自律システム(Autonomous System)とは?インターネットの仕組みを支える基盤技術を解説

「インターネットってどうやって世界中のネットワークをつないでいるんだろう?」

そう思ったことはありませんか?実は、インターネットは「自律システム(Autonomous System、略してAS)」という単位で構成されているんです。

この記事では、インターネットの基盤を支えるASについて、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。

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  1. 自律システム(AS)とは?基本を理解しよう
    1. 自律システムの定義
    2. インターネットは「ネットワークのネットワーク」
    3. どんな組織がASを持っているの?
  2. AS番号(ASN):ASの身分証明書
    1. AS番号の形式
    2. AS番号の表記方法
    3. AS番号の役割
  3. BGPとの関係:ASをつなぐプロトコル
    1. BGPとは何か?
    2. EGPとIGP:2種類のルーティングプロトコル
    3. BGPがどう動くか:簡単な例
    4. パスベクトル型プロトコル
    5. ループ防止の仕組み
  4. ASの種類:3つのタイプ
    1. 1. スタブAS(Stub AS)
    2. 2. マルチホームAS(Multihomed AS)
    3. 3. トランジットAS(Transit AS)
  5. AS番号の取得方法:どうやって手に入れる?
    1. 管理組織の階層構造
    2. 5つの地域インターネットレジストリ(RIR)
    3. 日本でAS番号を取得する方法
    4. 申請に必要な条件
    5. プライベートAS番号という選択肢
  6. ルーティングポリシー:ASの「経路方針」
    1. ルーティングポリシーとは?
    2. ポリシーの例
    3. BGP属性によるポリシー制御
  7. IPアドレス空間の管理
    1. IPアドレス空間とは?
    2. プレフィックスとは?
    3. ASによるIPアドレスのアナウンス
    4. 経路集約(Route Aggregation)
  8. 実際のインターネットの規模
    1. AS番号の使用状況
    2. インターネットの構造
  9. BGPのセキュリティ問題
    1. 歴史的な大規模障害
    2. BGPハイジャック
  10. ASと他の技術との関係
    1. IXP(Internet Exchange Point)とAS
    2. CDNとAS
    3. クラウドプロバイダとAS
  11. ASを使った情報の確認方法
    1. whoisデータベース
    2. BGPルッキンググラス
    3. tracerouteでASパスを確認
  12. ASを持つべきか?判断基準
    1. AS番号が必要なケース
    2. AS番号が不要なケース
    3. 代替案:プライベートAS + ISPのサポート
  13. よくある質問Q&A
    1. Q1:AS番号がないとインターネットに接続できませんか?
    2. Q2:プライベートAS番号は自由に使っていいの?
    3. Q3:AS番号の費用はどのくらいですか?
    4. Q4:16ビットAS番号と32ビットAS番号、どちらを選ぶべき?
    5. Q5:BGPの設定は難しいですか?
    6. Q6:ASの接続関係はどうやって確認できますか?
    7. Q7:AS番号は返却できますか?
  14. まとめ:インターネットを支える縁の下の力持ち

自律システム(AS)とは?基本を理解しよう

まずは、自律システムの基本的な概念から見ていきましょう。

自律システムの定義

自律システム(Autonomous System)とは、単一の管理組織の下で、統一されたルーティングポリシー(経路制御方針)によって運営されるネットワークの集合のことです。

もう少し噛み砕いて説明すると:

「同じルールでネットワークを管理している、IPアドレスのかたまり」と考えると分かりやすいでしょう。

インターネットは「ネットワークのネットワーク」

よく「インターネットはネットワークのネットワーク」と言われます。これはどういう意味でしょうか?

インターネットは、世界中の何万もの独立したネットワークが相互接続してできています。この独立したネットワークの単位が、まさに「自律システム」なんです。

たとえ話で理解しよう

郵便システムで例えてみましょう。

  • 各国には独自の郵便サービスがある(日本郵便、USPS、Royal Mailなど)
  • 国内での配送は各国の郵便サービスが独自のルールで処理
  • 国際郵便では、国と国の間で決められたルールに従う
  • 最終的には宛先の国の郵便サービスが配達

インターネットも同じです:

  • 各組織が独自のネットワーク(AS)を運営
  • AS内部では独自のルールでデータを転送
  • AS間では共通のプロトコル(BGP)を使ってデータを交換
  • 最終的には宛先のASがデータを配送

どんな組織がASを持っているの?

