「Q.E.D.」って何の略?
「calculate」の語源が「小石」って本当?
数学を勉強していると、不思議な記号や用語に出会うことがあります。実は、現代の数学用語の多くはラテン語に由来しているんです。
なぜ数学とラテン語にはこんなに深い関係があるのでしょうか?今回は、数学におけるラテン語の役割、ラテン語由来の数学用語、そして数学史におけるラテン語の重要性について詳しく解説していきます。
なぜ数学用語にラテン語が多いのか?

ラテン語は学術の共通語だった
中世から18世紀末まで、ラテン語は西ヨーロッパの学術共通語でした。
当時のヨーロッパには様々な言語が存在していました。フランス語、イタリア語、ドイツ語、英語など、国や地域ごとに異なる言語が使われていたんです。
しかし、学者たちが互いにコミュニケーションを取るには共通の言語が必要でした。そこで選ばれたのがラテン語だったのです。
歴史的な背景
ラテン語はもともと古代ローマで使われていた言語です。ローマ帝国が広大な領土を支配したことで、ラテン語はヨーロッパ全域に広まりました。
ローマ帝国滅亡後も、カトリック教会の公用語としてラテン語は生き続けました。そして、ルネサンス期になると、自然科学・人文科学・哲学のための知識階級の言語として発展したのです。
数学者たちの共通語
17世紀から19世紀にかけて、フランス人のフェルマーがイギリス人に数学の難問を送ったり、スイス生まれのオイラーがロシアやプロイセンで活動したりと、ヨーロッパ中の数学者たちが活発に交流していました。
彼らがどうやってコミュニケーションを取っていたかというと、ラテン語を使っていたんです。
有名な「フェルマーの最終定理」の原文も、あの「証明を思いついたが余白が狭すぎてここに書くことができない」という言葉も、すべてラテン語で書かれています。
大数学者ガウスとラテン語
19世紀の大数学者カール・フリードリヒ・ガウスは、学生時代に「数学の道に進むか、ラテン語学者になるか」を散々悩んだそうです。
結局、代数学の基本定理を証明したことが、数学者への道を選ばせることになりました。
18〜19世紀当時、ラテン語は数学者の共通語であり、ガウスはその代表格でした。また、晩年には60歳を過ぎてから、ロバチェフスキーの論文を読みたいがためにロシア語まで習得したそうです。
数学も言語も、どちらも「記号を用いたコミュニケーション手段」という点で共通しているため、語学との関わりは必然的に強かったのでしょう。
ラテン語由来の数学用語一覧
それでは、具体的にどのような数学用語がラテン語に由来しているのか見ていきましょう。
四則演算に関する用語
addition(足し算)
ラテン語の「addere(加える)」または「additio(加えること)」から来ています。
subtraction(引き算)
ラテン語の「subtrahere(下から引く、取り除く)」が語源です。
multiplication(掛け算)
ラテン語の「multiplicare(多くにする、何倍にもする)」から派生しました。
division(割り算)
ラテン語の「dividere(分ける)」に由来します。
計算に関する用語
calculate(計算する)
これは非常に興味深い語源を持っています。
ラテン語の「calculus(カルクルス)」は「小石」という意味です。古代ローマ時代、人々は計算をするときに小石を使っていました。そこから「calculo, calculare(カルクラーレ)」という動詞が生まれ、「数える、計算する」という意味になったのです。
ちなみに、「calcium(カルシウム)」も同じ語源で、「calx(石灰、石)」から来ています。「計算する」と「カルシウム」が実は同じ語源だなんて面白いですよね。
calculus(微積分学)
こちらも同じく「小石」が語源です。現代では高度な数学の分野を指しますが、元々は「計算用の小石」という意味でした。
数に関する用語
number(数)
ラテン語の「numerus(ヌメルス)」から来ています。
integer(整数)
ラテン語の「integer(インテゲル)」で、「全体の、傷つけられていない」という意味です。分数ではない「完全な」数というニュアンスがあります。
fraction(分数)
ラテン語の「frangere(フランゲレ、壊す)」が語源です。1つの全体を壊して分けたもの、という意味から「分数」になりました。
ratio(比)
ラテン語の「ratio(ラティオ)」で、「理由、計算、割合」という意味があります。
quotient(商)
ラテン語の「quotiens(クォティエンス)」から来ており、「何回、何度」という意味です。
sum(和)
ラテン語の「summa(スンマ)」または「summus(最高の)」が語源です。
percent(パーセント)
ラテン語の「per centum(ペル ケントゥム)」で、「100につき」という意味です。
幾何学に関する用語
geometry(幾何学)
ギリシャ語由来ですが、ラテン語の「geometria」を経て英語になりました。「geo(地)」+「metria(測定)」で「土地の測定」という意味です。
median(中央値)
ラテン語の「medianus(メディアヌス、真ん中の)」から来ており、「medius(中間の)」が元になっています。
tangent(接線)
ラテン語の「tango, tangere(タンゲレ、触れる)」が語源で、「接触する、境界を接する」という意味です。
sine(正弦)
ラテン語の「sinus(シヌス)」で、「曲線、曲がった表面」という意味があります。
vector(ベクトル)
ラテン語の「veho, vehere(ヴェヘレ、運ぶ)」から来ています。
normal(垂直な、法線)
ラテン語の「normalis(ノルマリス)」で、「直角定規に従って作られた、標準的な」という意味です。
その他の重要用語
prime(素数)
ラテン語の「primus(プリムス、最初の)」が語源です。素数は掛け算の意味で「最初の」数、つまり他の数の積では表せない基本的な数という意味があります。
sequence(数列)
ラテン語の「sequi(セクイ、従う、続く)」が語源で、数が次々と「続いていく」という意味です。
operator(演算子)
ラテン語の「opus, operis(オプス、仕事)」から派生した「operaror, operari(働く)」が元になっています。
cardinal(基数)
ラテン語の「cardo, cardinis(カルド、ドアの蝶番)」が語源です。「基本となる」という意味があります。
数学で使われるラテン語の略語と表現

