「正則関数って何だろう?」
数学を学んでいると、複素解析という分野でこの言葉に出会うことがあります。
正則関数は、複素解析において最も重要な概念の一つで、非常に美しい性質を持つ特別な関数です。
今回は、正則関数について、複素数の基本から丁寧に解説していきます。
正則関数の基本的な定義

正則関数(せいそくかんすう)とは、複素関数のうち、対象とする領域内のすべての点で微分可能な関数のことです。
英語では「holomorphic function」または「analytic function」と呼ばれます。
複素関数とは?
正則関数を理解するには、まず複素関数が何かを知る必要があります。
複素関数は、複素数を入力として受け取り、複素数を出力する関数です。
例えば、f(z) = z²という関数では、zが複素数で、その答えも複素数になります。
複素数の復習
複素数は「a + bi」の形で表される数です。
ここで、aは実部、bは虚部、iは虚数単位(i² = -1)を表します。
例えば、3 + 2iという複素数では、実部が3、虚部が2です。
正則関数の正確な定義
より正確に言うと、正則関数は次のように定義されます。
1点における微分可能性
複素関数f(z)が点aで微分可能であるとは、次の極限が存在することです。
f'(a) = lim[h→0] {f(a+h) – f(a)} / h
ここで、hは複素数で0に近づきます。
この極限値をf(z)の点aにおける微分係数と呼びます。
正則性の定義
複素関数f(z)が、領域D内のすべての点で微分可能であるとき、「f(z)は領域D上で正則である」と言います。
正則 = 領域内のどの点でも微分可能
このシンプルな定義が、驚くほど強力な性質を関数に与えるんです。
正則関数の驚くべき性質
正則関数には、実数の関数では考えられないような強力な性質があります。
性質1:無限回微分可能
正則関数の最も驚くべき性質は、1回微分可能なら無限回微分可能ということです。
実数の関数では、1回微分できても2回目は微分できない関数があります。
しかし、複素関数が正則であれば、何回でも微分できるんです。
f(z)が正則 → f'(z)も正則 → f”(z)も正則 → f”'(z)も正則 → …
これは、実関数とは全く異なる複素関数の特徴です。
性質2:解析関数と同値
正則関数は、常に冪級数展開(テイラー展開)ができます。
つまり、正則関数f(z)は、任意の点aの周りで次のように表せます。
f(z) = a₀ + a₁(z-a) + a₂(z-a)² + a₃(z-a)³ + …
この性質から、正則関数と解析関数は完全に同じものだと言えます。
実関数では、微分可能でも冪級数展開できない関数がありますが、複素関数ではそのようなことは起こりません。
性質3:調和関数との関係
正則関数f(z) = u(x,y) + iv(x,y)を実部u(x,y)と虚部v(x,y)に分けると、それぞれが調和関数になります。
調和関数は、ラプラス方程式を満たす関数のことです。
これは、物理学や工学で非常に重要な性質なんです。
性質4:コーシー・リーマンの方程式
正則関数の実部uと虚部vは、コーシー・リーマンの方程式と呼ばれる特別な関係を満たします。
∂u/∂x = ∂v/∂y
∂u/∂y = -∂v/∂x
これは、関数が正則かどうかを判定するための重要な条件です。
逆に、u(x,y)とv(x,y)が連続な偏微分を持ち、コーシー・リーマンの方程式を満たせば、f(z) = u(x,y) + iv(x,y)は正則になります。
実関数の微分可能性との違い

正則性(複素微分可能性)は、実関数の微分可能性とは大きく異なります。
実関数の微分
実関数f(x)が点aで微分可能とは、次の極限が存在することです。
f'(a) = lim[h→0] {f(a+h) – f(a)} / h
ここで、hは実数で、左右(1次元)からしか近づけません。
複素関数の微分
複素関数の微分では、hは複素数です。
複素平面上のあらゆる方向から近づいても、同じ極限値にならなければいけません
実軸方向から近づいても、虚軸方向から近づいても、斜めから近づいても、どの方向から近づいても同じ値になる必要があります。
なぜこんなに条件が厳しいのか?
