「微分作用素」という言葉を聞いて、難しそうだなと感じていませんか?
実は、微分作用素は「微分する」という操作を記号で表したものに過ぎません。この記号を使うことで、複雑な微分方程式がすっきりと見やすくなり、計算もしやすくなるんです。
この記事では、微分作用素の基本から実際の使い方まで、順を追って解説していきます。
微分作用素とは何か

微分作用素は、微分という「操作」を一つの記号で表したものです。
普通の微分の書き方
まず、今までの微分の書き方を振り返ってみましょう。
関数 y = f(x) を x で微分するとき、次のように書いていました:
dy/dx, f'(x), df/dx
2回微分する場合は:
d²y/dx², f''(x), d²f/dx²
これらの記号は微分の結果を表していますが、「微分する」という操作そのものを表す記号として扱うこともできるんです。
微分作用素 D の導入
イギリスの物理学者オリバー・ヘヴィサイドは、「微分する」という操作を D という記号で表すことを提案しました。
D = d/dx
この D を「微分作用素」または「微分演算子」と呼びます。
具体的には:
Df(x) = df/dx (f(x) を1回微分する)
Dy = dy/dx (y を1回微分する)
これだけ見ると、今までの書き方と変わらないように思えますね。でも、D を一つの「記号」として扱えることで、色々と便利なことができるようになります。
なぜ作用素というのか
「作用素」という言葉には特別な意味があります。
作用素とは、関数を受け取って別の関数を返す「操作」のこと。つまり、関数から関数への対応を表すものです。
例えば:
- 入力:f(x) = x²
- 微分作用素 D を適用
- 出力:Df(x) = 2x
このように、D は関数 x² を受け取って、その微分である 2x を返します。これが「作用素」と呼ばれる理由です。
微分作用素の記号と表記
微分作用素にはいくつかの表記方法があります。
よく使われる記号
D 記法
D = d/dx
D² = d²/dx²
D³ = d³/dx³
Dⁿ = dⁿ/dxⁿ
これは最も簡潔で、計算でよく使われます。
ライプニッツ記法
d/dx, d²/dx², d³/dx³
微分する変数が明示されるので、多変数の場合に便利です。
プライム記法
D = '(プライム)
f'(x) = Df(x)
f''(x) = D²f(x)
この記法は手書きで便利ですが、高階微分では ‘ が増えて見にくくなります。
何回微分するかを表す
微分作用素を重ね掛けすることで、複数回の微分を表せます:
D²y = D(Dy) = d/dx(dy/dx) = d²y/dx²
D³y = D(D²y) = d³y/dx³
Dⁿy = dⁿy/dxⁿ
D² は「2回微分する」、D³ は「3回微分する」という操作を表します。これは D の2乗、3乗…と考えることができます。
偏微分作用素
複数の変数を持つ関数の場合、偏微分作用素を使います:
∂/∂x, ∂/∂y, ∂/∂z
または:
Dₓ = ∂/∂x
Dᵧ = ∂/∂y
Dᵤ = ∂/∂z
これらは、どの変数で偏微分するかを明示しています。
微分作用素の基本的な性質
微分作用素は、いくつかの重要な性質を持っています。
線形性
微分作用素は線形作用素です。つまり、次の2つの性質を満たします。
性質1:定数倍を外に出せる
D(cf(x)) = c·Df(x) (c は定数)
例:
D(3x²) = 3·D(x²) = 3·2x = 6x
定数3を微分作用素 D の前に出せます。
性質2:和の微分は微分の和
D(f(x) + g(x)) = Df(x) + Dg(x)
例:
D(x² + sin x) = D(x²) + D(sin x) = 2x + cos x
これらの性質があるので、D を「代数的に」扱えるようになります。
分配法則が使える
線形性から、次のような分配法則が成り立ちます:
(D² + 3D - 2)y = D²y + 3Dy - 2y
これは、D を普通の文字のように扱って展開できることを意味します。
定数との可換性
定数 c と微分作用素 D は順番を入れ替えられます:
D(cy) = cDy
ただし、これは c が定数の場合のみです。c が x の関数の場合は、積の微分法則が適用されます。
変数との非可換性
重要な注意点:D と変数 x は順番を入れ替えられません。
例えば:
D(xy) ≠ xDy
実際に計算すると:
D(xy) = y + xDy (積の微分法則)
一方:
xDy = xDy
これらは等しくないので:
Dx ≠ xD
より正確には:
Dx = xD + 1
この関係式は、物理学、特に量子力学で重要な役割を果たします。
微分作用素を使った計算例

具体的な例を通して、微分作用素の使い方を見ていきましょう。
例1:基本的な微分
f(x) = x³ に D を適用してみます。
Df(x) = D(x³) = 3x²
