「宇宙は泡でできている」
こう聞くと、まるでSFのような話に思えるかもしれません。
しかし、現代の宇宙物理学では、「泡宇宙」という概念が複数の異なる文脈で真剣に議論されています。
実は「泡宇宙」という言葉には、4つの異なる意味があるのです。
この記事では、それぞれの「泡宇宙」が何を意味するのか、どのように発見・提唱されたのかを、わかりやすく解説します。
泡宇宙の4つの意味
「泡宇宙」(あわうちゅう、英語:Bubble Universe)という言葉は、文脈によって以下の4つの異なる概念を指します。
1. マルチバース理論の泡宇宙(バブルユニバース)
永遠のインフレーション理論から生まれた、無数の宇宙が泡のように次々と誕生するというマルチバース(多元宇宙)の概念です。
私たちの宇宙は、無限に広がるインフレーション空間に浮かぶ「泡」の一つに過ぎないという考え方です。
2. 宇宙の大規模構造(泡構造)
観測可能な宇宙において、銀河の分布が石鹸の泡のような構造を示していることを指します。
泡の膜に相当する部分に銀河が集まり、泡の内部には銀河がほとんど存在しません。
3. 時空の泡(量子泡)
量子スケールでは、時空そのものが泡のように揺らいでいるという概念です。
1955年に物理学者ジョン・ホイーラーが提唱しました。
4. ローカルバブル(局所泡)
太陽系周辺の宇宙空間に存在する、直径約1000光年の泡状の構造です。
超新星爆発によって形成されたと考えられています。
それでは、それぞれの「泡宇宙」について詳しく見ていきましょう。
1. マルチバース理論の泡宇宙
永遠のインフレーション理論とは
泡宇宙の概念を理解するには、まず「インフレーション理論」を知る必要があります。
インフレーション理論とは、宇宙誕生直後(ビッグバンから10^-36秒後から10^-32秒後の間)に、宇宙が指数関数的に急激に膨張したとする理論です。
この理論は、1980年代初頭にアラン・グース(Alan Guth)らによって提唱されました。
インフレーション理論は、宇宙がなぜ均一に見えるのか、なぜ平坦なのかといった、従来のビッグバン理論では説明できなかった問題を解決しました。
永遠のインフレーションの発見
1982年、アンドレアス・アルブレヒト(Andreas Albrecht)とポール・スタインハート(Paul Steinhardt)が「新しいインフレーション」理論を提案しました。
1983年、スタインハートは驚くべき発見をしました。
インフレーションは宇宙のあらゆる場所で同時に終わるのではなく、一部の領域では永遠に続くことを示したのです。
その後、アレクサンダー・ビレンキン(Alexander Vilenkin)が、この「永遠のインフレーション」(Eternal Inflation)が一般的な現象であることを証明しました。
1986年、ロシア系アメリカ人物理学者のアンドレイ・リンデ(Andrei Linde)が、この考えを発展させた「カオティック・インフレーション理論」を発表しました。
泡宇宙の誕生メカニズム
永遠のインフレーション理論によると、宇宙は以下のように誕生します。
- 偽の真空状態
宇宙空間の大部分は「偽の真空」(false vacuum)という高エネルギー状態にあり、猛烈な速度でインフレーション(膨張)し続けています。 - 量子揺らぎ
量子効果により、偽の真空の一部が「真の真空」(true vacuum)という低エネルギー状態に転移します。 - 泡宇宙の形成
真の真空に転移した領域は、インフレーションが止まり、通常の膨張をする「泡宇宙」(バブルユニバース)になります。
これが私たちの宇宙のような個別の宇宙です。 - 永遠の繰り返し
偽の真空の領域は永遠にインフレーションし続け、次々と新しい泡宇宙を生み出し続けます。
つまり、無限のインフレーション空間の中に、泡のように無数の宇宙が次々と誕生しているのです。
泡宇宙の特徴
それぞれの宇宙で物理法則が異なる可能性
最も驚くべきことは、各泡宇宙で物理定数や法則が異なる可能性があることです。
