「1個もりんごがない箱」 「誰も来なかったパーティー」 「条件を満たす数が存在しない」
これらに共通するのは「何もない」という状態です。 数学では、この「何もない集合」を**空集合(くうしゅうごう)**と呼びます。
「何もないなら、考える必要ないんじゃない?」 そう思うかもしれません。
でも実は、空集合は数学でとても重要な役割を持っているんです。 ゼロが数の世界で重要なように、空集合も集合の世界で欠かせない存在。
この記事では、空集合の基本から、意外な性質、 そして実際にどう使われているかまで、すべて分かりやすく解説します。
「無」の概念を理解して、数学の深い世界を覗いてみましょう!
空集合を5分で完全理解

📦 空集合って何?身近な例で理解
空集合とは:要素を1つも持たない集合
身近な例で考えてみましょう:
例1:クラスで「身長3メートル以上の生徒」の集合
→ そんな生徒はいない → 空集合
例2:「偶数でもあり奇数でもある自然数」の集合
→ そんな数は存在しない → 空集合
例3:サイコロで「7の目が出る」場合の集合
→ サイコロに7はない → 空集合
📦 空集合の記号と表記
空集合を表す方法は2つあります:
記号 | 読み方 | 使用例 | 備考 |
---|---|---|---|
∅ | ファイ、空集合 | A = ∅ | 最も一般的 |
{ } | 空集合、中括弧 | A = { } | 要素なしを明示 |
注意:{∅} は空集合ではない!
∅ = { } → 何も入っていない箱
{∅} = {{ }} → 空の箱が入っている箱(要素数1)
📦 なぜ空集合が必要?
理由1:演算の完全性
集合の世界で「引き算」をすると...
{1, 2, 3} - {1, 2, 3} = ?
答えは「空集合」がないと表現できない!
理由2:条件の結果を表現
「x² + 1 = 0 を満たす実数x」を求める
→ 解なし → でも「解の集合」は存在する → 空集合
理由3:プログラミングでの処理
検索結果 = データベース.検索("存在しない商品")
# 結果が0件でも、「結果」という概念は必要
# 空集合(空のリスト)として扱う
空集合の重要な性質
🔍 性質1:空集合はすべての集合の部分集合
驚きの事実:∅ ⊆ A(任意の集合Aに対して)
なぜ?論理的に考えてみましょう:
部分集合の定義:
「Xのすべての要素がYにも含まれる」ならX ⊆ Y
空集合の場合:
「∅のすべての要素がAに含まれる」
→ ∅には要素がない
→ 「ない要素」について何を言っても真
→ よって ∅ ⊆ A は常に真!
具体例:
A = {1, 2, 3} のとき
∅ ⊆ {1, 2, 3} ✓
B = {りんご, みかん} のとき
∅ ⊆ {りんご, みかん} ✓
C = ∅ のとき
∅ ⊆ ∅ ✓(空集合は自分自身の部分集合)
🔍 性質2:空集合は唯一
重要:空集合は1つしかない!
「偶数かつ奇数である整数」の集合 = ∅
「実数解を持たない x² + 1 = 0」の解集合 = ∅
これらは同じ空集合!
(異なる空集合が複数あるわけではない)
🔍 性質3:要素数と冪集合
要素数(濃度):
|∅| = 0 (空集合の要素数は0)
冪集合(べきしゅうごう):
P(∅) = {∅}
空集合の冪集合は、空集合だけを要素とする集合
※ 空集合ではない!要素数1の集合
空集合と集合演算

