ある日、古書店の奥で黒い革に覆われた重厚な本を見つけたとします。
鉄の留め金で固く閉ざされたその本を開いた瞬間、あなたの運命は変わってしまうかもしれません。
なぜなら、その本こそが「読んではいけない書物」として恐れられてきた魔道書「無名祭祀書」かもしれないからです。
この記事では、クトゥルフ神話における禁断の魔道書「無名祭祀書」について、その恐ろしい内容や著者の謎、そして呪われた歴史を詳しくご紹介します。
概要

無名祭祀書(むめいさいししょ)は、クトゥルフ神話に登場する架空の魔道書の一つです。
ドイツ語の原題は「Unaussprechlichen Kulten(ウンアオスプレヒリヒェン・クルテン)」で、英語では「Nameless Cults(名もなき邪教)」と呼ばれています。
19世紀ドイツの神秘学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツトが、45年間の生涯をかけて世界中を旅し、集めた秘密の知識をまとめ上げた研究書なんです。
初版本が黒い革の装丁だったことから「黒の書」とも呼ばれ、読んだ者に災いをもたらすとして恐れられてきました。
この魔道書を創造したのは、アメリカの作家ロバート・E・ハワードで、1931年の短編小説『夜の末裔』で初めて登場しました。
外観・装丁
無名祭祀書の初版本は、見た目からして不気味な雰囲気を漂わせています。
初版本の特徴
- 装丁:黒い革で覆われている
- 留め具:鉄製の留め金で閉じられている
- 判型:クォート判(四つ折り版)
- 出版年:1839年
- 出版地:ドイツのデュッセルドルフ
その重々しい黒革と鉄の留め金という組み合わせは、まるで「開けてはいけない」と警告しているようです。
実際、この本の外観だけで多くの人が不吉なものを感じ取り、手に取ることをためらったと言われています。
内容と特徴
無名祭祀書には、世界中の古代から続く邪悪な信仰や秘儀についての記述が詰まっています。
主な記載内容
古代の信仰と遺跡
- 黒の碑:ハンガリーのシュトレゴイカバール村にある謎の石碑
- 蟇蛙の神殿:ホンジュラスの密林に隠された神殿
- ヨグ=ソトース:時空を超越する恐るべき存在
- ガタノトーア:ムー大陸の邪神
記述の特徴
- 世界各地の秘密結社の儀式
- 古代遺跡に関する詳細な調査記録
- 名前を口にしてはいけない邪教の実態
- 人類以前の文明についての考察
著者ユンツトの執念とも言える徹底した調査によって書かれた内容は、読む者に強烈な印象を与えます。
ただし、専門家からは「蟇蛙(ひきがえる)の記述が多すぎる」と批判されることもあるんです。
著者フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツト
無名祭祀書の著者は、19世紀ドイツの神秘学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツト(1795年-1840年)という人物です。
ユンツトの生涯
若き日の探求
ユンツトは45年という短い生涯のほとんどを、世界中の旅に費やしました。訪れた場所は数知れず、秘密結社に潜入したり、人里離れた古代遺跡を調査したりと、常に危険と隣り合わせの日々を送っていたんです。
執筆への執念
彼が集めた知識は膨大で、それらを一冊の書物にまとめ上げるには、常人では考えられないほどの労力が必要でした。まさに彼の人生そのものが、この一冊に凝縮されているんですね。
謎の変死
1839年に無名祭祀書を出版した翌年、ユンツトは旅から帰国した直後に密室で変死体となって発見されました。その死因は今も謎に包まれていますが、禁断の知識に触れた代償だったのかもしれません。
幻の未発表原稿
実は、ユンツトには出版された無名祭祀書とは別に、もう一つの原稿があったと言われています。
この原稿を読んだ友人のアレクシス・ラドーは、読了後すぐに発狂してしまいました。そして正気を失ったラドーは、原稿を焼き払った直後、カミソリで自らの喉を切って自殺したのです。
