女房言葉の意味
「女房言葉」は、室町時代初期頃から宮中や院に仕える女房(女官)が使い始めた隠語的な言葉です。
主に衣食住に関する事物について、優美で上品な表現を用いたのが特徴で、その一部は現代でも日常的に使われています。
「おでん」「おひや」「しゃもじ」など、私たちが何気なく使っている言葉の多くが、実は女房言葉に由来しているのです。
読み方
「女房言葉」の読み方はにょうぼうことばです。
「女房詞(にょうぼうことば)」とも書きます。
「女房」とは誰のこと?
女房言葉を理解するには、まず「女房」という言葉の意味を知る必要があります。
もともとの意味
「房」は「部屋」を意味し、「女房」は「女官の部屋」という意味でした。
平安時代中期以降、私室を与えられた高位の女官や、貴人の邸宅に仕える上級の侍女を指す言葉になりました。
階級による区分
女房は出身の階級や身分によって、以下のように大別されました。
上臈(じょうろう)
最も位の高い女房
中臈(ちゅうろう)
中位の女房
下臈(げろう)
下位の女房
現代の意味への変化
「女房」が「妻」の意味で使われた例は平安時代の貴族の日記にも見られますが、この頃は単に「女性」の意味でも用いられていました。
「妻」の意味に定着したのは、中世後期から近世前期頃です。
女房言葉の起源と歴史
室町時代初期:誕生
女房言葉は室町時代初期頃、宮中に仕える女房たちによって使い始められました。
使用目的
一種の隠語として、主に身の回りの品物の名前を上品に言い換えるために用いられました。
対象となる言葉
主に衣食住に関する事物、特に食料品や調度品などが多く扱われました。
古い文献での記録
女房言葉は、以下のような古い文献に記録されています。
『海人藻芥(あまのもくず)』(1420年)
有職故実書で、女房言葉について記載されています。
『大上臈御名之事(おおじょうろうおんなのこと)』(1589年)
食料品79語、調度品26語など、女房言葉が詳しく記録されています。
『日葡辞書』や『日本大文典』
キリスト教宣教師による日本語の研究書にも、一部の女房言葉が記されています。
江戸時代:一般への普及
室町時代に宮中で生まれた女房言葉は、徐々に外の世界へ広がっていきました。
将軍家への伝播
まず足利将軍家や徳川将軍家に仕える女性たちに伝わりました。
武家・町家への広がり
さらに一般の武家や町家の女性にも用いられるようになりました。
男性への波及
最終的には男性も使うようになり、日本語の一般的な語彙として定着していきました。
現代:日常語として定着
現代では、多くの女房言葉が一般的な日本語として使われており、それが女房言葉由来であることを知らずに使っている人がほとんどです。
女房言葉の特徴
女房言葉には、いくつかの典型的な言葉の作り方があります。
1. 語頭に「お」を付ける
丁寧さや上品さを表すために、語頭に接頭語「お(御)」を付けます。
例
- おでん(田楽)
- おひや(水)
- おなか(腹)
2. 語尾に「もじ」を付ける
婉曲的に表現するために、語の最後に「もじ(文字)」を付けます。
例
- すもじ(鮨・すし)
- かもじ(髪・かずら)
- そもじ(そなた)
3. 省略形を使う
元の語の一部を残して短くします。
例
- わら(わらび)
- まき(ちまき)
4. 繰り返しを使う
元の語の一部を繰り返します。
例
- かうかう(香の物、漬物)
5. 性質や外観を表現する
物の特徴を捉えた比喩的な表現を使います。
例
- おひや(水):冷たいもの
- おかべ(豆腐):壁のように白いもの
6. 「物」や「の物」を付ける
語尾に「物」や「の物」を付けます。
例
- 青物(野菜)
- 夜の物(夜着)
7. 縁起による表現
言葉の縁起や掛詞を使います。
例
- 紫(鰯):「藍にまさる」から転じて
- 待兼ね(小糠):「来ぬか」の掛詞
現代に残る女房言葉の例
現代でも日常的に使われている女房言葉を紹介します。
食べ物関連
おでん
もともとは「田楽」のことです。
豆腐などを串に刺して味噌を付けて焼く料理でしたが、煮込み田楽が普及して現代の「おでん」になりました。
おひや
水のことです。
冷たいものという意味から来ています。
おはぎ
もち米と粳米を炊いて丸め、餡やきなこをまぶしたものです。
小豆の粒が萩の花に似ていることから名付けられました。
おこわ
もち米を蒸して作る飯のことです。
「強飯(こわいい・こわめし)」に接頭語の「御(お)」を付けた女房言葉です。
おかず
副食物のことです。
数を取り揃えるという意味や、混ぜ合わせるという意味の「糅てる(かてる)」から来ているという説があります。
おかか
鰹節または削り節のことです。
「かつお」の語頭「か」の繰り返しに「お」を加えた言葉です。
おみおつけ
味噌汁のことです。
「おつけ(御付け)」は動詞「つける」の名詞化形に「御」を付けた女房言葉で、「おみ」は味噌の女房言葉です。
京阪神では略して「おつけ」とも言います。
しゃもじ
飯や汁をすくうのに用いる道具です。
「しゃくし(杓子)」の「しゃ」に「文字」を付けた女房詞の一種です。
きなこ
大豆を炒って粉にしたものです。
「黄なる粉」が語源とされています。
青物(あおもの)
青色の野菜、つまり蔬菜のことです。
女房詞から来た言葉で、現在でも「青物市場」などの形で使われています。
日常生活関連
おなか
腹のことです。
「御腹(おはら)」が変化したものと言われています。
おまる
大小便をするための携帯用の容器です。
「放る(まる、ほまる)」は排泄を意味する動詞から来ています。
かもじ
髪の毛やかつらのことです。
「髪(かみ)」の「か」に「文字」を付けた言葉です。
おもちゃ
玩具のことです。
「もてあそび」が語源とされています。
形容詞
おいしい
味がよいという意味です。
もとは「いしい」に接頭語の「お」が付いた女房言葉でした。
ひもじい
空腹であるという意味です。
「ひもじ(飢文字)」から来ています。
別名
女房言葉には、いくつかの別名があります。
御所詞(ごしょことば)
宮中(御所)で使われた言葉という意味です。
女房詞(にょうぼうことば)
「女房言葉」と同じ意味で、こちらの表記の方が辞書では主流とされています。
文字言葉(もじことば)
「もじ」を付ける特徴から来た呼び名です。
女中詞(じょちゅうことば)
女中(女性の召使い)が使う言葉という意味です。
英語表現
「女房言葉」を英語で表現する場合、以下のような言い方があります。
nyōbō kotoba
日本語をそのままローマ字表記したものです。
学術的な文脈で使われます。
court ladies’ language
「宮中の女官の言葉」という意味です。
最も分かりやすい英語表現です。
cant
「隠語」「特殊な言葉」という意味です。
使用例:
- Nyōbō kotoba was a cant originally used by Japanese court ladies during the Muromachi period.
- (女房言葉は、室町時代に日本の宮中女官によって使われ始めた隠語である)
women’s language
「女性の言葉」という意味です。
ただし、これは女房言葉に限定されない広い意味を持ちます。
女房言葉の社会的意義
上品さの象徴
女房言葉は、優美で上品な言葉遣いとされました。
宮中という閉ざされた世界で生まれたことから、洗練された言葉として認識されたのです。
女性語の起源
現代の日本語における「女性語」や「女性的な話し方」は、女房言葉に起源を持つとされています。
丁寧語や婉曲表現を多用する傾向は、女房言葉の影響を受けています。
言葉の階層性
女房言葉は、当初は宮中という限られた世界で使われていましたが、将軍家、武家、町家へと広がっていきました。
この過程は、言葉が社会階層を通じて伝播していく様子を示しています。
女房言葉と若者言葉の共通点
興味深いことに、女房言葉の言葉の作り方は、現代の若者言葉と共通する部分があります。
共通する特徴
- 接尾辞を付ける
- 省略する
- 語の連想を使う
しかし、女房言葉は「上品で優雅」とされる一方、若者言葉は「無礼で堕落している」と批判されることがあります。
これは、言葉の評価が主観的で、使用者の社会的地位によって変わることを示しています。
まとめ
「女房言葉」は、読み方が「にょうぼうことば」で、室町時代初期頃から宮中や院に仕える女房(女官)が使い始めた隠語的な言葉です。
主に衣食住に関する事物について、語頭に「お」を付けたり、語尾に「もじ」を付けたりして、優美で上品な表現にしたのが特徴です。
宮中で生まれた女房言葉は、将軍家に仕える女性、武家や町家の女性へと広まり、さらには男性も使うようになって、現代の日本語の一部として定着しました。
「おでん」「おひや」「おはぎ」「しゃもじ」「おなか」「おいしい」など、現代でも日常的に使われている言葉の多くが女房言葉に由来しています。
英語では「court ladies’ language」や「nyōbō kotoba」と表現され、室町時代の宮中女官の言葉として説明されます。
女房言葉は、日本語の歴史において、言葉が社会階層を通じて広がっていく過程を示す興味深い例であり、また現代の女性語の起源ともなった重要な言語現象なのです。

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