八部衆とは?仏教を守護する8種の神々を徹底解説

「修羅場」という言葉、日常で使いますよね。
実はこれ、仏教に登場する「阿修羅」が元ネタなんです。

その阿修羅が所属しているのが「八部衆」と呼ばれるグループ。
もともとは古代インドの神々だったのに、釈迦の教えに感動して仏教の守護者になった——そんなドラマチックな背景を持つ神々の集団です。

この記事では、八部衆の8人のメンバーそれぞれの特徴や、奈良・興福寺に残る国宝の仏像について詳しく紹介していきます。


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八部衆とは

八部衆(はちぶしゅう)は、仏法を守護する8種の神々のこと。
「天龍八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)」とも呼ばれます。

サンスクリット語では「アシュタセーナー(Aṣṭasenā)」といい、「8つの軍団」という意味があります。

面白いのは、彼らがもともと仏教の神ではなかったこと。
バラモン教やヒンドゥー教で信仰されていた神々、あるいは鬼や龍といった存在だったんですね。

それが釈迦の説法を聞いて改心し、「これからは仏教を守ります!」と誓った——というのが仏教での解釈です。

八部衆は『法華経』や『金光明最勝王経』といった経典に登場し、釈迦如来の説法の場に集まって教えを聞く聴衆として描かれています。


八部衆のメンバー紹介

『法華経』によれば、八部衆は以下の8種で構成されています。

1. 天(てん)|Deva

天部の神々の総称です。
梵天や帝釈天など、いわゆる「天界の住人」たちがここに含まれます。

八部衆の中では最上位に位置し、リーダー格といってもいいでしょう。
興福寺の八部衆像では「五部浄(ごぶじょう)」がこの「天」に相当するとされています。

2. 龍(りゅう)|Nāga

蛇を神格化した存在で、大海に住み、雲や雨をもたらすとされます。
いわゆる「龍神様」ですね。

釈迦が生まれたとき、龍王が天から清らかな水を降らせて産湯としたという伝説もあります。
八大龍王として個別に信仰されることもあり、仏教では重要な存在です。

3. 夜叉(やしゃ)|Yakṣa

もとは人を食らう恐ろしい鬼神でした。
しかし仏教に帰依してからは、仏法を守る守護神に変身。

毘沙門天(四天王の一人)の配下として活躍し、薬師如来を守る「十二神将」も夜叉から転じた存在です。

4. 乾闘婆(けんだつば)|Gandharva

帝釈天に仕える音楽神です。
香りを食べて生きているとされ、「香を食べる者」という意味の名前を持ちます。

神々の酒「ソーマ」の番人も務めていたとか。
空を自在に飛ぶことができ、天女(アプサラス)の夫でもあります。

興福寺の像では獅子の冠をかぶり、目を閉じた静かな表情が特徴的です。

5. 阿修羅(あしゅら)|Asura

八部衆の中で最も有名なのが、この阿修羅でしょう。

もとは古代インドの戦闘神で、帝釈天(インドラ)と激しく争ったことで知られます。
娘の舎脂(シャチー)を帝釈天に奪われ、何度も戦いを挑んだものの敗北。
「修羅場」という言葉は、この阿修羅と帝釈天の激闘の場に由来しています。

サンスクリット語の「アスラ(asura)」は、もともと「神」を意味していました。
しかし後に「ア(否定)+スラ(神)=神ならざる者」と解釈されるようになり、魔神として扱われるようになったのです。

仏教では、釈迦の教えに触れて改心した阿修羅は護法善神となります。
興福寺の阿修羅像は三面六臂(3つの顔と6本の腕)の少年のような姿で、戦闘神の面影はなく、どこか憂いを帯びた表情が印象的です。

