日本の神話や伝説に登場する怪物といえば、何を思い浮かべますか?
鬼、河童、天狗……さまざまな存在がいますが、その中でも最も強大で恐ろしい怪物として語り継がれているのがヤマタノオロチです。
8つの頭と8つの尾を持つ巨大な蛇(または龍)。その体は8つの山と8つの谷を覆うほど巨大で、背中には苔や木々が生い茂っていたといいます。
ゲームや漫画、アニメでもおなじみのこの怪物ですが、「実際の神話ではどんな存在だったの?」「なぜスサノオに退治されたの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
この記事では、古事記・日本書紀に記されたヤマタノオロチの神話を詳しく解説するとともに、その正体をめぐる様々な学説や現代文化への影響についてもご紹介します。
ヤマタノオロチとは何か

基本情報
名前の表記と読み方
| 表記 | 読み方 |
|---|---|
| 八岐大蛇 | やまたのおろち |
| 八俣遠呂智 | やまたのおろち |
| 高志之八俣遠呂智 | こしのやまたのおろち |
「八岐」は「8つに分かれた」という意味で、8つの頭と8つの尾を持つことに由来しています。「大蛇(おろち)」は巨大な蛇を指す古語です。
古事記・日本書紀に描かれた姿
古事記と日本書紀には、ヤマタノオロチの恐ろしい姿が詳細に記されています。
ヤマタノオロチの外見的特徴
- 頭と尾: 8つの頭と8つの尾を持つ
- 大きさ: 体は8つの谷と8つの峰にまたがるほど巨大
- 目: 酸漿(ほおずき)のように真っ赤に燃えている
- 体表: 背中には苔や檜(ひのき)、杉の木が生えている
- 腹: 常に血でただれ、赤く爛れている
この描写から、ヤマタノオロチは単なる大蛇ではなく、山そのものが生きているかのような超自然的存在として描かれていることがわかります。
ヤマタノオロチ退治の神話

物語の背景──スサノオの追放
ヤマタノオロチ退治の物語は、スサノオノミコト(素戔嗚尊/須佐之男命)が高天原(たかまがはら)から追放されるところから始まります。
スサノオは姉のアマテラスオオミカミ(天照大御神)の治める高天原で数々の乱暴を働きました。田の畔を壊し、神殿を汚し、ついにはアマテラスが「天岩戸」に隠れてしまう原因を作ってしまったのです。
神々から追放されたスサノオは、地上の出雲国(現在の島根県)に降り立ちます。そこで彼が出会ったのが、泣いている老夫婦と美しい娘でした。
老夫婦との出会い
スサノオが肥河(ひのかわ/現在の斐伊川)の上流を歩いていると、川上から箸が流れてきました。「人が住んでいる」と思い川をさかのぼると、そこには嘆き悲しむ老夫婦と若い娘がいたのです。
スサノオが名前を尋ねると、老翁はこう答えました。
アシナヅチとテナヅチ
老翁は足名椎命(アシナヅチ)、老婆は手名椎命(テナヅチ)と名乗りました。
二人は大山津見神(オオヤマツミ)の子で、地上の神(国つ神)でした。
そして娘の名は櫛名田比売(クシナダヒメ)。
「奇し稲田」という名が示すように、稲田の女神として信仰される存在です。
なぜ泣いていたのか
老夫婦が泣いている理由を聞いて、スサノオは驚きます。
「私たちには本来8人の娘がおりました。しかし、高志(こし/現在の北陸地方)から毎年ヤマタノオロチがやってきて、娘を一人ずつ食べてしまうのです。
今年もまたその時期が近づいており、最後に残ったこのクシナダヒメも食べられてしまいます」
7人の娘を失い、最後の一人も奪われようとしている。その悲しみに、老夫婦は泣いていたのでした。
スサノオの提案
話を聞いたスサノオは、こう申し出ます。
「私は天照大御神の弟、スサノオノミコトである。クシナダヒメを私の妻にくれるなら、そのオロチを退治してやろう」
老夫婦は喜んでこれを承諾しました。スサノオはすぐにクシナダヒメを湯津爪櫛(ゆつつまぐし)という櫛に変え、自分の髪に挿して大切に守りました。
八塩折之酒の罠
スサノオはヤマタノオロチを力任せに倒すのではなく、知恵を使った作戦を立てます。
スサノオの指示
- 八塩折之酒(やしおりのさけ)を造る: 8回繰り返し醸造した非常に強い酒を大量に用意させる
- 8つの門を作る: 垣根を巡らし、8つの門を設ける
