「尻尾のある人間がいる」と聞いたら、あなたはどう思いますか?
ファンタジーやゲームの世界だけの話に思えるかもしれません。
でも実は、日本最古の歴史書『日本書紀』にも「尾のある人」の記述があるんです。
さらに驚くことに、医学的にも「尻尾を持って生まれる人間」は実在します。
この記事では、古代から現代まで語り継がれてきた「有尾人」の伝説と、科学が明らかにした真実を紹介していきます。
有尾人とは
有尾人(ゆうびじん)とは、読んで字のごとく「尻尾を持つ人間」のことです。
世界各地の神話や伝説には、尻尾のある人間の話が数多く残されています。
また、医学用語では「ヒューマンテール(Human tail)」や「尾状突起(caudal appendage)」と呼ばれ、実際に尻尾のような構造を持って生まれる赤ちゃんが報告されています。
古くは「先祖返り」として恐れられたり、神の化身として崇められたりと、文化によってその受け止め方はさまざまでした。
日本神話に登場する有尾人「井光」
世界最古級の有尾人の記録は、なんと日本にあります。
8世紀に編纂された『日本書紀』には、神武天皇が東征の途中で出会った不思議な存在が記されています。
その名は「井光(いひか)」。『古事記』では「井氷鹿」と表記されています。
『日本書紀』にはこう書かれています。
「人有りて、井の中より出でたり。光りて尾有り。」
井戸(実際には川辺の桟橋のようなもの)から現れた人物が、体が光っていて、しかも尻尾があったというのです。
神武天皇が「お前は何者だ」と尋ねると、「私は国津神で、名を井氷鹿と申します」と答えたとされています。
この井光は、現在では吉野地方の水神あるいは井戸の女神として信仰されています。
興味深いのは、神武天皇が吉野で出会った別の国津神「石押分之子(磐排別之子)」も「尾のある人」と記述されていることです。
2024年、京都大学の研究チームは『日本書紀』を詳細に分析し、先天異常の可能性がある記述を33例発見しました。
この井光の「尻尾」も、実際の医学的症例を神話的に表現したものである可能性が指摘されています。
世界各地の有尾人伝説
有尾人の伝説は、日本だけでなく世界中に存在します。
ヨーロッパの「尻尾のあるイギリス人」伝説
中世ヨーロッパでは、「イギリス人には尻尾がある」という奇妙な言い伝えがありました。
この伝説の起源は12世紀頃に遡ります。
カンタベリー大司教トマス・ベケットが失脚してケント州を通過した際、地元の住民が彼の馬の尻尾を切り落としたという事件がありました。
これを神が罰として、その地域の人々の子孫に尻尾が生えるようにした、というのが伝説の内容です。
この話はやがて拡大解釈され、ケント人だけでなくイギリス人全体が尻尾を持っていると信じられるようになりました。
1436年、パリを占領していたイギリス軍が撤退する際、フランス人たちは「尻尾!尻尾!」と叫んで嘲笑したと記録されています。
この俗説は実に400年以上にわたってヨーロッパで信じられ続けていたのです。
インドでは「ハヌマーン神の化身」として崇拝
インドでは、尻尾を持って生まれた人は「ハヌマーン神の化身」として崇められることがあります。
ハヌマーンはヒンドゥー教の神話に登場する猿神で、叙事詩『ラーマーヤナ』では英雄ラーマ王子に仕える忠実な従者として描かれています。
風神ヴァーユと天女アンジャナーの子とされ、空を飛び、体の大きさを自在に変え、長い尻尾を持つ姿で知られています。
2008年、インド西ベンガル州の農園労働者チャンドレ・オラムさんは、33センチ(約13インチ)の尻尾を持つ人物として世界中のメディアに取り上げられました。
彼はラーマ神の誕生日として知られる「ラーマ・ナヴァミ」に生まれたこともあり、多くの人々がハヌマーン神の生まれ変わりとして彼を崇拝。
尻尾に触れると病気が治ると信じ、遠方から祝福を求める人々が訪れたといいます。
ただし、医師によれば彼の尻尾は「真の尻尾」ではなく、二分脊椎という先天性疾患の一種(髄膜瘤)による突起である可能性が高いとのことです。
スリランカの「ニッタエウォ」伝説
スリランカの先住民族ヴェッダ族の伝承には、「ニッタエウォ」と呼ばれる小さな有尾人族の話が残っています。
ニッタエウォは身長90〜120センチほどの小柄な存在で、赤褐色の体毛に覆われ、鋭い爪を持っていたとされます。
彼らは森の中で集団生活を送り、ヴェッダ族としばしば対立していました。
伝説によれば、18世紀後半にヴェッダ族がニッタエウォを洞窟に追い込み、入り口で3日間火を焚き続けて絶滅させたといいます。
1886年にイギリスの役人ヒュー・ネヴィルがこの伝説を記録し、その後も複数の探検家や学者が調査を行いました。
ニッタエウォの正体については、絶滅した小型の類人猿、ネグリト系の先住民族、あるいは単なる伝説など、さまざまな説が唱えられています。
2004年にインドネシアで発見された小型原人「ホモ・フロレシエンシス」との類似性を指摘する声もありますが、スリランカからは化石などの物的証拠は見つかっていません。
医学的に見た「人間の尻尾」
では、実際に尻尾を持つ人間は存在するのでしょうか?
