「サレム数って何だろう?」
数学の世界には、ピゾ数という不思議な数がありますが、その境界線上に位置する、さらに神秘的な数があります。
サレム数(Salem number)は、ピゾ数と密接に関連しながらも独自の性質を持つ、代数的整数の特別なクラスです。
今回は、サレム数について、ピゾ数との関係やレーマー多項式との関連も含めて、わかりやすく解説していきます。
サレム数の基本的な定義

サレム数とは、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1以下であり、少なくとも一つの共役根の絶対値がちょうど1である数のことです。
英語では「Salem number」と呼ばれます。
ピゾ数との違い
ピゾ数とサレム数の定義を比較してみましょう。
ピゾ数の定義
- 1より大きい実代数的整数
- すべての共役根の絶対値が1未満
サレム数の定義
- 1より大きい実代数的整数
- すべての共役根の絶対値が1以下
- 少なくとも一つの共役根の絶対値がちょうど1
つまり、サレム数はピゾ数と非常に近いが、共役根の一部が単位円の境界上にある点が異なります。
もっと簡単に言うと?
複素平面上で考えると、こうなります。
- ピゾ数:すべての共役根が単位円の内側
- サレム数:少なくとも一つの共役根が単位円の境界上、他は内側または境界上
サレム数は、ピゾ数と「ほぼピゾ数」の境界に位置する数なんです。
サレム数の名前の由来
サレム数は、フランスの数学者Raphaël Salem(ラファエル・サレム)にちなんで名付けられました。
Raphaël Salem
サレムは1940年代に、ピゾ数とサレム数の研究に大きく貢献しました。
彼は次の重要な結果を証明しました。
- ピゾ数の集合は閉集合である(1944年)
- すべてのピゾ数は、サレム数の列の極限点である(1945年)
サレムの研究により、ピゾ数とサレム数の深い関係が明らかになりました。
サレム数の重要な性質
サレム数には、いくつかの興味深い性質があります。
性質1:相反多項式を持つ
サレム数の最小多項式は、必ず相反多項式(reciprocal polynomial)です。
相反多項式とは、xⁿP(1/x)と元の多項式P(x)が一致する多項式のことです。
これは、絶対値が1の根を持つことから導かれる性質です。
性質2:1/αも根
サレム数αに対して、1/αも同じ多項式の根になります。
これは相反多項式の性質から直接導かれます。
性質3:他の根も単位円上
少なくとも一つの共役根の絶対値が1なので、その共役根も単位円上にあります。
実は、サレム数自身と1/α以外のすべての共役根は、絶対値がちょうど1です。
性質4:代数的単数
サレム数は代数的単数(algebraic unit)です。
つまり、そのノルム(すべての共役根の積)が±1になります。
性質5:ペロン数である
すべてのサレム数はペロン数です。
ペロン数とは、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値がその数未満である数です。
サレム数の場合、α > 1であり、他の共役根の絶対値は1以下(α未満)なので、ペロン数の条件を満たします。
最小のサレム数:レーマー数
現在知られている最小のサレム数は、レーマー数(Lehmer’s number)と呼ばれています。
レーマー多項式
レーマー数は、次の多項式の最大の実数根です。
P(x) = x¹⁰ + x⁹ – x⁷ – x⁶ – x⁵ – x⁴ – x³ + x + 1
この多項式はレーマー多項式(Lehmer’s polynomial)と呼ばれます。
レーマー数の値
レーマー数の値は、
τ₀ ≈ 1.176280818…
です。
これは、現在知られている最小のサレム数で、10次の代数的整数です。
Derrick Henry Lehmer
この多項式を発見したのは、アメリカの数学者Derrick Henry Lehmer(デリック・ヘンリー・レーマー)です。
レーマーは1933年に、この多項式を発見し、マーラー測度の研究に用いました。
レーマーの予想
レーマー数が実際に最小のサレム数であることは、まだ証明されていません。
これは予想であり、レーマーの予想として知られています。
同時に、レーマー数のマーラー測度が、非円分多項式の中で最小であることも予想されています。
サレム数とピゾ数の深い関係
サレム数とピゾ数は、密接に関連しています。
関係1:ピゾ数はサレム数の集積点
サレムが1945年に証明した重要な定理があります。
任意のピゾ数θに対して、θに収束するサレム数の列が存在する
つまり、すべてのピゾ数は、サレム数の集積点なんです。
しかも、θに上から近づく列と、下から近づく列の両方が存在します。
関係2:ピゾ数からサレム数を構成
サレムは、ピゾ数からサレム数を構成する具体的な方法を示しました。
ピゾ数の最小多項式P(x)とその相反多項式P*(x)を使って、
P(x)xⁿ ± P*(x) = 0
という方程式を考えます(nを適当に選ぶ)。
この方程式から、自明でない因子を取り除くと、サレム数の最小多項式が得られます。
関係3:プラスチック数とレーマー数
最小のピゾ数であるプラスチック数(ρ ≈ 1.3247)は、サレム数の最小の集積点として知られています。
レーマー数(最小のサレム数)から構成されるサレム数の列は、プラスチック数に収束します。
つまり、最小のサレム数と最小のピゾ数は、深く結びついているのです。
関係4:S ⊂ T’という包含関係
Sをピゾ数の集合、Tをサレム数の集合とします。
T’をTの集積点の集合(導集合)とすると、
S ⊂ T’
という包含関係が成り立つことが証明されています。
つまり、ピゾ数の集合は、サレム数の集積点の集合に含まれます。
S ∪ Tは閉集合か?
