「ピゾ数って何だろう?」
数学の世界には、不思議な性質を持つ特別な数がたくさんあります。
ピゾ数(Pisot number)は、その中でも特に興味深い性質を持つ数で、累乗すると「ほとんど整数」になるという驚くべき特徴があります。
今回は、ピゾ数について、黄金比やプラスチック数との関係も含めて、わかりやすく解説していきます。
ピゾ数の基本的な定義

ピゾ数(ピゾすう)とは、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1未満である数のことです。
英語では「Pisot-Vijayaraghavan number」または単に「Pisot number」、略して「PV number」とも呼ばれます。
もっと簡単に言うと?
ピゾ数は、ある整数係数の方程式(モニック多項式)の解のうち、次の条件を満たす数です。
- その数自身は1より大きい実数
- その方程式の他のすべての解(共役根)は、絶対値が1未満
この条件を満たす数が、驚くべき性質を持つんです。
ピゾ数の発見の歴史
ピゾ数は、20世紀前半に複数の数学者によって独立に発見されました。
Charles Pisot(シャルル・ピゾ)
1938年、フランスの数学者シャルル・ピゾが、博士論文でこの数の性質を詳しく研究しました。
彼は、ある条件を満たす数が代数的整数であり、特別な性質を持つことを証明しました。
Tirukkannapuram Vijayaraghavan(ヴィジャヤラガヴァン)
ほぼ同時期に、インドの数学者ヴィジャヤラガヴァンも独立にこの数を研究しました。
彼は、ピゾ数の集合が無限個の集積点を持つことを証明しました。
Raphaël Salem(ラファエル・サレム)
1943年、数学者ラファエル・サレムが、二人の功績を讃えて「ピゾ=ヴィジャヤラガヴァン数」という名前を提案しました。
サレムはまた、ピゾ数の集合が閉集合であることを証明しました。
ピゾ数の最も重要な性質:「ほとんど整数」
ピゾ数の最も驚くべき性質は、その累乗が整数に非常に近くなるということです。
どういうこと?
ピゾ数αがあるとき、α²、α³、α⁴、…という累乗を計算すると、それらの値は整数に驚くほど近くなります。
しかも、累乗を大きくすればするほど、整数からの距離が指数関数的に小さくなっていくんです。
なぜこんなことが起こるのか?
これは、代数的整数の性質から説明できます。
代数的整数α(ピゾ数)とその共役根α₁、α₂、…、αₙ₋₁があるとき、
αⁿ + α₁ⁿ + α₂ⁿ + … + αₙ₋₁ⁿ = 整数
という関係が成り立ちます(ニュートンの恒等式から導かれます)。
ピゾ数の場合、すべての共役根の絶対値が1未満なので、nが大きくなると、
|α₁ⁿ| + |α₂ⁿ| + … + |αₙ₋₁ⁿ| → 0
となります。
したがって、αⁿ ≈ 整数 – (ほぼ0)となり、αⁿはほとんど整数になるのです!
具体例1:黄金比
黄金比φ(ファイ)は、最もよく知られているピゾ数の一つです。
黄金比の定義
φ = (1 + √5) / 2 ≈ 1.618033988…
黄金比は、方程式x² – x – 1 = 0の解です。
黄金比がピゾ数である理由
この方程式のもう一つの解は、
1 – φ = -1/φ ≈ -0.618033988…
これは、絶対値が|−0.618…| < 1です。
したがって、φ > 1であり、共役根の絶対値が1未満なので、黄金比はピゾ数です。
黄金比の累乗
黄金比の累乗を見てみましょう。
φ¹ ≈ 1.618(最も近い整数は2、距離は約0.382)
φ² ≈ 2.618(最も近い整数は3、距離は約0.382)
φ³ ≈ 4.236(最も近い整数は4、距離は約0.236)
φ⁵ ≈ 11.090(最も近い整数は11、距離は約0.090)
φ¹⁰ ≈ 122.992(最も近い整数は123、距離は約0.008)
φ²⁰ ≈ 15126.9999998(ほぼ15127!)
