八咫烏(やたがらす)とは?日本神話の導きの神鳥を徹底解説

神話・歴史・伝承

サッカー日本代表のエンブレムに描かれている三本足のカラスを見たことはありませんか?

あの神秘的な鳥こそが、日本神話に登場する「八咫烏(やたがらす)」です。

古事記や日本書紀に記された神武東征の物語で、初代天皇を勝利へと導いた伝説の神鳥。その存在は、現代でも「導きの神」として多くの人々に信仰されています。

「名前は聞いたことあるけど、どんな存在なの?」「なぜ三本足なの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。

この記事では、八咫烏の神話での役割から、三本足の謎、熊野信仰との関係、そして現代文化への影響まで、わかりやすく詳しく解説していきます。

スポンサーリンク

八咫烏って何?基本を知ろう

名前の意味

「八咫烏」という名前には深い意味が込められています。

「咫(あた)」は古代日本の長さの単位で、親指と中指を広げた長さ(約18センチメートル)を指します。「八咫」は約144センチメートルになりますが、実際の体長を表しているわけではありません。

「八」は日本語で「たくさん」や「大きい」を意味する数字です。

八百万の神々(やおよろずのかみがみ)の「八百万」が「非常に多い」を意味するのと同じように、「八咫」は「とても大きい」という意味で使われているんです。

つまり八咫烏とは、「非常に大きなカラス」という意味になります。

古事記・日本書紀での記述

八咫烏は、日本最古の歴史書である『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)の両方に登場します。

ただし、誰が八咫烏を遣わしたかについては、二つの書物で記述が異なっています。

『古事記』での記述: 高木大神(タカギノカミ、高御産巣日神とも)が八咫烏を神武天皇のもとに遣わした。

『日本書紀』での記述: 天照大神(アマテラスオオミカミ)が八咫烏を遣わした。

どちらの説が正しいかについては諸説ありますが、「高木大神と天照大神は同一神である」とする説も存在します。いずれにしても、八咫烏が天上の神々から遣わされた神聖な存在であることに変わりはありません。

神武東征──八咫烏の最大の功績

神武東征とは

神武天皇は、日本の初代天皇とされる伝説的な人物です。

天照大神の子孫(来孫、つまり5代目の孫)にあたり、日向国(現在の宮崎県)から大和国(現在の奈良県)へと遠征し、日本を統一したと伝えられています。

この遠征を「神武東征(じんむとうせい)」と呼びます。

熊野での苦難

神武天皇一行は、最初に西から大阪方面へ攻め入ろうとしました。

しかし、大和の豪族・長髄彦(ながすねひこ)の軍勢に迎撃され、兄の五瀬命(いつせのみこと)が矢傷を負って命を落としてしまいます。

この敗北を受けて、神武天皇は重要なことに気づきました。

「太陽神アマテラスの子孫である自分たちが、西から東へ太陽に向かって戦うのは天の理に反している。東から西へ、太陽を背にして攻めるべきだ」

そこで神武天皇は、紀伊半島を大きく迂回して熊野から北上し、大和に入ることを決意したのです。

八咫烏の道案内

ところが、熊野の山中は深い森に覆われた未知の土地でした。

神武天皇の軍は道に迷い、さらには毒気を放つ熊の化身に襲われるなど、数々の苦難に見舞われます。

この窮地を救ったのが八咫烏でした。

天の神から遣わされた八咫烏は、神武天皇の軍を先導し、熊野から吉野を経て、大和の宇陀(現在の奈良県宇陀市)まで安全に導いたのです。

八咫烏の導きによって、神武天皇は無事に大和に到達。その後、各地の豪族を平定し、橿原の宮(現在の奈良県橿原市)で即位して、日本最初の天皇となりました。

八咫烏のその後

神武東征を終えた八咫烏は、熊野那智大社の地に戻ったと伝えられています。

那智大社の境内には「八咫烏石」という石があり、八咫烏が休んでいる姿を表しているとされています。また、摂社の「御縣彦社(みあがたひこしゃ)」には、八咫烏が「導きの神」「交通安全の神」として祀られています。

なぜ三本足なのか?その謎に迫る

実は古事記・日本書紀に三本足の記述はない

ここで驚くべき事実をお伝えしましょう。

実は、古事記にも日本書紀にも、八咫烏が三本足だという記述はありません。

「八咫」は「大きい」という意味であり、足の本数については一切触れられていないのです。

では、なぜ八咫烏は三本足として知られるようになったのでしょうか。

中国の三足烏との融合

八咫烏が三本足と記述されるようになったのは、平安時代中期(930年頃)に編纂された『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』が最初とされています。

この時期に、中国神話の「三足烏(さんそくう)」の概念が日本に伝わり、八咫烏と同一視されるようになったと考えられています。

中国神話における三足烏:

  • 太陽の中に棲む神聖な鳥
  • 黒点を表しているという説もある
  • 古代から太陽のシンボルとして信仰された
  • 紀元前5000年頃の遺物にも三本足の鳥が描かれている

