Windows にコマンドプロンプト、Mac に Terminal があるように、実は Chromebook にも「crosh」という強力なコマンドラインツールが隠されています。
「Chromebook ってブラウザしか使えないんでしょ?」と思っている方も多いかもしれませんが、crosh を使えば、システム診断、ネットワークのトラブルシューティング、ハードウェア情報の確認など、さまざまな操作が可能になります。
今回は、crosh の基本から実践的なコマンドまで、すべてを詳しく解説します。
crosh(クロッシュ)とは?

crosh の正式名称と定義
crosh(クロッシュ)は、Chrome OS Developer Shellの略称で、Chromebook に標準搭載されているコマンドラインインターフェース(CLI)です。
簡単に言うと:
- Windows の「コマンドプロンプト」
- Mac の「ターミナル」
- Linux の「BASH シェル」
これらと同じような役割を果たす、Chrome OS 専用のターミナルです。
crosh でできること
crosh を使うと、以下のような作業ができます:
診断・トラブルシューティング:
- ネットワーク接続のテスト(ping、tracepath)
- バッテリーの健康状態チェック
- メモリやストレージのテスト
システム情報の取得:
- IP アドレスの確認
- システムの稼働時間
- ハードウェアの詳細情報
設定変更:
- モデムの設定
- 時刻の変更
- Wake-on-LAN の有効化
crosh と通常の Linux コマンドの違い
Chrome OS は Linux ベースですが、crosh は一般的な Linux コマンドの多くを認識しません。
使えない Linux コマンドの例:
ls(ファイル一覧表示)cat(ファイル内容表示)ifconfig(ネットワーク設定)※通常モードでは使用不可
これらを使うには、開発者モードで shell コマンドを実行し、フル機能の Linux シェルに切り替える必要があります。
crosh の起動方法
基本の起動手順
crosh の起動は驚くほど簡単です。
手順:
- Chromebook のどこでも良いので、以下のキーを同時に押します
- Ctrl + Alt + T
- 新しいブラウザタブで crosh が開きます
- プロンプト
crosh>が表示されます
注意点:
- アプリドロワーには crosh のアイコンはありません
- 開発者モードを有効にする必要はありません(通常モードで使用可能)
- Chrome ブラウザのタブとして開くので、他のタブと同じように切り替え可能
URL から直接開く方法
ブラウザのアドレスバーに以下を入力しても crosh を開けます:
chrome-untrusted://crosh
crosh の終了方法
crosh を終了するには、2つの方法があります:
方法1:exit コマンド
crosh> exit
方法2:タブを閉じる
通常のブラウザタブと同様に、タブの「×」ボタンをクリックするか、Ctrl + W を押します。
基本操作とヘルプコマンド
help コマンド:利用可能なコマンド一覧を表示
最初に覚えるべきコマンドは help です。
crosh> help
実行結果:
通常モードで使用できる基本コマンドの一覧が表示されます。
help_advanced コマンド:高度なコマンド一覧を表示
より多くのコマンドを確認するには:
crosh> help_advanced
実行結果:
デバッグや診断に使用する、より高度なコマンドが表示されます。ただし、一部のコマンドは開発者モードでのみ動作します。
コマンドの強制終了:Ctrl + C
実行中のコマンドを強制的に停止したい場合:
Ctrl + C を押す
これは ping テストなど、自動的に終了しないコマンドを止めるときに便利です。
ネットワーク診断コマンド
ネットワークのトラブルシューティングに役立つコマンドを紹介します。
ping:ネットワーク疎通確認
指定したサーバーやウェブサイトへの接続をテストします。
コマンド:
crosh> ping google.com
実行結果:
- パケットの送受信状況
- 応答時間(ms)
- パケット損失率
停止方法:
ping は自動的に終了しないので、Ctrl + C で停止します。
他の例:
crosh> ping 192.168.1.1
crosh> ping yahoo.co.jp
tracepath:ネットワーク経路の追跡
パケットが目的地に到達するまでの経路を表示します。
コマンド:
crosh> tracepath google.com
使い道:
特定のウェブサイトに接続できない場合、どこで問題が発生しているかを特定できます。
network_diag:ネットワーク診断テスト
包括的なネットワーク診断を実行し、結果をファイルに保存します。
基本コマンド:
crosh> network_diag
Wi-Fi 専用の診断:
crosh> network_diag --wifi
実行結果:
診断結果がテキストファイルとして「ダウンロード」フォルダに保存されます。
route:ルーティングテーブルの表示
ネットワークのルーティング情報を確認します。
コマンド:
crosh> route
ipaddrs:IP アドレスの確認
Chromebook の IP アドレスを表示します。
すべての IP アドレス:
crosh> ipaddrs
IPv4 アドレスのみ:
crosh> ipaddrs -4
IPv6 アドレスのみ:
crosh> ipaddrs -6
dns:DNS サーバーの照会
ドメイン名の DNS ルックアップを実行します。
コマンド:
crosh> dns google.com
modem:モデムの設定と管理
モバイル接続を持つ Chromebook で、モデムを設定・管理します。
コマンド:
crosh> modem
実行結果:
モデムに関する二次コマンド一覧が表示されます。
使用例:
crosh> modem status