実数の場合は、1次元なので「左から」と「右から」の2方向しかありません。
しかし、複素数の場合は2次元平面なので、無限に多くの方向があります。
この全ての方向で微分係数が一致する必要があるため、正則性は非常に強い条件なんです。
正則関数の具体例
どんな関数が正則なのか、具体例を見てみましょう。
例1:多項式関数
f(z) = z²のような多項式関数は、複素平面全体で正則です。
z = x + iyとすると、
f(z) = (x + iy)² = x² – y² + 2xyi
実部:u(x,y) = x² – y²
虚部:v(x,y) = 2xy
これがコーシー・リーマンの方程式を満たすことは、簡単に確認できます。
∂u/∂x = 2x = ∂v/∂y ✓
∂u/∂y = -2y = -∂v/∂x ✓
一般に、すべての多項式関数は正則です。
例2:指数関数
複素数の指数関数e^zも正則です。
オイラーの公式により、
e^z = e^x(cos y + i sin y)
この関数も複素平面全体で正則になります。
例3:三角関数
複素数の三角関数sin z、cos zも正則です。
これらは指数関数を使って定義できます。
sin z = (e^(iz) – e^(-iz)) / (2i)
cos z = (e^(iz) + e^(-iz)) / 2
例4:対数関数
複素対数関数log zも、適切な領域で正則になります。
ただし、原点や負の実軸を含む領域では注意が必要です。
正則でない関数の例

すべての複素関数が正則というわけではありません。
例1:複素共役
f(z) = z̄(複素共役)は、正則ではありません。
z = x + iyのとき、z̄ = x – iy
これをu(x,y) + iv(x,y)の形で表すと、
u(x,y) = x
v(x,y) = -y
コーシー・リーマンの方程式を確認すると、
∂u/∂x = 1
∂v/∂y = -1
∂u/∂x ≠ ∂v/∂yなので、コーシー・リーマンの方程式を満たしません。
したがって、複素共役は正則ではないのです。
例2:絶対値
f(z) = |z|(絶対値)も正則ではありません。
|z| = √(x² + y²)は実数値関数です。
実は、実数値の正則関数は定数関数のみという定理があります。
|z|は定数ではないので、正則ではありません。
例3:偏角
arg(z)(偏角)も正則ではありません。
これも実数値関数なので、定数でない限り正則にはなりません。
整関数と有理型関数
正則関数の中でも、特別な種類があります。
整関数
整関数(せいかんすう)は、複素平面全体で正則な関数のことです。
英語では「entire function」と呼ばれます。
整関数の例
- 多項式関数:z、z²、z³ + 2z + 1など
- 指数関数:e^z
- 三角関数:sin z、cos z
これらは、複素平面のどこでも微分可能です。
有理型関数
有理型関数(ゆうりがたかんすう)は、正則関数の商として表される関数です。
英語では「meromorphic function」と呼ばれます。
例えば、f(z) = 1/zは、z = 0以外の点で正則です。
このような、いくつかの点(極と呼ばれる)を除いて正則な関数が有理型関数です。
正則関数の重要な定理
正則関数には、いくつもの重要な定理があります。
コーシーの積分定理
正則関数の閉曲線に沿った線積分は0になるという定理です。
これは複素解析の基本定理の一つで、多くの結果がここから導かれます。
コーシーの積分公式
正則関数の値は、その点を囲む曲線上での積分で表せるという驚くべき定理です。
つまり、曲線上での関数の値がわかれば、内部の値がすべて決まってしまうのです。
リウヴィルの定理
複素平面全体で有界な正則関数は定数関数のみという定理です。
実関数では、sin xのように有界で定数でない関数がたくさんあります。
しかし、複素関数の世界では、そのような関数は存在しません。
これは正則性がいかに強い条件かを示しています。
最大値の原理
正則関数の絶対値が領域内で最大値を取れば、その関数は定数であるという定理です。
言い換えると、正則関数の絶対値の最大値は、必ず領域の境界で達成されます。
一致の定理
2つの正則関数が、ある収束する点列で一致すれば、領域全体で一致するという定理です。
これは、正則関数を決定するには、わずかな点での値を知れば十分ということを意味します。
正則関数の応用
正則関数は、純粋数学だけでなく、様々な分野で応用されています。
物理学での応用
流体力学や電磁気学で、複素ポテンシャルとして使われます。
正則関数の実部と虚部が調和関数になる性質が、物理現象の記述に役立つんです。
工学での応用
信号処理や制御理論で、ラプラス変換やZ変換に関連して使われます。
安定性の解析などで、正則性が重要な役割を果たします。
数論での応用
リーマンゼータ関数など、数論で重要な関数の多くは正則関数です。
素数の分布を研究する際に、複素解析の手法が使われます。
留数積分
留数積分は、正則関数の特異点の情報を使って、実関数の積分を計算する技法です。
一見計算が難しそうな実関数の積分が、複素解析の手法で簡単に計算できることがあります。
正則関数を学ぶ意義
なぜ正則関数を学ぶ必要があるのでしょうか?
