はじめに – ダランベールの公式って何?

ダランベールの公式(d’Alembert’s formula)は、波動方程式の解を表す数学の公式です。
「波動方程式」と聞くと難しそうに感じるかもしれませんが、これは音波、光、水面の波、地震波など、私たちの周りにある「波」の動きを数式で表したものなんです。
ダランベールの公式は、18世紀フランスの数学者・物理学者であるジャン・ル・ロン・ダランベール(Jean le Rond d’Alembert, 1717-1783)が発見しました。
この記事では、数学が苦手な人でも理解できるよう、ダランベールの公式について基本から丁寧に解説していきます。
波動方程式とは?- 波の動きを表す式
ダランベールの公式を理解するには、まず波動方程式を知る必要があります。
1次元波動方程式
最もシンプルな1次元波動方程式は、以下のように書かれます:
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} = c^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}
$$
記号の意味:
- $u(x, t)$:位置 $x$、時刻 $t$ における波の高さ(変位)
- $x$:空間の位置
- $t$:時間
- $c$:波の伝播速度(波が進む速さ)
- $\frac{\partial}{\partial t}$:時間に関する偏微分
- $\frac{\partial}{\partial x}$:空間に関する偏微分
イメージしやすい例
例1:弦の振動
ギターやバイオリンの弦を弾いたときの振動が、まさにこの波動方程式に従います。
- $x$:弦上の位置
- $t$:時間
- $u(x, t)$:その位置・時刻における弦の上下の変位
- $c$:波が弦上を伝わる速度
例2:水面の波
池に石を投げたときにできる波紋も、1次元に単純化すれば波動方程式で表せます。
波動方程式が表すこと
この方程式は以下を意味しています:
「ある場所の加速度(時間による2階微分)は、その場所の曲率(空間による2階微分)に比例する」
つまり:
- 波がより急に曲がっている場所ほど、より強く加速される
- これによって波が伝わっていく
ダランベールの一般解 – 波の基本形
一般解の形
ダランベールは、1次元波動方程式の一般解が以下の形で表されることを発見しました:
$$
u(x, t) = f(x – ct) + g(x + ct)
$$
ここで:
- $f$:任意の関数(右向きに進む波)
- $g$:任意の関数(左向きに進む波)
何を意味しているの?
この式は、波動方程式の解が2つの進行波の重ね合わせであることを示しています。
$f(x – ct)$の意味:
- 時間が経つと $(x – ct)$ の値が小さくなる
- つまり、同じ波形が正の $x$ 方向(右向き)に進む
- 速度は $c$
$g(x + ct)$の意味:
- 時間が経つと $(x + ct)$ の値が大きくなる
- つまり、同じ波形が負の $x$ 方向(左向き)に進む
- 速度は $c$
具体例で理解しよう
例:三角形の波
$t = 0$ のとき、$x = 0$ を中心に三角形の波があったとします。
右向きに進む波だけの場合 $(g = 0)$:
- $t = 1$ では、中心が $x = c$ に移動
- $t = 2$ では、中心が $x = 2c$ に移動
- 波形は変わらず、ただ右に移動するだけ
左向きに進む波だけの場合 $(f = 0)$:
- $t = 1$ では、中心が $x = -c$ に移動
- $t = 2$ では、中心が $x = -2c$ に移動
- 波形は変わらず、ただ左に移動するだけ
両方ある場合:
- 右向きと左向きの波が重なり合って見える
- これが実際の波の動き
ダランベールの公式 – 初期条件から解を求める

一般解は分かりましたが、実際の問題では「最初にどんな波があったか」という初期条件が与えられます。
初期値問題
以下のような問題を考えます:
波動方程式:
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} = c^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}
$$
初期条件:
- $u(x, 0) = u_0(x)$:時刻 $t = 0$ での波の形
- $\frac{\partial u}{\partial t}(x, 0) = u_1(x)$:時刻 $t = 0$ での波の速度
ダランベールの公式
この初期値問題の解は、以下のダランベールの公式で与えられます:
$$
u(x, t) = \frac{1}{2}[u_0(x – ct) + u_0(x + ct)] + \frac{1}{2c}\int_{x-ct}^{x+ct} u_1(\xi) d\xi
$$
公式の意味を分解しよう
この公式は2つの項からなっています。
第1項:初期形状の寄与
$$
\frac{1}{2}[u_0(x – ct) + u_0(x + ct)]
$$
意味:
- 最初の波の形 $u_0(x)$ が、左右に分かれて進んでいく
- 右向きに進む成分:$\frac{1}{2}u_0(x – ct)$
- 左向きに進む成分:$\frac{1}{2}u_0(x + ct)$