- 8つの桟敷(さじき)を作る: 各門のそばに台を置く
- 酒を置く: それぞれの桟敷に酒を満たした酒樽を置く
準備が整うと、やがてヤマタノオロチがやってきました。
ヤマタノオロチ退治
ヤマタノオロチは8つの頭をそれぞれの酒樽に突っ込み、酒を飲み始めました。強い酒に酔いしれたオロチは、やがて眠り込んでしまいます。
この隙を見計らって、スサノオは十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き放ち、ヤマタノオロチの体をズタズタに斬りつけました。
流れ出した血で、肥河は真っ赤に染まったといいます。
草薙剣の発見
スサノオがオロチの尾を斬ったとき、剣が何かに当たって刃こぼれしました。不思議に思って尾を裂いてみると、中から一振りの霊剣が現れたのです。
この剣は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と名付けられ、スサノオは姉のアマテラスに献上しました。
後にこの剣は、ヤマトタケルノミコトが東征の際に草を薙いで危機を脱したことから草薙剣(くさなぎのつるぎ)とも呼ばれるようになります。現在は三種の神器の一つとして、熱田神宮(愛知県)に祀られています。
須賀の宮
オロチを退治したスサノオは、クシナダヒメと結婚するための宮を探しました。
そして出雲国の須賀(すが)という地に辿り着いたとき、「心がすがすがしくなった」と言い、そこに宮を建てたのです。
このとき詠んだ歌が、日本最古の和歌とされています。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
(幾重もの雲が湧き出る出雲の地に、妻を守るために幾重もの垣を作ろう、その垣を)
この歌から、須賀の地は「須賀神社」として今も信仰を集めています。
ヤマタノオロチの正体──学術的な解釈

ヤマタノオロチとは一体何を象徴しているのでしょうか。
学者たちによって様々な説が提唱されてきました。ここでは代表的な学説をご紹介します。
説1: 斐伊川の洪水説
最も広く支持されている解釈がこの説です。
ヤマタノオロチは、出雲地方を流れる斐伊川(ひいかわ)の氾濫を神話化したものだと考えられています。
この説の根拠
- 斐伊川は古来より氾濫を繰り返す暴れ川として知られていた
- 「8つの谷と8つの峰」は、蛇行する川の流れに見える
- 「目が赤い」「腹が血で爛れている」という描写は、洪水時の赤茶色い濁流を表現している
- スサノオによる退治は、治水工事の神話化と解釈できる
古代の人々にとって、毎年のように田畑を飲み込む洪水は、まさに怪物のような恐ろしい存在だったのでしょう。
説2: たたら製鉄説
もう一つ有力なのが、製鉄技術との関連を指摘する説です。
出雲地方は古代から「たたら製鉄」の盛んな地域でした。
この製鉄過程とヤマタノオロチの描写には、興味深い類似点があります。
製鉄との関連
| ヤマタノオロチの特徴 | 製鉄との関連 |
|---|---|
| 腹が常に血で赤い | 製鉄炉から流れ出る真っ赤な溶けた鉄 |
| 尾から剣が出てきた | 砂鉄から玉鋼(たまはがね)が生まれる過程 |
| 体から木が生えている | 製鉄に必要な大量の木炭燃料 |
| 斐伊川が赤く染まる | 砂鉄採取で川が赤く濁る現象 |
スサノオがオロチを退治して剣を手に入れたという物語は、出雲の製鉄技術を征服・獲得した歴史を反映しているとも解釈されています。
説3: 異民族・豪族説
ヤマタノオロチは、出雲地方を脅かした異民族や敵対勢力の象徴だという説もあります。
「高志から来る」という記述は、越国(現在の北陸地方)からの侵略者を示唆しているかもしれません。毎年娘を差し出すという話は、朝貢や人質のような従属関係を表現している可能性があるのです。
この説に従えば、スサノオによる退治は、出雲勢力が北陸の敵を打ち破った歴史的出来事の神話化ということになります。
説4: 火山活動説
ヤマタノオロチの「赤い目」「血のように爛れた腹」という描写から、火山の噴火や溶岩流を連想する研究者もいます。
ただし、出雲地方には目立った活火山がないため、この説は少数派にとどまっています。
どの説が正しいのか
