お座敷遊びで扇子を投げている場面を、映画やドラマで見たことはありませんか?
あれは「投扇興(とうせんきょう)」という江戸時代から続く伝統的な遊びです。
実は、この遊びの点数表には『源氏物語』全54帖の巻名がそのまま使われているんです。
「夕霧」が5点、「明石」が20点、最高得点の「夢浮橋」はなんと100点。
どうしてこんな点数配分になっているのか、気になりませんか?
この記事では、投扇興の点数表(銘定)と源氏物語の関係、そして実際の遊び方まで詳しく解説します。
投扇興ってどんな遊び?

基本ルール
投扇興は、扇子を的に向けて投げる対戦ゲームです。
使う道具は3つだけ。
- 扇(おうぎ):投げるための軽い扇子
- 蝶(ちょう):イチョウの葉のような形をした的
- 枕(まくら):蝶を乗せる桐の箱
緋毛氈(ひもうせん)の上に枕を置き、その上に蝶を立てます。
約90cm離れた場所から正座して扇を投げ、蝶に当てるというシンプルなルールです。
なぜ源氏物語なの?
ここが投扇興の面白いところ。
扇・蝶・枕が作り出す「形」によって点数が決まり、その形には『源氏物語』54帖の巻名がつけられています。
これを「銘定(めいじょう)」と呼びます。
たとえば、扇が蝶の上に覆いかぶさった形は「夕霧」。
霧が花を覆うイメージから、この名前がついたとされています。
源氏物語の情景や登場人物のイメージが、扇と蝶が織りなす形に見立てられているんです。
源氏物語形式の点数表(銘定)一覧
点数が低い銘(0〜10点)
初心者がよく出す銘から見ていきましょう。
| 銘名 | 読み方 | 点数 | 形の説明 |
|---|---|---|---|
| 手習 | てならい | 無点 | 蝶は倒れず、扇が地に落ちる |
| 花散里 | はなちるさと | 1点 | 蝶が倒れただけで、扇との位置関係がバラバラ |
| 関屋 | せきや | 2点 | 蝶は倒れず、扇が枕にもたれかかる |
| 薄雲 | うすぐも | 3点 | 扇が親骨の地紙部分のみで立つ |
| 藤袴 | ふじばかま | 4点 | 扇が要を上にして立つ |
| 葵 | あおい | 5点 | 扇の両裾が上がった状態 |
| 夕霧 | ゆうぎり | 5〜8点 | 倒れた蝶の上に扇が覆いかぶさる |
| 松風 | まつかぜ | 8点 | 蝶が枕の上で倒れる |
「花散里」は源氏物語の中では心優しい女性として描かれています。
でも点数は最低クラス。なぜでしょうか?
実は、投扇興では「形の美しさ」や「難易度」で点数が決まるため、物語の重要度とは関係がないんです。
中程度の銘(10〜30点)
少し練習すれば出せる銘です。
| 銘名 | 読み方 | 点数 | 形の説明 |
|---|---|---|---|
| 花宴 | はなのえん | 12〜15点 | 蝶が枕から宙吊りになる |
| 若紫 | わかむらさき | 15点 | 扇が末広がりの状態で立つ |
| 明石 | あかし | 20点 | 蝶が地に落ち、扇が枕に乗る |
| 須磨 | すま | 10点 | 蝶が地に落ち、扇が枕にもたれる |
| 竹河 | たけかわ | 15点 | 扇の両裾上がり状態で蝶が地に落ちる |
「明石」は光源氏が都を離れて暮らした場所。
扇が枕の上にあり、蝶(姫君の象徴)が地に落ちている形が、都を離れた寂しさを表しているとも言われています。
高得点の銘(30点以上)
ここからは大技の領域です。
| 銘名 | 読み方 | 点数 | 形の説明 |
|---|---|---|---|
| 澪標 | みおつくし | 35点 | 扇が枕に乗り、倒れた蝶が近くにある |
| 篝火 | かがりび | 50点 | 扇が枕の上で立つ |
| 桐壺 | きりつぼ | 75点 | 扇が枕に乗り、蝶が立っている |
| 胡蝶 | こちょう | 85点 | 枕の上に扇が乗り、その上に蝶が乗る |
| 夢浮橋 | ゆめのうきはし | 100点 | 扇が枕と立った蝶の間に架かり、地に接していない |
「夢浮橋」は源氏物語の最終帖。
100点という最高得点は、この形がいかに出にくいかを物語っています。
30年以上投扇興を続けている名人でも「一度も見たことがない」というほどの幻の技なんです。