陰陽五行説では、「二」は陰を、「三」は陽を表します。太陽は最も強い陽の象徴なので、二本足より三本足の方が太陽を表すのにふさわしいとされたんです。

東アジアに広がる三足烏信仰

三本足のカラスは、日本だけでなく東アジア全体で信仰されてきました。

国・地域名称特徴
中国三足烏(さんそくう)・金烏(きんう)太陽に棲む神鳥、10羽いたとされる
韓国三足烏(サムジョゴ)高句麗の象徴、王権の印
日本八咫烏(やたがらす)導きの神、熊野の神使

特に高句麗(古代朝鮮の王国)では、三足烏は太陽の象徴として王権を表す最も神聖な存在とされていました。高句麗の古墳の壁画には、三足烏が描かれたものが多数発見されています。

三本足の意味──諸説あり

八咫烏の三本足が何を表すかについては、複数の説があります。

説1:天・地・人を表す

熊野本宮大社の解釈によると、八咫烏の三本の足はそれぞれ以下を表すとされています。

  • :天神地祇(すべての神々)
  • :自然環境・大地
  • :人間

神と自然と人が、同じ太陽から生まれた兄弟であることを示しているという考え方です。

説2:智・仁・勇を表す

熊野本宮大社の主祭神である家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)の御神徳を表すという説もあります。

  • :知恵
  • :慈しみの心
  • :勇気

説3:熊野三党を表す

かつて熊野地方で勢力を持っていた三つの氏族を表すという説です。

  • 榎本氏
  • 宇井氏
  • 藤白鈴木氏

これらの氏族は熊野三山の神職を代々受け継いでおり、熊野信仰を支えてきました。

説4:太陽の三つの相を表す

太陽の一日の変化を表すという説もあります。

  • 朝日(夜明け)
  • 昼の光(正午)
  • 夕日(日没)

八咫烏の正体──賀茂建角身命説

人格神としての八咫烏

八咫烏は単なる神鳥ではなく、神が姿を変えたものだという説があります。

『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』という古代の氏族名簿によると、八咫烏は賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身であるとされています。

賀茂建角身命は高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の曾孫にあたる神で、神武天皇を助けた後、賀茂県主(かものあがたぬし)の祖となったと伝えられています。

賀茂氏と八咫烏の関係

京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)は、まさにこの賀茂建角身命を祭神として祀っています。

『山城国風土記』の逸文によれば、賀茂建角身命は大和国の葛城から山城国の岡田賀茂を経て、最終的に洛北の下鴨神社に鎮座したとされています。

奈良県宇陀市榛原にある「八咫烏神社」では、賀茂建角身命が祭神として祀られており、神武東征で八咫烏が導いた土地の一つにその子孫が暮らしていたことを示唆しています。

熊野信仰と八咫烏

熊野三山とは

熊野三山とは、和歌山県南部にある三つの大社を指します。

  • 熊野本宮大社(田辺市本宮町)
  • 熊野速玉大社(新宮市)
  • 熊野那智大社(那智勝浦町)

これらの神社は、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されました。全国に約4,700社以上ある熊野神社の総本宮として、古くから篤い信仰を集めています。

熊野の神使としての八咫烏

熊野三山では、八咫烏は主祭神の神使(神の使い)として信仰されています。

熊野本宮大社の主祭神は家都美御子大神(素戔嗚尊とも)であり、八咫烏はこの神に仕える存在とされています。

また、熊野では八咫烏を「ミサキ神」とも呼びます。ミサキとは「御先」と書き、神霊が現れる前に先駆けて姿を見せる存在のこと。神武東征で八咫烏が先導役を務めたのも、このミサキとしての役割だったと解釈できます。

熊野牛王神符(くまのごおうしんぷ)

熊野三山には「熊野牛王神符」という独特の護符があります。

この護符の特徴は、カラス文字で文字が書かれていること。

熊野本宮大社の牛王神符には88羽のカラスで文字が描かれており、熊野速玉大社では48羽、熊野那智大社では72羽のカラスが使われています。

この護符は、災厄除けの効果があるとされ、古くから熊野詣での参拝者たちが持ち帰りました。また、起請文(誓約書)の裏に貼って使われることもありました。

高杉晋作の都々逸

江戸時代末期、維新の志士・高杉晋作は有名な都々逸を残しています。

「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」

これは熊野牛王神符の言い伝えに基づいています。牛王神符の裏に書いた約束を破ると、熊野のカラスが死に、約束を破った本人も罰を受けるとされていました。

つまりこの歌は、「他の男との約束を全て破り、熊野のカラスをすべて死なせてしまってもいいから、あなたと朝寝をしていたい」という、命をかけた恋心を表現しているんです。

八咫烏を祀る主な神社

熊野本宮大社(和歌山県田辺市)

全国の熊野神社の総本宮であり、八咫烏信仰の中心地です。

境内には「八咫ポスト」という黒いポストがあり、上に八咫烏の像が乗っています。社務所で販売している「音無紙」で作られたはがきを、このポストから投函することができます。