実際には、これらの要素が複合的に絡み合っている可能性が高いでしょう。
古代の神話は一つの出来事だけを反映しているわけではありません。
洪水の恐怖、製鉄技術の発展、異民族との抗争──様々な歴史的・文化的要素が融合して、ヤマタノオロチという壮大な怪物像が生まれたのかもしれません。
登場人物まとめ
神話に登場する主要人物
| 名前 | 読み方 | 役割 |
|---|---|---|
| 須佐之男命 | スサノオノミコト | 高天原を追放された神、オロチ退治の英雄 |
| 櫛名田比売 | クシナダヒメ | 稲田の女神、スサノオの妻となる |
| 足名椎命 | アシナヅチノミコト | クシナダヒメの父 |
| 手名椎命 | テナヅチノミコト | クシナダヒメの母 |
| 八岐大蛇 | ヤマタノオロチ | 8つの頭と尾を持つ巨大な怪物 |
クシナダヒメについて
クシナダヒメは「奇し稲田姫」とも表記され、稲作と豊穣の女神として信仰されています。
スサノオがヤマタノオロチと戦う際、彼女を櫛に変えて髪に挿したというエピソードから、巫女の象徴とも解釈されることがあります。古代において、櫛は霊力を持つ呪術的なアイテムでした。
二人の間には大国主神(オオクニヌシ)の祖先となる子が生まれ、この系譜は出雲大社の信仰へとつながっていきます。
ヤマタノオロチを祀る神社
ヤマタノオロチに関連する神話は、現在も出雲地方の神社で語り継がれています。
八重垣神社(島根県松江市)
ご祭神: 素盞嗚尊、稲田姫命
スサノオとクシナダヒメの新居があったとされる場所に建つ神社です。縁結びのご利益で知られ、境内の「鏡の池」で行う縁占いが有名です。
須佐神社(島根県出雲市)
ご祭神: 須佐之男命
スサノオの魂が鎮まる場所とされ、「日本一のパワースポット」と呼ばれることもあります。ヤマタノオロチ退治後、スサノオが「この土地は清々しい」と言って腰を落ち着けた須賀の地に建っています。
八本杉(島根県雲南市)
ヤマタノオロチの8つの頭を埋めた場所とされています。現在は杉が植えられており、地元では神聖な場所として大切にされているのです。
三種の神器と草薙剣
ヤマタノオロチの尾から出てきた天叢雲剣(草薙剣)は、天皇の正統性を示す三種の神器の一つとなりました。
三種の神器とは
| 神器 | 別名 | 由来 | 現在の奉安場所 |
|---|---|---|---|
| 八咫鏡 | やたのかがみ | 天岩戸でアマテラスを誘い出すために作られた | 伊勢神宮 |
| 八尺瓊勾玉 | やさかにのまがたま | 天岩戸神話で使用された | 皇居 |
| 草薙剣 | くさなぎのつるぎ | ヤマタノオロチの尾から出現 | 熱田神宮 |
草薙剣のその後
スサノオからアマテラスに献上された天叢雲剣は、天孫降臨の際にニニギノミコトに授けられます。
その後、ヤマトタケルノミコトが東征の際にこの剣を携え、敵に火を放たれたとき草を薙ぎ払って難を逃れました。このことから「草薙剣」と呼ばれるようになったのです。
現在は熱田神宮にご神体として祀られており、実物を見ることはできません。天皇の即位式で使用されるのは形代(かたしろ/レプリカ)とされています。
現代文化に登場するヤマタノオロチ
日本神話最大の怪物であるヤマタノオロチは、現代のエンターテイメント作品でも大人気です。
ゲームでの登場
代表的な作品
- 大神(CAPCOM): プレイヤーは天照大神の化身である白い狼となり、ヤマタノオロチを倒すのが最終目標
- 無双OROCHIシリーズ(コーエーテクモ): 魔王オロチが三国・戦国の武将たちを異世界に召喚
- ペルソナシリーズ(ATLUS): ヤマタノオロチがペルソナとして登場
- パズル&ドラゴンズ: 様々なバリエーションのヤマタノオロチが実装
- モンスターハンターシリーズ: オロチモチーフと思われる複数の頭を持つ龍が登場
アニメ・漫画での登場
- NARUTO-ナルト-: 大蛇丸の究極忍術として「八岐の術」が登場
- 犬夜叉: 妖怪として登場するエピソードがある
- ゲゲゲの鬼太郎: 日本の妖怪として何度も登場
特撮・映画
- 日本誕生(1959年/2016年): 三船敏郎がスサノオを演じ、ヤマタノオロチ退治を描いた東宝映画
- ウルトラマンシリーズ: オロチをモチーフにした怪獣が複数登場