累乗が大きくなるにつれて、整数に非常に近くなっていることがわかります。
リュカ数との関係
実は、黄金比の累乗と最も近い整数の関係は、リュカ数という数列に対応しています。
リュカ数列:1, 3, 4, 7, 11, 18, 29, 47, 76, 123, …
φⁿに最も近い整数は、リュカ数列のn番目の項になっているんです!
具体例2:プラスチック数(最小のピゾ数)

最小のピゾ数は、プラスチック数と呼ばれる数です。
プラスチック数の定義
プラスチック数ρ(ロー)は、方程式x³ – x – 1 = 0の実数解です。
ρ ≈ 1.324717957…
この名前は、オランダの建築家で修道士のハンス・ファン・デル・ラーンが1928年につけました。
「プラスチック」は素材名ではなく、「形を与えられる」という意味の形容詞として使われています。
プラスチック数がピゾ数である理由
x³ – x – 1 = 0の他の2つの解は複素数で、
約 -0.662 ± 0.562i
これらの絶対値は約0.868で、1未満です。
したがって、ρ > 1であり、すべての共役根の絶対値が1未満なので、プラスチック数はピゾ数です。
最小のピゾ数であること
1944年、カール・ジーゲルが、プラスチック数が最小のピゾ数であることを証明しました。
つまり、1より大きいピゾ数の中で、プラスチック数が最も小さいのです。
プラスチック数の累乗
プラスチック数の累乗も「ほとんど整数」になります。
ρ¹ ≈ 1.325(最も近い整数は1、距離は約0.325)
ρ³ ≈ 2.325(最も近い整数は2、距離は約0.325)
ρ⁴ ≈ 3.079(最も近い整数は3、距離は約0.079)
ρ⁵ ≈ 4.079(最も近い整数は4、距離は約0.079)
ρ¹² ≈ 24.985(最も近い整数は25、距離は約0.015)
ρ¹⁷ ≈ 71.0029(ほとんど71!)
黄金比と比べると、整数への近づき方が不規則ですが、それでも確実に近づいています。
ペラン数列との関係
プラスチック数の累乗は、ペラン数列という数列と関係があります。
ペラン数列:3, 0, 2, 3, 2, 5, 5, 7, 10, 12, 17, 22, …
これは、P(n) = P(n-2) + P(n-3)という漸化式で定義される数列です。
ピゾ数の判定方法
ある数がピゾ数かどうかを判定するには、いくつかの方法があります。
方法1:代数的な判定
数αが代数的整数であることを確認し、その最小多項式の根を調べます。
α > 1であり、他のすべての根の絶対値が1未満なら、ピゾ数です。
方法2:2次または3次の場合の判定
2次または3次の実代数的整数で、α > 1かつノルムが±1なら、ピゾ数です。
ノルムは、すべての共役根の積のことです。
方法3:累乗の性質による判定
ピゾによる定理があります。
α > 1が実数で、||αⁿ||の級数Σ||αⁿ||²が収束するなら、αは代数的整数(特にピゾ数)
ここで、||x||は、xから最も近い整数までの距離です。
ピゾ数の集合の性質
ピゾ数全体の集合をSとすると、この集合は興味深い性質を持ちます。
性質1:閉集合である
ラファエル・サレムが1944年に証明しました。
ピゾ数の集合は閉集合です。
つまり、ピゾ数の列の極限もピゾ数(またはピゾ数の集積点)になります。
性質2:最小元を持つ
ピゾ数の集合には最小元が存在します。
カール・ジーゲルが証明したように、最小のピゾ数はプラスチック数です。
しかも、プラスチック数は孤立点です(すぐ近くにピゾ数がない)。
性質3:最小の集積点
黄金比φは、ピゾ数の集合の最小の集積点です。
つまり、黄金比に近づくピゾ数の列が存在します。
これは、デュフレノワとピゾによって証明されました。
性質4:無限個の集積点
ヴィジャヤラガヴァンが証明したように、ピゾ数の集合は無限個の集積点を持ちます。
集合の構造はかなり複雑で、カントール・ベンディクソン階数はωです。
黄金比より小さいピゾ数

黄金比φ ≈ 1.618より小さいピゾ数は、すべて決定されています。
10個の最小のピゾ数
次の表は、最小のピゾ数とその最小多項式です。
- ρ ≈ 1.3247(プラスチック数):x³ – x – 1
- ≈ 1.3803:x⁴ – x³ – 1
- ≈ 1.4656:x⁵ – x⁴ – 1
- ≈ 1.5341:x³ – x² – x – 1
- ≈ 1.5452:x⁶ – x⁵ – 1
- ≈ 1.5701:x⁵ – x⁴ – x³ + x² – 1
- ≈ 1.6026:x⁷ – x⁶ – 1
- ≈ 1.6180(黄金比φ):x² – x – 1
- ≈ 1.6327:x⁶ – x⁴ – x³ – x² + 1
- ≈ 1.6430:x⁸ – x⁷ – 1
黄金比は8番目に小さいピゾ数なんです!
サレム数との関係
ピゾ数と密接に関連する数に、サレム数があります。
サレム数の定義
サレム数は、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1以下で、少なくとも一つの共役根の絶対値がちょうど1である数です。
ピゾ数の定義と似ていますが、共役根が単位円の境界上にあることが違いです。
ピゾ数とサレム数の関係
次のような関係があります。
- ピゾ数の集合は、サレム数の集積点の集合に含まれる
- 任意のピゾ数に対して、そのピゾ数に収束するサレム数の列が存在する
- ピゾ数とサレム数の集合の和集合は閉集合であると予想されている
サレムは1945年、任意のピゾ数θに対して、θに収束するサレム数の列を構成できることを示しました。
ペロン数との関係
ピゾ数は、より一般的なペロン数の一種です。
ペロン数の定義
ペロン数は、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値がその数自身より小さい数です。
ピゾ数はペロン数
ピゾ数αの場合、α > 1であり、すべての共役根の絶対値が1未満なので、当然α未満です。
したがって、すべてのピゾ数はペロン数です。
サレム数もペロン数です。
ピゾ数の応用
ピゾ数は、純粋数学だけでなく、様々な分野で応用されています。
ディオファントス近似
ピゾ数は、有理数による近似の理論で重要な役割を果たします。
ピゾ数は、通常の数よりも有理数で良く近似できる特別な性質を持っています。
準結晶
準結晶は、並進対称性とは両立しない5回、8回、10回、12回対称性を持ちながら、高い秩序性を持つ固体です。
正10角形準結晶の回折像では、輝点の間隔が黄金比の等比数列になっています。
黄金比(ピゾ数)が、準結晶の構造に深く関わっているんです!
ロボット工学
ピゾ数の性質は、ロボットの動作計画や制御に応用されています。
流体力学
特定の流体の運動パターンが、ピゾ数と関連することがあります。
調和解析
フーリエ級数の一意性問題など、調和解析の理論でピゾ数が現れます。
β展開
ピゾ数は、β展開(一般化された進法)の理論で重要です。
すべてのピゾ数はβ数(β展開で有限または周期的表現を持つ数)です。
ピゾ数の特別な例
いくつかの特別なピゾ数を紹介します。
すべての正整数
すべての1より大きい整数(2, 3, 4, 5, …)は、ピゾ数です。
例えば、2は方程式x – 2 = 0の解で、他に根がありません。
金属比
黄金比(φ ≈ 1.618)、銀比(1 + √2 ≈ 2.414)、青銅比などの金属比の多くはピゾ数です。
銀比は、x² – 2x – 1 = 0の解で、もう一つの解は約-0.414(絶対値が1未満)なので、ピゾ数です。
ピゾ数の累乗
ピゾ数αがあるとき、α²、α³、α⁴、…もすべてピゾ数です。
これは、ピゾ数の累乗の共役根が、元のピゾ数の共役根の累乗になるためです。
まとめ:ピゾ数の不思議な世界
ピゾ数について、重要なポイントをまとめます。
ピゾ数の定義
ピゾ数とは、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1未満である数です。英語ではPisot-Vijayaraghavan numberまたは単にPisot number、略してPV numberと呼ばれます。
発見の歴史
1938年にCharles Pisot(シャルル・ピゾ)、ほぼ同時期にT. Vijayaraghavan(ヴィジャヤラガヴァン)によって独立に研究されました。1943年にRaphaël Salem(ラファエル・サレム)が二人の功績を讃えて命名しました。
「ほとんど整数」という驚くべき性質
ピゾ数の累乗は整数に非常に近くなります。累乗が大きくなるほど、整数からの距離が指数関数的に小さくなります。これは、共役根の絶対値が1未満なので、その累乗が0に近づくためです。
黄金比(φ ≈ 1.618)
黄金比は最もよく知られているピゾ数で、x² – x – 1 = 0の解です。共役根は約-0.618(絶対値が1未満)なので、ピゾ数です。黄金比の累乗は、リュカ数列に関連した整数に近くなります。
プラスチック数(ρ ≈ 1.3247)
プラスチック数は最小のピゾ数で、x³ – x – 1 = 0の解です。カール・ジーゲルが1944年に最小であることを証明しました。オランダの建築家ハンス・ファン・デル・ラーンが1928年に命名しました。
ピゾ数の集合の性質
ピゾ数の集合は閉集合であり(サレムが証明)、最小元を持ち(プラスチック数)、最小の集積点は黄金比です(デュフレノワとピゾが証明)。無限個の集積点を持ちます(ヴィジャヤラガヴァンが証明)。
黄金比より小さいピゾ数
黄金比より小さいすべてのピゾ数は決定されています。最小のものから順に、プラスチック数、x⁴ – x³ – 1の解、x⁵ – x⁴ – 1の解…と続き、黄金比は8番目に小さいピゾ数です。
サレム数との関係
サレム数は、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1以下で、少なくとも一つが1である数です。ピゾ数の集合は、サレム数の集積点の集合に含まれます。任意のピゾ数に収束するサレム数の列が存在します。
ペロン数との関係
ペロン数は、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値がその数未満である数です。すべてのピゾ数とサレム数はペロン数です。
実用的な応用
ディオファントス近似(有理数による近似の理論)、準結晶(5回、10回対称性を持つ固体)、ロボット工学、流体力学、調和解析(フーリエ級数の一意性問題)、β展開(一般化された進法)などで応用されています。
特別な例
すべての1より大きい整数(2, 3, 4, …)、黄金比、銀比などの金属比、ピゾ数の累乗(α²、α³、…)もピゾ数です。有理数のピゾ数は1より大きい整数のみです。
ピゾ数は、1より大きい実代数的整数という単純な定義から出発しながら、「ほとんど整数」という驚くべき性質を持つ、数学の中でも特に美しい数のクラスです。
黄金比やプラスチック数といった具体的な例を通じて、その性質を実感できます。
ピゾ数の累乗が整数に近づくという性質は、代数的整数論の深い構造を反映しており、サレム数やペロン数といった関連する数のクラスとともに、現代数学の重要な研究対象となっています。
準結晶という物理現象に黄金比(ピゾ数)が現れることは、数学の抽象的な美しさが自然界の秩序と結びついている好例と言えるでしょう。
まずは黄金比やプラスチック数の累乗を実際に計算してみて、整数に近づく様子を観察することから、ピゾ数の不思議な世界に踏み込んでみてください。

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