自律システムを持つ代表的な組織:

インターネットサービスプロバイダ(ISP)

  • NTTコミュニケーションズ
  • ソフトバンク
  • KDDI
  • IIJmio

大企業

  • Google(AS15169)
  • Amazon(AS16509)
  • Cloudflare(AS13335)
  • Microsoft

教育機関

  • 大学
  • 研究機関

政府機関

  • 各省庁
  • 地方自治体

CDNプロバイダ

  • Akamai
  • Fastly

これらの組織は、それぞれ独自のASを持ち、インターネットの一部を形成しています。

AS番号(ASN):ASの身分証明書

各自律システムには、世界で唯一の番号が割り当てられます。これを「AS番号(Autonomous System Number、ASN)」と呼びます。

AS番号の形式

AS番号には2つの形式があります。

16ビットAS番号(2オクテット)

古い形式で、以下の範囲があります:

  • 1~64495:グローバルに使用可能なパブリックAS番号
  • 64512~65534:プライベートAS番号(組織内専用)
  • 64496~64511:ドキュメント用に予約
  • 0、65535:予約済み(使用不可)

合計で約65,000個しかなく、枯渇の問題がありました。

32ビットAS番号(4オクテット)

2007年から導入された新しい形式:

  • 0~4,294,967,295:約43億個のAS番号が利用可能
  • 4,200,000,000~4,294,967,294:プライベート用
  • その他の予約範囲あり

AS番号の表記方法

AS番号は通常、以下のように表記します:

標準的な表記(asplain形式)

  • AS13335(Cloudflare)
  • AS2516(KDDI)
  • AS2497(IIJ)
  • AS15169(Google)

32ビット番号の別表記(asdot+形式)

  • 131072 → 2.0の形式で表記
  • x.yの形式(xとyはそれぞれ16ビット)

AS番号の役割

AS番号は、インターネット上で以下の重要な役割を果たします:

1. ASの識別
郵便番号のように、各ASを一意に識別します。

2. ルーティング情報の交換
BGPプロトコルでAS番号を使って経路情報を交換。

3. ループ防止
データが同じASを何度も通過しないようにする仕組みに使われます。

4. ルーティングポリシーの適用
AS番号を見て、「このASを経由したい/したくない」といった制御が可能。

BGPとの関係:ASをつなぐプロトコル

自律システムを理解する上で、BGP(Border Gateway Protocol)は切り離せない存在です。

BGPとは何か?

BGP(Border Gateway Protocol)は、異なる自律システム間でルーティング情報を交換するためのプロトコルです。

インターネットの「道路地図」を作り、データがどの経路を通って目的地に到達すべきかを決める、極めて重要なプロトコルなんです。

EGPとIGP:2種類のルーティングプロトコル

ルーティングプロトコルには大きく2種類あります:

EGP(Exterior Gateway Protocol)

  • AS間(外部)のルーティング
  • BGPが代表的(実質的に唯一)
  • インターネット全体のルーティング
  • 約95%のASがBGPを使用

IGP(Interior Gateway Protocol)

  • AS内(内部)のルーティング
  • OSPF、RIP、EIGRP、IS-ISなど
  • 各組織が自由に選択

例えるなら:

  • IGP = 市内の配送ルート(各配送会社が独自に決める)
  • EGP = 都市間・国際配送ルート(共通ルールに従う)

BGPがどう動くか:簡単な例

具体的な例で見てみましょう。

シナリオ:
東京のユーザーがニューヨークのウェブサイトにアクセス

データの流れ:

  1. ユーザーのISP(AS-A)
  • 「ニューヨークのサーバー(IPアドレス)に行きたい」
  • BGPテーブルを確認
  1. AS-Aの判断
  • 「AS-B経由が最短」または「AS-C経由が安定」
  • ルーティングポリシーに基づいて経路を選択
  1. 複数のASを経由
  • AS-A → AS-B → AS-D → AS-E(ニューヨークのISP)
  1. 目的のAS-E
  • サーバーにデータを配送