インフラトン場(インフレーションを引き起こす場)の値によって、各泡宇宙では以下のものが異なる可能性があります。
- 重力の強さ
- 電磁気力の強さ
- 素粒子の質量
- 空間の次元数
私たちの宇宙は、生命が誕生できる絶妙な物理定数を持っています。
これは「微調整問題」(fine-tuning problem)と呼ばれ、長年の謎でした。
しかし、無数の泡宇宙が存在するなら、その中の一つが偶然、生命に適した条件を持っていても不思議ではありません。
そして、私たちはその宇宙にいるからこそ、この問いを発することができるのです。
これを人間原理(Anthropic Principle)と呼びます。
泡宇宙同士は接触できない
各泡宇宙は、光速で膨張する「泡の壁」に囲まれています。
泡の外側のインフレーション空間は、光速を超える速度で膨張し続けています。
そのため、異なる泡宇宙同士が接触したり、情報を交換したりすることは原理的に不可能です。
ただし、誕生直後の泡宇宙同士が衝突する可能性は理論的にあり、その痕跡を宇宙マイクロ波背景放射(CMB)に見つけようとする研究も行われています。
泡宇宙の数
永遠のインフレーション理論によれば、泡宇宙の数は無限です。
インフレーションは永遠に続き、永遠に新しい泡宇宙を生み出し続けます。
時間が経つほど、泡宇宙の数は増え続けます。
批判と課題
泡宇宙理論には、いくつかの批判があります。
検証不可能性
最大の批判は、実験的に検証することが極めて困難であることです。
他の泡宇宙は観測できないため、直接的な証拠を得ることができません。
科学理論は検証可能でなければならないという科学哲学の原則に反するという批判があります。
オッカムの剃刀
「オッカムの剃刀」(最も単純な説明が正しい)という原則に反するという批判もあります。
一つの宇宙を説明するために無限の宇宙を仮定するのは、複雑すぎるという意見です。
測定問題
無限の泡宇宙が存在する場合、確率をどのように計算すべきかという「測定問題」(measure problem)が生じます。
無限の宇宙の中で「典型的な宇宙」とは何かを定義することが極めて困難なのです。
支持する証拠
一方で、泡宇宙理論を間接的に支持する証拠もあります。
インフレーション理論の成功
インフレーション理論自体は、観測データと非常によく一致しています。
- 宇宙マイクロ波背景放射の均一性
- 銀河の大規模構造
- 宇宙の平坦性
インフレーション理論が正しければ、永遠のインフレーションは自然な帰結です。
ダークエネルギーの発見
1998年、宇宙の膨張が加速していることが発見されました。
これは現在も「インフレーション」に似た現象が起きていることを示しており、インフレーション理論の信憑性を高めています。
2. 宇宙の大規模構造(泡構造)
銀河の分布が示す泡状の構造
私たちが観測できる宇宙において、銀河の分布は均一ではありません。
1980年代、天文学者たちは驚くべき発見をしました。
銀河は、石鹸の泡のような巨大な構造を形成しているのです。
発見の歴史
1978年:最初の兆候
1978年、スティーブン・グレゴリー(Stephen Gregory)とラウリ・トンプソン(Lauri Thompson)が、かみのけ座銀河団周辺の銀河分布を調査しました。
その結果、銀河は均一に分布しているのではなく、特定のパターンを持っていることが明らかになりました。
1986年:泡構造の発見
1986年、マーガレット・ゲラー(Margaret Geller)とジョン・フチュラ(John Huchra)が率いるCfA赤方偏移サーベイチームが、決定的な証拠を発表しました。
彼らは数千個の銀河の3次元分布を調べ、銀河が泡の膜のような構造に沿って分布していることを発見したのです。
泡構造の特徴
フィラメント(銀河フィラメント)
泡の膜に相当する部分で、銀河が密集しています。
別名「グレートウォール」(Great Wall)とも呼ばれ、壁のような形状をしています。
複数のフィラメントが接する部分には、銀河団や超銀河団が形成されます。
ボイド(超空洞)
泡の内部に相当する部分で、銀河がほとんど存在しません。
