バレンタインチョコレートの起源とは?日本と世界の違いを解説

神話・歴史・文化

2月14日が近づくと、街中がチョコレートであふれかえりますよね。

でも、ちょっと待ってください。なぜバレンタインデーに「チョコレート」なんでしょう?花でも、カードでも、プレゼントなら何でもいいはずなのに。

実はこの習慣、世界と日本では全然違うんです。

この記事では、バレンタインチョコレートの起源と、日本独自の文化がどうやって生まれたのかを紐解いていきます。

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結論:チョコの起源は19世紀イギリスの天才マーケター

バレンタインにチョコレートを贈る習慣は、1861年にイギリスのリチャード・キャドバリーという人物が始めました。

彼はチョコレート製造会社の息子で、バレンタインデーという恋人たちの日に目をつけ、ハート型の箱にチョコレートを詰めて販売したんです。しかも箱には、キューピッドやバラの絵をあしらって。

この戦略が大成功。以来160年以上、世界中でバレンタイン=チョコという図式が定着しました。

世界のバレンタインチョコ事情

チョコレートが高級品だった時代

19世紀のヨーロッパで、チョコレートはまだ「王侯貴族の嗜好品」でした。

リチャード・キャドバリーの父親が始めたチョコレート事業は、当時としては画期的な製法でココアバターを精製し、飲みやすい飲料チョコレートを作ることに成功していたんです。

でも、ココアバターが余ってしまう。「この余った材料で何か作れないか?」と考えたリチャードは、食べるチョコレート(eating chocolate)を開発しました。

ハート型の箱がすべてを変えた

リチャードの天才的だったのは、チョコレートそのものより「パッケージ」に注目したこと。

1861年、彼は美しいハート型の箱を自らデザインし、中にチョコレートを詰めて販売しました。しかも「チョコレートを食べ終わったら、この箱にラブレターや思い出の品を入れて保管できますよ」という二段構えのアイデア。

ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、ロマンティックな愛の表現が流行していました。

リチャードはこのトレンドに完璧に乗っかったわけです。

海外では「男性から女性へ」が基本

現在の欧米では、バレンタインデーは恋人同士や夫婦が贈り物を交換し合う日です。

特にアメリカでは、男性から女性へ花束やジュエリー、チョコレートなどを贈るのが一般的。レストランで特別なディナーを楽しむカップルも多いんですね。

チョコレートは贈り物の選択肢の一つではあるけれど、日本のように「絶対チョコ!」というわけではありません。

日本のバレンタインチョコの起源

最初の挑戦:1936年のモロゾフ

日本で初めて「バレンタインにチョコレートを」と提案したのは、神戸の洋菓子メーカー・モロゾフです。

1936年2月、創業者の葛野友太郎氏が英字新聞に広告を掲載しました。「バレンタインデーには愛する人にチョコレートを贈りましょう」というメッセージでした。

ただし、これは外国人向けの新聞だったので、日本人にはほとんど知られませんでした。しかも、その後すぐに戦争が始まってしまい、この試みは一旦中断することに。

戦後の再挑戦:売れたのはたった170円

戦後、バレンタインチョコ文化の普及に再び火をつけたのは、メリーチョコレートでした。

1958年2月、新宿の伊勢丹百貨店で「バレンタインセール」を開催。手書きの看板を掲げて3日間営業しました。

結果は?板チョコ5枚(30円)とカード5枚(4円)で、合計170円の売上。

想像してみてください。3日間頑張って170円ですよ。今なら即撤退レベルの大失敗です。

諦めなかった企業たち

でも、メリーチョコレートは諦めませんでした。

翌年には「女性が男性に1年に1度愛の告白ができる日」というキャッチコピーを打ち出し、ハート型チョコレートを販売。モロゾフも1950年代に赤いハート型箱入りチョコレートを投入しました。

それでも、すぐには定着しません。1960年代に入っても、「日本ではバレンタインは根付かない」という見方が業界内で強かったほど。

流れを変えた子どもたち

バレンタインデーが日本で爆発的に広まったのは、1970年代です。

きっかけは、小中学生や高校生の間で「女の子から男の子に告白できる日」として流行したこと。当時の新聞にも取り上げられるほど、学校でバレンタインチョコ交換が過熱したんです。

このブームが若者から大人へと広がり、1970年代後半にはOLたちもチョコレートを買うようになりました。

義理チョコの誕生と市場の拡大

1980年代に入ると、「義理チョコ」という概念が誕生します。

恋愛感情がなくても、職場の同僚や上司にチョコレートを配る文化です。これによってバレンタインチョコの市場規模は一気に拡大し、ピーク時には3000億円を超えるビッグイベントになりました。

現代では「友チョコ」「自分チョコ」「ファミチョコ」など、多様な楽しみ方が生まれています。

なぜ日本は「女性から男性」なのか?

諸説あるけど、決定打はこれ

日本のバレンタインが「女性から男性へ」になった理由には、いくつかの説があります。

一つは、メリーチョコレートの原邦生氏が考案したキャッチコピー「一年に一度、女性から愛を打ち明けていい日」が影響したという説。

もう一つは、当時の日本の文化的背景です。男性から女性へプレゼントを贈る習慣があまりなかったため、逆に「女性から」という形にしたら新鮮で受け入れられやすかった、という見方もあります。

ホワイトデーは完全に日本オリジナル

3月14日のホワイトデーは、日本独自の習慣です。

「貰ったらお返しをする」という日本人の文化から生まれたもので、これも企業のマーケティングによって定着しました。欧米にはホワイトデーという概念はありません。

バレンタインデー自体が、すでに贈り物を交換し合う日だからです。

よくある誤解:チョコ業界の陰謀?

「バレンタインはチョコレート業界が作った商業イベント」という話、聞いたことありますか?

確かに、日本のバレンタインチョコ文化は企業のマーケティングによって広まりました。でも、それは「陰謀」というよりは「文化の創造」と言えるでしょう。

世界中でバレンタインデーは「愛の日」として長い伝統があります。リチャード・キャドバリーがハート型の箱を作った1861年から数えても、160年以上の歴史がある行事なんです。

企業が商機を見出したのは事実ですが、それが多くの人に受け入れられ、楽しまれているのも確か。今では、恋愛に限らず感謝の気持ちを伝える日として、幅広く親しまれていますよね。

まとめ

バレンタインチョコレートの起源についてまとめると:

  • 世界の起源:1861年、イギリスのリチャード・キャドバリーがハート型箱入りチョコを販売
  • 日本の起源:1936年のモロゾフ、1958年のメリーチョコレートが先駆者
  • 日本での定着:1970年代に学生の間で流行し、1980年代に義理チョコ文化で爆発
  • 世界との違い:日本は「女性から男性へチョコ」、海外は「男女問わず多様な贈り物」

バレンタインデーは、ロマンチックな起源と巧みなマーケティングが融合して生まれた文化です。

大切な人に感謝や愛情を伝える日として、これからも進化し続けていくのかもしれませんね。今年のバレンタインは、この歴史を思い出しながらチョコレートを味わってみてはいかがでしょうか?

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