地球上のすべての生き物は、どこから生まれてきたのでしょうか?
科学では単細胞生物から進化したと言われていますが、クトゥルフ神話の世界では、もっと恐ろしい答えが用意されています。
それは「ウボ=サスラ」という、形を持たない巨大な原初の存在です。
この記事では、地球上のあらゆる生命を生み出したとされる謎の神「ウボ=サスラ」について、その正体や伝説を詳しくご紹介します。
概要

ウボ=サスラは、クトゥルフ神話に登場する地球最古の神的存在です。
1933年、アメリカの作家クラーク・アシュトン・スミスによって創造され、『ウィアード・テイルズ』誌に掲載された小説「ウボ=サスラ」で初めて登場しました。
「自存する源」という異名を持ち、他の何者からも生まれたのではなく、最初から地球に存在していたとされています。
クトゥルフ神話の中では、旧支配者(きゅうしはいしゃ)、または外なる神(そとなるかみ)というカテゴリーに分類されることが多いのですが、実際にはそのどちらとも異なる特別な存在なんです。
なぜなら、他の旧支配者たちが宇宙から地球にやって来たのに対し、ウボ=サスラは地球で最初から存在していた唯一の神的存在だからです。
系譜
ウボ=サスラの家系図は、クトゥルフ神話の中でも特に複雑なんです。
宇宙における位置づけ
リン・カーターという作家の設定によると、ウボ=サスラは「アザトース」という混沌の神と双子の関係にあるとされています。
二柱とも、もともとは旧神(きゅうしん)と呼ばれる善良な神々によって創造された存在でした。しかし、両者は創造主である旧神に反逆し、そのために罰を受けたという説があります。
地球の生命との関係
ウボ=サスラから生まれたとされる存在は以下の通りです。
- 地球の全生命体:最初の単細胞生物から人間まで、すべての生き物の源
- 地球生まれの旧支配者たち:アブホース、アトラク=ナクア、イグなど
- ショゴス:古のもの(エルダー・シング)がウボ=サスラの細胞を改造して作った生物兵器
つまり、地球外から飛来したクトゥルフやヨグ=ソトースなどを除けば、地球上のほぼすべての生命の親といえる存在なんですね。
興味深いことに、後の世代の神話作家たちは、ウボ=サスラを「旧支配者たちの親」と位置づけました。これによって、地球の旧支配者には2つのタイプがいることになります。宇宙から来た者たちと、ウボ=サスラから生まれた者たちです。
姿・見た目

ウボ=サスラの姿は、想像するだけで背筋が凍るような不気味さなんです。
基本的な外見
古代の魔術書『エイボンの書』には、次のように記されています。
「頭手足なき塊」
つまり、頭も手も足もない、ただの巨大な塊なんですね。より具体的には、次のような特徴があります。
- 形状:巨大なアメーバや原生動物のような姿
- 色:灰色
- 質感:粘液質で、絶えず形を変えている
- 大きさ:巨大な水溜まりのように地面に広がっている
- 状態:定まった形を持たず、ぐちゃぐちゃと蠢いている
視覚的な印象
想像してみてください。洞窟の奥深くに、灰色のドロドロした巨大な物体があって、それがゆっくりと形を変えながら、ブクブクと泡立っている様子を。
その表面からは、次々と小さな生物が分裂して生まれてくるのですが、すぐにウボ=サスラ自身に飲み込まれてしまうんです。
美しさのかけらもない、まさに原始の混沌そのものといった姿なんですね。
特徴

ウボ=サスラには、他の神々とは全く異なる独特な特徴があります。
生命創造能力
最大の特徴は、無限に生命を生み出し続けることです。
- 分裂によって新しい生物を産み出す
- 産まれた生物は様々な形をしている
- 地球上の全生命の原型となった存在
- 今も生命を産み続けている
危険な性質
ウボ=サスラに触れることは、即座の死を意味します。
接触すると、触れた部分の細胞が完全に腐って死んでしまうんです。そのため、誰も近づくことができません。
唯一、深い知識を持った魔術師ハソード・ハンドルだけが、ウボ=サスラの周りにある銘板の意味を理解できたそうです。しかし、その内容を理解した瞬間、彼は悲鳴をあげて逃げ去り、二度と地上に戻らなかったといいます。
知性の有無
スミスの原作では、ウボ=サスラに知性があるとは明言されていません。ただ本能のままに生命を産み出し、それを吸収し続ける存在なんです。
後の作家カーターの設定では、もともとは知性があったものの、旧神からの罰として知性を奪われたという説もあります。
居場所
ウボ=サスラが横たわる場所については、いくつかの説があります。
- 南極大陸の氷裂目が連なる洞窟の奥深く
- 原初の地球のハイパーボリア大陸北部の蒸気立つ沼地
- 何処とも知れぬ地底の洞窟
いずれにしても、人間が簡単にたどり着けない場所で、粘液と蒸気に包まれているんですね。
旧神の鍵
ウボ=サスラの周囲には、「旧神の鍵」と呼ばれる不思議な銘板が何枚も放置されています。
この銘板は星から切り出されたもので、天地創造以前の神々の叡智が刻まれているといいます。しかし、使命を終えた玩具のように、ただ無造作に放り出されているんです。
カーター設定によれば、これらの銘板はもともと旧神が管理するセラエノ大図書館から盗まれたもので、この盗みが旧神と旧支配者の戦争の原因になったとされています。
伝承

ウボ=サスラにまつわる最も有名な伝説が、「ゾン=メザマレックの水晶」の物語です。
古代の魔術師の野望
古代ハイパーボリア大陸のムー・トゥーラン半島に、ゾン=メザマレックという賢者がいました。
彼は、ウボ=サスラが持つ神々の銘板に記された究極の知識を手に入れたいと望みました。しかし、直接ウボ=サスラに近づけば死んでしまいます。
そこで彼は、特別な水晶を使って、遠く離れた場所から銘板の内容を盗み見ようと考えたんです。
水晶の力
ゾン=メザマレックが使った水晶は、小さなオレンジほどの大きさで、乳白色をした眼球のような形をしていました。
この「ゾン=メザマレックの水晶」(別名:ウボ=サスラの目)には不思議な力があって、覗き込んだ者の意識を過去へと遡らせることができたんです。
悲劇的な結末
ゾン=メザマレックは水晶を通して、自分の前世を次々と遡っていきました。
ハイパーボリア時代よりもさらに昔、地球の歴史をどんどん逆に辿って、ついに原初の地球にたどり着きました。
そこには、形を持たない灰色の塊となったウボ=サスラがいて、単細胞生物を産み出している光景が広がっていました。
しかし、あまりに遠い過去まで遡りすぎたゾン=メザマレックは、自分自身もウボ=サスラの子である原初の生物に同化してしまったのです。
知性も自我も失い、神々の銘板という悲願も忘れ果てて、彼はそのまま消えてしまいました。
現代への影響
この伝説は『エイボンの書』に記録されています。
そして、1933年のロンドンで、オカルト研究家のポール・トリガーディスという人物が、骨董店でこの「ゾン=メザマレックの水晶」を発見してしまいます。
彼も水晶を覗き込み、自分がゾン=メザマレックの生まれ変わりだと悟るのですが……結局、古代の魔術師と同じ運命を辿り、失踪してしまったそうです。
ロンドンの新聞には彼の失踪記事が載りましたが、水晶の行方は誰も知りません。
『エイボンの書』の予言
魔道士エイボンが記した『エイボンの書』には、ウボ=サスラについて恐ろしい予言が書かれています。
「地球上の生物はなべて、大いなる時の輪廻のはてに、ウボ=サスラのもとに帰する」
つまり、すべての生命が死に絶えた後、それらは不可逆的にウボ=サスラのもとに戻っていくというんです。
ウボ=サスラは始まりであり、同時に終わりでもある存在なんですね。
出典
原作
- クラーク・アシュトン・スミス「ウボ=サスラ」(『ウィアード・テイルズ』1933年7月号)
関連文献
- 『エイボンの書』(作中に登場する架空の魔術書)
- フランシス・レイニー「クトゥルー神話小辞典」(1943)
- リン・カーター「クトゥルー神話の神神」(1956)
- リン・カーター「陳列室の恐怖」(1976)
日本語訳収録
- 『クトゥルー4』(青心社、若林玲子訳)
- 『魔術師の帝国』(創土社、広田耕三訳)
- 『ヒュペルボレオス極北神怪譚』(創元推理文庫、大瀧啓裕訳)
- 『魔術師の帝国2 ハイパーボリア篇』(ナイトランド叢書、広田耕三訳)
まとめ
ウボ=サスラは、地球における生命の始まりと終わりを象徴する、クトゥルフ神話でも特に異質な存在です。
重要なポイント
- 「自存する源」と呼ばれる地球最古の神的存在
- 巨大な原生動物のような形のない灰色の塊
- 地球上のすべての生命を産み出した源
- 触れると細胞が腐って死ぬ危険な存在
- 周囲に神々の叡智を記した銘板を持つ
- ゾン=メザマレックの悲劇的な伝説で知られる
- すべての生命は最後にウボ=サスラのもとに帰る運命
クトゥルフ神話の中でも、生命の起源という根源的なテーマを扱った、哲学的で恐ろしい存在といえるでしょう。
私たち人間も、遠い昔にこの原初の存在から生まれたのかもしれないと考えると、なんとも言えない不気味な感覚が湧いてきませんか?


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