2回微分する場合:
D²f(x) = D(Df(x)) = D(3x²) = 6x
3回微分する場合:
D³f(x) = D(D²f(x)) = D(6x) = 6
例2:作用素の多項式
次の作用素を考えます:
(D² - 4D + 3)
これを y = e²ˣ に適用してみましょう。
まず、各項を計算します:
Dy = D(e²ˣ) = 2e²ˣ
D²y = D(2e²ˣ) = 4e²ˣ
したがって:
(D² - 4D + 3)y = D²y - 4Dy + 3y
= 4e²ˣ - 4(2e²ˣ) + 3e²ˣ
= 4e²ˣ - 8e²ˣ + 3e²ˣ
= -e²ˣ
例3:指数関数の性質
指数関数 eᵃˣ には特別な性質があります:
D(eᵃˣ) = aeᵃˣ
これより:
D²(eᵃˣ) = a²eᵃˣ
D³(eᵃˣ) = a³eᵃˣ
一般に:
Dⁿ(eᵃˣ) = aⁿeᵃˣ
したがって、多項式作用素 P(D) = aₙDⁿ + … + a₁D + a₀ に対して:
P(D)(eᵃˣ) = P(a)eᵃˣ
この性質は、微分方程式を解く際に非常に有用です。
例4:三角関数への適用
y = sin x に対して:
Dy = cos x
D²y = -sin x
D³y = -cos x
D⁴y = sin x
4回微分すると元に戻るパターンが見えますね。
微分方程式への応用
微分作用素の最も重要な応用は、微分方程式を解くことです。
微分方程式を作用素で表す
例えば、次の微分方程式を考えます:
y'' - 3y' + 2y = 0
微分作用素 D を使うと:
D²y - 3Dy + 2y = 0
これを因数分解すると:
(D² - 3D + 2)y = 0
(D - 1)(D - 2)y = 0
特性方程式
作用素を普通の変数のように扱って、特性方程式を立てます:
(r - 1)(r - 2) = 0
r² - 3r + 2 = 0
これを解くと:
r = 1, 2
一般解
特性方程式の解 r₁ = 1, r₂ = 2 から、微分方程式の一般解は:
y = Ae^x + Be^(2x)
(A, B は任意定数)
このように、微分作用素を使うことで、微分方程式が代数方程式のように扱えるようになります。
例:2階定数係数線形微分方程式
一般的な形:
ay'' + by' + cy = 0
作用素表記:
(aD² + bD + c)y = 0
特性方程式:
ar² + br + c = 0
場合1:実数の異なる解 r₁, r₂
一般解:
y = Ae^(r₁x) + Be^(r₂x)
場合2:重解 r(r₁ = r₂ = r)
一般解:
y = (A + Bx)e^(rx)
場合3:複素数解 α ± βi
一般解:
y = e^(αx)(A cos(βx) + B sin(βx))
非同次方程式
非同次方程式:
(D² - 3D + 2)y = e^x
この場合、一般解は次の形になります:
y = (一般解:同次方程式の解) + (特殊解:非同次方程式の1つの解)
特殊解を求める方法も、微分作用素を使うと系統的に行えます。
重要な微分作用素の例
数学や物理学でよく使われる微分作用素を紹介します。
ラプラス作用素(ラプラシアン)
2次元の場合:
Δ = ∂²/∂x² + ∂²/∂y²
3次元の場合:
Δ = ∂²/∂x² + ∂²/∂y² + ∂²/∂z²
ラプラス作用素は、物理学で非常に重要です。熱伝導方程式、波動方程式、シュレーディンガー方程式など、多くの偏微分方程式に現れます。
オイラー作用素
Θ = x·d/dx = xD
オイラー作用素は、斉次多項式に対して特別な性質を持ちます。
例えば、n次斉次多項式 f(x) に対して:
Θf(x) = nf(x)
ナブラ作用素(勾配)
∇ = (∂/∂x, ∂/∂y, ∂/∂z)
ナブラ(デル)作用素は、ベクトル微分演算子です。
スカラー場 φ に作用させると勾配(gradient):
∇φ = (∂φ/∂x, ∂φ/∂y, ∂φ/∂z)
ベクトル場に内積で作用させると発散(divergence):
∇·F = ∂Fₓ/∂x + ∂Fᵧ/∂y + ∂Fᵤ/∂z
ベクトル場に外積で作用させると回転(curl):
∇×F = (∂Fᵤ/∂y - ∂Fᵧ/∂z, ∂Fₓ/∂z - ∂Fᵤ/∂x, ∂Fᵧ/∂x - ∂Fₓ/∂y)
これらは、ベクトル解析や電磁気学で頻繁に使われます。
偏微分作用素
複数の変数を持つ関数の場合、偏微分作用素を使います。
基本的な偏微分作用素
x と y の2変数関数 f(x,y) に対して:
Dₓ = ∂/∂x (x に関する偏微分)
Dᵧ = ∂/∂y (y に関する偏微分)
高階偏微分作用素
Dₓ² = ∂²/∂x²
Dᵧ² = ∂²/∂y²
DₓDᵧ = ∂²/∂x∂y
偏微分作用素の可換性
重要な性質:異なる変数に関する偏微分は順序を入れ替えられます。
DₓDᵧf = DᵧDₓf
つまり:
∂²f/∂x∂y = ∂²f/∂y∂x