➕ 和集合(∪)との演算
A ∪ ∅ = A (任意の集合Aに対して)
例:
{1, 2, 3} ∪ ∅ = {1, 2, 3}
∅ ∪ ∅ = ∅
空集合は和集合の単位元(足し算の0のような存在)
➕ 積集合(∩)との演算
A ∩ ∅ = ∅ (任意の集合Aに対して)
例:
{1, 2, 3} ∩ ∅ = ∅
{a, b, c} ∩ ∅ = ∅
どんな集合と交わっても空集合になる
➕ 差集合(−)との演算
A − ∅ = A (Aから何も引かない)
∅ − A = ∅ (何もないところから引いても何もない)
例:
{1, 2, 3} − ∅ = {1, 2, 3}
∅ − {1, 2, 3} = ∅
➕ 直積集合(×)との演算
A × ∅ = ∅ (任意の集合Aに対して)
∅ × B = ∅ (任意の集合Bに対して)
例:
{1, 2} × ∅ = ∅
∅ × {a, b} = ∅
よくある間違いと注意点
❌ 間違い1:{∅} を空集合と混同
よくある間違い:
∅ = {∅} ← これは間違い!
正しい理解:
∅ = { } → 要素数0(空集合)
{∅} = {{ }} → 要素数1(空集合を要素とする集合)
例えで言うと:
∅ = 空の箱
{∅} = 空の箱が入った箱
❌ 間違い2:{0} を空集合と思う
間違い:
{0} = ∅ ← 0が入っているので空ではない!
正しい理解:
{0} → 要素数1(0という要素を持つ)
∅ → 要素数0(要素なし)
数のゼロと空集合は別物!
❌ 間違い3:∅ ∈ ∅ と考える
間違った推論:
「∅はすべての集合の部分集合」
→「じゃあ∅は∅の要素?」
正しい理解:
∅ ⊆ ∅ ← これは正しい(部分集合)
∅ ∈ ∅ ← これは間違い(要素ではない)
∅には要素が1つもないので、∅自身も含まない
実際の問題での空集合

📝 例題1:方程式の解集合
問題: 次の方程式の実数解の集合を求めよ
(1) x² + 1 = 0
(2) |x| = -1
(3) x² - 4 = 0
解答:
(1) x² = -1 → 実数解なし → 解集合 = ∅
(2) 絶対値は負にならない → 解なし → 解集合 = ∅
(3) x = ±2 → 解集合 = {-2, 2}
📝 例題2:集合の演算
問題: A = {1, 2, 3}, B = {4, 5, 6} のとき
A ∩ B = ?
解答:
AとBに共通の要素はない
→ A ∩ B = ∅
📝 例題3:条件を満たす要素
問題: 「2で割り切れ、かつ3で割り切れない6の約数」の集合は?
解答:
6の約数:{1, 2, 3, 6}
2で割り切れる:{2, 6}
3で割り切れる:{3, 6}
3で割り切れない:{1, 2}
2で割り切れ、かつ3で割り切れない:{2}
もし「3で割り切れ、かつ3で割り切れない」なら → ∅
プログラミングでの空集合
💻 各言語での表現
Python:
# 空集合の作成
empty_set = set() # 正しい方法
# empty_set = {} # これは空の辞書になるので注意!
# 空集合の判定
if not my_set: # 空ならTrue
print("集合は空です")
# 演算例
A = {1, 2, 3}
B = {4, 5, 6}
print(A & B) # set() (空集合)
JavaScript:
// 空集合の作成
const emptySet = new Set();
// 空集合の判定
if (mySet.size === 0) {
console.log("集合は空です");
}
// 演算例
const A = new Set([1, 2, 3]);
const B = new Set([4, 5, 6]);
const intersection = new Set([...A].filter(x => B.has(x)));
console.log(intersection); // Set {}
SQL:
-- 空の結果セット
SELECT * FROM users WHERE age > 200;
-- 結果:Empty set (0.00 sec)
-- 空集合の判定
SELECT CASE
WHEN COUNT(*) = 0 THEN '空集合'
ELSE '要素あり'
END AS result
FROM users WHERE age > 200;
💻 実用例:検索機能
def search_products(keyword):
"""商品検索関数"""
results = set()
for product in all_products:
if keyword in product.name:
results.add(product)
# 空集合でも正常な結果として返す
if not results:
print("検索結果はありません")
return set() # 空集合を返す
return results
# 使用例
found = search_products("存在しない商品")
# found は空集合だが、エラーではない
集合論における空集合の役割