ヤマタノオロチは「日本を代表する神話の怪物」として、世界中のクリエイターにインスピレーションを与え続けています。
ヤマタノオロチと他の神話の龍・蛇
ヤマタノオロチのような多頭の蛇や龍は、実は世界中の神話に登場します。
世界の多頭の怪物たち
| 神話 | 怪物の名前 | 特徴 |
|---|---|---|
| ギリシャ神話 | ヒュドラ | 9つの頭を持つ水蛇、ヘラクレスが退治 |
| 北欧神話 | ヨルムンガンド | 世界を取り巻く大蛇(単頭) |
| ヒンドゥー神話 | シェーシャ | 千の頭を持つ蛇神、ヴィシュヌの寝床 |
| メソポタミア神話 | ティアマト | 海の女神にして混沌の象徴(龍の姿) |
これらの神話に共通するのは、英雄による怪物退治というモチーフです。混沌や災厄を象徴する怪物を倒すことで、秩序や平和がもたらされるという構造は、人類共通の物語類型といえるでしょう。
日本の他の蛇神・龍神
日本神話には、ヤマタノオロチ以外にも蛇や龍に関連する神々が登場します。
- 大物主神(オオモノヌシ): 三輪山の神で、蛇の姿で現れることがある
- 龗神(オカミノカミ): 水を司る龍神
- 八大龍王: 仏教由来の龍神で、雨乞いの対象として信仰される
蛇や龍は、日本では水の神や農業の守護神として信仰されることが多く、必ずしも邪悪な存在ではありません。
ヤマタノオロチは例外的に「退治される怪物」として描かれていますが、これは出雲神話特有の文脈によるものと考えられています。
よくある疑問
Q1: ヤマタノオロチは龍?それとも蛇?
古事記・日本書紀では「蛇」として記されています。
ただし、現代の創作作品では龍(ドラゴン)として描かれることも多いです。巨大さや神話的な威厳を表現するために、龍のイメージが用いられるようになったと考えられます。
厳密には「八岐大蛇」の「蛇」は蛇を意味しますが、古代日本において蛇と龍の区別は曖昧でした。
Q2: なぜ8という数字なのか
「8」は日本神話において「多い」「完全」を表す聖数です。
- 八百万(やおよろず)の神
- 八咫鏡(やたのかがみ)
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
- 八雲立つ出雲
「8」は実際の数というより「非常に多い」「限りない」という意味合いで使われていると解釈されています。
Q3: ヤマタノオロチは実在した?
神話上の存在であり、実在はしていません。
ただし、洪水や製鉄、異民族の侵攻など、実際の歴史的出来事が神話化されたものと考えられています。
Q4: 出雲大社とヤマタノオロチの関係は?
直接の関係はありませんが、つながりはあります。
スサノオとクシナダヒメの子孫が大国主神(オオクニヌシ)であり、出雲大社のご祭神です。ヤマタノオロチ退治は、出雲神話の重要な一部として位置づけられています。
まとめ
ヤマタノオロチは、日本神話における最大最強の怪物です。
この記事のポイント
- ヤマタノオロチは8つの頭と8つの尾を持ち、体は8つの山と谷にまたがるほど巨大だった
- 高天原を追放されたスサノオが、知恵と勇気でこの怪物を退治した
- 退治の際に尾から現れた剣は、三種の神器の一つ「草薙剣」となった
- 正体については「斐伊川の洪水」「たたら製鉄」「異民族」など複数の学説がある
- 現代でもゲームやアニメで人気のモチーフとして愛されている
単なる怪物退治の物語ではなく、ヤマタノオロチ神話は古代出雲の歴史や文化、自然との関わりを今に伝えています。
興味を持った方は、ぜひ島根県の八重垣神社や須佐神社を訪れてみてください。神話の舞台を歩くことで、1300年以上前の人々が見た世界に思いを馳せることができるかもしれません。
スサノオが詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ 出雲八重垣……」。その言葉には、怪物を倒し、愛する人と新たな生活を始める喜びが込められています。
ヤマタノオロチの神話は、恐怖を乗り越えて平和を手に入れる人類普遍の物語なのです。


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