この一連の流れを、BGPが自動的に管理しているんです。

パスベクトル型プロトコル

BGPは「パスベクトル型」と呼ばれるアルゴリズムを使います。

これは、目的地までにどのASを経由するかという「ASパス」を使って経路を決定する方式です。

ASパスの例:

目的ネットワーク:203.0.113.0/24
ASパス:AS-100 → AS-200 → AS-300 → AS-400

このパス情報を見て:

  • 経由するAS数(ホップ数)
  • 各ASのポリシー
  • その他の属性

これらを総合的に判断して、最適な経路を選びます。

ループ防止の仕組み

BGPには賢いループ防止機能があります。

仕組み:
受信した経路情報に自分のAS番号が含まれていたら、その経路を破棄する

例:

  • AS-100が経路情報を受信
  • ASパスを見ると:AS-200 → AS-300 → AS-100 → AS-400
  • 「あれ?自分(AS-100)が既にパスに入っている」
  • 「これはループだ!」→ 経路を拒否

この単純だけど効果的な仕組みで、データが無限ループに陥るのを防いでいます。

ASの種類:3つのタイプ

自律システムは、その接続形態によって3種類に分類されます。

1. スタブAS(Stub AS)

定義:
1つの他のASにのみ接続しているAS

特徴:

  • 最もシンプルな構成
  • トラフィックは接続先ASを経由するのみ
  • 他のASへの中継は行わない

典型例:

  • 中小企業のネットワーク
  • 大学のキャンパスネットワーク
  • 1つのISPだけを使っている組織

メリット:

  • 設定がシンプル
  • 管理が容易
  • コストが低い

デメリット:

  • 接続先ASに障害が発生すると、インターネットに繋がらなくなる
  • 冗長性がない

2. マルチホームAS(Multihomed AS)

定義:
2つ以上の他のASに接続しているAS(ただし、他のASの中継は行わない)

特徴:

  • 複数のISPに接続
  • 冗長性を確保
  • 一方のISPに障害が起きても、もう一方で通信継続
  • トランジットトラフィック(中継)は受け入れない

典型例:

  • 大企業のネットワーク
  • 可用性を重視する組織
  • 金融機関、データセンター

メリット:

  • 高い可用性
  • ISP障害時も継続稼働
  • ISP間で負荷分散可能
  • ルーティングポリシーの柔軟性

デメリット:

  • 複数のISP契約が必要(コスト増)
  • BGP設定が複雑
  • 運用管理の難易度が上がる

3. トランジットAS(Transit AS)

定義:
複数のASに接続し、他のASのトラフィックを中継するAS

特徴:

  • ISPの典型的な構成
  • 自組織のトラフィックだけでなく、顧客のトラフィックも転送
  • インターネットのバックボーンを形成

典型例:

  • 大手ISP(NTT、KDDI、IIJなど)
  • Tier 1プロバイダ(全世界を結ぶ基幹ISP)
  • リージョナルISP

メリット:

  • トランジット料金で収益化
  • インターネットの重要な一部となる
  • 高速なバックボーン接続

デメリット:

  • 膨大なトラフィック処理が必要
  • 高度な技術と設備が必要
  • セキュリティ責任が大きい

AS番号の取得方法:どうやって手に入れる?

自律システムを運用するには、AS番号を取得する必要があります。

管理組織の階層構造

AS番号は、以下の階層構造で管理されています:

IANA(Internet Assigned Numbers Authority)
↓ ブロック単位で割り当て
RIR(Regional Internet Registry)地域インターネットレジストリ
↓ 個別に割り当て
NIR(National Internet Registry)国別インターネットレジストリ / LIR / ISP

エンドユーザー組織

5つの地域インターネットレジストリ(RIR)

世界は5つの地域に分かれており、それぞれRIRが管理しています:

APNIC(Asia-Pacific Network Information Centre)

  • アジア太平洋地域
  • 日本、中国、韓国、オーストラリアなど
  • ウェブサイト:https://www.apnic.net/

ARIN(American Registry for Internet Numbers)

  • 北米地域
  • アメリカ、カナダなど
  • ウェブサイト:https://www.arin.net/

RIPE NCC(Réseaux IP Européens Network Coordination Centre)

  • ヨーロッパ、中東、中央アジア
  • ウェブサイト:https://www.ripe.net/

LACNIC(Latin American and Caribbean Network Information Centre)