ピゾ数の集合Sとサレム数の集合Tについて、興味深い予想があります。
閉集合性の予想
ピゾ数の集合Sとサレム数の集合Tの和集合 S ∪ T は閉集合である
という予想があります。
現状
- ピゾ数の集合Sは閉集合であることが証明されている(サレム、1944年)
- S ⊂ T’であることが証明されている
- しかし、S ∪ Tが閉集合かどうかは、まだ証明されていません
もしこの予想が真であれば、サレム数の集合Tはnowhere dense(どこでも疎)になります。
サレム数の次数と性質
サレム数の次数(最小多項式の次数)には、制約があります。
次数は偶数
サレム数の次数は、必ず偶数で、少なくとも4です。
これは、相反多項式の性質と、実数根と複素共役根の対称性から導かれます。
次数が2の場合は存在しません(そのような条件を満たす代数的整数は存在しない)。
トレース
サレム数のトレースは、その最小多項式の根の和です。
様々なトレースを持つサレム数が存在することがわかっています。
トレース-3のサレム数など、特定のトレースを持つサレム数が研究されています。
小さいサレム数のリスト
現在知られている小さいサレム数をいくつか紹介します。
次数10
- レーマー数 ≈ 1.176280(最小)
- x¹⁰ + x⁹ – x⁷ – x⁶ – x⁵ – x⁴ – x³ + x + 1
次数12
- ≈ 1.200091
- ≈ 1.201162
次数14以上
さらに高次のサレム数も多数見つかっています。
M. J. Mossinghoffのウェブサイトには、1.3より小さいサレム数のリストが47個掲載されています。
最近の研究では、49/37(≈1.324324、プラスチック数の連分数展開の収束)より小さいサレム数のリストが作成されています。
サレム数の応用
サレム数は、純粋数学だけでなく、様々な分野で応用されています。
ディオファントス近似
ピゾ数と同様に、サレム数もディオファントス近似の理論で重要です。
サレム数θと適当な実数λに対して、
||λθⁿ|| < ε(すべてのn ≥ 1に対して)
という性質を持ちます。ここで||x||は、xから最も近い整数までの距離です。
調和解析
サレム数は、調和解析、特にフーリエ解析の研究で現れます。
動力系理論
代数曲面の自己同型写像の力学的次数として、サレム数が現れることがあります。
準結晶理論
準結晶の構造を記述する際に、サレム数が関連することがあります。
エンリケス曲面
代数幾何学において、エンリケス曲面の自己同型写像の力学的次数として、サレム数が実現されることが研究されています。
レーマー数は、一般的なエンリケス曲面では実現できないことが知られています。
レーマーの予想とマーラー測度
サレム数は、マーラー測度という概念と深く関わっています。
マーラー測度の定義
代数的整数αのマーラー測度M(α)は、次のように定義されます。
M(α) = |a₀| ∏ max(1, |αᵢ|)
ここで、αᵢはαのすべての共役根で、a₀は最小多項式の最高次の係数です。
サレム数とマーラー測度
サレム数の場合、αと1/α以外のすべての共役根の絶対値が1なので、
M(α) = α(αが最小多項式がモニックのとき)
となります。
つまり、サレム数自身がマーラー測度になるんです。
レーマーの予想
レーマーの予想は、次のように述べられます。
レーマー数τ₀ ≈ 1.176280…は、非円分的既約多項式のマーラー測度の最小値である
言い換えると、レーマー数が最小のサレム数であるということです。
これは現在も未解決の問題で、数論における重要な予想の一つです。
サレム数の判定方法
ある数がサレム数かどうかを判定するには、次の条件を確認します。
判定手順
- その数が代数的整数であることを確認
- その数が1より大きい実数であることを確認
- 最小多項式のすべての根を求める
- すべての共役根の絶対値が1以下であることを確認
- 少なくとも一つの共役根の絶対値がちょうど1であることを確認
相反多項式の確認
サレム数の最小多項式は相反多項式なので、
P(x) = xⁿP(1/x)(係数調整を含む)
が成り立つかを確認するのも有効です。
サレム数とピゾ数の差
最近の研究で、興味深い結果が示されました。
定理:サレム数はピゾ数の差
すべてのサレム数は、2つのピゾ数の差として表せる
より正確には、任意のサレム数αと次数dに対して、無限個のnが存在し、
α^(2n-1) – α^n + α と α^(2n-1) – α^n
がともに次数dのピゾ数になります。
これは2023年に証明された結果です。
サレムの結果
サレム自身は、すべてのサレム数が2つのピゾ数の商として表せることを証明していました。
サレム数は1から有界に離れているか?
サレム数の集合について、重要な未解決問題があります。
未解決問題
サレム数の集合は、1から有界に離れているか?
つまり、ある正の数εが存在して、すべてのサレム数が1 + ε以上であるかどうかが、わかっていません。
現状
- 最小のサレム数がレーマー数(≈1.1763)であることは予想されているが、証明されていない
- サレム数が1に任意に近づくかどうかも、わかっていない
もしレーマーの予想が正しければ、サレム数は1から有界に離れていることになります。
サレム数の密度
サレム数は[1, ∞)で稠密かどうかも、未解決です。
予想
サレム数が[1, ∞)で稠密であるかどうかは、わかっていません。
ただし、もしS ∪ Tが閉集合であれば、サレム数の集合Tはnowhere denseになるので、稠密ではないことになります。
まとめ:サレム数の神秘的な世界
サレム数について、重要なポイントをまとめます。
サレム数の定義
サレム数とは、1より大きい実代数的整数で、すべての共役根の絶対値が1以下であり、少なくとも一つの共役根の絶対値がちょうど1である数です。ピゾ数と非常に近いが、共役根が単位円の境界上にある点が異なります。
名前の由来
フランスの数学者Raphaël Salem(ラファエル・サレム)にちなんで名付けられました。サレムは1940年代に、ピゾ数の集合が閉集合であることや、すべてのピゾ数がサレム数の集積点であることを証明しました。
重要な性質
相反多項式を最小多項式として持つ、1/αも根になる、サレム数自身と1/α以外のすべての共役根の絶対値がちょうど1、代数的単数である、ペロン数である、などの性質があります。
レーマー数(最小のサレム数)
現在知られている最小のサレム数はレーマー数τ₀ ≈ 1.176280…で、10次多項式x¹⁰ + x⁹ – x⁷ – x⁶ – x⁵ – x⁴ – x³ + x + 1の最大の実数根です。レーマー数が実際に最小のサレム数であることは予想されていますが、まだ証明されていません。
ピゾ数との深い関係
すべてのピゾ数は、サレム数の集積点です(サレムが証明)。ピゾ数からサレム数を構成する具体的な方法が存在します。最小のピゾ数(プラスチック数)は、サレム数の最小の集積点です。ピゾ数の集合Sは、サレム数の集積点の集合に含まれます(S ⊂ T’)。
S ∪ Tの閉集合性
ピゾ数の集合Sとサレム数の集合Tの和集合S ∪ Tが閉集合であるという予想がありますが、まだ証明されていません。もし真であれば、サレム数の集合はnowhere denseになります。
次数とトレース
サレム数の次数は必ず偶数で、少なくとも4です。次数2のサレム数は存在しません。様々なトレース(根の和)を持つサレム数が存在します。
小さいサレム数
M. J. Mossinghoffのウェブサイトには、1.3より小さいサレム数が47個リストアップされています。最近の研究では、49/37(≈1.324324)より小さいサレム数のリストが作成されています。
実用的な応用
ディオファントス近似(有理数による近似の理論)、調和解析(フーリエ解析)、動力系理論(代数曲面の自己同型写像の力学的次数)、準結晶理論、エンリケス曲面の幾何学などで応用されています。
レーマーの予想とマーラー測度
サレム数自身がマーラー測度になります。レーマーの予想は「レーマー数が非円分的既約多項式のマーラー測度の最小値である」という予想で、数論における重要な未解決問題の一つです。
サレム数はピゾ数の差
2023年の結果により、すべてのサレム数は2つのピゾ数の差として表せることが示されました。サレム自身は、すべてのサレム数が2つのピゾ数の商として表せることを証明していました。
未解決問題
サレム数の集合が1から有界に離れているかどうか、サレム数が[1, ∞)で稠密かどうか、S ∪ Tが閉集合かどうか、などが未解決です。レーマーの予想(レーマー数が最小のサレム数)も未解決です。
サレム数は、ピゾ数と「ほぼピゾ数」の境界に位置する、数学的に非常に興味深い数のクラスです。
単位円の境界上に共役根を持つという性質が、ピゾ数とは異なる挙動を生み出し、マーラー測度やディオファントス近似の理論と深く結びついています。
レーマー数が本当に最小のサレム数なのか、S ∪ Tが閉集合なのか、といった未解決問題は、代数的整数論における重要な研究対象となっています。
サレムが1940年代に示した「すべてのピゾ数はサレム数の集積点である」という定理は、2つの数のクラスの深い関係を示す美しい結果です。
プラスチック数(最小のピゾ数)とレーマー数(最小のサレム数)の関係、そしてそこから広がるサレム数とピゾ数の豊かな構造は、現代数学の魅力的なテーマの一つと言えるでしょう。
まずはレーマー多項式の根を実際に計算してみることから、サレム数の神秘的な世界に踏み込んでみてください。

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