AIによる画像認識技術は、医療診断から製造業の品質管理まで、幅広い分野で活用されています。
しかし、従来のモデルは高精度を追求すると計算リソースが膨大になり、コストやスピードの面で課題がありました。
この記事では、Googleが2019年に発表し、少ないパラメータで高精度を実現する画像認識モデル「EfficientNet」について、その仕組みから活用方法まで詳しく解説します。
EfficientNetとは

EfficientNet(エフィシェントネット)は、2019年5月にGoogle AIの研究チームが発表した画像認識のためのCNN(畳み込みニューラルネットワーク)アーキテクチャです。
論文は国際機械学習会議ICML 2019で発表されました。
開発者はMingxing Tan氏とQuoc V. Le氏です。
名前の由来
「Efficient」は「効率的な」という意味で、少ないパラメータ数(モデルの重み)で高い精度を実現する効率性を表しています。
従来のモデルが精度向上のために膨大なパラメータを必要としたのに対し、EfficientNetは効率的に設計されたモデルです。
EfficientNetの位置づけ
EfficientNetは画像分類(Image Classification)タスクを主な目的として開発されました。
画像分類とは、入力された画像が何を表しているかをカテゴリーに分類するタスクです。
例えば、犬の画像を「犬」、猫の画像を「猫」と認識します。
画像分類以外にも、物体検出、セグメンテーション、転移学習のバックボーンとしても広く使用されています。
EfficientNetが解決した課題
従来の画像認識モデルの問題点
EfficientNet以前の画像認識モデルには、以下のような課題がありました。
精度を上げるとモデルが巨大化する
ResNetやGPipeなどの従来モデルは、精度を向上させるために層を深くしたり(深さのスケーリング)、各層のチャネル数を増やしたり(幅のスケーリング)、入力画像の解像度を上げたり(解像度のスケーリング)していました。
しかし、これらの変更により、モデルは非常に大きく、処理速度が遅くなりました。
計算リソースが膨大になる
モデルが巨大化すると、学習や推論に必要な計算量(FLOPS: 浮動小数点演算回数)とメモリが増大します。
GPipeは当時最高精度を達成しましたが、パラメータ数が557M(5億5700万)に達し、ハードウェアのメモリ限界に達していました。
スケーリング方法が非効率的
従来は、深さ、幅、解像度のいずれか1つだけをスケールアップしていました。
しかし、この方法では計算リソースの増加に対して精度の向上が限定的でした。
つまり、「コストパフォーマンスが悪い」状態でした。
EfficientNetによる解決
EfficientNetは、これらの課題を「複合スケーリング(Compound Scaling)」という新しい手法で解決しました。
深さ、幅、解像度を同時にバランスよくスケールアップすることで、少ないパラメータで高精度を実現しました。
EfficientNetの核心技術:複合スケーリング
複合スケーリングとは
複合スケーリング(Compound Scaling)は、EfficientNetの最大の特徴です。
ネットワークの深さ(depth)、幅(width)、解像度(resolution)を、単一の複合係数を使って同時にバランスよくスケールアップする手法です。
3つのスケーリング要素
深さ(Depth)のスケーリング
深さとは、ニューラルネットワークの層(レイヤー)の数を指します。
層を深くすると、より複雑で抽象的な特徴を学習できます。
例えば、最初の層では「エッジ」を検出し、深い層では「顔」や「物体全体」を認識できるようになります。
しかし、層を深くしすぎると勾配消失問題が発生し、学習が困難になります。
また、精度の向上も頭打ちになります。
幅(Width)のスケーリング
幅とは、各層のチャネル数(フィルター数)を指します。
幅を広げると、より多様な特徴を同時に捉えることができます。
しかし、ネットワークが浅すぎる場合、いくら幅を広げても抽象的な特徴を捉えるのが難しくなります。
解像度(Resolution)のスケーリング
解像度とは、入力画像のサイズ(ピクセル数)を指します。
解像度を高くすると、画像の細かいディテールを捉えることができます。
しかし、解像度を上げるだけでは、それを処理するための十分な深さと幅がないと効果が限定的です。
また、計算量が大幅に増加します。
複合スケーリングの仕組み
従来は、深さ、幅、解像度のいずれか1つだけを調整していました。
EfficientNetでは、これら3つを同時に一定の比率でスケールアップします。
具体的には、複合係数φ(ファイ)を用いて、以下のように定義します。
- 深さ = α^φ
- 幅 = β^φ
- 解像度 = γ^φ
ここで、α、β、γは定数で、グリッドサーチによって最適値を見つけます。
例えば、計算リソースを2倍にできる場合(φ=1)、深さ、幅、解像度をそれぞれα倍、β倍、γ倍します。
この方法により、3つの要素がバランスよくスケールアップされ、計算リソースを効率的に活用できます。
なぜ複合スケーリングが効果的なのか
高解像度の画像を処理する場合、広範囲の特徴を捉えるためにより深いネットワークが必要です。
また、細かい特徴を捉えるために幅(チャネル数)を増やす必要もあります。
つまり、解像度を上げるなら、それに応じて深さと幅も増やすべきです。
複合スケーリングは、この直感的な考え方を数式化したものです。
3つの要素を同時にバランスよく調整することで、計算リソースを無駄なく活用し、高い精度を実現します。
EfficientNetのアーキテクチャ
ベースラインモデル:EfficientNet-B0
EfficientNetファミリーの基礎となるのがEfficientNet-B0です。
EfficientNet-B0は、NAS(Neural Architecture Search:ニューラルアーキテクチャ探索)という自動設計手法を使って開発されました。
NASは、膨大な候補の中から最適なネットワーク構造を自動的に探索する技術です。
EfficientNet-B0は、精度と効率性の両方を最適化するように設計されました。
MBConvブロック
EfficientNetの中核となる構成要素は、MBConv(Mobile Inverted Bottleneck Convolution)ブロックです。
MBConvは、MobileNetV2で提案された構造を採用しています。
MBConvの構成要素
- 深さ方向分離畳み込み(Depthwise Separable Convolution)
通常の畳み込みを2つのステップに分割することで、計算量とパラメータ数を大幅に削減します。 - 逆残差構造(Inverted Residual)
チャネル数を一旦増やしてから減らす構造で、効率的に特徴を抽出します。 - Squeeze-and-Excitation(SE)最適化
チャネル間の重要度を学習し、重要なチャネルを強調する仕組みです。
これにより、モデルの表現力が向上します。 - Swish活性化関数
従来のReLUよりも性能が良いとされる活性化関数です。
これらの技術により、MBConvブロックは少ないパラメータで高い性能を発揮します。
EfficientNet-B0からB7までのモデル
EfficientNet-B0をベースに、複合スケーリングを適用することで、B1からB7までの7つのモデルが作成されました。
合計8つのモデル(B0〜B7)が存在し、数字が大きくなるほどモデルサイズが大きく、精度も向上します。
各モデルの特徴
- EfficientNet-B0: 最小モデル、パラメータ数約5.3M、精度77.1%(ImageNet Top-1)
- EfficientNet-B1: B0より若干大きい、精度79.1%
- EfficientNet-B2: 精度80.1%
- EfficientNet-B3: 精度81.6%
- EfficientNet-B4: ResNet-50と同等の計算量で精度82.6%
- EfficientNet-B5: 精度83.6%
- EfficientNet-B6: 精度84.0%
- EfficientNet-B7: 最大モデル、パラメータ数約66M、精度84.4%(Top-1)、97.1%(Top-5)
使用環境や要求精度に応じて、適切なモデルを選択できます。
EfficientNetの性能
ImageNetでの成績
ImageNetは、画像認識モデルの性能を測る標準的なベンチマークデータセットです。
1000クラスに分類された120万枚以上の画像が含まれます。
EfficientNetは、ImageNetで当時の最高精度(State-of-the-Art)を達成しました。
主な比較結果
対ResNet-50:
- EfficientNet-B4は、ResNet-50と同程度の計算量(FLOPS)でありながら、精度を76.3%から82.6%へと6.3%向上させました。
対GPipe:
- EfficientNet-B7は、GPipeと同等の精度(Top-1: 84.4%、Top-5: 97.1%)を達成しながら、パラメータ数を557M(5億5700万)から66M(6600万)へと約8.4分の1に削減しました。
- さらに、CPU推論速度を6.1倍向上させました。
その他のモデルとの比較:
- ImageNetを含む主要な8つのデータセットのうち5つで最高精度(State-of-the-Art)を達成しました。