  • 中南米とカリブ海地域
  • ウェブサイト:https://www.lacnic.net/

AFRINIC(African Network Information Centre)

  • アフリカ地域
  • ウェブサイト:https://www.afrinic.net/

日本でAS番号を取得する方法

日本では、2つの方法があります:

方法1:JPNICに申請

日本のNIRであるJPNIC(Japan Network Information Center)に直接申請します。

  • 公式サイト:https://www.nic.ad.jp/
  • 費用:初回割り当て契約料 275,000円(税込)+ 年間維持費
  • 条件:統一された運用ポリシーでネットワークを管理すること

方法2:APNICに申請

日本を管轄するRIRであるAPNICに申請します。

  • APNICメンバーになる必要がある
  • 国際的な組織の場合はこちらが適切

申請に必要な条件

AS番号を取得するには、以下の要件を満たす必要があります:

技術的要件

  • 複数のISPに接続する計画(マルチホーム)
  • または、他のASと相互接続する明確な理由
  • BGPを運用する技術力

ポリシー要件

  • 統一されたルーティングポリシーを持つこと
  • AS内のネットワークを適切に管理できること

正当な理由

  • 単に「AS番号が欲しい」だけでは不十分
  • ビジネス上の必要性や技術的な理由が必要

プライベートAS番号という選択肢

インターネットに直接接続しない場合、プライベートAS番号を自由に使えます。

16ビット範囲:64512~65534
32ビット範囲:4,200,000,000~4,294,967,294

使用例:

  • 企業内のWANネットワーク
  • データセンター間の接続
  • MPLS VPN サービス

注意点:
プライベートAS番号は、インターネット上に流してはいけません。ISPとの接続点で必ず除去される必要があります。

ルーティングポリシー:ASの「経路方針」

自律システムの重要な特徴の1つが、「ルーティングポリシー」です。

ルーティングポリシーとは?

ルーティングポリシーとは、「どの経路を使ってデータを送受信するか」についての方針のことです。

具体的には:

管理するIPアドレス空間のリスト

  • 「このASは、203.0.113.0/24というIPアドレス範囲を持っている」

接続している他のASのリスト

  • 「AS-100はAS-200とAS-300に接続している」

経路選択の優先順位

  • 「AS-200経由を優先し、AS-300はバックアップ」
  • 「特定のトラフィックはAS-200を使う」

ポリシーの例

具体的なポリシーの例を見てみましょう。

例1:コスト重視のポリシー

優先順位:
1. 自社のピアリング先(無料)
2. 安価なトランジットISP
3. 高価だが高速なトランジットISP(緊急時のみ)

例2:パフォーマンス重視のポリシー

優先順位:
1. レイテンシが最小の経路
2. 帯域幅が最大の経路
3. ホップ数が最小の経路

例3:地域別ポリシー

- アジア向けトラフィック → AS-A経由
- 欧州向けトラフィック → AS-B経由
- 米国向けトラフィック → AS-C経由

BGP属性によるポリシー制御

BGPでは、経路情報に様々な「属性(Attribute)」を付加して、細かくポリシーを制御できます。

主要なBGP属性:

AS_PATH

  • 経由するASのリスト
  • ホップ数で経路を評価

LOCAL_PREF(Local Preference)

  • AS内での経路の優先度
  • 値が大きいほど優先

MULTI_EXIT_DISC(MED)

  • 同じAS内の複数の入口のうち、どれを使って欲しいかを示す
  • 値が小さいほど優先

COMMUNITIES

  • 経路にタグを付けて、グループ管理
  • 柔軟なポリシー適用が可能

これらの属性を組み合わせることで、非常に高度なトラフィック制御が実現できます。

IPアドレス空間の管理

自律システムのもう1つの重要な役割が、IPアドレス空間の管理です。

IPアドレス空間とは?

IPアドレス空間とは、そのASが管理・使用しているIPアドレスの範囲のことです。

例:

  • 203.0.113.0/24(256個のIPアドレス)
  • 2001:db8::/32(IPv6の巨大な範囲)

プレフィックスとは?