6. 迦楼羅(かるら)|Garuda

インド神話に登場する伝説の巨鳥「ガルーダ」が仏教に取り入れられた存在です。
「金翅鳥(こんじちょう)」とも呼ばれます。

経典によると、その翼を広げた大きさは336万里(約1700万km)にもなるとか。
龍を食べる鳥として知られ、毒蛇や悪龍を退治する力を持つとされます。

興福寺の像は、人間の体に鳥の頭を持つ独特の姿。
くちばしの両脇には肉垂れがあり、異形の神としての迫力があります。

7. 緊那羅(きんなら)|Kimnara

帝釈天に仕える音楽神で、乾闘婆と並ぶ天上の楽師です。
サンスクリット語で「キンナラ」は「人間なのか?」という意味。

その名の通り、半人半獣の姿をしています。
人間の体に馬の頭を持つとも、額に一本の角を持つ人間の姿ともされます。

興福寺の像では、額に縦の第三眼があり、頭頂に一角が生えた姿で表現されています。
美しい声で歌うとされ、その音楽は聞く者の心を清めると言われています。

8. 摩睺羅伽(まごらか)|Mahoraga

大蛇(ニシキヘビ)を神格化した存在です。
サンスクリット語で「大きな腹で這う者」という意味があります。

蛇の頭を持つ人身の姿、あるいは蛇の冠をかぶった人間の姿で描かれることが多いです。
緊那羅や乾闘婆と同じく音楽神としての性格も持ち、帝釈天の眷属とされています。


興福寺の国宝・八部衆像

八部衆の仏像として最も有名なのが、奈良・興福寺に伝わる「乾漆八部衆立像」です。

制作の背景

天平5年(733年)、聖武天皇の妃・光明皇后は、亡き母・橘三千代の菩提を弔うため、興福寺に西金堂を建立しました。
翌天平6年(734年)に完成したこのお堂には、本尊の釈迦如来像を中心に、八部衆像や十大弟子像など28体もの仏像が安置されていたのです。

制作に携わったのは、仏師・将軍万福と画師・秦牛養。
いずれも当代一流の工人でした。

脱活乾漆造という技法

八部衆像は「脱活乾漆造(だっかつかんしつぞう)」という技法で作られています。

まず心木に塑土で大まかな形を作り、その上に麻布を漆で何枚も貼り重ねます。
乾燥後、背中などを切り開いて中の土を取り出し、空洞になった内部に補強材を入れて仕上げるという手の込んだ製法です。

この技法により、軽くて耐久性のある仏像が完成しました。
1300年近くたった現在も8体すべてが残っているのは驚くべきことです。

興福寺像の特徴

興福寺の八部衆像は、経典に記された一般的な八部衆とは名称が異なります。

興福寺での名称対応する八部衆
五部浄(ごぶじょう)
沙羯羅(さから)
鳩槃荼(くばんだ)夜叉
乾闘婆(けんだつば)乾闘婆
阿修羅(あしゅら)阿修羅
迦楼羅(かるら)迦楼羅
緊那羅(きんなら)緊那羅
畢婆迦羅(ひばから)摩睺羅伽?

畢婆迦羅については正確なサンスクリット語名が不明で、どの神に対応するのか謎が残っています。
8体のうち五部浄像は上半身のみが現存し、下半身は失われています。

阿修羅像を除く7体は甲冑を身につけた武装姿ですが、阿修羅像だけは半裸でサンダルを履いた異彩を放つ姿をしています。
これは戦闘神から護法善神へと改心したことを表現しているのかもしれません。

現在、八部衆像は興福寺国宝館で常時公開されています。


八部衆一覧表

名称読み方サンスクリット特徴
てんDeva天界の神々の総称。八部衆の最上位
りゅうNāga蛇を神格化した龍神。雨や水を司る
夜叉やしゃYakṣaもとは鬼神。仏教帰依後は守護神に
乾闘婆けんだつばGandharva帝釈天に仕える音楽神。香りを食べる
阿修羅あしゅらAsura戦闘神。帝釈天と争った後に改心
迦楼羅かるらGaruda伝説の巨鳥。龍を食べる金翅鳥
緊那羅きんならKimnara半人半獣の音楽神。美声で知られる
摩睺羅伽まごらかMahoraga大蛇を神格化した存在

まとめ

  • 八部衆は仏法を守護する8種の神々で、「天龍八部衆」とも呼ばれる
  • もとは古代インドの神々だったが、釈迦の教えに帰依して護法善神となった
  • 「修羅場」という言葉は、阿修羅と帝釈天の戦いに由来する
  • 奈良・興福寺の乾漆八部衆立像は天平6年(734年)制作の国宝で、8体すべてが現存
  • 特に阿修羅像は「天平彫刻の傑作」として高い人気を誇る

敵だった存在さえも改心させ、仲間に引き入れてしまう——。
八部衆の物語は、仏教の懐の深さを象徴しているのかもしれませんね。

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