これらの結果は、EfficientNetが少ないパラメータで高精度を実現する「効率的な」モデルであることを証明しています。
転移学習での成績
EfficientNetは、転移学習でも優れた性能を示しました。
転移学習とは、ある大規模データセット(ImageNetなど)で学習したモデルを、別のタスクに適用する技術です。
EfficientNetをImageNetで事前学習し、他のデータセット(CIFAR-100、Flowersなど)でファインチューニングした結果、複数のデータセットで最高精度を達成しました。
この汎用性の高さから、EfficientNetはKaggleなどのコンペティションで転移学習のベースモデルとして広く使用されています。
EfficientNetの実装と使用方法

主要なフレームワークでの利用
EfficientNetは、主要な深層学習フレームワークで簡単に利用できます。
TensorFlow/Keras
TensorFlow 2.xとKerasでは、tf.keras.applicationsモジュールにEfficientNetが組み込まれています。
from tensorflow.keras.applications import EfficientNetB0
# EfficientNet-B0モデルをロード(ImageNetの重みを使用)
model = EfficientNetB0(weights='imagenet', include_top=True)
# またはカスタム分類用
model = EfficientNetB0(include_top=False, input_shape=(224, 224, 3), pooling='avg')
PyTorch
PyTorchでは、efficientnet_pytorchライブラリを使用します。
from efficientnet_pytorch import EfficientNet
# 事前学習済みモデルをロード
model = EfficientNet.from_pretrained('efficientnet-b7')
# カスタムクラス数に変更
num_ftrs = model._fc.in_features
model._fc = nn.Linear(num_ftrs, 10) # 10クラス分類の場合
転移学習の手順
EfficientNetを転移学習で使用する基本的な手順は以下の通りです。
- 事前学習済みモデルをロード
ImageNetで学習済みの重みを使用します。 - 最終層を置き換え
自分のタスクに合わせて、出力層のクラス数を変更します。 - ファインチューニング
自分のデータセットで学習を行います。
最初は最終層のみを学習し、その後、全体を微調整することが一般的です。 - 評価
検証データで性能を評価します。
EfficientNetの応用分野
医療画像解析
EfficientNetは医療画像解析の分野で大きな注目を集めています。
応用例:
- X線画像解析: 肺炎、COVID-19、結核などの診断支援
- CT画像解析: 腫瘍や異常の検出
- MRI画像解析: 脳疾患の診断支援
- 病理画像解析: がん細胞の分類
効率的なパラメータ数により、限られた計算リソースでも十分な性能を発揮できるため、臨床現場への導入が容易です。
製造業の品質管理
製造ラインでの不良品検出や品質検査にも活用されています。
応用例:
- 表面欠陥検出: 製品表面の傷や汚れの検出
- 部品検査: 部品の正常/異常判定
- 組立検証: 組み立てが正しく行われているかの確認
リアルタイム処理が必要な製造現場でも、EfficientNetの高速性が活かされます。
自動運転
自動運転車の視覚システムにも利用されています。
応用例:
- 道路標識認識: 速度制限、一時停止などの標識を認識
- 歩行者検出: 歩行者や自転車を検出
- 車線検出: 車線を認識して車両を正しい位置に保つ
農業
農業分野では、作物の病気診断や成長モニタリングに使用されています。
応用例:
- 病害虫検出: 葉の画像から病気や害虫の被害を検出
- 作物分類: 作物の種類や成熟度を判定
- 収穫時期予測: 果実の色や大きさから収穫時期を予測
セキュリティと監視
セキュリティカメラの映像解析にも活用されています。
応用例:
- 顔認証: 人物の識別
- 異常行動検出: 不審な行動パターンの検出
- 物体追跡: 特定の物体を追跡
EfficientNetの発展:EfficientNetV2とEfficientDet
EfficientNetV2
2021年、EfficientNetの改良版であるEfficientNetV2が発表されました。
EfficientNetV2は、学習速度をさらに向上させ、より少ないパラメータで高精度を実現しています。