答えは「イエス」です。
胎児には尻尾がある
実は、すべての人間は胎児の段階で尻尾を持っています。
妊娠4〜5週目の人間の胚には、体全体の約6分の1の長さに相当する尻尾があります。
この時期、10〜12個の尾椎(尻尾を構成する骨)が形成されていますが、通常は妊娠8週目までに細胞死(アポトーシス)によって消失し、最終的には3〜5個の尾骨(尾てい骨)だけが残ります。
人間を含む類人猿が尻尾を失ったのは、約2500万年前にサルとの共通祖先から分岐した頃と推定されています。
2024年の研究では、TBXT遺伝子に挿入された「Alu要素」と呼ばれるDNA断片が、尻尾の消失に関与していることが明らかになりました。
稀に尻尾を持って生まれる人がいる
しかし、まれにこの退化のプロセスが不完全で、尻尾のような構造を持って生まれる赤ちゃんがいます。
医学文献には約60例の症例が報告されており、男児に生まれる確率は女児の2倍です。
生まれた時点で1センチ未満のものから8センチ以上のものまでさまざまで、成長とともに伸びることもあります。
記録上最も長い尻尾は、旧フランス領インドシナ(現ベトナム周辺)に住んでいた12歳の少年のもので、約23センチ(9インチ)あったとされています。
ギネス世界記録では、前述のチャンドレ・オラムさんの33センチ(13インチ)が最長として紹介されています(ただしこれは「真の尻尾」ではない可能性があります)。
「真の尻尾」と「偽の尻尾」
医学的には、人間の尻尾は「真の尻尾(true tail)」と「偽の尻尾(pseudotail)」に分類されます。
真の尻尾は、脂肪組織、結合組織、血管、神経線維、横紋筋(随意筋)などを含み、皮膚で覆われています。
まれに自分の意思で動かせるケースも報告されていますが、脊椎(骨)は含まれていません。
偽の尻尾は、脂肪腫(脂肪のかたまり)、奇形腫、その他の先天異常に伴って生じる突起物です。
多くの場合、二分脊椎などの脊椎異常と関連しています。
どちらの場合も、脊髄の繋留(せいずいのけいりゅう)など、他の神経系の異常を伴うことがあるため、発見された場合はMRIなどの詳しい検査が推奨されています。
なぜ人間から尻尾は消えたのか
ここで気になるのが、「なぜ人間は尻尾を失ったのか」という疑問です。
2024年にNature誌に発表された研究によると、約2500万年前、類人猿の祖先のTBXT遺伝子に「Alu要素」と呼ばれるDNAの断片が挿入されました。
この挿入によって遺伝子の働きが変化し、胎児期の尻尾を消失させるメカニズムが生まれたと考えられています。
研究チームがマウスにこのAlu要素を挿入したところ、尻尾が欠損または短くなることが確認されました。
興味深いことに、同じマウスでは二分脊椎(脊椎が完全に閉じない先天異常)の発生率も高くなりました。
これは、尻尾を失うことと引き換えに、人間は神経管の先天異常のリスクを背負った可能性を示唆しています。
進化には、こうしたトレードオフがつきものなのかもしれません。
ただし、なぜ類人猿が尻尾を失う方向に進化したのかは、まだ完全には解明されていません。
「二足歩行に邪魔だったから」という説もありますが、樹上生活をするオランウータンやテナガザルにも尻尾がないことを考えると、単純な説明では不十分です。
有尾人一覧表
| 名称・事例 | 地域 | 特徴 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 井光(井氷鹿) | 日本 | 光り輝き、尻尾がある | 『日本書紀』『古事記』に登場する国津神。吉野の水神として信仰される |
| 石押分之子(磐排別之子) | 日本 | 尻尾がある | 神武東征時に登場。国巣(くず)の祖とされる |
| 尻尾のあるイギリス人 | ヨーロッパ | 尻尾を隠している | 中世から近世にかけての俗説。ベケット伝説が起源 |
| ホミネス・カウダーティ | ヨーロッパ | 尻尾を持つ人間 | ラテン語で「有尾人」の意。17世紀の学術書で言及 |
| ニッタエウォ | スリランカ | 小柄、赤褐色の体毛、鋭い爪 | ヴェッダ族の伝承。18世紀に絶滅したとされる |
| ハヌマーン神の化身 | インド | 長い尻尾 | 尻尾を持つ人を猿神ハヌマーンの生まれ変わりとして崇拝する信仰がある |
| チャンドレ・オラム | インド | 33センチの尻尾 | 2008年に報道。医学的には髄膜瘤の可能性 |
| 旧インドシナの少年 | ベトナム周辺 | 約23センチの尻尾 | 医学文献に記録された「真の尻尾」の最長記録の一つ |
まとめ
有尾人について、この記事でわかったことを整理しましょう。
- 有尾人とは「尻尾を持つ人間」のことで、神話・伝説と医学的事例の両方が存在する
- 日本最古の歴史書『日本書紀』には、「井光」という尻尾のある神が登場する
- 世界各地に有尾人の伝説があり、文化によって恐れられたり崇拝されたりしてきた
- 医学的には約60例の「人間の尻尾」が報告されており、男児に多い
- すべての人間は胎児期に尻尾を持つが、通常は8週目までに消失する
- 人間が尻尾を失ったのは約2500万年前。TBXT遺伝子の変異が関係している
神話と科学、どちらの視点から見ても、有尾人は人間とは何かを考えさせてくれる不思議な存在です。
私たちの体に残る尾骨は、かつて尻尾があった名残。
遠い祖先の記憶が、今もひっそりと刻まれているのですね。
参考情報
- 東島沙弥佳ほか「日本書紀は古代のカルテ?!―歴史書からひもとく古代日本の先天異常症例―」京都大学(2024年)
- Tojima & Yamada “Classification of the ‘human tail’: correlation between position, associated anomalies, and causes” Clinical Anatomy 33(6): 929-942(2020年)
- Xia B et al. “On the genetic basis of tail-loss evolution in humans and apes” Nature(2024年)
- ギネス世界記録 – Longest human tail
- Wikipedia「井氷鹿」「ハヌマーン」「Nittaewo」「Chandre Oram」


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