ChatGPTの登場以降、生成AIが社会に大きな影響を与えています。
このAI革命を技術的に支えているのが、HBM(High Bandwidth Memory)という次世代メモリ技術です。
HBMは、従来のメモリとは全く異なる3D積層構造を採用し、AI処理に必要な膨大なデータを超高速で転送できます。
この記事では、HBMの基本的な仕組みから、どのような場面で使われているのか、そして今後の展望まで詳しく解説します。
HBMとは

HBM(High Bandwidth Memory)は、「高帯域幅メモリ」と訳される次世代の半導体メモリ規格です。
JEDECという半導体業界の標準化団体によって規格化されており、2013年にSK Hynixが世界初のHBMを開発しました。
HBMの基本概念
HBMは、従来のDRAM(Dynamic Random Access Memory)とは根本的に異なる構造を持っています。
従来のメモリとの最大の違い:
- 平面構造 → 3D積層構造
- 横方向の配線 → 垂直方向の配線
- 低帯域幅 → 超高帯域幅
HBMでは、複数のDRAMチップを縦方向に積み重ねることで、限られた面積で大容量と高速転送を同時に実現しています。
HBMの名前の由来
「High Bandwidth」という名称は、この技術の最大の特徴である「圧倒的な帯域幅」を表しています。
帯域幅とは:
メモリとプロセッサの間で1秒間に転送できるデータ量のことです。
帯域幅が大きいほど、大量のデータを高速に処理できます。
帯域幅は以下の式で計算されます。
帯域幅(GB/s) = バス幅(Byte) × 周波数(Hz) × 転送回数/クロック
HBMは、このバス幅を従来の何十倍にも拡大することで、驚異的な帯域幅を実現しました。
なぜHBMが必要になったのか
HBMが開発された背景には、「メモリウォール問題」という深刻な課題がありました。
メモリウォール問題とは
プロセッサの処理速度は年々向上していますが、メモリの転送速度がそれに追いつかない現象を「メモリウォール」と呼びます。
問題の具体例:
GPUには数千個の演算コアがあり、並列処理で高速計算ができます。
しかし、メモリからのデータ供給が間に合わないと、演算コアが待機状態になり、性能が発揮できません。
従来のメモリの限界
従来のGDDR5やDDR4メモリには、以下のような問題がありました。
1. 実装面積の増大
高帯域幅を実現するには多くの配線が必要で、基板面積が大きくなります。
2. 消費電力の増加
プロセッサとメモリの物理的距離が長いと、信号を送るために高い電圧が必要になり、消費電力が増大します。
3. 発熱の問題
消費電力の増加は発熱につながり、冷却が困難になります。
これらの問題を解決するために、メモリチップを縦に積み上げる3D積層技術が考案されました。
HBMの構造と仕組み
HBMの革新的な性能は、3つの重要な技術によって実現されています。
1. 3D積層構造(スタッキング)
HBMの最大の特徴は、DRAMチップを縦方向に積み重ねる3D積層構造です。
積層の詳細:
- 複数のDRAMチップ(通常4層、8層、12層)を垂直に積み上げる
- 最下層にロジックダイ(制御回路)を配置
- 合計で最大13層(12層DRAM + 1層ロジック)の構造
この構造により、同じ面積でより大容量のメモリを搭載できます。
2. TSV(Through Silicon Via)技術
TSVは「シリコン貫通電極」と訳され、HBMの核心技術です。
TSVとは:
シリコンウェハに微細な穴を開け、そこに電極(銅など)を埋め込んで垂直方向に電気配線を通す技術です。
TSVの利点:
- 積層されたチップ間を直接接続できる
- 配線長が短くなり、高速化と低消費電力化を実現
- 1024本という驚異的なバス幅を可能にする
従来のワイヤーボンディング(横方向の配線)と比較して、TSVは配線密度を大幅に向上させました。
3. インターポーザー
インターポーザーは、HBMとプロセッサ(GPUやCPU)を基板上で接続する中間層です。
インターポーザーの役割:
- HBMスタックとプロセッサを物理的に接続
- 数千本の配線を高密度に実装
- 信号の整合性を保ちながら高速転送を実現
通常、シリコンインターポーザーが使用され、これにより2.5D実装と呼ばれる高度なパッケージング技術が実現されています。
HBMの構成要素まとめ
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| DRAMダイ(8~12層) | データを記憶 |
| ロジックダイ(ベースダイ) | メモリコントローラ、I/O制御 |
| TSV | 垂直方向の電気配線 |
| マイクロバンプ | チップ間の物理的接続 |
| インターポーザー | プロセッサとの接続 |
HBMの世代別進化
HBMは2013年の登場以来、急速な進化を遂げてきました。
HBM1(2013年)
仕様:
- 積層数:4層
- 帯域幅:約128GB/s
- 容量:1GB~4GB
- データレート:1Gb/s/pin
歴史的意義:
2015年にAMDのRadeon R9 Fury Xに初めて搭載され、商用製品として実用化されました。
GDDR5と比較して3倍の帯域幅を20%の消費電力で実現しました。
HBM2(2016年)
仕様:
- 積層数:最大8層
- 帯域幅:約256GB/s
- 容量:4GB~8GB
- データレート:2Gb/s/pin
改良点:
- Pseudo Channelモードを導入し、各チャンネルを2つのサブチャンネルに分割
- 並列処理能力が向上
- NVIDIA Tesla P100などのAI・HPC向けGPUに採用
HBM2E(2018年)
仕様:
- 積層数:最大8層
- 帯域幅:約410~460GB/s
- 容量:8GB~16GB
- データレート:3.2~3.6Gb/s/pin
改良点:
- ダイ密度が倍増
- I/O速度の向上
- AIやビッグデータ解析での効率的なデータ処理を実現
HBM3(2022年)
仕様:
- 積層数:最大12層
- 帯域幅:約665~819GB/s
- 容量:16GB~24GB
- データレート:5.2~6.4Gb/s/pin
改良点:
- 16個の独立した64ビットチャンネル
- 各チャンネルを2つの32ビット疑似チャンネルに分割可能
- NVIDIA H100などの最新AI GPUに採用
HBM3E(2023年)
仕様:
- 積層数:最大12層
- 帯域幅:約1TB/s以上
- 容量:24GB~36GB
- データレート:8~9.6Gb/s/pin
改良点:
- さらなる高速化と大容量化
- SK Hynixの12層HBM3Eは1,280GB/sの帯域幅を実現
- NVIDIA H200などの次世代AI GPUに採用
HBM4(2025年策定)
予定仕様:
- 積層数:最大16層以上
- 帯域幅:1.5~2.8TB/s
- データインターフェース:2,048ビット(HBM3の倍)
- カスタマイズ可能なベースダイ
期待される改良:
- さらなる高速化と省電力化
- 次世代AIプロセッサ向けに最適化
- 2026年頃の本格量産を予定
従来メモリとの比較
HBMと従来のメモリ技術を比較してみましょう。
性能比較表
| メモリタイプ | バス幅 | 帯域幅 | 消費電力(相対) | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| DDR4 | 64ビット | 25.6GB/s | 中 | PC、サーバー |
| DDR5 | 64ビット | 51.2GB/s | 中 | PC、サーバー |
| GDDR5 | 32ビット×8チップ | 約256GB/s | 高 | ゲーミングGPU |
| GDDR6 | 32ビット×8チップ | 約448GB/s | 高 | ゲーミングGPU |
| GDDR6X | 32ビット×8チップ | 約760GB/s | 非常に高 | ハイエンドGPU |
| HBM2 | 1024ビット | 256GB/s | 低 | AI GPU、HPC |
| HBM2E | 1024ビット | 410~460GB/s | 低 | AI GPU、HPC |
| HBM3 | 1024ビット | 665~819GB/s | 低 | AI GPU、スパコン |
| HBM3E | 1024ビット | 1TB/s以上 | 低 | 最新AI GPU |
HBMの優位性
1. 圧倒的な帯域幅
1024ビットという広大なバス幅により、従来のメモリの数倍の帯域幅を実現します。
2. 低消費電力
プロセッサとの物理的距離が短いため、低電圧で動作でき、消費電力を大幅に削減できます。
3. 省スペース
3D積層により、同じ基板面積でより大容量のメモリを搭載できます。
4. 低レイテンシ
短い配線により、データアクセスの遅延が少なくなります。
HBMの課題
1. 製造コストが高い
TSV技術や複雑な積層プロセスにより、DDR4/DDR5の3~5倍のコストがかかります。
2. 歩留まりの問題
積層構造のため、1層でも不良があると全体が使えなくなり、製造歩留まりが低下します。
3. 発熱管理
高密度に積層されているため、熱が集中しやすく、効率的な冷却システムが必要です。
4. 製造能力の限界
TSV形成装置などの専用設備が必要で、生産量が限られています。
HBMの主な用途

HBMは、高帯域幅を必要とする専門的な用途で使用されています。
1. AI・機械学習
生成AIやディープラーニングでは、膨大なパラメータや中間データを高速に処理する必要があります。
使用例:
- ChatGPT、Claude、Geminiなどの大規模言語モデル(LLM)の学習
- 画像生成AI(Stable Diffusion、DALL-Eなど)
- 動画生成AI
搭載製品:
- NVIDIA H100、H200(HBM3/HBM3E)