- 両方足し合わせる
具体例:
もし $t = 0$ で山型の波があったら:
- その山は半分の高さに分かれて
- 一方は右に、もう一方は左に進んでいく
第2項:初速度の寄与
$$
\frac{1}{2c}\int_{x-ct}^{x+ct} u_1(\xi) d\xi
$$
意味:
- 最初の速度 $u_1(x)$ による影響
- 範囲 $[x – ct, x + ct]$ での $u_1$ の積分
- $2c$ で割る
具体例:
もし $t = 0$ で波の形は平らだけど、一部が上向きに動いていたら:
- その運動エネルギーが波を作る
- 時間とともに波が成長していく
特殊な場合
ケース1:初速度がゼロ $(u_1 = 0)$
初期形状だけがあって、最初は静止している場合:
$$
u(x, t) = \frac{1}{2}[u_0(x – ct) + u_0(x + ct)]
$$
- 最初の形が左右に半分ずつ分かれて進む
- 非常にシンプル
ケース2:初期形状がゼロ $(u_0 = 0)$
最初は平らで、初速度だけがある場合:
$$
u(x, t) = \frac{1}{2c}\int_{x-ct}^{x+ct} u_1(\xi) d\xi
$$
- 初速度から徐々に波が形成される
公式の導出 – どうやって証明するの?
数学的に厳密な導出を、できるだけ分かりやすく説明します。
方法1:変数変換による導出
ステップ1:新しい変数を導入
以下の変数変換を行います:
$$
\begin{cases}
\xi = x – ct \
\eta = x + ct
\end{cases}
$$
逆変換:
$$
\begin{cases}
x = \frac{\xi + \eta}{2} \
t = \frac{\eta – \xi}{2c}
\end{cases}
$$
ステップ2:偏微分を変換
連鎖律を使って、$(x, t)$ による微分を $(\xi, \eta)$ による微分に書き換えます。
$$
\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial u}{\partial \xi}\frac{\partial \xi}{\partial x} + \frac{\partial u}{\partial \eta}\frac{\partial \eta}{\partial x} = \frac{\partial u}{\partial \xi} + \frac{\partial u}{\partial \eta}
$$
$$
\frac{\partial u}{\partial t} = \frac{\partial u}{\partial \xi}\frac{\partial \xi}{\partial t} + \frac{\partial u}{\partial \eta}\frac{\partial \eta}{\partial t} = -c\frac{\partial u}{\partial \xi} + c\frac{\partial u}{\partial \eta}
$$
ステップ3:2階微分を計算
同様に計算すると:
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial x^2} = \frac{\partial^2 u}{\partial \xi^2} + 2\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} + \frac{\partial^2 u}{\partial \eta^2}
$$
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} = c^2\left(\frac{\partial^2 u}{\partial \xi^2} – 2\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} + \frac{\partial^2 u}{\partial \eta^2}\right)
$$
ステップ4:波動方程式に代入
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} = c^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}
$$
に代入すると:
$$
c^2\left(\frac{\partial^2 u}{\partial \xi^2} – 2\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} + \frac{\partial^2 u}{\partial \eta^2}\right) = c^2\left(\frac{\partial^2 u}{\partial \xi^2} + 2\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} + \frac{\partial^2 u}{\partial \eta^2}\right)
$$
整理すると:
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} = 0
$$
驚くほど簡単になりました!