一体その原稿には何が書かれていたのでしょうか?それは永遠の謎として残されています。
出版と伝承
無名祭祀書には、三つの異なる版が存在するとされています。
三つの版
初版(1839年・ドイツ語)
- デュッセルドルフで出版
- 黒革に鉄の留め金という装丁
- 発行部数が少なかった
- 内容は無削除の完全版
第二版(1845年・英語)
- ロンドンのブライドウェル社から出版
- 海賊版で翻訳者不明
- 誤訳が多いとされる
- グロテスクな木版画が多数収録
- すぐに発禁処分となる
第三版(1909年・英語)
- ニューヨークのゴールデン・ゴブリン・プレス社から出版
- 削除版(元の内容の4分の1がカット)
- 装丁は豪華だが内容は減少
- 高価すぎて売れなかった
呪われた書物
初版本が出版されると、すぐに不吉な噂が広まりました。
人々が恐れた理由
- 著者ユンツトの変死
- 読んだ者が次々と不幸に見舞われる
- 発禁処分による「読んではいけない本」というイメージ
- 黒革の不気味な装丁
恐怖を感じた購入者たちは、次々と本を焼き捨てたため、初版本のほとんどが失われてしまいました。
現在、初版本が現存しているのは、ミスカトニック大学付属図書館などの欧米の主要図書館に約6部程度だけとされています。
他の魔道書との関係
無名祭祀書は、クトゥルフ神話の他の魔道書とも深い繋がりがあるんです。
知識の継承
- アブドゥル・アルハザードが『エイボンの書』を読む
- アルハザードが『ネクロノミコン』を書く
- フォン・ユンツトが『ネクロノミコン』を読む
- フォン・ユンツトが『無名祭祀書』を書く
このように、禁断の知識は魔道書から魔道書へと受け継がれていったんですね。
起源と創作背景
無名祭祀書を創造したのは、アメリカの作家ロバート・E・ハワード(1906-1936)です。
ハワードによる創造
ハワードは「英雄コナン」シリーズで知られる作家ですが、クトゥルフ神話にも大きな貢献をしました。
1931年に発表した『夜の末裔』で初めて「Nameless Cults(名もなき邪教)」として登場させたのが始まりです。当初は英語のタイトルのみでした。
ラヴクラフトの貢献
無名祭祀書にドイツ語の原題をつけたのは、クトゥルフ神話の創始者H・P・ラヴクラフトでした。
ラヴクラフトはドイツ語が得意ではなかったため、友人で作家のオーガスト・ダーレスに相談し、「Unaussprechlichen Kulten」という名前を付けました。語感を重視した結果、実はドイツ語の文法としては正しくないタイトルになってしまったんです。
また、元々は「フォン・ユンツト」という姓だけだった著者に、「フリードリヒ・ヴィルヘルム」というファーストネームを与えたのもラヴクラフトでした。
作家たちの共同創造
クトゥルフ神話の魔道書は、複数の作家たちが互いの作品を尊重し合いながら発展させていった特徴があります。
ハワードが創造した無名祭祀書も、ラヴクラフトの『永劫より』や他の作家たちの作品にも登場し、神話世界をより豊かにしていきました。
まとめ
無名祭祀書は、クトゥルフ神話における重要な魔道書の一つです。
重要なポイント
- 著者:フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツト(1795-1840)
- 別名:黒の書
- 初版:1839年、ドイツのデュッセルドルフで出版
- 装丁:黒革に鉄の留め金
- 内容:世界中の邪教、古代遺跡、秘密の儀式について
- 呪い:著者は出版翌年に変死、読者にも災いが降りかかる
- 現存:初版本は約6部のみ
- 創造者:ロバート・E・ハワード(1931年)
黒い革に包まれた禁断の書物は、今も世界のどこかの図書館で、次に開かれる日を静かに待っているのかもしれません。もし古書店でそれらしい本を見かけても、決して手を出さない方が賢明でしょうね。


コメント