- AMD Instinct MI300シリーズ(HBM3)
- Google TPU v5(HBM2E)
2. グラフィックス処理
プロフェッショナル向けの高性能グラフィックス処理に使用されます。
使用例:
- 3DCG制作
- 映画のVFX制作
- 科学技術可視化
搭載製品:
- AMD Radeon Pro W7900(HBM3)
- AMD Radeon VII(HBM2)
3. スーパーコンピュータ
科学技術計算や気象シミュレーションなどに使用されます。
搭載例:
- 富岳(日本、ARM A64FX + HBM2)
- Aurora(米国、Intel + HBM2E)
- Frontier(米国、AMD + HBM3)
4. データセンター・クラウドサーバー
大規模データ処理やAI推論サービスで活用されています。
使用例:
- クラウドAIサービス
- ビッグデータ解析
- リアルタイムデータ処理
5. ネットワーク機器
高速ネットワーク処理にも使用されています。
使用例:
- 5G基地局
- ルーターやスイッチ
- パケット処理アクセラレータ
HBMの市場動向
主要メーカー
HBM市場は、3社の半導体メーカーによって支配されています。
1. SK Hynix(韓国)
- 世界初のHBM開発メーカー(2013年)
- 市場シェアトップ
- NVIDIAへの独占的供給契約を持つ
- HBM3Eで技術的リーダーシップを維持
2. Samsung(韓国)
- HBM2 Aquaboltなどの製品ラインナップ
- AMD、Broadcomなどに供給
- 12層HBM3Eで1,280GB/sの帯域幅を実現
3. Micron Technology(米国)
- HBM3世代から本格参入
- TSV技術と電力供給網に注力
- HBM4サンプルで2.8TB/sを達成(2025年)
市場規模の推移
HBM市場は、生成AIブームにより急成長しています。
市場予測:
- 2024年:約23~25億ドル
- 2030年:約90~100億ドル以上
- 年平均成長率(CAGR):約30%
ChatGPTのリリース(2022年)以降、企業間でAI開発競争が激化し、HBM需要が急増しました。
需要の牽引要因
1. 生成AIの爆発的成長
大規模言語モデル(LLM)の学習には、膨大なメモリ帯域幅が必要です。
2. データセンターの拡大
クラウドサービスの普及により、AI推論用GPUの需要が増加しています。
3. スーパーコンピュータの更新
世界各国で次世代スパコンの開発が進んでいます。
今後の技術動向
HBMは今後さらなる進化が予想されています。
1. HBM-PIM(Processing-In-Memory)
メモリ内で演算処理を行う技術です。
メリット:
- データ転送量の削減
- 処理の高速化
- 消費電力の削減
Samsungが業界初のHBM-PIMを開発し、AI処理機能をメモリ内に統合しています。
2. 冷却技術の進化
HBMの高密度化に伴い、冷却技術も進化しています。
HBM4以降の冷却方式:
- 上部ヒートシンクへの液冷注入
- 浸漬式冷却(HBM5で検討)
- 埋込型冷却技術(HBM7で検討)
- 液体用TSV(流体TSV)の設計
3. 積層数のさらなる増加
HBM4では16層以上、将来的には20層以上の積層も検討されています。
4. カスタマイズ可能なベースダイ
HBM4では、顧客の要求に応じてベースダイをカスタマイズできるようになる予定です。
5. 新しいパッケージング技術
ハイブリッドボンディング:
従来のマイクロバンプよりも微細な接続が可能になり、さらなる高密度化を実現します。
UCIe(Universal Chiplet Interconnect Express):
チップレット間の標準的な接続規格で、HBMとの統合も検討されています。
まとめ
HBM(High Bandwidth Memory)は、AI時代を支える重要な半導体メモリ技術です。
重要なポイント:
- HBMは3D積層構造とTSV技術により、従来の数倍から数十倍の帯域幅を実現
- 2013年のHBM1から2025年のHBM4まで急速に進化
- ChatGPT以降の生成AIブームで需要が急増
- SK Hynix、Samsung、Micronの3社が市場をリード
- 主な用途はAI・機械学習、スーパーコンピュータ、データセンター
- 製造コストと発熱が課題だが、技術革新により解決が進む
生成AIの発展、データセンターの拡大、スーパーコンピュータの高性能化など、HBMの需要はさらに拡大すると予想されています。
HBM-PIMや新しい冷却技術など、次世代技術の開発も活発に進められており、今後もHBMは高性能コンピューティングの中核技術として進化し続けるでしょう。
私たちが日常的に使うChatGPTなどのAIサービスの裏側では、HBMが重要な役割を果たしているのです。

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