ステップ5:解を求める
$\frac{\partial^2 u}{\partial \xi \partial \eta} = 0$ は、まず $\eta$ で積分すると:
$$
\frac{\partial u}{\partial \xi} = h(\xi)
$$
($h(\xi)$ は $\xi$ だけの任意関数)
さらに $\xi$ で積分すると:
$$
u = \int h(\xi) d\xi + g(\eta) = f(\xi) + g(\eta)
$$
($f, g$ は任意関数)
元の変数に戻すと:
$$
u(x, t) = f(x – ct) + g(x + ct)
$$
これがダランベールの一般解です!
方法2:因数分解による導出
波動方程式を因数分解する方法もあります:
$$
\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} – c^2\frac{\partial^2 u}{\partial x^2} = \left(\frac{\partial}{\partial t} – c\frac{\partial}{\partial x}\right)\left(\frac{\partial}{\partial t} + c\frac{\partial}{\partial x}\right)u = 0
$$
この形から、2つの1階微分方程式に分解できることが分かります。
ダランベールの公式の物理的意味

波の伝播の様子
ダランベールの公式は、波がどのように伝わっていくかを正確に表しています。
重要なポイント:
- 情報の伝達速度
- 時刻 $t$ における点 $x$ の状態は、$x – ct$ から $x + ct$ までの初期状態にのみ依存
- この範囲を「影響領域」と呼ぶ
- 情報は速度 $c$ で伝わる
- 波の分裂
- 初期形状は左右に分かれて進む
- 各半分の振幅は元の半分
- 初速度の効果
- 初速度は広がりながら波を形成
- 積分項がその効果を表す
重ね合わせの原理
ダランベールの公式は、重ね合わせの原理が成り立つことを示しています。
つまり:
- 2つの解 $u_1$ と $u_2$ があれば
- その線形結合 $c_1 u_1 + c_2 u_2$ も解
- これは波動方程式が線形だから
エネルギーの保存
波動方程式は、エネルギーが保存されることも示しています。
弦のエネルギー:
- 運動エネルギー:$\frac{1}{2}\rho\left(\frac{\partial u}{\partial t}\right)^2$
- 位置エネルギー:$\frac{1}{2}T\left(\frac{\partial u}{\partial x}\right)^2$
($\rho$:線密度、$T$:張力)
ダランベールの解では、このエネルギーの総和が時間によらず一定に保たれます。
具体例で理解を深めよう
例1:静止した三角形の波
初期条件:
$$
u_0(x) = \begin{cases}
1 – |x| & (|x| \le 1) \
0 & (|x| > 1)
\end{cases}
$$
$$
u_1(x) = 0
$$
解:
$$
u(x, t) = \frac{1}{2}[u_0(x – ct) + u_0(x + ct)]
$$
時間発展:
- $t = 0$:原点に高さ1の三角形
- $t > 0$:三角形が2つに分裂し、高さが半分(0.5)になって左右に進む
- $t = 1/c$:2つの三角形は $x = \pm 1$ に中心がある
- $t \to \infty$:2つの三角形は離れ離れになる
例2:初速度だけがある場合
初期条件:
$$
u_0(x) = 0
$$
$$
u_1(x) = \begin{cases}
v_0 & (|x| \le a) \
0 & (|x| > a)
\end{cases}
$$
(ある範囲だけ上向きの速度がある)
解:
$$
u(x, t) = \frac{1}{2c}\int_{x-ct}^{x+ct} u_1(\xi) d\xi
$$
時間発展:
- $t = 0$:平らだが、$|x| \le a$ で上向きの速度
- $t$ が小さいとき:台形状の波が現れ始める
- $t$ が大きくなると:2つの長方形状の波が左右に離れていく
- 高さは $\frac{v_0 a}{c}$ に近づく
例3:正弦波の初期形状
初期条件:
$$
u_0(x) = A \sin(kx)
$$
$$
u_1(x) = 0
$$
解:
$$
u(x, t) = \frac{A}{2}[\sin(k(x – ct)) + \sin(k(x + ct))]
$$
三角関数の公式を使うと:
$$
u(x, t) = A \sin(kx)\cos(kct)
$$
意味:
- これは「定在波」と呼ばれる
- 場所によって振幅が異なる
- すべての点が同位相で振動する
応用例 – ダランベールの公式はどこで使われる?

