日照りが続いて作物が枯れそうなとき、昔の人々は何を頼りにしたのでしょうか?
平安時代の朝廷は、そんなとき京都の貴船神社に祈りを捧げました。そこに祀られているのが、雨を降らせる力を持つ龍の神「高靇神(たかおかみのかみ)」と「闇靇神(くらおかみのかみ)」なんです。
この記事では、古来より雨乞いの神として信仰されてきた高靇神・闇靇神について、その神話や特徴を分かりやすくご紹介します。
概要

高靇神(たかおかみのかみ)と闇靇神(くらおかみのかみ)は、日本神話に登場する水と雨を司る神です。
『古事記』では「淤加美神(おかみのかみ)」、『日本書紀』では「龗神」と表記されています。
「龗(おかみ)」というのは龍の古語で、龍は古くから水や雨を司る存在として信仰されてきました。
この二柱の神は、古来より雨乞いの神として朝廷や民間で厚く信仰されてきたことで知られています。特に京都の貴船神社は、この神を祀る代表的な神社として有名です。
系譜
高靇神・闇靇神の誕生は、日本神話の中でも有名な「神産み」の場面に登場します。
誕生の経緯
伊邪那美命(イザナミノミコト)は、火の神・迦具土神(カグツチ)を産んだ際に火傷を負い、命を落としてしまいました。妻を失った伊邪那岐命(イザナギノミコト)は怒りに任せて、十拳剣(とつかのつるぎ)でカグツチを斬り殺したのです。
このとき、剣の柄に溜まった血が手の間から漏れ出て生まれたのが闇淤加美神(闘靇神)とされています。
『日本書紀』の別伝では、カグツチを斬って生じた三柱の神のうちの一柱が高靇神であるとも記されています。
子孫について
『古事記』によると、淤加美神には日河比売(ひかわひめ)という娘がいました。この日河比売は須佐之男命(スサノオ)の孫と結ばれ、その子孫から大国主神(オオクニヌシ)が生まれたとされています。
つまり、出雲神話の主役である大国主神は、高靇神・闇靇神の血筋を引いているんですね。
姿・見た目
高靇神・闇靇神の姿は、どのようなものなのでしょうか?
龍(雷蛇)の姿
「龗(おかみ)」が龍の古語であることからも分かるように、この神は龍の姿をしていると考えられています。
伝承では「雷蛇の姿をした神」とも表現されており、泉や川などの水辺に住まう存在として描かれてきました。
女性神としての側面
意外に思われるかもしれませんが、高靇神・闇靇神は女性神としてイメージされていることもあります。
民間伝承では、龍神が美しい女性に化身して人間の前に現れるという話も残っています。
特徴
高靇神と闗靇神には、それぞれ微妙な違いがあるんです。
二柱の神の違い
| 神名 | 意味 | 司る領域 |
|---|---|---|
| 高靇神 | 「高」は山の峰 | 山の高いところで雨を降らせる |
| 闇靇神 | 「闇」は谷間 | 谷を流れる水を司る |
つまり、高靇神は天空で雨をもたらす神、闇靇神は谷の水をつかさどる神という役割分担があるわけです。
源流の神としての機能
この二柱の働きを合わせると、こんな流れになります。
- 山の峰で雨が降る(高靇神)
- 雨水が谷を下って川となる(闇靇神)
- 川の水が野を潤す
このことから、高靇神・闗靇神を合わせて「源流の神」と呼ぶこともできるでしょう。
同一神説について
二柱は別々の神ですが、「実は同一の神の別名ではないか」という説もあります。
『日本書紀』の異なる伝承で、同じ場面で一方では闗靇神が、他方では高靇神が生まれたと記されているためです。降水現象を支配するという点では同じ性格を持っているので、信仰する側からすれば区別しなくても問題はありません。
雷神・龍神との関係
雨を降らせるのは雷神であり、それが水となって川に流れるとき龍神に変わる——そんな考え方もあります。
民間信仰では、雨の神が雷神信仰や龍王信仰と結びついている例が多く見られます。高靇神・闗靇神も、もともとは雷神や龍神であったと考えられています。
神話・伝承