数学の美しさ
正則関数は、数学の中でも特に美しい理論の一つです。
1回微分可能なら無限回微分可能、微分可能なら解析的、といった驚くべき性質の連鎖は、数学の美しさを象徴しています。
問題解決の強力な道具
複素解析の手法は、実関数だけでは解けない問題を解く強力な道具です。
実数の問題でも、複素数の世界に持ち込むことで、簡単に解決できることがあります。
様々な分野への橋渡し
正則関数の理論は、幾何学、代数学、解析学、物理学など、多くの分野を結びつけます。
これを学ぶことで、数学や物理学の様々な分野への理解が深まります。
正則関数を理解するための次のステップ
正則関数をさらに深く理解するには、以下のトピックを学ぶと良いでしょう。
複素数平面の基礎
複素数の四則演算、極形式、オイラーの公式などをしっかり理解しましょう。
これらは正則関数を学ぶための基礎となります。
複素関数の連続性
関数が連続であることの定義を、複素数の場合で理解しましょう。
実数の場合と似ていますが、複素平面上での距離の考え方が重要です。
偏微分の基礎
コーシー・リーマンの方程式を理解するには、偏微分の知識が必要です。
実2変数関数の偏微分をしっかり学びましょう。
線積分の概念
複素関数の積分(線積分)は、実関数の積分とは異なる性質を持ちます。
コーシーの積分定理を理解するには、線積分の知識が必要です。
まとめ:正則関数の本質を理解しよう
正則関数について、重要なポイントをまとめます。
正則関数の定義
正則関数とは、複素関数のうち、対象とする領域内のすべての点で微分可能な関数です。英語ではholomorphic functionまたはanalytic functionと呼ばれます。
複素微分可能性の特徴
複素関数の微分では、複素平面上のあらゆる方向から近づいても同じ極限値にならなければいけません。これは実関数の微分よりもはるかに強い条件です。
正則関数の驚くべき性質
1回微分可能なら無限回微分可能、微分可能なら冪級数展開可能(解析的)、実部と虚部が調和関数になる、コーシー・リーマンの方程式を満たす、などの強力な性質を持ちます。
実関数との違い
実関数では、1回微分できても2回目は微分できない関数や、微分可能でも冪級数展開できない関数がありますが、正則な複素関数にはそのようなことは起こりません。
正則関数の例
多項式関数、指数関数e^z、三角関数sin z・cos z、適切な領域での対数関数log zなどがあります。整関数は複素平面全体で正則な関数です。
正則でない関数の例
複素共役z̄、絶対値|z|、偏角arg(z)などは正則ではありません。実数値の正則関数は定数関数のみという定理があります。
コーシー・リーマンの方程式
正則関数f(z) = u(x,y) + iv(x,y)の実部uと虚部vは、∂u/∂x = ∂v/∂y、∂u/∂y = -∂v/∂xという関係式を満たします。この方程式は正則性を判定する重要な条件です。
重要な定理
コーシーの積分定理、コーシーの積分公式、リウヴィルの定理、最大値の原理、一致の定理など、多くの美しい定理が正則関数について成り立ちます。
実用的な応用
物理学(流体力学、電磁気学)、工学(信号処理、制御理論)、数論(リーマンゼータ関数)など、様々な分野で応用されています。留数積分は実関数の積分計算にも使える強力な技法です。
正則関数は、複素解析の中心的な概念であり、数学の中でも特に美しく強力な理論の一つです。
一見すると「領域内のすべての点で微分可能」という単純な条件ですが、そこから導かれる性質は驚くほど豊かで深いものです。
実関数の微分可能性とは全く異なる、複素関数特有の性質を持つ正則関数は、純粋数学だけでなく、物理学や工学などの応用分野でも重要な役割を果たしています。
正則関数の理論を学ぶことで、数学の美しさと実用性の両方を実感できるでしょう。
複素数や複素関数の基礎をしっかり学んだ上で、正則関数の世界に踏み込んでみてください。
そこには、実数の世界では想像もできなかった、驚くべき数学の風景が広がっています。


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