ネットワークの世界では、IPアドレスの範囲を「プレフィックス」と呼びます。

表記方法:

  • IPアドレス/サブネットマスク長
  • 例:192.0.2.0/24

意味:

  • 192.0.2.0から192.0.2.255までの256個のアドレス
  • /24は、最初の24ビットがネットワーク部分

ASによるIPアドレスのアナウンス

各ASは、BGPを使って自分が持っているIPアドレス空間を「アナウンス(告知)」します。

具体例:

AS-12345が以下のプレフィックスを持っている場合:

203.0.113.0/24
198.51.100.0/24

BGPで全世界に向けて:
「AS-12345は、203.0.113.0/24と198.51.100.0/24を持っています」

とアナウンスします。

これにより、世界中のルーターが:
「203.0.113.5に送りたいデータは、AS-12345に送ればいいんだな」

と分かるわけです。

経路集約(Route Aggregation)

効率化のため、複数の小さなプレフィックスを1つの大きなプレフィックスにまとめることがあります。

例:

元々:

192.0.2.0/25(128個のアドレス)
192.0.2.128/25(128個のアドレス)

集約後:

192.0.2.0/24(256個のアドレス)

メリット:

  • BGPテーブルのエントリ数を削減
  • ルーティング処理の効率化
  • インターネット全体の負荷軽減

実際のインターネットの規模

自律システムとAS番号が、実際にどれくらいの規模で運用されているのか見てみましょう。

AS番号の使用状況

歴史的な推移:

  • 1999年:5,000個超
  • 2008年後半:30,000個超
  • 2010年中頃:35,000個超
  • 2012年後半:42,000個超
  • 2016年中頃:54,000個超
  • 2019年初頭:60,000個超
  • 現在:90,000個以上

現在の状況:
世界中で約90,000以上のASNが使用されています。

インターネットの構造

Tier 1プロバイダ

  • 世界のインターネットバックボーンを形成
  • 他のTier 1と無料でピアリング(相互接続)
  • 約10~15社

Tier 2プロバイダ

  • 地域ISP、大手ISP
  • Tier 1からトランジット購入
  • 一部でピアリングも実施

Tier 3プロバイダ

  • 地域の小規模ISP
  • 上位ISPからのみトランジット購入

この階層構造により、世界中のネットワークが相互接続されています。

BGPのセキュリティ問題

BGPは強力ですが、セキュリティ上の課題もあります。

歴史的な大規模障害

2004年:トルコのTTNet事件

  • トルコのISP、TTNetが誤った経路情報をアナウンス
  • 「すべてのトラフィックは自分に送って」と誤った広告
  • 世界中のインターネットトラフィックが影響を受けた
  • 数時間にわたる大規模障害

2008年:パキスタンのYouTubeブロック事件

  • パキスタンのISPが国内でYouTubeをブロックしようとした
  • 誤ってその経路情報を世界中に広告
  • 数時間、世界中でYouTubeにアクセスできなくなった

2019年:ペンシルベニアの小企業事件

  • 小さな会社がVerizonネットワークの優先経路になってしまった
  • インターネットの大部分が一時的に利用不能に

BGPハイジャック

BGPハイジャックとは、悪意を持って(または誤って)他のASのIPアドレス空間をアナウンスしてしまうことです。

影響:

  • トラフィックの傍受
  • サービス妨害(DDoS)
  • なりすまし

対策技術:

RPKI(Resource Public Key Infrastructure)

  • 暗号技術を使って、AS番号とIPアドレスの所有権を証明
  • 正当な経路かどうかを検証

ROA(Route Origin Authorization)

  • 「このIPアドレス範囲は、このAS番号からのみアナウンスされるべき」という証明書

BGPsec

  • BGPメッセージそのものに署名を付ける
  • 経路情報の改ざん防止

これらの技術により、BGPのセキュリティは徐々に向上しています。

ASと他の技術との関係

自律システムは、インターネットの様々な技術と密接に関係しています。

IXP(Internet Exchange Point)とAS

IXPは、複数のASが集まって直接トラフィックを交換する場所です。

日本の主要IXP:

  • JPIX(Japan Internet Exchange)
  • JPNAP(Japan Network Access Point)
  • BBIX(Broadband Internet Exchange)

メリット:

  • 低レイテンシ(遅延が少ない)
  • トランジットコストの削減
  • 国内トラフィックを国内で完結

CDNとAS

CDN(Content Delivery Network)事業者は、通常大規模なASを運用しています。

例:

  • Cloudflare(AS13335)
  • Akamai
  • Fastly

これらのCDNは、世界中にサーバーを配置し、複数のIXPにも接続することで、高速なコンテンツ配信を実現しています。

クラウドプロバイダとAS

大手クラウドプロバイダも巨大なASを持っています:

Amazon Web Services

  • AS16509(メイン)
  • 他にも複数のAS番号

Google Cloud Platform

  • AS15169(メイン)
  • AS36040、AS36384など

Microsoft Azure

  • AS8075(メイン)
  • 他にも多数

これらのASは、世界中のデータセンターを結ぶプライベートバックボーンネットワークを構成しています。

ASを使った情報の確認方法

自分や他の組織のAS情報は、公開されているツールで確認できます。

whoisデータベース

WHOISを使うと、AS番号の所有者情報が分かります。

確認方法:

whois -h whois.radb.net AS2516

取得できる情報:

  • AS番号
  • 組織名
  • 連絡先情報
  • 登録日

BGPルッキンググラス

BGPルッキンググラスは、実際のBGPテーブルを見られるウェブサービスです。

有名なサイト:

  • Route Views Project(http://www.routeviews.org/)
  • Hurricane Electric BGP Toolkit(https://bgp.he.net/)
  • RIPEstat(https://stat.ripe.net/)

確認できる情報:

  • IPアドレスがどのASに属しているか
  • AS間の接続関係
  • 経路情報の伝播状況

tracerouteでASパスを確認

tracerouteコマンドで、データがどのASを経由しているか確認できます。

実行例:

traceroute -A www.google.com

出力例:

1  [AS????]  192.168.1.1
2  [AS2516]  xxx.xxx.xxx.xxx
3  [AS2516]  xxx.xxx.xxx.xxx
4  [AS15169] xxx.xxx.xxx.xxx (Google)

各ホップでどのASを経由しているかが分かります。

ASを持つべきか?判断基準

「自分の組織はAS番号を取得すべきか?」と悩む方も多いでしょう。

AS番号が必要なケース

以下の場合、AS番号の取得を検討すべきです:

マルチホーム接続をしたい

  • 複数のISPに接続して冗長性を確保
  • ISP障害時もサービス継続

独自のルーティングポリシーが必要

  • トラフィックの流れを細かく制御したい
  • 特定のISPやピア先を優先したい

IXPに参加したい

  • IXPでピアリングするにはAS番号が必須
  • 国内トラフィックを効率化

グローバルな可視性が欲しい

  • 世界中のBGPテーブルに自社が表示される
  • ネットワークとしての独立性を示せる

ビジネス要件

  • 顧客から要求される
  • SLA(Service Level Agreement)の要件

AS番号が不要なケース

以下の場合、AS番号は必要ありません:

単一ISP接続で十分

  • 冗長性が不要な小規模組織
  • コストを抑えたい

ISPのサービスで代用可能

  • ISPが冗長構成を提供
  • マネージドサービスで対応

技術的リソースが不足

  • BGP運用の専門知識が社内にない
  • 24時間365日の監視体制が難しい

小規模ネットワーク

  • IPアドレス数が少ない
  • トラフィック量が少ない

代替案:プライベートAS + ISPのサポート

AS番号取得の代わりに、以下の方法もあります:

ISPのマネージドBGPサービス

  • ISPがBGP設定を代行
  • ISPのAS番号を使用
  • 技術サポート付き

プライベートAS番号の使用

  • ISPとの接続にのみプライベートAS番号を使用
  • インターネットからはISPのAS番号が見える
  • コストを抑えられる

よくある質問Q&A

自律システムについて、よくある質問をまとめました。

Q1:AS番号がないとインターネットに接続できませんか?

A:いいえ、接続できます。

一般的な企業や家庭のインターネット接続では、AS番号は不要です。

ISPのAS番号の下でインターネットに接続できます。AS番号が必要になるのは、以下のような場合です:

  • 複数のISPに接続してBGPを使いたい
  • IXPでピアリングしたい
  • 独自のルーティングポリシーを持ちたい

Q2:プライベートAS番号は自由に使っていいの?

