ベクトル解析を学んでいると、必ず出会う重要な定理があります。それが「グリーンの定理」です。
この定理、一見複雑に見えるかもしれませんが、実は「閉じた曲線に沿った積分」と「その内側の領域での積分」を結びつけるという、とてもエレガントな関係を表しているんです。物理学や工学で頻繁に使われる、ベクトル解析の三大定理の一つとも言われています。
今回は、グリーンの定理を基礎から丁寧に解説していきます。
グリーンの定理とは? まずは定義から
グリーンの定理は、イギリスの物理学者ジョージ・グリーン(George Green)が1828年に発表した公式です。
簡単に言うと、閉曲線上での線積分を、その曲線の内部の領域での面積分(二重積分)に変換できるという定理です。
定理の式
xy平面上で、単純閉曲線Cで囲まれた領域Dを考えます。P(x,y)とQ(x,y)が滑らかな関数(C¹級)のとき、次の式が成り立ちます:
∮_C (P dx + Q dy) = ∬_D (∂Q/∂x – ∂P/∂y) dxdy
ここで:
- ∮_C は閉曲線C上での線積分(周回積分)
- ∬_D は領域D上での二重積分
- Cの向きは反時計回り(領域Dを左手に見ながら進む向き)
記号の意味
∮: この記号は「閉曲線上の積分」を表します。普通の積分記号∫に丸が付いているのは、「ぐるっと一周する」ことを示しているんですね。
∂: これは偏微分を表す記号です。∂Q/∂xは「Qをxで偏微分する」という意味です。
直感的な理解: 何を意味しているの?
数式だけ見ると難しそうですが、グリーンの定理が言っていることは意外とシンプルです。
マクロとミクロの関係
マクロな視点: 閉曲線Cに沿って、ベクトル場がどれだけ「循環」しているか(左辺)
ミクロな視点: 領域Dの中の各点で、ベクトル場がどれだけ「回転」しているかを全部足し合わせたもの(右辺)
つまり、「境界での循環」と「内部での回転の総和」が等しいということなんです。
具体例で考える
水が流れているプールを想像してください。
- プールの縁(境界)に沿って、水の流れがどれだけあるか → これが線積分(左辺)
- プールの中全体で、水がどれだけ渦を巻いているか → これが面積分(右辺)
グリーンの定理は、「縁での流れの合計」と「中での渦の合計」が一致することを保証しているんです。
なぜ重要? グリーンの定理の意義
意義1: 計算の簡略化
複雑な線積分を、より簡単な面積分に変換できる(その逆も可能)ので、計算が楽になります。
曲線に沿って積分するのは面倒なことが多いですが、領域全体で積分する方が計算しやすい場合も多いんです。
意義2: 微積分学の基本定理の拡張
高校で習った微積分学の基本定理:
∫_a^b f'(x) dx = f(b) – f(a)
これは「区間[a, b]での積分」を「境界{a, b}での値」に結びつけていますよね。
グリーンの定理も同じ精神で、「領域での積分」を「境界での積分」に結びつけています。つまり、1次元から2次元への自然な拡張なんです。
意義3: より一般的な定理への橋渡し
グリーンの定理は、さらに一般的な定理への入り口でもあります:
- ストークスの定理: グリーンの定理を3次元に拡張
- ガウスの発散定理: 3次元での体積積分と表面積分を結ぶ
- 一般化されたストークスの定理: これらすべてを統一する最も一般的な形
具体例で理解しよう
例題1: 円周上での線積分
問題: 半径rの円Cに対して、∮_C (x dx + y dy)を計算せよ。ただし、Cは反時計回り。
解答:
まず、P = x、Q = yとします。
グリーンの定理を適用すると:
∮_C (x dx + y dy) = ∬_D (∂y/∂x – ∂x/∂y) dxdy
偏微分を計算:
- ∂Q/∂x = ∂y/∂x = 0
- ∂P/∂y = ∂x/∂y = 0
したがって:
∬_D (0 – 0) dxdy = 0
答え: 0
この結果は直感的にも正しいです。なぜなら、ベクトル場(x, y)は原点から外向きに広がるだけで、回転成分がないからです。
例題2: もう少し複雑な場合
問題: 半径aの円Cに対して、∮_C (-y dx + x dy)を計算せよ。
解答:
P = -y、Q = xとします。
偏微分を計算:
- ∂Q/∂x = ∂x/∂x = 1
- ∂P/∂y = ∂(-y)/∂y = -1
グリーンの定理より:
∮_C (-y dx + x dy) = ∬_D (1 – (-1)) dxdy = ∬_D 2 dxdy
右辺は領域Dの面積の2倍なので:
∬_D 2 dxdy = 2 × πa² = 2πa²
直接計算するより、はるかに簡単ですね!