🎓 公理的集合論での位置づけ
空集合の存在公理:
「要素を持たない集合が存在する」
この公理により、空集合の存在が保証される
すべての集合は空集合から構成できる!
自然数の構成(フォン・ノイマンの方法):
0 = ∅
1 = {∅} = {0}
2 = {∅, {∅}} = {0, 1}
3 = {∅, {∅}, {∅, {∅}}} = {0, 1, 2}
...
空集合から始まって、すべての自然数を作れる!
🎓 ラッセルのパラドックスとの関係
「自分自身を要素として含まない集合」の集合
→ パラドックスを生む
空集合は?
→ 自分自身を要素として含まない(∅ ∉ ∅)
→ 矛盾なし、安全!
確率論での空集合
🎲 確率と空事象
空事象:起こりえない事象
サイコロの例:
Ω = {1, 2, 3, 4, 5, 6} (全事象)
∅ = 「7が出る」事象 (空事象)
P(∅) = 0 (空事象の確率は0)
P(Ω) = 1 (全事象の確率は1)
🎲 条件付き確率での役割
P(A|B) = P(A ∩ B) / P(B)
もし A ∩ B = ∅ なら:
P(A|B) = 0 / P(B) = 0
「BのもとでAが起こる確率」は0
位相空間論での空集合
🌐 開集合と閉集合
位相の公理:
1. ∅ と全体集合Xは開集合
2. 開集合の任意の和集合は開集合
3. 開集合の有限個の積集合は開集合
空集合は必ず開集合であり、同時に閉集合!
🌐 境界と内部
集合Aに対して:
- 内部 int(∅) = ∅
- 閉包 cl(∅) = ∅
- 境界 ∂(∅) = ∅
空集合はすべての操作で空集合のまま
よくある質問と深い理解

❓ 空集合と無限集合の関係は?
答え:空集合は有限集合
|∅| = 0 (要素数0なので有限)
無限集合の例:
ℕ = {1, 2, 3, ...} (自然数全体)
ℝ = 実数全体
空集合はどんな無限集合の部分集合でもある
❓ 空集合の空集合は?
答え:定義できない
P(∅) = {∅} ← 空集合の冪集合
P(P(∅)) = {∅, {∅}} ← その冪集合
「空集合の空集合」という表現は数学的に不適切
❓ なぜ 0 ÷ 0 は定義されないのに ∅ ⊆ ∅ は真?
答え:論理構造の違い
0 ÷ 0:
どんな数でも成り立つ → 一意に定まらない
∅ ⊆ ∅:
「∅のすべての要素が∅に含まれる」
→ 要素がないので自明に真
→ 論理的に矛盾なし
❓ 空集合は偶数個?奇数個?
答え:偶数個(0は偶数)
|∅| = 0
0 = 2 × 0 なので偶数
応用:
「要素数が偶数個の集合」に∅は含まれる
まとめ:「無」にも構造がある!
空集合、最初は「何もない」だけの概念に見えましたが、 実はこんなに豊かな性質を持っていました。
重要ポイントのおさらい:
✅ 空集合の基本
- 要素を持たない集合
- 記号は ∅ または { }
- 空集合は唯一(1つだけ)
✅ 重要な性質
- すべての集合の部分集合
- 集合演算の単位元的役割
- |∅| = 0, P(∅) = {∅}
✅ よくある間違い
- {∅} ≠ ∅(要素数が違う)
- {0} ≠ ∅(0は要素)
- ∅ ∉ ∅(自分自身を含まない)
✅ 実用的な意味
- 検索結果なし
- 解なし
- 条件を満たすものなし
空集合の哲学的意味:
空集合は「無」を表しますが、 その「無」にも明確な定義と性質があります。
これは数学の美しさの一つ: 存在しないものさえ、厳密に扱える
ゼロの発見が数学を革命的に進歩させたように、 空集合の概念も現代数学の基礎となっています。
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