A:はい、条件付きで自由に使えます。

使用条件:

  • インターネット上に流さないこと
  • 組織内部、またはISPとの接続でのみ使用
  • ISPがフィルタリングして除去する必要がある

プライベートAS番号の範囲:

  • 16ビット:64512~65534
  • 32ビット:4,200,000,000~4,294,967,294

Q3:AS番号の費用はどのくらいですか?

A:日本の場合、JPNICから取得すると以下の費用がかかります。

初回費用:

  • AS番号割り当て契約料:275,000円(税込)

年間費用:

  • 維持費が別途必要(IPアドレスの保有状況などによる)

注意点:

  • これに加えて、BGP運用のためのネットワーク機器や人件費も必要
  • ISP接続費用も通常より高額になる

Q4:16ビットAS番号と32ビットAS番号、どちらを選ぶべき?

A:現在は32ビットAS番号が推奨されます。

理由:

  • 16ビット番号は枯渇に近づいている
  • 32ビット番号の方が割り当てやすい
  • 将来性がある

互換性:

  • 最近のルーターは両方に対応
  • 32ビット番号でも問題なく運用可能

ただし、古い機器と接続する可能性がある場合は、互換性を確認しましょう。

Q5:BGPの設定は難しいですか?

A:はい、正直に言うと難易度は高いです。

必要な知識:

  • TCP/IPの深い理解
  • ルーティングプロトコルの知識
  • BGP特有の概念(AS_PATH、MED、コミュニティなど)
  • セキュリティの知識

必要なスキル:

  • ルーター設定の経験
  • トラブルシューティング能力
  • 24時間365日の監視・対応体制

学習方法:

  • ネットワーク資格(CCNP、CCIE)の勉強
  • 実機またはシミュレータでの練習
  • 専門書や公式ドキュメントの熟読

自信がない場合は、ISPのマネージドサービスを利用するのも賢明な選択です。

Q6:ASの接続関係はどうやって確認できますか?

A:いくつかの公開ツールで確認できます。

Hurricane Electric BGP Toolkit

  • URL:https://bgp.he.net/
  • AS番号を入力すると、詳細情報が表示される
  • 接続しているASのリスト
  • アナウンスしているプレフィックス
  • グラフ表示

RIPEstat

  • URL:https://stat.ripe.net/
  • AS番号やIPアドレスの統計情報
  • ルーティングの歴史

PeeringDB

  • URL:https://www.peeringdb.com/
  • IXPでのピアリング情報
  • 各ASの接続ポリシー

これらのツールで、インターネットの構造が可視化できます。

Q7:AS番号は返却できますか?

A:はい、返却できます。

AS番号が不要になった場合、取得元(JPNICやAPNIC)に返却申請ができます。

手順:

  1. 返却申請フォームを提出
  2. BGPでのアナウンスを停止
  3. 承認後、正式に返却

注意点:

  • 返却しても、費用は返金されない
  • 返却後、同じAS番号を再取得することは基本的にできない

使わなくなったAS番号は、インターネット資源の有効活用のため、できるだけ返却しましょう。

まとめ:インターネットを支える縁の下の力持ち

長い記事を読んでいただき、ありがとうございました!

自律システム(AS)は、インターネットの根幹を支える重要な仕組みです。

この記事のポイントをまとめます:

自律システムとは
✅ 単一の管理ポリシーの下で運営されるネットワークの集合
✅ 各ASには固有のAS番号(ASN)が割り当てられる
✅ インターネットは数万のASで構成されている

AS番号
✅ 16ビット(1~65535)と32ビット(0~約43億)の形式がある
✅ IANA → RIR → NIR/LIRの階層構造で管理
✅ 日本ではJPNICまたはAPNICから取得

BGPプロトコル
✅ AS間でルーティング情報を交換するプロトコル
✅ パスベクトル型アルゴリズムを使用
✅ インターネット全体の経路を管理

ASの種類
✅ スタブAS:1つのASにのみ接続
✅ マルチホームAS:複数のASに接続(冗長性)
✅ トランジットAS:他のASの中継も行う(ISP)

取得の判断
✅ マルチホーム接続やIXP参加が必要なら取得を検討
✅ 単一ISPで十分なら不要
✅ 技術力とコストも考慮

普段、何気なく使っているインターネット。その裏側では、世界中の何万ものASが、BGPというプロトコルを使って協調動作しています。

この記事が、インターネットの仕組みを理解する一助になれば幸いです!

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