グリーンの定理の応用
応用1: 面積の計算
グリーンの定理を使うと、閉曲線で囲まれた領域の面積を、境界での線積分で計算できます。
面積の公式:
∬_D 1 dxdy = 領域Dの面積
これをグリーンの定理の右辺と考えて、∂Q/∂x – ∂P/∂y = 1となるようにP, Qを選べばいいんです。
選択肢はいくつかあります:
- P = 0, Q = x → 面積 = ∮_C x dy
- P = -y, Q = 0 → 面積 = -∮_C y dx
- P = -y/2, Q = x/2 → 面積 = (1/2)∮_C (x dy – y dx)
例: 楕円 x²/a² + y²/b² = 1 の面積
パラメータ表示: x = a cos t, y = b sin t (0 ≤ t ≤ 2π)
面積 = (1/2)∮_C (x dy – y dx)
= (1/2)∫_0^(2π) (a cos t · b cos t – b sin t · (-a sin t)) dt
= (1/2)∫_0^(2π) (ab cos² t + ab sin² t) dt
= (1/2)∫_0^(2π) ab dt
= (1/2) · ab · 2π
= πab
これは楕円の面積の公式そのものです!
応用2: プラニメータ(面積計)
測量で使う「プラニメータ」という道具があります。これは曲線の周りをなぞるだけで、その内部の面積を測定できる装置です。
この原理がまさにグリーンの定理なんです。境界をトレースすることで、内部の面積を計算しているわけですね。
応用3: 流体力学
流体の流れを表すベクトル場に対して、グリーンの定理を適用すると:
- 領域から流出する流体の総量
- 領域内での流体の湧き出しの総和
これらが等しいことが示せます。これは流体力学の基礎となる重要な関係です。
応用4: 電磁気学
電場や磁場の解析でもグリーンの定理(およびその拡張)が頻繁に使われます。マクスウェル方程式の導出にも関わっています。
応用5: 複素関数論への橋渡し
複素関数論で重要な「コーシーの積分定理」は、グリーンの定理から導くことができます。
複素関数f(z) = u + ivが正則なら、コーシー・リーマンの方程式:
- ∂u/∂x = ∂v/∂y
- ∂u/∂y = -∂v/∂x
が成り立ちます。これをグリーンの定理に適用すると、正則関数の閉曲線上の積分がゼロになることが示せるんです。
グリーンの定理の証明(簡単な場合)
完全な証明は難しいですが、簡単な場合の証明の流れを見てみましょう。
領域Dが、x軸方向にもy軸方向にも「単純」な形(凸な形)だとします。
ステップ1: ∮_C P dx = -∬_D (∂P/∂y) dxdyを示す
領域Dを y = g₁(x) から y = g₂(x) まで(a ≤ x ≤ b)と表せるとします。
右辺を計算:
∬D (∂P/∂y) dxdy = ∫_a^b ∫{g₁(x)}^{g₂(x)} (∂P/∂y) dy dx
内側の積分(yについて)を実行:
= ∫_a^b [P(x, g₂(x)) – P(x, g₁(x))] dx
一方、左辺の∮_C P dxを考えると、Cは下側のy = g₁(x)と上側のy = g₂(x)からなります。
下側: ∫_a^b P(x, g₁(x)) dx
上側: ∫_b^a P(x, g₂(x)) dx = -∫_a^b P(x, g₂(x)) dx
合計すると:
∮_C P dx = ∫_a^b P(x, g₁(x)) dx – ∫_a^b P(x, g₂(x)) dx
= -∫_a^b [P(x, g₂(x)) – P(x, g₁(x))] dx
これは右辺と一致します!
ステップ2: ∮_C Q dy = ∬_D (∂Q/∂x) dxdyを示す
同様に、領域Dをx = h₁(y)からx = h₂(y)まで(c ≤ y ≤ d)と表して証明できます。
ステップ3: 2つを合わせる
上の2つを足し合わせれば、グリーンの定理が得られます!