1. 音響学
楽器の音:
- ギター、バイオリンなどの弦楽器
- 管楽器の空気柱振動
- 弦や空気柱の振動がダランベールの公式に従う
応用:
- 楽器の設計
- 音色の解析
- 共鳴現象の理解
2. 地震波の伝播
地震学:
- P波(縦波)とS波(横波)の伝播
- 地球内部構造の推定
- 地震予測システム
特徴:
- 地震波の到達時間の計算
- 震源の位置推定
3. 電磁波
マクスウェル方程式:
- 真空中の電磁波も波動方程式に従う
- 光の伝播を記述
- 速度 $c$ は光速
応用:
- 無線通信
- 光ファイバー
- アンテナ設計
4. 量子力学
シュレーディンガー方程式:
- 波動関数の時間発展
- 自由粒子の運動
(ただし、量子力学の波動方程式は複素数を含み、やや異なる)
5. 工学
構造力学:
- 橋やビルの振動解析
- 地震対策
- 振動制御
流体力学:
- 水面波
- 津波の伝播予測
ダランベールの公式の限界と拡張
限界
1. 1次元のみ
- ダランベールの公式は1次元波動方程式の解
- 2次元、3次元では別の方法が必要
2. 無限領域
- 境界がない場合の解
- 有限領域では別の解法(フーリエ級数など)
3. 線形波のみ
- 非線形波動方程式には適用できない
- 実際の波は非線形効果を持つことも
高次元への拡張
2次元の場合:
- ポアソンの公式(Poisson’s formula)を使う
- より複雑な積分形式
3次元の場合:
- キルヒホッフの公式(Kirchhoff’s formula)を使う
- 球面平均を含む
非線形波動方程式
実際の波には、しばしば非線形効果があります:
例:
- ソリトン(孤立波)
- 衝撃波
- 津波の浅海域での変形
これらには、ダランベールの公式は直接適用できず、数値計算などの方法が必要です。
まとめ – ダランベールの公式のエッセンス
ダランベールの公式について、詳しく解説してきました。
重要ポイントのおさらい
1. ダランベールの一般解
$$
u(x, t) = f(x – ct) + g(x + ct)
$$
- 波動方程式の一般解
- 右向きと左向きの進行波の重ね合わせ
- $f, g$ は任意の関数
2. ダランベールの公式(初期値問題)
$$
u(x, t) = \frac{1}{2}[u_0(x – ct) + u_0(x + ct)] + \frac{1}{2c}\int_{x-ct}^{x+ct} u_1(\xi) d\xi
$$
- 初期条件 $u_0, u_1$ から解を求める公式
- 第1項:初期形状の寄与
- 第2項:初速度の寄与
3. 物理的意味
- 波が速度 $c$ で左右に伝播
- 情報は有限の速度で伝わる
- エネルギーが保存される
4. 応用分野
- 音響学(楽器、音波)
- 地震学(地震波)
- 電磁気学(電磁波、光)
- 量子力学(波動関数)
- 工学(振動、構造解析)
ダランベールの公式の美しさ
ダランベールの公式は、以下の点で数学的に美しい:
- シンプルな形
- 複雑な偏微分方程式が、シンプルな公式で解ける
- 物理的直感と一致
- 数式が「波が左右に進む」という直感を正確に表現
- 解の一意性
- 初期条件が与えられれば、解が一意に決まる
- 計算可能性
- 具体的な初期条件に対して、実際に解が計算できる
最後に:
ダランベールの公式は、18世紀に発見されてから現在まで、数学・物理学・工学の基礎として重要な役割を果たし続けています。
一見複雑に見える波の動きが、シンプルな数式で表現できるという事実は、自然法則の美しさと数学の力を示す素晴らしい例です。
この記事を通じて、ダランベールの公式の本質を理解していただけたら幸いです!


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