crosh> modem activate
crosh> modem reset
システム情報・診断コマンド

Chromebook のハードウェアとシステム状態を確認するコマンドです。
battery_test:バッテリーテスト
指定した秒数でバッテリーの状態をテストします。
コマンド:
crosh> battery_test 10
説明:
10の部分は秒数(10秒間テスト)- 他の数値に変更可能(例:
battery_test 30で30秒)
実行結果:
- バッテリーの健康状態(パーセンテージ)
- 充電状態
- 使用電力量
- 残り使用可能時間
健康状態の目安:
- 50%以上:バッテリーは正常に機能
- 50%未満:バッテリーの劣化が進んでいる可能性
memory_test:メモリテスト
利用可能なメモリに対して診断テストを実行します。
コマンド:
crosh> memory_test
注意:
このテストは時間がかかる場合があります。
storage_test_1 / storage_test_2:ストレージテスト
ストレージデバイスの健康状態をテストします。
短時間のテスト:
crosh> storage_test_1
長時間のテスト:
crosh> storage_test_2
storage_status:ストレージの状態確認
ストレージデバイスの詳細情報を表示します。
コマンド:
crosh> storage_status
実行結果:
- ベンダー情報
- SMART ステータス
- エラーログ
top:タスクマネージャー(プロセス一覧)
システムで実行中のプロセスをリアルタイムで表示します。
コマンド:
crosh> top
表示内容:
- プロセス ID(PID)
- CPU 使用率
- メモリ使用量
- 実行中のコマンド
終了方法:
Ctrl + C で終了します。
通常のタスクマネージャーとの違い:
Chrome OS の GUI タスクマネージャー(検索 + Esc)では見えない、低レベルのシステムプロセスも表示されます。
meminfo:メモリ情報の詳細表示
メモリの詳細な使用状況を確認します。
コマンド:
crosh> meminfo
実行結果:
- 総メモリ容量
- 空きメモリ
- 使用中メモリ
- バッファ・キャッシュ
free:メモリ使用状況の簡易表示
メモリとスワップの使用状況を簡潔に表示します。
コマンド:
crosh> free
uptime:システム稼働時間
システムがどれくらい起動し続けているかを表示します。
コマンド:
crosh> uptime
実行結果:
- 現在時刻
- 稼働時間(何日何時間)
- ログインユーザー数
- システム負荷平均
vmstat:仮想メモリ統計
仮想メモリの統計情報を表示します。
コマンド:
crosh> vmstat
Chrome OS 固有のコマンド
Chrome OS 特有の機能に関するコマンドです。
vmc:Linux 仮想マシンの管理
Chrome OS 上の Linux(Crostini)を管理します。
Linux コンテナを起動:
crosh> vmc start termina
Linux コンテナを停止:
crosh> vmc stop termina
GPU を有効にして起動:
crosh> vmc start --enable-gpu termina
arc:Android Runtime Container の管理
Android アプリ関連の情報を表示します。
コマンド:
crosh> arc
二次コマンド例:
crosh> arc ping wifi google.com
crosh> arc list networks
rollback:前のバージョンに戻す
最新のアップデートに問題がある場合、以前の Chrome OS バージョンに戻します。
コマンド:
crosh> rollback
重要な注意点:
- デバイスが初期化されます(Powerwash)
- すべてのローカルデータが削除されます
- 企業管理の Chromebook では使用できません
update_over_cellular:セルラー経由の更新
モバイルデータ通信経由でのシステム更新を有効/無効にします。
有効化:
crosh> update_over_cellular enable
無効化:
crosh> update_over_cellular disable
tpm_status:TPM の状態確認
Trusted Platform Module(TPM)の状態を表示します。
コマンド:
crosh> tpm_status
upload_crashes:クラッシュレポートの送信
クラッシュレポートを Google のサーバーに送信します。
コマンド:
crosh> upload_crashes
ハードウェア関連コマンド
evtest:入力デバイスのテスト
スタイラス、マウス、キーボードなどの入力デバイスをテストします。
コマンド:
crosh> evtest
使い道:
新しく購入したマウスやスタイラスが正しく動作するかテストできます。
bt_console:Bluetooth デバッグ
Bluetooth の診断とデバッグを実行します。
コマンド:
crosh> bt_console
sound record:音声の録音
マイクから音声を録音します。
コマンド:
crosh> sound record 10
説明:
10の部分は録音秒数- 録音したファイルは「ダウンロード」フォルダに保存されます
注意:
すべての Chromebook や Chrome OS バージョンで動作するわけではありません。
set_wake_on_lan:Wake-on-LAN の設定
有線 LAN ポート搭載の Chromebook で、Wake-on-LAN を有効化します。
有効化:
crosh> set_wake_on_lan true
無効化:
crosh> set_wake_on_lan false
時刻・システム設定コマンド
set_time:日時の設定
システムの日付と時刻を手動で設定します。
コマンド形式:
crosh> set_time <日> <月> <年> <時刻>
使用例:
crosh> set_time 25 December 2024 12:00pm
set_apn:APN の設定
モバイルデータ接続の APN(アクセスポイント名)を設定します。
コマンド:
crosh> set_apn
開発者モード専用コマンド
以下のコマンドは、開発者モードを有効にしている場合のみ使用できます。
shell:Linux シェルに切り替え
フル機能の Linux シェル(BASH)に切り替えます。
コマンド:
crosh> shell
実行後:
プロンプトが chronos@localhost などに変わり、通常の Linux コマンド(ls、cat、cd など)が使えるようになります。
sudo:管理者権限でコマンド実行
開発者モードの shell 内で、管理者権限が必要なコマンドを実行します。
Chrome のバージョン確認:
crosh> shell
chronos@localhost $ sudo /opt/google/chrome/chrome --version
BIOS バージョン確認:
crosh> shell
chronos@localhost $ sudo /usr/sbin/chromeos-firmwareupdate -V
VPD(Vital Product Data)の確認
デバイスの詳細設定情報を表示します。
すべての情報:
crosh> shell
chronos@localhost $ sudo dump_vpd_log --full --stdout
シリアル番号のみ:
chronos> shell
chronos@localhost $ sudo dump_vpd_log --full --stdout | grep "serial_number"
表示される情報:
- タイムゾーン
- UUID
- IMEI(モバイル機種の場合)
- モデル名
- 地域
- 言語
- キーボードレイアウト
- シリアル番号
実践例:よくあるトラブルシューティング

【ケース1】インターネットに接続できない
手順:
- ping テストでネットワーク疎通を確認
crosh> ping google.com
- パケットが届かない場合、経路を確認
crosh> tracepath google.com
- 詳細診断を実行
crosh> network_diag --wifi
【ケース2】バッテリーの減りが異常に早い
手順:
- バッテリーの健康状態をチェック
crosh> battery_test 30
- 結果を確認
- Battery health が 50%以下なら、バッテリー交換を検討
【ケース3】システムが重く感じる
手順:
- 実行中のプロセスを確認
crosh> top
- CPU やメモリを大量消費しているプロセスを特定
- 必要に応じて、Chrome のタスクマネージャー(
検索 + Esc)から該当タブや拡張機能を終了
【ケース4】最新アップデート後に不具合が発生
手順:
- 前のバージョンに戻す(※データが消えるので注意)
crosh> rollback
- 確認メッセージが表示されるので、内容を読んで実行
crosh を使う上での注意点
できないこと
crosh では以下のことはできません:
ユーザー管理:
- 新しいユーザーの作成
- ユーザー設定の変更
(これらは Chrome OS の設定画面から行います)
ソフトウェアのインストール:
- 一般的なソフトウェアのインストール
- Linux アプリケーションのインストール
(Linux アプリは Linux コンテナから、Android アプリは Play ストアから)
システムの完全制御:
- セキュリティと安定性のため、重要なシステム機能は制限されています
開発者モードについて
より高度な操作をするには「開発者モード」が必要ですが:
注意点:
- すべてのデータが消去されます
- セキュリティが低下します
- 企業や学校管理の Chromebook では無効化されている場合があります
一般ユーザーには推奨しません
コマンド実行時の心構え
- よくわからないコマンドは実行しない
- 特に
sudoを含むコマンドは慎重に
- データのバックアップを取る
rollbackなど、データが消えるコマンドがあります
- 公式ドキュメントを確認
- 不明な点は Google の公式サポートページを参照
まとめ:crosh を使いこなして Chromebook をもっと便利に
crosh は、Chromebook に隠された強力なツールです。
初心者におすすめのコマンド:
- help / help_advanced:まず何ができるか確認
- ping:ネットワーク接続のテスト
- battery_test:バッテリーの健康チェック
- ipaddrs:IP アドレスの確認
- top:システムの負荷確認
中級者向けコマンド:
- network_diag:詳細なネットワーク診断
- tracepath:ネットワーク経路の追跡
- storage_test:ストレージの健康診断
- vmc:Linux 環境の管理
覚えておくべきキーボードショートカット:
- Ctrl + Alt + T:crosh を開く
- Ctrl + C:実行中のコマンドを停止
- Ctrl + W:crosh タブを閉じる
crosh の便利なポイント:
- 開発者モード不要:通常モードで基本機能が使える
- ブラウザタブで動作:使い慣れた環境で操作可能
- トラブルシューティングに最適:ネットワークやハードウェアの問題を素早く診断
Chromebook は一見シンプルですが、crosh を使いこなすことで、より深いレベルでシステムを理解し、問題を自分で解決できるようになります。
最初は基本的なコマンドから始めて、徐々に使えるコマンドを増やしていきましょう。Chromebook がもっと使いやすくなるはずです!

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