Q.E.D.(証明終わり)
数学の証明の最後によく見る「Q.E.D.」は、ラテン語の「Quod Erat Demonstrandum(クォド エラト デモンストランドゥム)」の略です。
意味は「かく示された」「これが示されるべき事であった」です。
この表現はギリシャ語の「ὅπερ ἔδει δεῖξαι(ホペル エデイ デイクサイ)」が中世の幾何学者によってラテン語に訳されたものです。ユークリッドやアルキメデスが使っていた表現なんです。
現代では、Q.E.D.の代わりに小さな四角(□)を使うことも多くなっていますが、今でも広く使われています。
Q.E.F.
「Quod Erat Faciendum(クォド エラト ファキエンドゥム)」の略で、「これがなすべきことだった」という意味です。作図問題などの結論に使われました。
その他のラテン語略語
数学書や論文で見かけるラテン語の略語をいくつか紹介します。
i.e. = id est(すなわち)
e.g. = exempli gratia(例えば)
cf. = confer(参照せよ)
et al. = et alii(その他の人々)
etc. = et cetera(その他)
viz. = videlicet(すなわち、つまり)
n.b. = nota bene(よく注意せよ)
a priori(ア・プリオリ) = 先天的に、先験的に
a posteriori(ア・ポステリオリ) = 後天的に、経験的に
ad hoc(アド・ホック) = 特定の問題のための、その場しのぎの
vice versa(ヴァイス・ヴァーサ) = 逆もまた真なり
これらは現代の数学論文や教科書でも使われ続けています。
ラテン語が数学に与えた影響
用語の統一
ラテン語が学術共通語だったことで、ヨーロッパ中の数学者が同じ用語を使って議論できるようになりました。
これは数学の発展にとって非常に重要でした。もし各国が独自の用語を使っていたら、互いの研究を理解するのがずっと難しかったでしょう。
国際性の基盤
ラテン語由来の用語は、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語など、多くのヨーロッパ言語に共通して存在します。
これにより、異なる言語を母語とする人々でも、数学の用語は比較的理解しやすくなっています。
例えば:
- 英語:fraction
- フランス語:fraction
- イタリア語:frazione
- スペイン語:fracción
すべて同じラテン語の「frangere」から派生しているため、似た形をしています。
現代への遺産
今では英語が国際的な学術言語となっていますが、数学用語の多くは依然としてラテン語由来です。
新しい概念が生まれたときも、ラテン語やギリシャ語から名前を作ることが多いのです。これは、これらの古典言語が国際的に認知され、専門的で厳密な印象を与えるからです。
数学とラテン語を学ぶ意義
語源を知ると理解が深まる
数学用語の語源を知ることで、その概念をより深く理解できるようになります。
例えば、「tangent(接線)」が「触れる」という意味から来ていると知れば、円に「接している」線というイメージが明確になります。
国際的な視野が広がる
ラテン語を通じて、数学が国際的な学問であることを実感できます。
古代から現代まで、世界中の数学者たちが共通の言語で知識を共有してきた歴史を感じることができるのです。
他分野とのつながり
ラテン語は数学だけでなく、医学、生物学、法律、哲学など、様々な学術分野で使われています。
数学のラテン語を学ぶことは、他の学問分野への扉を開くことにもなります。
まとめ:ラテン語は数学の共通言語
今回は、数学とラテン語の深い関係について解説してきました。
重要なポイントをおさらいすると:
- ラテン語は中世から18世紀末まで学術の共通語だった
- 多くの数学用語がラテン語に由来している
- calculate(計算)の語源が「小石」など、興味深い語源が多い
- Q.E.D.などのラテン語略語は今でも使われている
- ガウスなど偉大な数学者たちもラテン語を重視していた
- ラテン語由来の用語は国際的に共通理解されやすい
現代ではラテン語を日常的に話す人はほとんどいません。しかし、数学、医学、法律、生物学など、専門分野ではラテン語が今も生き続けています。
数学用語の背後にあるラテン語の歴史を知ることで、数学がより身近で興味深いものになるかもしれません。「Q.E.D.」と書くとき、あなたも古代ギリシャから続く数学の伝統の一部になっているのです。
数学を学ぶことは、単に計算技術を身につけるだけではありません。人類の知的遺産である数学の歴史と文化を学ぶことでもあるのです。


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