「中から湧き出るものは、必ず外に出ていく」
当たり前のように聞こえるこの原理を、数学的に厳密に表したのが「ガウスの発散定理」です。英語では「Divergence Theorem」や「Gauss’s Theorem」と呼ばれています。
この定理は、ベクトル解析という数学の分野で最も重要な定理の一つとされています。物理学や工学の様々な場面で活躍する、まさに実用的な数学なんです。
難しそうに見えるかもしれませんが、水の流れや空気の動きをイメージすれば、意外とすんなり理解できますよ。
ガウスの発散定理って何?基本的なイメージ

水風船で考えてみよう
あなたが水風船を持っているとします。この風船の中で、何らかの理由で水が湧き出しているとしましょう。
- 風船の中で湧き出た水は、どこに行くでしょうか?
- 当然、風船の表面から外に出ていきますよね
ガウスの発散定理は、まさにこの関係を数学的に表現したものです。
「立体の内部から湧き出る量の合計」=「その立体の表面を通って外に出ていく量」
これがガウスの発散定理の本質なんです。
数学的な表現を見てみよう
ここからは少し数式を使って説明します。でも、一つずつ丁寧に見ていけば大丈夫です。
発散定理の式
ガウスの発散定理は、次のように書かれます。
∫∫_S F⋅n dS = ∫∫∫_V div F dV
記号が多くて大変そうに見えますが、一つずつ理解していきましょう。
式の左辺:表面を通る流れ
∫∫_S F⋅n dS
これは「面積分(めんせきぶん)」と呼ばれるものです。
S:閉じた曲面(例えば、球の表面や箱の表面)
F:ベクトル場(各点での流れの向きと大きさ)
n:その表面の外向きの法線ベクトル(表面に対して垂直な方向)
F⋅n:内積を表します。これで「Fのうち、表面に垂直な成分」が分かります。
つまり、左辺は「立体の表面を通って外に出ていく流れの総量」を表しているんです。
もっと分かりやすく
水の流れで考えると、この面積分は「容器の表面から、単位時間あたりにどれだけの水が外に流れ出ているか」を表します。
式の右辺:内部で湧き出る量
∫∫∫_V div F dV
これは「体積分(たいせきぶん)」と呼ばれるものです。
V:立体の内部の領域
div F:Fの発散(divergence)
dV:微小体積要素
ここで重要なのが「発散(div)」という概念です。
発散(divergence)って何?
発散は、「その点から、どれくらいの量が湧き出している(または吸い込まれている)か」を表す値です。
発散の定義
ベクトル場 F = (F₁, F₂, F₃) に対して、発散は次のように定義されます。
div F = ∂F₁/∂x + ∂F₂/∂y + ∂F₃/∂z
∂(デル)という記号は「偏微分」を表します。これは、一つの変数だけに注目して微分することです。
発散のイメージ
- div F > 0:その点で湧き出し(源泉のようなもの)
- div F < 0:その点で吸い込み(排水口のようなもの)
- div F = 0:湧き出しも吸い込みもない(ただ流れているだけ)
したがって、右辺の体積分は「立体の内部全体で、どれだけの量が湧き出しているかの合計」を表します。
定理の意味をまとめると

ガウスの発散定理は、次のことを言っています。
「立体の内部で湧き出る量の合計」=「その立体の表面を通って外に出ていく量」
水風船の例で言えば:
- 右辺(体積分):風船の中で湧き出る水の総量
- 左辺(面積分):風船の表面から外に出ていく水の総量
この2つが等しいというのは、考えてみれば当然ですよね。中で湧き出た水は、必ず表面を通って外に出ていくのですから。
具体例で計算してみよう
例題:単位球面での計算
ベクトル場 F(x, y, z) = (x, y, z) について、原点を中心とする半径1の球の表面を通る流束を求めましょう。
方法1:面積分を直接計算(大変)
球面上での面積分を直接計算するのは、かなり複雑な計算になります。
方法2:ガウスの発散定理を使う(簡単)
まず、Fの発散を計算します。
div F = ∂x/∂x + ∂y/∂y + ∂z/∂z = 1 + 1 + 1 = 3
ガウスの発散定理により:
∫∫_S F⋅n dS = ∫∫∫_V 3 dV = 3 × (球の体積)
球の体積は (4/3)π × 1³ = (4/3)π なので:
∫∫_S F⋅n dS = 3 × (4/3)π = 4π
このように、複雑な面積分を簡単な体積分に変換できるのが、ガウスの発散定理の威力です。
なぜこんなに重要なの?