これは「クレローの定理」(または「シュワルツの定理」)として知られています。
ただし、この等式が成り立つには、関数 f が十分に滑らか(2回連続微分可能)である必要があります。
例:2変数関数への適用
f(x,y) = x²y³ に対して:
Dₓf = 2xy³
Dᵧf = 3x²y²
Dₓ²f = 2y³
Dᵧ²f = 6x²y
DₓDᵧf = 6xy²
DᵧDₓf = 6xy² (DₓDᵧf と同じ)
一般的な偏微分作用素の形
多変数の偏微分作用素は、一般に次の形で書けます:
L = Σ aₐ(x)Dᵅ
ここで:
- α = (α₁, α₂, …, αₙ) は多重指数
- Dᵅ = Dₓ₁^α₁ Dₓ₂^α₂ … Dₓₙ^αₙ
- aₐ(x) は係数関数
この記法を「多重指数表記」と呼びます。
物理学での応用
微分作用素は、物理学で広く使われています。
量子力学
量子力学では、物理量が演算子(作用素)として表されます。
運動量演算子
p̂ = -iℏ·d/dx = -iℏD
(ℏ:ディラック定数、i:虚数単位)
エネルギー演算子(ハミルトニアン)
Ĥ = -ℏ²/2m·∇² + V(x)
シュレーディンガー方程式:
Ĥψ = Eψ
これは微分作用素の固有値問題として定式化されます。
電磁気学
マクスウェル方程式は、ナブラ作用素を使って簡潔に表せます。
ガウスの法則
∇·E = ρ/ε₀
ファラデーの法則
∇×E = -∂B/∂t
アンペールの法則
∇×B = μ₀J + μ₀ε₀·∂E/∂t
流体力学
ナビエ・ストークス方程式も微分作用素を使って表されます:
∂v/∂t + (v·∇)v = -1/ρ·∇p + ν∇²v + f
ここで:
- v:速度場
- p:圧力
- ρ:密度
- ν:動粘度
- f:外力
微分作用素の代数的構造
数学的に深く見ると、微分作用素は興味深い代数構造を持っています。
作用素環
定数係数を持つ微分作用素全体は、一つの「環」を作ります。
環では、足し算と掛け算ができます:
(D² + 3D) + (2D² - D) = 3D² + 2D (足し算)
(D + 1)(D - 2) = D² - D - 2 (掛け算)
ただし、この環は可換ではありません(掛け算の順序で結果が変わる場合があります)。
ワイル代数
多項式係数を持つ微分作用素全体は、「ワイル代数」と呼ばれる代数系を形成します。
ワイル代数では、次の基本的な交換関係が成り立ちます:
Dx - xD = 1
または:
[D, x] = 1
([ , ] は交換子と呼ばれる演算)
この関係式は、量子力学の正準交換関係の基礎となっています。
微分作用素を使うメリット
なぜ微分作用素を使うのでしょうか?そのメリットをまとめてみます。
記法が簡潔になる
複雑な微分方程式も、作用素記法を使うと見やすくなります。
例:
従来:y''' - 3y'' + 3y' - y = e^x
作用素:(D³ - 3D² + 3D - 1)y = e^x
因数分解ができる
多項式のように因数分解できます:
D³ - 3D² + 3D - 1 = (D - 1)³
これにより、方程式を段階的に解けます。
代数的な操作が可能
作用素を代数的に扱えるので、方程式の変形や解法が系統的になります。
線形代数との対応
微分作用素は、無限次元の線形変換と見なせます。線形代数の理論が応用できるんです。
一般化がしやすい
作用素の概念は、関数解析など、より高度な数学への一般化の出発点となります。
注意すべき点
微分作用素を使う際の注意点もあります。
可換性に注意
D と x は順序を入れ替えられないことを忘れないようにしましょう:
Dx ≠ xD
定義域の問題
すべての関数が微分可能とは限りません。微分作用素が作用できる関数の範囲(定義域)に注意が必要です。
形式的な操作と厳密な理論
微分作用素を代数的に扱う操作は、多くの場合「形式的」です。厳密な数学的正当化には、関数解析の理論が必要になります。
しかし、物理学や工学の応用では、この形式的な扱いで十分な場合が多いです。
まとめ
微分作用素は、微分という操作を記号で表現したものです。
この記事のポイント
- 微分作用素 D は「微分する」という操作を表す記号
- D = d/dx、D² = d²/dx² のように表記する
- 線形性を持ち、分配法則が使える
- 微分方程式を代数方程式のように扱える
- ラプラス作用素、ナブラ作用素など、重要な作用素が多数存在
- 物理学(量子力学、電磁気学など)で広く使われる
- D と変数 x は可換でないことに注意
微分作用素は、最初は抽象的に感じるかもしれません。でも、慣れてくると微分方程式の見通しが良くなり、計算も楽になります。
大学の微分方程式、関数解析、量子力学などを学ぶ際には必須の概念なので、しっかり身につけておきましょう。

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