティソフトを最新状態に保ったりすることで、間接的な被害を防げます。
インターネットの安全性を守るため、一人ひとりがセキュリティ意識を高めることが大切です!


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