ガウスの発散定理が重要な理由は、次の3つです。
1. 計算を簡単にする
複雑な面積分を、より簡単な体積分に変換できます(逆も可能)。これにより、実際の問題を解くのがずっと楽になるんです。
2. 物理法則を理解する基礎
多くの物理法則が、この定理を使って表現されています。特に電磁気学では欠かせません。
3. ミクロとマクロをつなぐ
点ごとの性質(発散)と、全体としての性質(表面を通る流束)を結びつけています。これは「局所的な情報から全体像を知る」という、科学の基本的なアプローチです。
電磁気学への応用:ガウスの法則
ガウスの発散定理の最も有名な応用が、電磁気学の「ガウスの法則」です。
ガウスの法則(積分形)
∫∫_S E⋅n dS = Q/ε₀
E:電場(電気の力の場)
Q:閉曲面の内部にある電荷の総量
ε₀:真空の誘電率(物理定数)
この式は「閉じた面を貫く電場の総量は、その内部にある電荷に比例する」ということを表しています。
ガウスの法則(微分形)
ガウスの発散定理を使うと、これを微分形に変換できます。
div E = ρ/ε₀
ρ:電荷密度(単位体積あたりの電荷)
この形は「各点での電場の発散は、その点の電荷密度に比例する」という意味になります。
なぜ2つの形があるの?
- 積分形:全体的な視点、実験で測定しやすい
- 微分形:局所的な視点、理論的な計算に便利
ガウスの発散定理が、この2つの形を結びつけているんです。これは「マクスウェル方程式」という、電磁気学の基礎方程式の一つでもあります。
歴史的な背景
ガウスの発散定理には、興味深い歴史があります。
発見者たち
この定理は、複数の数学者によって独立に発見されました。
1762年:ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ
最初に発見したとされています。流体力学の研究中に面積分の概念を導入しました。
1813年:カール・フリードリヒ・ガウス
楕円体の重力を計算する研究で、この定理の特殊なケースを証明しました。彼の名前が定理に冠されているのはこのためです。
1826年:ミハイル・オストログラツキー
一般的な形での最初の厳密な証明を与えました。そのため「オストログラツキーの定理」とも呼ばれます。
他にも、ジョージ・グリーン(1825年)など、多くの数学者がこの定理を独立に再発見しています。
これは、この定理がそれだけ自然で重要な結果だということを示しています。
発散定理の証明の考え方
厳密な証明は複雑ですが、基本的なアイデアは理解できます。
基本的な発想
- 立体を細かく分割する
立体を小さな直方体に細かく分けます。 - 各直方体で考える
各直方体について、表面から出ていく流れと内部の湧き出しを計算します。 - 隣り合う面では打ち消し合う
隣り合った直方体の境界面では、一方から出ていく流れと、もう一方に入っていく流れが打ち消し合います。 - 外側の面だけが残る
すべての直方体を足し合わせると、内部の面は全て打ち消されて、最外部の表面だけが残ります。
この考え方は、実は「微積分学の基本定理」の3次元版とも言えます。
他の重要な定理との関係
ガウスの発散定理は、ベクトル解析における「3大定理」の一つです。
グリーンの定理(2次元版)
2次元平面での定理で、閉曲線に囲まれた領域での面積分と、その境界(閉曲線)での線積分を結びつけます。
ガウスの発散定理を2次元に制限すると、グリーンの定理になります。
ストークスの定理
曲面上での面積分と、その境界曲線での線積分を結びつける定理です。
∫∫_S (∇×F)⋅n dS = ∫_C F⋅dr
ガウスの発散定理が「発散(div)」を扱うのに対し、ストークスの定理は「回転(rot)」を扱います。
これらの定理は全て、「微積分学の基本定理」を高次元に拡張したものと考えることができます。
実生活での応用例
ガウスの発散定理は、理論だけでなく実用面でも重要です。
1. 流体力学
水や空気の流れを解析するときに使われます。パイプの中を流れる水の量を計算したり、飛行機周りの空気の流れを調べたりするのに役立ちます。
2. 熱伝導
熱の流れも、ガウスの発散定理で記述できます。物体の中で熱がどのように伝わるかを計算するのに使われています。
3. 電磁気学