ボイドの直径は約1億光年(約30メガパーセク)にも達します。
これは、天の川銀河の直径(約10万光年)の約1000倍です。
なぜ泡構造ができるのか
宇宙の泡構造は、以下のメカニズムで形成されたと考えられています。
- 初期の量子揺らぎ
宇宙誕生直後、インフレーションによって量子レベルの微小な揺らぎが、宇宙規模の大きさに引き伸ばされました。 - ダークマターの役割
ダークマター(暗黒物質)が重力によって集まり、密度の高い領域と低い領域を作りました。 - 通常の物質の集積
ダークマターの重力に引かれて、通常の物質(バリオン)も集まり、銀河が形成されました。 - 泡構造の完成
結果として、密度の高いフィラメント(泡の膜)と、密度の低いボイド(泡の内部)が形成されました。
観測
現代の大規模銀河サーベイによって、泡構造はより詳細に観測されています。
- スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS):数百万個の銀河の位置を測定
- 2dF銀河赤方偏移サーベイ:22万個以上の銀河を観測
これらの観測により、宇宙の泡構造は数億光年のスケールで広がっていることが確認されています。
3. 時空の泡(量子泡)
ジョン・ホイーラーの提唱
1955年、アメリカの理論物理学者ジョン・アーチボルド・ホイーラー(John Archibald Wheeler、1911年-2008年)が、時空そのものが量子レベルでは泡のように揺らいでいるという概念を提唱しました。
ホイーラーは「ブラックホール」という言葉を作ったことでも知られる、20世紀を代表する物理学者の一人です。
時空の泡とは何か
時空の泡(Quantum Foam、量子泡)とは、プランクスケール(約10^-35メートル)では、時空が絶えず変化し、泡立っているという概念です。
ホイーラー自身は、以下のように説明しています。
「飛行機に乗って海の上を飛んでいるところを想像してください。
高いところを飛んでいる時は、海面は滑らかに見えます。
しかし、飛行機が高度を下げると、海面が波打っている様子が見えます。
さらに海面に近づくと、泡の1粒1粒が確認できます。
時空も同じで、マクロな視点では滑らかに見えますが、十分に小さいスケールでは泡立つのです」
プランクスケールとは
プランクスケールとは、量子効果と重力効果が同程度になる極小のスケールです。
- プランク長:約10^-35メートル
- プランク時間:約10^-43秒
このスケールでは、時空の概念そのものが意味を失い、量子的な揺らぎが支配的になります。
時空の泡の性質
プランクスケールでは、以下のような現象が起こると考えられています。
- 仮想ブラックホールの生成と消滅
量子揺らぎにより、極小のブラックホールが生まれては消えるを繰り返す - 時空の曲率の激しい変化
時空が激しく歪み、泡のように膨らんだり縮んだりする - 時間の方向性の喪失
量子レベルでは、時間の前後の区別がなくなる可能性がある
ダークエネルギーとの関係
2019年、カリフォルニア大学デービス校のスティーブン・カーリップ(Steven Carlip)教授が、時空の泡とダークエネルギーが密接に関わっている可能性を示す論文を発表しました。
カーリップ教授の理論によれば、時空の泡の振る舞いによって、量子レベルで余分なダークエネルギーが打ち消され、結果として宇宙全体で観測されるエネルギーが少なくなるとされています。
検証の可能性
時空の泡を直接観測することは、現在の技術では不可能です。
しかし、間接的な証拠を探す試みが続けられています。
- 高エネルギー宇宙線の観測
- 重力波の精密測定
- 量子重力理論の発展
4. ローカルバブル(局所泡)
太陽系を包む泡
私たちの太陽系は、直径約1000光年の「泡」の中に存在しています。
この構造は「ローカルバブル」(Local Bubble、局所泡)と呼ばれ、何十年も前からその存在は知られていましたが、正確な形状や成因は長い間謎でした。
ローカルバブルの特徴
内部の性質
ローカルバブルの内部は、周囲と比べて以下の特徴があります。
- 低密度:ガスの密度が周囲の約10分の1
- 高温:約100万ケルビンの高温ガスで満たされている
- 希薄:1立方センチメートルあたり約0.005個の水素原子(周囲は約0.05個)
外側の構造
ローカルバブルの外側には、低温で密度の高い領域が壁のように広がっています。
興味深いことに、この壁の周辺部に星形成領域が集中していることが2022年の研究で明らかになりました。
形成メカニズム
2022年、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのキャサリン・ザッカー(Catherine Zucker)らの研究チームが、ローカルバブルの形成メカニズムを解明しました。
超新星爆発による形成
約1400万年前、太陽系周辺で複数の超新星爆発が連続して発生しました。
超新星爆発は、周囲のガスや塵を吹き飛ばし、巨大な空洞を作ります。
複数の爆発によって、これらの空洞が合体し、巨大なローカルバブルが形成されたのです。
現在の状態
現在もローカルバブルは、ゆっくりと膨張し続けています。
膨張速度は秒速約6.7kmです。
泡の壁が周囲のガスを圧縮することで、新しい星の形成を促しています。
太陽系に最も近い星形成領域の多くが、ローカルバブルの表面付近に位置しているのはこのためです。
太陽系の位置
興味深いことに、太陽系はローカルバブルのほぼ中心に位置しています。
これは偶然ではありません。
太陽系は、ローカルバブルが形成される以前から、この領域を移動していたと考えられています。
約500万年前に太陽系がこの領域に入り込んだ際、たまたまバブルの中心近くにいたのです。
他のバブル構造
ローカルバブルは唯一の存在ではありません。
天の川銀河には、超新星爆発によって形成された同様のバブル構造が多数存在します。
これらは「超新星バブル」または「スーパーバブル」と呼ばれています。
まとめ:4つの「泡宇宙」
「泡宇宙」という言葉には、4つの異なる意味があることを見てきました。
1. マルチバース理論の泡宇宙
最も壮大なスケール:
- 永遠のインフレーション理論から生まれた概念
- 無数の宇宙が泡のように次々と誕生
- 各宇宙で物理法則が異なる可能性
- 提唱者:アラン・グース、アンドレイ・リンデ、アレクサンダー・ビレンキン(1980年代)
- 検証困難だが、インフレーション理論の自然な帰結
2. 宇宙の大規模構造(泡構造)
観測可能な最大スケール:
- 銀河の分布が石鹸の泡のような構造を示す
- フィラメント(泡の膜)に銀河が集まる
- ボイド(泡の内部)には銀河がほとんどない
- 一つの泡の大きさ:約1億光年
- 1980年代に発見、現在も観測が続く
3. 時空の泡(量子泡)
最小のスケール:
- プランクスケール(10^-35メートル)での時空の揺らぎ
- ジョン・ホイーラーが1955年に提唱
- 量子重力理論の重要な概念
- 直接観測は不可能だが、理論的に重要
4. ローカルバブル(局所泡)
身近なスケール:
- 太陽系周辺の直径約1000光年の泡状構造
- 約1400万年前の超新星爆発で形成
- 太陽系はほぼ中心に位置
- 観測と研究が進む
スケールの比較
これら4つの「泡」は、まったく異なるスケールで存在しています。
- 時空の泡:10^-35メートル(プランク長)
- ローカルバブル:約1000光年 ≈ 10^19メートル
- 宇宙の泡構造:約1億光年 ≈ 10^24メートル
- マルチバースの泡宇宙:観測可能な宇宙全体(約930億光年 ≈ 10^26メートル)以上
共通するテーマ
これら4つの「泡」に共通するテーマがあります。
宇宙は単純な均一構造ではなく、階層的で複雑な構造を持っている
最小スケールから最大スケールまで、宇宙は「泡」のような構造を繰り返し示しています。
これは偶然なのか、それとも自然界の根本的な性質を反映しているのか。
この問いに答えることが、21世紀の宇宙物理学の大きな課題の一つです。

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