毎年1月7日には「八咫烏神事」が行われ、新年を祝う伝統的な行事として継承されています。

アクセス: JR紀伊田辺駅からバスで約2時間10分

熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)

境内の摂社「御縣彦社」に八咫烏が祀られており、導きの神・交通安全の神として崇敬を集めています。

また、玉垣内には「八咫烏石」があり、八咫烏が休んでいる姿を表しているとされています。

アクセス: JR紀伊勝浦駅からバスで約30分

八咫烏神社(奈良県宇陀市)

神武東征で八咫烏が導いた地の一つである宇陀に鎮座する神社です。

祭神は賀茂建角身命(八咫烏の正体とされる神)で、延喜式内社(平安時代の神社リストに載っている格式の高い神社)に数えられています。

アクセス: 近鉄榛原駅からバスで約15分

下鴨神社(京都府京都市)

正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)。賀茂建角身命を祭神として祀る古社です。

八咫烏の化身とされる神を祀ることから、八咫烏との関係が深い神社として知られています。世界文化遺産にも登録されています。

アクセス: 京阪出町柳駅から徒歩約12分

現代文化における八咫烏

日本サッカー協会のシンボル

八咫烏が現代で最も有名なのは、日本サッカー協会(JFA)のシンボルマークとしてでしょう。

1931年(昭和6年)、大日本蹴球協会(JFAの前身)が設立される際、漢文学者の内野台嶺らの発案により、八咫烏がシンボルとして採用されました。

デザインを手がけたのは彫刻家の日名子実三氏。神武天皇を勝利に導いた八咫烏にあやかり、「ボールをゴールに導くように」という願いが込められています。

興味深いことに、サッカーを日本に最初に紹介した中村覚之助(1878-1906年)は、熊野地方の那智町(現在の那智勝浦町)の出身でした。この偶然の縁も、八咫烏がシンボルに選ばれた理由の一つかもしれません。

日本サッカー協会は、ワールドカップなどの大会前に熊野三山で必勝祈願を行うことでも知られています。

ゲーム・アニメでの登場

八咫烏は、現代のエンターテイメント作品でも人気のキャラクターです。

  • 大神:カプコンのアクションゲーム。八咫烏が重要なキャラクターとして登場
  • ペルソナシリーズ:八咫烏がペルソナとして登場
  • 刀剣乱舞:八咫烏をモチーフにしたキャラクターが存在
  • Fate/Grand Order:日本神話の存在として言及される

秘密結社としての八咫烏?

一部の都市伝説やフィクション作品では、「八咫烏」という名の秘密結社が登場することがあります。

日本の政治や歴史に影響を与えてきた神秘的な組織として描かれることもありますが、歴史的・現実的な証拠に基づいた存在ではありません。

これらはあくまで創作の世界の話であり、神話上の八咫烏とは区別して考える必要があります。

八咫烏と金鵄──混同されやすい神鳥

金鵄(きんし)とは

日本書紀には、神武東征の際に登場するもう一つの神鳥「金鵄(きんし)」の記述があります。

金鵄は金色に輝くトビ(鳶)で、長髄彦との決戦の際に神武天皇の弓の先にとまり、その光で敵軍の目をくらませて勝利に導いたとされています。

八咫烏と金鵄の違い

項目八咫烏金鵄
種類カラストビ(鳶)
役割道案内・先導戦闘での援助
出現場面熊野から大和への行軍中長髄彦との決戦時
黒(または特に記載なし)金色に輝く

両者は異なる場面で異なる役割を果たしていますが、どちらも神武天皇を助けた神聖な鳥として崇められています。

ただし、一部の説では天日鷲神(あめのひわしのかみ)の別名が「天加奈止美命(あめのかなとみ)」であり、これが「金鵄(かなとび)」に通じることから、八咫烏と金鵄を同一視する見方も存在します。

まとめ

八咫烏は、単なる神話上のカラスではありません。

日本の建国神話における重要な存在であり、初代天皇を勝利に導いた「導きの神」として、今も多くの人々に信仰されています。

八咫烏のポイントをおさらい:

  • 意味:「八咫」は「大きい」という意味で、巨大なカラスを指す
  • 役割:神武東征で神武天皇を熊野から大和まで導いた
  • 三本足:古事記・日本書紀には記載なし、中国の三足烏との融合で生まれた概念
  • 正体:賀茂建角身命の化身とされ、賀茂氏の祖とも
  • 信仰:熊野三山の神使として崇拝、現代ではサッカー日本代表のシンボル

古代から現代まで、八咫烏は私たちに「正しい道へと導いてくれる存在」として親しまれてきました。

熊野古道を歩いて熊野三山を訪れると、至る所で八咫烏のシンボルを目にすることができます。サッカーの試合を観戦するとき、エンブレムの三本足のカラスに思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。

勝利を願うとき、新しい道を歩み出すとき、八咫烏の導きがあなたにも訪れることを願っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました