もし、たった一つの存在が昼と夜、そして季節まで支配していたとしたら、どれほど巨大な力を持っているのでしょうか?
古代中国には、まさにそんな途方もない力を持つ神がいました。
その名は燭陰(しょくいん)。目の開閉で昼夜を、呼吸で季節を変えるという、自然現象そのものを司る存在です。
この記事では、中国神話に登場する超巨大な神・燭陰の驚くべき姿と能力について詳しくご紹介します。
概要

燭陰(しょくいん)は、古代中国の地理書『山海経』(さんがいきょう)に記された神様です。
『山海経』は紀元前800年以上前に書かれた本で、中国の地理や動植物、そして様々な妖怪や神々について記録されています。まさに古代中国の妖怪事典といえる書物なんです。
燭陰は単なる妖怪ではなく、自然現象を司る神として描かれています。太陽神や月の神ともいわれ、昼夜や季節という時間の流れそのものを支配する存在でした。
別名として燭龍(しょくりゅう)とも呼ばれ、「燭」は「照らす」「光る」という意味を持ちます。つまり「光をもたらす神」という意味が込められているんですね。
姿・見た目
燭陰の姿は、想像を絶する巨大さと奇妙な組み合わせで描かれています。
燭陰の外見
基本的な姿
- 顔:人間の老人のような顔
- 体:赤い蛇の巨体
- 瞳:一尺(約30cm)もある巨大な目
- 体長:千里(約4000km!)
千里というのは日本列島の長さよりも長いんです。この巨大さゆえに、人間や牛でさえも牛虻(うしあぶ)のように小さく見えるほどだったといいます。
『山海経』の「海外北経」では、北海の鍾山(しょうざん)という山のふもとに住んでいると記されています。また「大荒北経」では、章尾山(しょうびさん)に住むとも書かれており、複数の伝承が存在するようです。
特徴

燭陰の最大の特徴は、その存在自体が自然現象と直結していることです。
昼夜を支配する力
目による昼夜の変化
- 目を開く → 昼になる
- 目を閉じる → 夜になる
まるで燭陰の瞳が太陽そのもののように、世界に光をもたらすんです。
季節を操る呼吸
呼吸による季節の変化
- 息を吐く → 冬になる
- 息を吸う → 夏になる
- 息をすれば風が起こる
その他の特徴
燭陰には他にも不思議な特徴があります。
生命活動の特異性
- 飲まず食わず
- 普段は息をしない(息をすると風が起こるため)
- 常に九陰(きゅういん)を照らす
九陰とは、地の裏側にある9つの暗い場所のこと。北・南・東・西・北東・北西・南東・南西・中央の9方向の暗闇を、燭陰が照らしているとされています。
伝承
燭陰にまつわる伝承や解釈は、時代とともに様々に変化してきました。
古代の記録
最も古い記録は『山海経』ですが、他にも複数の古典に登場します。
『楚辞』(そじ)の記述 「太陽の光が届かない場所を、燭龍はどうやって照らすのか?」という問いかけが残されています。これは、太陽すら照らせない暗闇を燭陰が照らしているという伝承を示しています。
『淮南子』(えなんじ)の記述 「燭龍は雁門(がんもん)の北に住み、委羽山に身を隠して太陽を見ることはない」とあり、極北の地に住む神として描かれています。
正体についての諸説
学者たちは燭陰の正体について、様々な説を唱えています。
主な解釈
- 極光説:北極のオーロラを神格化したもの
- 太陽神説:太陽そのものを神格化した存在
- 火神説:中国神話の火の神・祝融(しゅくゆう)と同一
- 創造神説:天地開闢の神・盤古(ばんこ)の原型
特に興味深いのは極光説です。古代の磁北極は現在より北アジアに近く、中国からもオーロラが見えた可能性があります。赤い蛇のような姿、光をもたらす性質は、まさにオーロラの特徴と一致するんです。
日本への伝来
『山海経』は平安時代に日本に伝わり、燭陰の伝説も一緒に伝来しました。
江戸時代の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』や『怪奇鳥獣図巻』にも燭陰が描かれており、日本の妖怪文化にも影響を与えた存在といえます。
まとめ
燭陰は、自然の摂理そのものを体現した中国神話の巨大神です。
重要なポイント
- 体長千里の人面蛇身の巨大神
- 目の開閉で昼夜を支配
- 呼吸で季節を変える
- 『山海経』に記された古代中国の神
- オーロラや太陽を神格化した可能性
- 日本にも平安時代に伝来
燭陰は単なる怪物ではなく、古代人が自然現象を理解しようとした結果生まれた、壮大なスケールを持つ神話的存在です。
昼夜や季節という、私たちの生活に欠かせない自然のリズムを、一つの巨大な神の動作として表現した古代中国人の想像力には、ただただ圧倒されるばかりですね。
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