「最大値原理」という言葉を聞いたことはありますか?
数学や物理学で非常に重要な定理の一つで、調和関数(ラプラス方程式の解)や複素関数が持つ特別な性質を表しています。
この記事では、最大値原理とは何か、なぜ重要なのか、どのように応用されるのかを、数学が苦手な方でも理解できるように、やさしく詳しく解説していきます。
最大値原理とは?

一言で言うと
最大値原理(Maximum Principle)とは、調和関数などの特定の関数について、「最大値や最小値が領域の境界でしか現れない」という性質を表す定理です。
日常の例で理解する
例:フライパンの温度分布
熱したフライパンを火から下ろして、しばらく放置したとします。
十分に時間が経過すると、温度分布は「定常状態」(時間変化しない状態)に達します。
このとき、温度分布は調和関数になります。
最大値原理が言っていること:
- 最も熱い場所は、フライパンの縁(境界)にある
- 最も冷たい場所も、フライパンの縁(境界)にある
- フライパンの内部には、最高温度や最低温度の場所は存在しない
つまり、「内部よりも外側の方が極端な温度になる」ということです。
調和関数とは?(復習)
最大値原理を理解するには、まず調和関数を理解する必要があります。
調和関数の定義
調和関数とは、ラプラス方程式を満たす関数のことです:
Δf = 0
ここで、Δ(デルタ、ラプラシアン)はラプラス作用素です。
2次元の場合:
∂²f/∂x² + ∂²f/∂y² = 0
3次元の場合:
∂²f/∂x² + ∂²f/∂y² + ∂²f/∂z² = 0
調和関数の例
1. 定常的な温度分布
熱源がなく、時間が十分経過した後の温度分布
2. 静電ポテンシャル
電荷のない空間での電位
3. 重力ポテンシャル
質量のない空間での重力ポテンシャル
最大値原理の2つの形
最大値原理には、弱最大値原理と強最大値原理の2種類があります。
弱最大値原理(Weak Maximum Principle)
定理:
領域Ωで定義された調和関数fが、境界まで連続に拡張できるとき、fの最大値と最小値は境界∂Ω上で達成される。
式で書くと:
max(領域全体でのf) = max(境界上でのf)
min(領域全体でのf) = min(境界上でのf)
意味:
調和関数は、領域の内部よりも、境界の方で極端な値(最大値・最小値)をとる。
例:温度分布
- 部屋の中の定常的な温度分布(暖房も冷房もない状態)
- 最も暖かい場所と最も寒い場所は、部屋の壁(境界)にある
- 部屋の中央(内部)には、最高温度や最低温度の場所はない
強最大値原理(Strong Maximum Principle)
定理:
連結な領域Ωで定義された調和関数fが、領域の内部のある点で最大値をとるならば、fは定数関数である。
意味:
- もし調和関数が内部で最大値をとったら、その関数はどこでも同じ値(定数)
- 言い換えれば、定数でない調和関数は、内部で最大値をとらない
例:温度分布
部屋の中のある一点が最高温度だとしたら、実は部屋全体が同じ温度である(つまり、温度分布が一定)。
物理的・直感的な意味
意味1: 平均値の性質から導かれる
調和関数には「平均値の性質」があります:
平均値の性質:
調和関数のある点での値は、その点を中心とする円(球)の周上(球面上)の値の平均に等しい。
なぜ最大値が内部にないか:
もし内部のある点Pで最大値Mをとるとします。
- 点Pの周囲の円周上での関数の平均値 = f(P) = M
- ところが、f(P)が最大値なので、円周上の全ての点でf ≤ M
- 平均がMなら、円周上の全ての点でf = Mでなければならない
- これを繰り返すと、連結な領域全体でf = M(定数)
つまり、定数でない限り、内部で最大値はとれません。
意味2: 熱の流れで理解する
温度分布で考えましょう。
定常状態(調和関数)とは:
- 熱源も吸収源もない状態
- 時間が経過しても温度分布が変わらない状態
なぜ内部に最高温度がないか:
もし内部のある点Pが最も熱いとします。
- 点Pから周囲に熱が流れ出す(高温から低温へ)
- すると、点Pの温度は下がるはず
- でも定常状態なので温度は変わらない
- これは矛盾!
したがって、内部に最高温度の点は存在できません。最高温度は境界(例えば壁)にあるはずです。
意味3: ラプラシアンとの関係
ラプラス作用素の意味を思い出しましょう:
- Δf > 0 → その点の値が周囲より低い(窪んでいる)
- Δf < 0 → その点の値が周囲より高い(盛り上がっている)
- Δf = 0 → その点の値が周囲の平均と同じ(調和関数)
調和関数では常にΔf = 0なので、どの点も周囲の平均値です。したがって、「飛び抜けて高い」場所(最大値)や「飛び抜けて低い」場所(最小値)は内部に存在できません。
具体例で理解する

例1: 円盤上の調和関数
状況:
半径1の円盤の内部で定義された調和関数f(x, y)を考えます。
境界条件:
円周上(境界)では、f = 100(北半円)とf = 0(南半円)とします。
最大値原理の予測:
- 最大値は境界の北半円(f = 100の部分)で達成される
- 最小値は境界の南半円(f = 0の部分)で達成される
- 円盤の内部では、0 < f < 100
物理的解釈(温度):
円盤の上半分の縁が100°C、下半分の縁が0°Cに保たれているとき、円盤の内部の温度は必ず0°Cと100°Cの間になります。円盤の中心付近で突然150°Cになったり、-50°Cになったりすることはありません。
例2: 部屋の温度分布
状況:
暖房も冷房もない部屋の定常的な温度分布を考えます。
境界:
- 南向きの窓:日光で暖められて25°C
- 北向きの壁:冷たくて15°C
- 他の壁:20°C
最大値原理が教えてくれること:
- 部屋の中の最高温度は25°C(南向きの窓)
- 部屋の中の最低温度は15°C(北向きの壁)
- 部屋の内部のどこでも、15°C ≤ 温度 ≤ 25°C
実用的な意味:
部屋の真ん中にいても、窓や壁よりも暑くなったり寒くなったりすることはありません。
例3: 静電ポテンシャル
状況:
電荷のない空間(真空)での電位を考えます。
最大値原理:
電位の最大値と最小値は、空間の境界(例えば、導体の表面)で達成されます。
意味:
真空中に「電位のピーク」や「電位の谷」が勝手に出現することはありません。
最大値原理の証明のアイデア
詳細な証明は難しいですが、基本的なアイデアを紹介します。
弱最大値原理の証明(スケッチ)
背理法で証明します:
- 調和関数fが内部の点Pで最大値Mをとると仮定
- 点Pを中心とする小さな円を考える
- 平均値の性質により:f(P) = 円周上のfの平均値
- f(P) = Mが最大値なので、円周上の全ての点でf ≤ M
- 平均がMで、各点がM以下なら、各点はちょうどM
- つまり、円周上でf = M
- 同じ議論を円周上の各点で繰り返す
- 連結性により、領域全体でf = M(定数)
したがって、定数でない限り、内部で最大値はとれません。
別の証明アイデア:補助関数を使う
方法:
- 補助関数 g(x) = f(x) + ε|x|² を考える(εは小さな正の数)
- Δg = Δf + 2nε = 2nε > 0(nは次元)
- Δg > 0なので、gは劣調和関数(subharmonic)
- 劣調和関数は内部で最大値をとらない
- ε → 0 とすると、fも内部で最大値をとらない
最小値原理
最小値原理:
最大値原理と全く同じことが、最小値についても成り立ちます。
最小値原理の言い換え:
調和関数fに対して、-fも調和関数です。fの最小値は-fの最大値なので、最大値原理を-fに適用すれば、最小値原理が得られます。
一般化:劣調和関数と優調和関数
最大値原理は、調和関数以外にも拡張できます。
劣調和関数(Subharmonic Function)
定義:
Δf ≥ 0
性質:
劣調和関数は最大値原理を満たします。
物理的イメージ:
「周りより窪んでいるか、平ら」な関数。周りより盛り上がっている場所はない。
例:
- 温度分布で、熱源はあるが冷却源はない場合
- |z|(複素関数の絶対値)は劣調和
優調和関数(Superharmonic Function)
定義:
Δf ≤ 0
性質:
優調和関数は最小値原理を満たします。
物理的イメージ:
「周りより盛り上がっているか、平ら」な関数。周りより窪んでいる場所はない。
例:
- 温度分布で、冷却源はあるが熱源はない場合
最大値原理の応用
応用1: 解の一意性
境界値問題:
Δu = 0 (領域Ω内)
u = g (境界∂Ω上)
問題:
この問題の解は一意的(ただ一つ)か?
証明:
- u₁とu₂が両方とも解だとする
- w = u₁ – u₂ とおく
- Δw = Δu₁ – Δu₂ = 0 – 0 = 0 (wは調和関数)
- 境界上で w = g – g = 0
- 最大値原理により、領域全体でのwの最大値は境界上の値 = 0
- 最小値原理により、領域全体でのwの最小値は境界上の値 = 0
- したがって、w = 0、つまり u₁ = u₂
結論:
ラプラス方程式の境界値問題の解は一意的です。
応用2: 解の評価
問題:
境界上でm ≤ u ≤ Mならば、領域内ではどうか?
