「ラプラス方程式」という言葉を聞いたことはありますか?
物理学や数学を学んでいる方なら、一度は耳にしたことがあるかもしれません。この方程式は、電気、熱、流体など、私たちの身の回りにあるさまざまな物理現象を記述する、とても重要な数学的道具なんです。
この記事では、ラプラス方程式がどんなものなのか、どこで使われているのか、わかりやすく解説していきます。
ラプラス方程式ってどんな式?

ラプラス方程式は、18世紀のフランスの数学者・物理学者ピエール=シモン・ラプラスが研究した偏微分方程式です。
数式で書くと、こうなります。
Δφ = 0
または
∇²φ = 0
ここで、φ(ファイ)は位置によって変化する量(関数)を表し、Δや∇²(ナブラの2乗)はラプラシアン(ラプラス演算子)と呼ばれる数学的な操作を意味します。
もっと簡単に言うと
「ある点の値が、その周りの値の平均と一致するような状態」を表す方程式、と言えます。
例えば、温度分布を考えてみましょう。部屋のある場所の温度が、その周りの温度の平均値と等しくなっているとき、その温度分布はラプラス方程式を満たしています。
つまり、ラプラス方程式は「全体的に滑らか」「バランスが取れている」状態を数学的に表現したものなんです。
ラプラシアンって何?
ラプラス方程式を理解するには、ラプラシアンという概念を知っておく必要があります。
ラプラシアンの意味
ラプラシアンは、関数を2回微分する操作です。
3次元空間(x, y, z座標)で考えると、
Δφ = ∂²φ/∂x² + ∂²φ/∂y² + ∂²φ/∂z²
これは、x方向、y方向、z方向それぞれに2階微分したものを足し合わせたものです。
ラプラシアンが表すもの
少し難しく聞こえるかもしれませんが、ラプラシアンは「ある点の値が、周りの平均とどれくらい違うか」を測る指標と考えることができます。
- Δφ > 0:その点の値は周りより低い(周りから値が流れ込んでくる)
- Δφ = 0:その点の値は周りの平均と同じ(バランスが取れている)
- Δφ < 0:その点の値は周りより高い(その点から値が流れ出していく)
ラプラス方程式 Δφ = 0 は、この中で「バランスが取れている状態」を表しているわけです。
ラプラス方程式の特徴

ラプラス方程式には、いくつか重要な特徴があります。
1. 定常状態を表す
ラプラス方程式には、時間の変数が含まれていません。
つまり、時間によって変化しない「定常状態」(平衡状態)を表す方程式なんです。
例えば:
- 熱が均等に広がって、もう温度が変化しなくなった状態
- 電気が流れ終わって、電位が安定した状態
2. 調和関数
ラプラス方程式を満たす関数のことを、調和関数(harmonic function)と呼びます。
「調和」という名前は、この関数が音楽の調和のように、滑らかで美しい性質を持っているところから来ています。
実際、ラプラス方程式を変数分離という方法で解くと、正弦波(sin、cos)のような波の形をした解が得られることがあります。
3. 境界条件が必要
ラプラス方程式を解くには、境界条件(領域の端での値や条件)が必要です。
初期条件(時刻ゼロでの状態)ではなく、境界条件が必要なのは、時間変数がないためです。
境界条件の例
- ディリクレ問題:境界での関数の値を指定
- ノイマン問題:境界での関数の傾き(微分値)を指定
ラプラス方程式が使われる場面
ラプラス方程式は、物理学や工学の多くの分野で登場します。
1. 静電気学(電気)
電荷がない空間での電位(電圧)は、ラプラス方程式を満たします。
例えば、2枚の金属板の間に何もない空間があるとき、その空間での電位分布を求めるのにラプラス方程式を使います。
具体例:コンデンサ
コンデンサの2つの電極の間の空間では、電荷が存在しないため、電位φはラプラス方程式 Δφ = 0 を満たします。
境界条件(各電極の電位)を与えれば、内部の電位分布が計算できます。
2. 熱伝導(温度)
定常状態(時間が経って温度が変化しなくなった状態)での温度分布は、ラプラス方程式で記述されます。
例えば、金属板の端を一定の温度に保ったとき、十分に時間が経過すると、内部の温度分布は変化しなくなります。このときの温度分布がラプラス方程式の解になるんです。
具体例:建物の壁
建物の壁の外側が10℃、内側が20℃に保たれているとします。十分に時間が経つと、壁の中の温度分布は一定になり、ラプラス方程式を満たします。
3. 流体力学(流れ)
回転しない完全流体(粘性がない理想的な流体)の流れは、ラプラス方程式で記述できます。
流体の速度ポテンシャル(速度を生み出す元になる関数)がラプラス方程式を満たすんです。
4. 重力(引力)
質量がない空間での重力ポテンシャルも、ラプラス方程式を満たします。
地球の周りの宇宙空間(地球自体を除く)での重力ポテンシャルなどを計算するのに使われます。
5. その他の応用
- 拡散現象の定常状態:物質の拡散が終わって濃度が一定になった状態
- 膜の形:一様な張力がかかった膜の形状
- 複素解析:数学の複素関数論で重要な役割
このように、ラプラス方程式は非常に多くの物理現象に共通して現れる、普遍的な方程式なんです。
ポアソン方程式との関係
ラプラス方程式と似た方程式に、ポアソン方程式があります。
ポアソン方程式
Δφ = f(x, y, z)
右辺がゼロではなく、何らかの関数 f になっている形です。
違いは何?
ラプラス方程式(Δφ = 0)
- 電荷や熱源など、「源」がない空間を記述
- 境界条件だけで内部の分布が決まる
ポアソン方程式(Δφ = f)
- 電荷や熱源など、「源」がある空間を記述
- 右辺の f が電荷分布や熱源の分布を表す
つまり、ポアソン方程式の右辺を f = 0 とした特別な場合が、ラプラス方程式なんです。
例:電気の場合
- 電荷密度が ρ の場所:Δφ = -ρ/ε (ポアソン方程式)
- 電荷がない場所:Δφ = 0 (ラプラス方程式)
ラプラス方程式の解き方