主な改良点は、以下の通りです。
- Fused-MBConvブロック: MBConvブロックの一部を通常の畳み込みに置き換え、学習速度を向上
- Progressive Learning: 学習の進行に合わせて画像サイズを段階的に大きくする手法
- より高速な学習: EfficientNetV1と比較して学習速度が最大11倍向上
EfficientDet
EfficientNetをバックボーン(特徴抽出部分)として使用した物体検出モデルがEfficientDetです。
物体検出とは、画像内の物体の位置(バウンディングボックス)とクラスを同時に検出するタスクです。
EfficientDetは、YOLOv4などと比較される代表的な物体検出モデルとなっています。
EfficientNetのメリットとデメリット
メリット
少ないパラメータで高精度
従来モデルと比較して、約8分の1のパラメータ数で同等以上の精度を達成します。
計算効率が良い
推論速度が速く、リアルタイム処理が必要なアプリケーションに適しています。
転移学習に最適
ImageNetで事前学習された重みを使用することで、少ないデータでも高精度なモデルを構築できます。
モバイル・エッジデバイスへの展開が容易
モデルサイズが小さいため、スマートフォンやIoTデバイスなどの計算リソースが限られた環境でも動作します。
柔軟なモデル選択
B0からB7まで8つのモデルがあり、要求精度と計算リソースに応じて最適なモデルを選択できます。
デメリット
学習時間が長い場合がある
複雑なアーキテクチャのため、ゼロから学習する場合は時間がかかることがあります。
ただし、事前学習済みモデルを使用すれば、この問題は軽減されます。
最新モデルと比較すると精度で劣る場合がある
2019年の発表以降、Vision TransformerやYOLO11など、より新しいモデルが登場しています。
特定のタスクでは、これらの最新モデルの方が高精度な場合があります。
ハイパーパラメータの調整が複雑
複合スケーリング係数(α、β、γ)の最適化には、グリッドサーチなどの手法が必要で、手間がかかります。
EfficientNetと他のモデルとの比較
ResNet
ResNetは2015年に発表された代表的なCNNアーキテクチャです。
スキップ接続(Residual Connection)により、非常に深いネットワークの学習を可能にしました。
比較:
- 精度: EfficientNet-B4は、ResNet-50と同等の計算量で精度が6.3%向上
- パラメータ数: ResNet-50は約2500万パラメータ、EfficientNet-B4は約1900万パラメータ
- 速度: EfficientNetの方が高速
MobileNet
MobileNetは、モバイルデバイス向けに設計された軽量モデルです。
深さ方向分離畳み込みを使用して、計算量を削減しています。
比較:
- 精度: EfficientNetの方が高精度
- パラメータ数: 両者とも軽量だが、EfficientNetの方が効率的
- 用途: 両者ともモバイル・エッジデバイスに適している
Vision Transformer(ViT)
Vision Transformerは、自然言語処理で成功したTransformerアーキテクチャを画像認識に適用したモデルです。
比較:
- 精度: 大規模データでは、ViTの方が高精度な場合がある
- データ効率: EfficientNetの方が少ないデータでも高精度
- 計算量: タスクによるが、一般的にEfficientNetの方が軽量
まとめ
EfficientNetは、2019年にGoogleが発表した画像認識モデルで、少ないパラメータ数で高精度を実現する画期的なアーキテクチャです。
複合スケーリング(Compound Scaling)という手法により、ネットワークの深さ、幅、解像度をバランスよくスケールアップし、計算リソースを効率的に活用します。
EfficientNet-B0からB7までの8つのモデルがあり、用途に応じて最適なモデルを選択できます。
ImageNetで当時の最高精度を達成し、転移学習でも優れた性能を示すことから、医療画像解析、製造業の品質管理、自動運転など、幅広い分野で活用されています。
2019年の発表以降、より新しいモデルが登場していますが、EfficientNetは依然として効率性と精度のバランスが優れたモデルとして、実用的なアプリケーションで広く使用されています。
画像認識AIの導入を検討している方にとって、EfficientNetは計算コストを抑えつつ高精度を実現できる有力な選択肢です。

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