答え:
最大値原理により、領域全体でm ≤ u ≤ Mが成り立ちます。
実用例(温度分布):
部屋の壁の温度が18°Cから22°Cの間なら、部屋の中の温度も必ず18°Cから22°Cの間です。
応用3: 安定性
意味:
境界条件が少し変化しても、解も少ししか変化しません。
詳細:
境界条件がεだけ変化したとき、解の変化もたかだかεです(最大値原理から導ける)。
応用4: 数値計算の検証
コンピュータで微分方程式を解くとき、最大値原理を使って計算結果が正しいか検証できます。
例:
計算結果が内部で境界の値より大きくなっていたら、計算ミスです。
複素解析における最大絶対値の原理
複素関数論にも、最大値原理の類似物があります。
最大絶対値の原理(Maximum Modulus Principle)
定理:
fが領域Dで正則(holomorphic)で、定数でないとき、|f|(fの絶対値)は領域内部で最大値をとらない。
意味:
正則関数の絶対値は、調和関数と同じように、最大値が境界にしかありません。
証明のアイデア:
正則関数 f = u + iv の実部uと虚部vは両方とも調和関数です。
応用:代数学の基本定理の証明
代数学の基本定理:
任意の複素係数の非定数多項式は、少なくとも一つの複素数根を持つ。
証明(最大絶対値の原理を使用):
- P(z)が根を持たないと仮定
- f(z) = 1/P(z) は正則(P(z) ≠ 0だから)
- |z| → ∞ のとき |f(z)| → 0
- |f(z)|は有界で、最大値を持つ
- 最大絶対値の原理により、|f(z)|はどこでも最大値をとらない
- 矛盾!
したがって、P(z)は根を持ちます。
その他の最大値原理
「最大値原理」という名前は、他の分野でも使われます。
ポントリャーギンの最大値原理
分野: 制御理論・最適制御
内容:
システムを最適に制御する問題で、最適な制御を見つけるための必要条件。
注意:
これは調和関数の最大値原理とは全く別の概念です。名前が同じなだけです。
よくある質問(FAQ)
Q1: 最大値原理はなぜ重要なのですか?
A: 最大値原理は、以下の理由で非常に重要です:
- 解の一意性を保証する
- 解の評価ができる(値の範囲が分かる)
- 数値計算の検証に使える
- 物理的に直感的(温度の最高点は壁にある、など)
Q2: 調和関数でない関数にも最大値原理はありますか?
A: はい、劣調和関数(Δf ≥ 0)にも最大値原理が成り立ちます。また、より一般的な楕円型方程式の解にも、一般化された最大値原理があります。
Q3: 境界のない領域(例えば全空間)では最大値原理はどうなりますか?
A: 境界のない領域では、「無限遠点」を境界と見なします。リウヴィルの定理により、全空間で有界な調和関数は定数です。
Q4: 最大値原理の逆は成り立ちますか?
A: はい、ある意味で成り立ちます。平均値の性質を持つ連続関数は調和関数です。したがって、最大値原理を満たす(平均値の性質を持つ)関数は調和関数です。
Q5: 強最大値原理と弱最大値原理の違いは何ですか?
A:
- 弱最大値原理: 最大値は境界で達成される
- 強最大値原理: 内部で最大値をとるなら定数
強最大値原理は、弱最大値原理よりも強い(より詳しい)情報を与えます。
Q6: 最大値原理は何次元でも成り立ちますか?
A: はい、任意の次元で成り立ちます。2次元(平面)、3次元(空間)、さらに高次元でも同じ原理が適用されます。
Q7: 最大値原理が成り立たない関数の例はありますか?
A: はい、例えば f(x, y) = x² – y² は調和関数ではなく(Δf = 2 – 2 = 0なので実は調和!)、別の例として f(x, y) = x² + y² は調和関数ではありません(Δf = 4 ≠ 0)。この場合、原点で最小値をとります。
まとめ
この記事では、最大値原理について詳しく解説しました。
最大値原理とは:
- 調和関数の最大値・最小値は境界上で達成される
- 内部で最大値をとるなら定数関数
2つの形:
- 弱最大値原理: 最大値は境界上
- 強最大値原理: 内部で最大値 → 定数
物理的な意味:
- 温度分布:最高温度・最低温度は壁にある
- 電位:電位の極値は境界にある
- 平均値の性質から導かれる
重要な応用:
- 解の一意性の証明
- 解の評価(値の範囲)
- 安定性の解析
- 数値計算の検証
一般化:
- 劣調和関数:Δf ≥ 0 → 最大値原理
- 優調和関数:Δf ≤ 0 → 最小値原理
関連概念:
- 複素解析:最大絶対値の原理
- 制御理論:ポントリャーギンの最大値原理(別概念)
覚えておくべきポイント:
- 調和関数の極値は境界にしかない
- 平均値の性質と密接に関連
- 物理的に直感的(温度の例)
- 解の一意性を保証する強力なツール
最大値原理は、一見抽象的に見えますが、「鍋の最高温度は縁にある」というような日常的な直感と一致する、非常に自然な定理です。
微分方程式論、複素解析、ポテンシャル論など、数学の多くの分野で基礎となる重要な原理なので、しっかり理解しておくと役立ちます!


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