もっと一般的な領域の場合は、領域を小さな単純な領域に分割して、同じ議論を適用すればOKです。
グリーンの定理の2つの形式
グリーンの定理には、実は2つの形式があります。
循環形式(Circulation Form)
これまで見てきた形式:
∮_C (P dx + Q dy) = ∬_D (∂Q/∂x – ∂P/∂y) dxdy
これはベクトル場の「回転(循環)」に関する形式です。
右辺の(∂Q/∂x – ∂P/∂y)は、2次元での回転を表しています。
発散形式(Divergence Form)
もう一つの形式:
∮_C F·n ds = ∬_D (∂P/∂x + ∂Q/∂y) dxdy
ここで:
- F = (P, Q)はベクトル場
- nは曲線Cの外向き法線ベクトル
- 右辺の(∂P/∂x + ∂Q/∂y)は2次元での発散(div F)
これは「領域から出て行く流れ」と「領域内での湧き出し」の関係を表しています。
実は、循環形式で座標を90度回転させると発散形式が得られます。
グリーンの定理の使用条件
グリーンの定理を使うには、いくつかの条件があります。
条件1: 単純閉曲線
曲線Cは「単純閉曲線」である必要があります。つまり:
- 始点と終点が同じ(閉曲線)
- 自分自身と交わらない(単純)
条件2: 滑らかさ
P(x, y)とQ(x, y)は、領域D上でC¹級(1回連続微分可能)である必要があります。
条件3: 向きの統一
曲線Cの向きは、領域Dを左手に見ながら進む向き(通常は反時計回り)とします。
穴がある領域での拡張
領域Dに穴がある場合でも、グリーンの定理は使えます。
外側の境界を反時計回り、内側の境界(穴)を時計回りに積分すればOKです。
よくある間違いと注意点
間違い1: 向きを無視
誤: 時計回りで計算してしまう
正: 反時計回り(または問題で指定された向き)で計算する
向きを逆にすると、答えの符号が逆になります。
間違い2: 偏微分の順序
誤: ∂Q/∂y – ∂P/∂x と書いてしまう
正: ∂Q/∂x – ∂P/∂y
順序を間違えると、完全に違う結果になります。
間違い3: 適用できない場合
ベクトル場が定義されていない点が領域D内にある場合、そのままでは適用できません。
そういう点を小さい円で囲んで除外するなど、工夫が必要です。
練習問題
問題1(基本)
半径2の円Cに対して、∮_C (y² dx + x² dy)を計算せよ。(反時計回り)
ヒント: P = y², Q = x²として、グリーンの定理を適用します。
問題2(応用)
楕円 x²/4 + y²/9 = 1 の面積を、グリーンの定理を使った線積分で求めよ。
ヒント: 面積 = (1/2)∮_C (x dy – y dx)を使います。楕円をパラメータ表示しましょう。
問題3(発展)
領域D: x² + y² ≤ 1(単位円の内部)に対して、
∬_D (x² + y²) dxdyを、グリーンの定理を使って計算せよ。
ヒント: P, Qをうまく選んで、∂Q/∂x – ∂P/∂y = x² + y²となるようにします。
問題4(挑戦)
∮_C (e^x sin y dx + e^x cos y dy)を計算せよ。ただし、Cは原点中心、半径1の円(反時計回り)。
ヒント: 直接計算は困難です。グリーンの定理を使いましょう。
グリーンの定理と他の定理との関係
ガウスの発散定理との関係
グリーンの定理の発散形式は、実は2次元でのガウスの発散定理そのものです。
3次元のガウスの定理:
∯_S F·n dS = ∭_V (∇·F) dV
これを2次元に制限すると、グリーンの定理の発散形式になります。
ストークスの定理との関係
ストークスの定理は、グリーンの定理を3次元に一般化したものです。
グリーンの定理を3次元のベクトル場に適用し、z成分だけを考えると、グリーンの定理が得られます。
微分形式での統一
現代数学では、これらすべての定理を「一般化されたストークスの定理」として統一的に扱います:
∫_{∂M} ω = ∫_M dω
ここで:
- Mは多様体(曲線、曲面、領域など)
- ∂Mはその境界
- ωは微分形式
- dωはその外微分
この視点から見ると、微積分学の基本定理、グリーンの定理、ストークスの定理、ガウスの定理はすべて、この一つの定理の特殊ケースなんです。
まとめ: グリーンの定理の本質
グリーンの定理について、重要なポイントをまとめます。
定理の式:
∮_C (P dx + Q dy) = ∬_D (∂Q/∂x – ∂P/∂y) dxdy
意味:
- 境界での循環 = 内部での回転の総和
- 線積分 ⟷ 面積分の変換
重要性:
- 計算の簡略化
- 微積分学の基本定理の自然な拡張
- 物理学・工学での広範な応用
- より高度な定理への橋渡し
主な応用:
- 面積計算(プラニメータの原理)
- 流体力学(流れと渦の関係)
- 電磁気学(マクスウェル方程式)
- 複素関数論(コーシーの定理)
関連する定理:
- ガウスの発散定理(3次元での体積と表面)
- ストークスの定理(3次元での曲面と境界)
- 一般化されたストークスの定理(すべてを統一)


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