数学や物理を学んでいると、「ベクトルを分解する」という操作に頻繁に出会います。斜めに飛んでいくボールの動き、斜面を滑り落ちる物体にかかる力、複雑な電場や磁場の様子…こうした現象を理解するカギが「ベクトルの分解」なんです。
一見複雑に見える動きや力も、いくつかの単純な成分に分けて考えることで、ぐっと理解しやすくなります。今回は、このベクトルの分解について、基礎から応用まで詳しく解説していきます。
ベクトルの分解とは? 基本的な考え方

そもそもベクトルって何?
まず、ベクトルの復習から始めましょう。
ベクトルとは、大きさと向きを持つ量のことです。矢印で表されます。
- スカラー: 大きさだけを持つ量(温度、質量、時間など)
- ベクトル: 大きさと向きの両方を持つ量(力、速度、加速度など)
例えば「北東に5km」という移動は、向きと大きさの両方が重要なので、ベクトルで表現します。
分解とは?
ベクトルの分解とは、1つのベクトルを2つ以上のベクトルの和として表すことです。
数式で書くと:
v = v₁ + v₂
元のベクトルvを、ベクトルv₁とv₂の和として表現することを「vをv₁とv₂に分解した」と言います。
なぜ分解するの?
ベクトルを分解する最大の理由は問題を簡単にするためです。
例えば:
- 斜めの力を「水平方向」と「鉛直方向」に分けると、それぞれを独立に考えられる
- 斜面上の物体にかかる重力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分けると、滑り落ちる様子を計算しやすくなる
複雑な問題を単純な問題に分割する、これがベクトル分解の本質です。
成分分解: 座標軸に沿った基本的な分解
最も基本的な分解方法が、座標軸に沿った成分分解です。
2次元での成分分解
xy平面上のベクトルvを考えます。このベクトルは、x軸方向の成分とy軸方向の成分に分解できます。
v = vₓ + vᵧ
ここで:
- vₓ: x軸方向の成分ベクトル
- vᵧ: y軸方向の成分ベクトル
三角関数を使った計算
ベクトルvの大きさを|v|、x軸とのなす角をθとすると:
vₓ = |v| cos θ
vᵧ = |v| sin θ
これは、ベクトルvを対角線とする長方形を作ったときの、各辺の長さを表しています。
単位ベクトルを使った表現
x軸方向の単位ベクトルをi(またはeₓ)、y軸方向の単位ベクトルをj(またはeᵧ)とすると:
v = |v| cos θ i + |v| sin θ j
または、成分を使って:
v = vₓ i + vᵧ j
この表記法は、ベクトルを数値として扱いやすくするために非常に便利です。
具体例1: 斜め方向の速度
問題: 速さ10 m/sで、x軸から30°の方向に進む物体の速度ベクトルを成分分解せよ。
解答:
vₓ = 10 × cos 30° = 10 × (√3/2) = 5√3 ≈ 8.66 m/s
vᵧ = 10 × sin 30° = 10 × (1/2) = 5 m/s
答え: v = 5√3 i + 5 j (m/s)
物体は、x方向に約8.66 m/s、y方向に5 m/sの速さで進んでいることがわかります。
3次元への拡張
3次元空間では、ベクトルをx, y, z軸の3方向に分解します。
v = vₓ i + vᵧ j + v_z k
ここで、kはz軸方向の単位ベクトルです。
球面座標や円筒座標など、他の座標系でも同様に分解できます。
任意の方向への分解: 平行四辺形の法則
座標軸だけでなく、任意の2つの方向にベクトルを分解することもできます。
平行四辺形の法則
ベクトルvを、平行でない2つのベクトルaとbを使って表すとき:
v = s a + t b
このような実数s, tが一意に存在します。
分解の方法
図形的には:
- ベクトルvを対角線とする平行四辺形を描く
- 平行四辺形の辺が、それぞれベクトルaとbに平行になるように作図
- これらの辺がs aとt bになる
具体例2: 成分表示を使った分解
問題: v = (3, -1)をa = (1, 1)とb = (1, -1)を使って分解せよ。
解答:
v = s a + t b
(3, -1) = s(1, 1) + t(1, -1)
(3, -1) = (s + t, s – t)
成分を比較:
s + t = 3 … ①
s – t = -1 … ②
①と②を解いて:
①+②より: 2s = 2 → s = 1
①-②より: 2t = 4 → t = 2
答え: v = 1×a + 2×b = a + 2b
確認: (1, 1) + 2(1, -1) = (1, 1) + (2, -2) = (3, -1) ✓
平行成分と垂直成分: 正射影による分解
特に重要なのが、あるベクトルに対する平行成分と垂直成分への分解です。
直交分解の定義
ベクトルvを、別のベクトルwに対して:
v = v∥ + v⊥
ここで:
- v∥: wに平行な成分(vのw方向への射影)
- v⊥: wに垂直な成分
平行成分の計算式
内積を使うと、平行成分は次の式で計算できます:
v∥ = ((v·w)/(|w|²)) w
または、wの単位ベクトルをŵとすると:
v∥ = (v·ŵ) ŵ
垂直成分の計算
垂直成分は、元のベクトルから平行成分を引けば求まります:
v⊥ = v – v∥
内積の復習
内積(ドット積)は次のように定義されます:
v·w = |v| |w| cos θ
成分表示では:
v = (v₁, v₂), w = (w₁, w₂)のとき
v·w = v₁w₁ + v₂w₂
具体例3: 射影ベクトルの計算
問題: v = (2, -3)をw = (1, -1)に対して平行成分と垂直成分に分解せよ。
解答:
まず内積を計算:
v·w = 2×1 + (-3)×(-1) = 2 + 3 = 5
wの大きさの2乗:
|w|² = 1² + (-1)² = 2
平行成分:
v∥ = (5/2) × (1, -1) = (5/2, -5/2)
垂直成分:
v⊥ = v – v∥ = (2, -3) – (5/2, -5/2)
= (2 – 5/2, -3 + 5/2)
= (-1/2, -1/2)
答え:
v∥ = (5/2, -5/2)
v⊥ = (-1/2, -1/2)
確認: v∥ + v⊥ = (5/2 – 1/2, -5/2 – 1/2) = (2, -3) ✓
直交性の確認
v⊥とwが本当に垂直かチェック:
v⊥·w = (-1/2)×1 + (-1/2)×(-1) = -1/2 + 1/2 = 0 ✓
内積が0なので、確かに垂直です!
物理学での応用: 力の分解
ベクトルの分解は、物理学で特に威力を発揮します。
斜面上の物体にかかる力
斜面に置かれた物体を考えます。物体には鉛直下向きに重力mgがかかっています。
この重力を:
- 斜面に平行な成分: 物体を滑らせようとする力
- 斜面に垂直な成分: 物体を斜面に押しつける力(垂直抗力とつりあう)
に分解します。
斜面の傾きをθとすると:
平行成分: mg sin θ (斜面下向き)
垂直成分: mg cos θ (斜面に垂直で下向き)
なぜsin θとcos θが入れ替わる?
これは図の書き方によって異なります!
パターン1: 重力ベクトルと斜面のなす角がθの場合
- 平行成分 = mg sin θ
- 垂直成分 = mg cos θ
パターン2: 重力ベクトルと鉛直線のなす角がθの場合
- 平行成分 = mg cos θ
- 垂直成分 = mg sin θ
問題を解くときは、必ず図を描いて、どの角度を使っているか確認しましょう。
具体例4: 斜面上の物体
問題: 質量2 kgの物体が、水平面から30°傾いた斜面上にある。重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解せよ。(g = 10 m/s²)
解答:
重力の大きさ: mg = 2 × 10 = 20 N
斜面の傾きが30°なので:
平行成分(斜面下向き):
F∥ = mg sin 30° = 20 × 0.5 = 10 N
垂直成分(斜面に押しつける):
F⊥ = mg cos 30° = 20 × (√3/2) ≈ 17.3 N
答え:
斜面に平行: 10 N
斜面に垂直: 約17.3 N
力のつりあい
静止している場合:
- 斜面に平行な方向: 静止摩擦力 = mg sin θ
- 斜面に垂直な方向: 垂直抗力 = mg cos θ
動き始める条件などを計算するとき、この分解が不可欠です。
振り子の張力分解
振り子が角度θだけ振れているとき、糸の張力Tと重力mgを適切に分解することで、円運動の方程式を立てることができます。
円の接線方向:
ma = mg sin θ
円の法線方向(中心向き):
T – mg cos θ = mv²/L
このように、適切な方向に分解することで、問題が解きやすくなります。
ベクトル分解の重要な性質
性質1: 一意性
平行でない2つのベクトルa, bによる分解 v = sa + tb において、係数s, tの組は一意に決まります。
つまり、分解の仕方は1通りしかありません。
性質2: 分配法則
ベクトルをそれぞれ分解してから合成しても、先に合成してから分解しても、結果は同じです。
(v₁ + v₂)のx成分 = v₁のx成分 + v₂のx成分
これにより、複数のベクトルを扱うとき、成分ごとに独立に計算できます。
性質3: 直交分解の便利さ
直交する方向に分解すると:
- 各成分が独立に扱える
- 計算が簡単になる
- 物理的な意味が明確になる
そのため、可能な限り直交座標系を使うことが多いです。
3次元空間でのベクトル分解
3次元空間では、ベクトルを3つの成分に分解します。
直交座標での分解
v = vₓ i + vᵧ j + v_z k
または成分表示で:
v = (vₓ, vᵧ, v_z)
球面座標での分解
球面座標(r, θ, φ)では:
- r: 原点からの距離
- θ: xy平面からの角度(仰角)
- φ: x軸からの角度(方位角)
直交座標との関係:
vₓ = r cos θ cos φ
vᵧ = r cos θ sin φ
v_z = r sin θ
平面への射影
3次元ベクトルvをxy平面に射影すると:
v_xy = (vₓ, vᵧ, 0)
この大きさは: |v_xy| = √(vₓ² + vᵧ²)
実践的な計算テクニック
テクニック1: 図を描く
ベクトル分解では、必ず図を描きましょう。
- ベクトルを矢印で描く
- 分解したい方向を決める
- 長方形または平行四辺形を作図
- 三角関数を使って計算
テクニック2: 単位ベクトルの活用
方向を表すのに単位ベクトル(大きさ1のベクトル)を使うと便利です。
ベクトルwの単位ベクトル:
ŵ = w/|w|
射影の計算:
v∥ = (v·ŵ) ŵ
テクニック3: 成分ごとの計算
複雑な問題では、x成分、y成分、z成分を別々に計算してから組み合わせます。
例: 力のつりあい
ΣFₓ = 0
ΣFᵧ = 0
ΣF_z = 0
テクニック4: 対称性の利用
問題に対称性がある場合、それを利用して計算を簡略化できます。
例えば、対称な位置にある2つの力の合力を求めるとき、対称性から一部の成分が打ち消し合うことがわかります。
よくある間違いと注意点
間違い1: sinとcosの取り違え
誤: 斜面(傾きθ)に平行な成分 = mg cos θ
正: 図をよく見て、どの角度を使っているか確認!
直角三角形を作って、「底辺」「高さ」「斜辺」のどれがどれか確認しましょう。
間違い2: 符号のミス
ベクトルには向きがあります。逆向きなら符号がマイナスになります。
例: 摩擦力は運動の向きと逆向きなので、マイナスをつけます。
間違い3: 単位の不統一
計算の途中で、度(°)とラジアン(rad)を混同したり、単位系が混ざったりしないよう注意しましょう。
間違い4: 分解の一意性の無視
平行でないベクトルa, bなら分解は一意ですが、aとbが平行だと分解できません(または無数に存在します)。
応用例: より高度な分解
電場・磁場の分解
電磁気学では、電場や磁場を様々な方向に分解します。
- 導体表面での電場: 表面に平行な成分と垂直な成分
- 電磁波: 進行方向と垂直な平面内での電場と磁場
速度と加速度の分解
円運動では:
- 接線方向の加速度: 速さの変化
- 法線方向の加速度(向心加速度): 向きの変化
この分解により、複雑な曲線運動を理解できます。
応力テンソルの対角化
材料力学では、応力を主軸方向に分解することで、材料の変形を理解しやすくなります。
これは、ベクトル分解を行列・テンソルに拡張した考え方です。
練習問題
問題1(基本): 成分分解
大きさ10、x軸から60°の角度のベクトルを、x成分とy成分に分解せよ。
ヒント: vₓ = |v| cos θ, vᵧ = |v| sin θ
問題2(標準): 任意のベクトルによる分解
v = (5, 7)を、a = (2, 1)とb = (1, 3)を使って v = sa + tb の形に分解せよ。
ヒント: 成分を比較して連立方程式を解きます。
問題3(応用): 射影ベクトル
v = (1, 5)をw = (2, 2)に対して平行成分と垂直成分に分解せよ。また、v∥とwが本当に平行か、v⊥とwが本当に垂直か確認せよ。
ヒント: v∥ = ((v·w)/|w|²) w を使います。
問題4(発展): 3次元での分解
v = (2, 1, 2)を、xy平面への射影とz軸方向成分に分解せよ。それぞれの大きさも求めよ。
ヒント:
v_xy = (vₓ, vᵧ, 0)
v_z = (0, 0, v_z)
問題5(物理): 斜面の力
質量3 kgの物体が、水平面から45°の斜面上にある。重力(g=10 m/s²)を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解し、それぞれの大きさを求めよ。
ヒント: 図を描いて、角度を確認しましょう。sin 45° = cos 45° = 1/√2
まとめ: ベクトル分解の本質
ベクトルの分解について、重要なポイントをまとめます。
基本的な考え方:
- 1つのベクトルを2つ以上のベクトルの和として表す
- 問題を簡単にするための強力なツール
主な分解方法:
- 成分分解: 座標軸に沿った分解(最も基本)
- 任意の方向: 平行四辺形の法則
- 直交分解: 平行成分と垂直成分(物理で重要)
計算方法:
- 三角関数を使う方法: vₓ = |v| cos θ
- 内積を使う方法: v∥ = ((v·w)/|w|²) w
- 成分表示で連立方程式を解く方法
重要な性質:
- 分解の一意性(平行でないベクトルによる)
- 分配法則(成分ごとに独立)
- 直交分解の便利さ
物理での応用:
- 斜面上の力の分解
- 円運動の加速度
- 電磁場の成分
- 振り子の運動
実践のコツ:
- 必ず図を描く
- 単位ベクトルを活用
- 成分ごとに計算
- 対称性を利用
- 符号に注意


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