ラプラス方程式を実際に解くには、いくつかの方法があります。
1. 変数分離法
最も基本的な解法です。
関数 φ を、それぞれの変数の積の形に分解して解く方法です。
例:2次元の場合
φ(x, y) = X(x) × Y(y)
と仮定して、ラプラス方程式に代入すると、xだけの方程式とyだけの方程式に分離できます。それぞれを解いて、掛け合わせれば解が得られます。
2. グリーン関数法
境界条件が複雑な場合に有効な方法です。
3. 数値解法
複雑な形状の領域や、解析的に解けない場合は、コンピュータを使った数値計算で解きます。
主な数値解法
- 有限差分法
- 有限要素法
これらの方法では、領域を細かく分割して、各点での値を近似的に計算します。
具体例:円筒コンデンサの電位
もう少し具体的な例を見てみましょう。
問題設定
内側の半径が a、外側の半径が b の円筒形のコンデンサがあります。
- 内側の円筒の電位:V(a) = V₀
- 外側の円筒の電位:V(b) = 0
このとき、2つの円筒の間(a < r < b)の電位 V(r) を求めてみます。
解法
円筒対称性を考えると、電位は半径 r だけの関数になります。
ラプラス方程式は、円筒座標系で
1/r × d/dr(r × dV/dr) = 0
となります。
これを解くと、
V(r) = A × ln(r) + B
境界条件 V(a) = V₀、V(b) = 0 を使うと、定数 A と B が決まり、
V(r) = V₀ × ln(b/r) / ln(b/a)
という解が得られます。
この式から、電位は半径の対数に比例して変化することがわかります。
ラプラスという人物
最後に、この方程式に名前を残したピエール=シモン・ラプラス(1749-1827)について少し紹介しましょう。
科学者としてのラプラス
ラプラスはフランスの数学者・物理学者・天文学者で、18世紀から19世紀にかけて活躍しました。
主な業績
- ラプラス方程式の研究(1786年)
- 天体力学の理論(「天体力学」全5巻)
- 確率論の発展(「確率の解析的理論」)
- ラプラス変換(数学の別の分野)
政治家としてのラプラス
ラプラスは科学者としてだけでなく、政治家としても活動しました。
フランス革命の混乱期を避難して過ごした後、ナポレオンの時代には元老院議員にまで選ばれました。しかし、内務大臣の仕事はわずか6週間でクビになったそうです。
ナポレオンは回想録でこう書いています。
「ラプラスは政府にまで、無限小の考えを持ち込んだから」
つまり、ラプラスは細かいことにこだわりすぎて、政治家には向いていなかったようです。
ラプラスの魔
ラプラスは、「ラプラスの魔」という有名な思考実験でも知られています。
「全世界の原子の位置と運動量を知ることができれば、その後の世界は、これらの原子の連立運動方程式の解として未来永劫まで記述できるはずだ」
これは決定論的な世界観を表していますが、20世紀に量子力学が登場し、原子の位置と運動量を同時に正確に測定することはできないことが示され、この考えは否定されました。
まとめ
ラプラス方程式は、物理学で最も重要な方程式の一つです。
ラプラス方程式の重要ポイント
- 数式:Δφ = 0 または ∇²φ = 0
- 意味:ある点の値が周りの平均と等しい状態
- 定常状態(時間で変化しない状態)を記述
- 解は調和関数と呼ばれる
- 境界条件を与えることで解が決まる
主な応用分野
- 静電気学:電荷がない空間での電位
- 熱伝導:定常状態での温度分布
- 流体力学:完全流体の流れ
- 重力:質量がない空間での重力ポテンシャル
- その他多数
ポアソン方程式との関係
- ポアソン方程式:Δφ = f(源がある)
- ラプラス方程式:Δφ = 0(源がない)
- ラプラス方程式はポアソン方程式の特別な場合
ラプラス方程式は一見難しそうですが、その本質は「バランスの取れた滑らかな状態」を表すシンプルな考え方です。
電気、熱、流体など、私たちの身の回りの多くの物理現象が、この一つの方程式で記述できるというのは、自然の美しさを感じさせますね。
物理学や工学を学ぶ方にとって、ラプラス方程式は避けて通れない重要な概念です。この記事が、ラプラス方程式への理解の第一歩になれば幸いです。

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