高靇神・闗靇神にまつわる神話や伝承を見ていきましょう。
神産みの神話
先ほど系譜でも触れましたが、この神の誕生は「神産み」の神話に記されています。
伊邪那岐命がカグツチを斬った際、十拳剣のさまざまな部分から血が飛び散り、多くの神々が生まれました。
剣の各部位から生まれた神々
- 剣の先端の血 → 石折神、根折神、石筒之男神
- 剣の刀身根本の血 → 甕速日神、樋速日神、建御雷之男神
- 剣の柄の血 → 闇淤加美神、闇御津羽神
このように、闗靇神は剣の柄から生まれた神なんですね。
『播磨国風土記』の伝承
『播磨国風土記』には、淤加美神にまつわる興味深い伝承が残っています。
天皇がこの地を訪れた際、飲み水に困っていました。従者が泉の水を汲もうとすると、突然雷鳴が轟いて水を汲むのをやめさせたというのです。
これは泉に住まう淤加美神が、天皇に水を汲むのをやめさせる力を示したものと解釈されています。
『万葉集』の歌
『万葉集』にも淤加美神を詠んだ歌があります。
「吾が岡の 於加美に云ひて 降らしめし 雪のくだけし そこに消けなゆる」(104番)
この歌では、オカミが「降らしめる」力を持つ神として描かれています。雪を降らせることができる神として認識されていたことが分かりますね。
雨乞いの信仰
古来より、高靇神・闗靇神は雨乞いの神として厚く信仰されてきました。
奈良時代には、京都の貴船神社や奈良の丹生川上神社が、祈雨・止雨の霊験あらたかな神として朝廷から尊敬を受けていました。『延喜式』では、祈雨神85座の一つに数えられているほどです。
出典・起源
高靇神・闗靇神が記録されている文献と、その信仰の起源を見ていきましょう。
主な出典
- 『古事記』:淤加美神として登場
- 『日本書紀』:龗神として登場(複数の異伝あり)
- 『播磨国風土記』:泉の神としての伝承
- 『万葉集』:降水を司る神として詠まれている
信仰の背景
闇淤加美神と闇御津羽神は、どちらもカグツチを斬った剣から生じたという共通点があります。
ここには「刀剣による火伏せの思想」が背景にあると考えられています。火の神を斬った剣から水の神が生まれるというのは、火を水で制するという発想の表れなのかもしれません。
主な神社
高靇神・闗靇神を祀る代表的な神社をご紹介します。
貴船神社(京都府)
- 祭神は高靇神または闗靇神とされる
- 雨乞い信仰で全国的に有名
丹生川上神社(奈良県吉野郡)
- 上社・中社・下社の3社からなる
- 上社:高靇神を祀る
- 下社:闗靇神を祀る
- 罔象女神(ミズハノメ)とともに祀られている
丹生川上神社の下社では、6月1日の例祭で太鼓踊りが奉納されています。これは祈雨・止雨の祈願が行われた際に奉納された舞楽が起源だと伝えられています。
まとめ
高靇神・闗靇神は、古来より雨と水を司る龍神として信仰されてきた神です。
重要なポイント
- イザナギがカグツチを斬った剣の柄から生まれた水の神
- 「龗(おかみ)」は龍の古語で、龍の姿をしている
- 高靇神は山の峰で雨を、闗靇神は谷の水を司る
- 二柱を合わせて「源流の神」と呼べる
- 同一神の別名という説もある
- 貴船神社・丹生川上神社などで祀られている
- 古くから雨乞いの神として朝廷や民間で信仰されてきた
現代では雨乞いをする機会はほとんどありませんが、水の恵みに感謝する心は今も変わりません。京都の貴船神社を訪れる際には、この龍神のことを思い出してみてはいかがでしょうか。

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