アンテナの設計や、電子機器の電磁シールドの設計などに応用されています。
4. 画像処理
コンピュータビジョンでは、画像の中での「情報の流れ」を解析するのにも使われます。
5. 気象学
大気の動きをシミュレーションするときに、質量保存の法則を表現するために使われています。
もう少し複雑な例にチャレンジ
例題2:立方体での計算
一辺の長さが2の立方体(-1 ≤ x, y, z ≤ 1)について、ベクトル場 F = (x³, y³, z³) の表面積分を求めましょう。
ステップ1:発散を計算
div F = ∂(x³)/∂x + ∂(y³)/∂y + ∂(z³)/∂z
= 3x² + 3y² + 3z²
ステップ2:体積分を計算
∫∫∫_V (3x² + 3y² + 3z²) dV
対称性から、x², y², z² の積分は全て同じ値になります。
∫{-1}^{1} x² dx = [x³/3]{-1}^{1} = 1/3 – (-1/3) = 2/3
したがって:
∫∫∫_V 3x² dV = 3 × (2/3) × 2 × 2 = 8
同様に y² と z² の項もそれぞれ8になるので:
∫∫_S F⋅n dS = 8 + 8 + 8 = 24
面積分を直接計算すると6つの面について計算する必要がありますが、発散定理を使えば一度の体積分で済みます。
発散定理を使うための条件

ガウスの発散定理を使うには、いくつかの条件があります。
1. 閉じた曲面であること
表面Sは、完全に閉じた曲面でなければなりません。
- OK:球面、立方体の表面、楕円体の表面
- NG:半球面、円錐の側面だけ、開いた曲面
開いた曲面に対しては、発散定理は使えません。
2. 滑らかな曲面
曲面は「区分的に滑らか」である必要があります。つまり、角があってもいいですが、基本的には滑らかであることが求められます。
3. ベクトル場の連続性
ベクトル場Fは、領域内で連続的な1階偏導関数を持つ必要があります。
座標系について
ガウスの発散定理は、座標系によらず成り立つという美しい性質があります。
デカルト座標(直交座標)
これまで見てきた (x, y, z) の座標系です。
円柱座標
(r, θ, z) で表される座標系です。円柱のような形の問題で便利です。
球座標
(r, θ, φ) で表される座標系です。球のような形の問題で便利です。
どの座標系を使っても、ガウスの発散定理は同じ形で成り立ちます。これは「座標不変性」と呼ばれる重要な性質です。
この性質があるからこそ、ガウスの発散定理は物理法則を記述するのに適しているんです。物理法則は、座標の取り方に依存してはいけませんからね。
よくある間違いと注意点
間違い1:開いた曲面に適用してしまう
ガウスの発散定理は、閉じた曲面にしか使えません。
例えば、半球の表面だけに適用することはできません。底面も含めて閉じた曲面にする必要があります。
間違い2:法線ベクトルの向き
面積分での法線ベクトルnは、必ず外向きでなければなりません。
内向きにしてしまうと、符号が逆になってしまいます。
間違い3:発散の計算ミス
発散 div F を計算するとき、各成分を正しい変数で微分することが大切です。
F = (F₁, F₂, F₃) なら:
- F₁ は x で微分
- F₂ は y で微分
- F₃ は z で微分
まとめ
ガウスの発散定理について、重要なポイントをまとめましょう。
定理の本質
- 立体内部からの湧き出しの総量 = 表面を通って外に出る流れの総量
- 体積分と面積分を結びつける
数学的表現
- ∫∫_S F⋅n dS = ∫∫∫_V div F dV
- 左辺:面積分(表面を通る流束)
- 右辺:体積分(内部の湧き出しの合計)
発散の意味
- div F > 0:湧き出し(源泉)
- div F < 0:吸い込み(排水口)
- div F = 0:湧き出しも吸い込みもない
重要性
- 複雑な積分を簡単にできる
- 物理法則(特に電磁気学)の基礎
- ミクロとマクロをつなぐ橋渡し
応用分野
- 電磁気学(ガウスの法則)
- 流体力学(質量保存則)
- 熱伝導(熱の流れ)
- 気象学、画像処理など

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