ペナルティになる銘
力任せに投げると大変なことに。
| 銘名 | 読み方 | 点数 | 形の説明 |
|---|---|---|---|
| こつり | ― | 過料1点 | 扇の要側が枕に当たる |
| 野分 | のわき | 過料30〜50点 | 枕を倒してしまう |
「野分」は暴風雨を意味する言葉。
枕まで倒してしまうほど荒々しい投げ方は、マイナス30〜50点という大きなペナルティを受けます。
流派による点数の違い
投扇興には複数の流派があり、同じ銘でも点数や解釈が異なることがあります。
主な流派
| 流派名 | 特徴 |
|---|---|
| 其扇流(きせんりゅう) | 浅草を拠点。源氏物語形式54種を使用 |
| 都御流(みやこおんりゅう) | 京都の宮脇賣扇庵の点式をベースに使用 |
| 御扇流(みせんりゅう) | 百人一首形式を採用 |
| 戸羽流(とわりゅう) | 独自の百人一首形式31種 |
たとえば「花散里」の点数。
- 浅草流:1点
- 都御流:無点
流派によって「せっかく当たったのに無点?」という違いが生まれるんです。
体験会に参加する際は、その場で使われている点式を確認しておくと安心ですね。
銘定と源氏物語の巻名の対応
源氏物語54帖すべてが銘定として使われています。
ここでは、特に覚えておきたい銘を物語の流れとともに紹介します。
第一部(光源氏の栄華)
| 巻名 | 点数(浅草流) | 見立てのイメージ |
|---|---|---|
| 桐壺 | 75点 | 帝の愛した妃。蝶が凛と立つ姿 |
| 若紫 | 15点 | 幼い紫の上。扇が末広がりに立つ |
| 葵 | 5点 | 正妻・葵の上。両裾が上がった扇 |
| 夕顔 | ― | 儚く散った夕顔の花 |
| 須磨 | 10点 | 流謫の地。蝶が地に落ちる |
| 明石 | 20点 | 明石の君との出会い |
第二部(光源氏の苦悩)
| 巻名 | 点数(浅草流) | 見立てのイメージ |
|---|---|---|
| 若菜 | ― | 若菜を摘む姿。柏木との悲劇の始まり |
| 柏木 | ― | 女三宮との密通。罪の意識 |
| 夕霧 | 5〜8点 | 光源氏の息子。蝶を覆う霧 |
| 御法 | ― | 紫の上の死。仏法への帰依 |
| 幻 | ― | 紫の上を失った光源氏の悲嘆 |
宇治十帖
| 巻名 | 点数(浅草流) | 見立てのイメージ |
|---|---|---|
| 橋姫 | ― | 宇治の姫君たち |
| 浮舟 | ― | 悲劇のヒロイン |
| 夢浮橋 | 100点 | 物語の結末。橋のように架かる扇 |
最終帖「夢浮橋」が最高得点というのは、偶然ではないでしょう。
物語の終わりを飾る巻名が、最も出にくい大技につけられているのです。
投扇興の歴史
江戸時代の大流行
投扇興が生まれたのは1773年(安永2年)のこと。
伝説では、ある人が昼寝をしようとしたところ、蝶が邪魔をしてきたため扇を投げつけた。
ところが何度投げても当たらない。
その様子を見て「これは遊びになるのでは?」と思いついたのが始まりとされています。
瞬く間に京都から大阪、そして江戸へと広まり、庶民の間で大流行しました。
賭博による禁止令
人気が出すぎた結果、投扇興は賭博に使われるようになってしまいます。
1822年(文政5年)、幕府から禁止令が出されました。
「投扇の戯、世に行われしが、辻々に見世をかまへ賭をなして甲乙を争いしかば、八月にいたりて停らる」という記録が残っています。
明治〜現代
明治時代に入ると西洋文化が流入し、投扇興は一度衰退しました。
しかし戦後、その雅な趣が見直され、1975年頃に浅草で復興。
現在は各地に流派や同好会があり、大会も開催されています。
投扇興を体験するには?
体験できる場所
| 場所 | 特徴 |
|---|---|
| 京都の扇子店 | 宮脇賣扇庵、白竹堂などで体験可能 |
| 浅草 | 浅草見番での例会、浅草寺伝法院での大会 |
| 旅館・料亭 | お座敷遊びとして提供しているところも |
| 各地の同好会 | 日本投扇興連盟、信州みすず連など |
道具を揃えるなら
投扇興の道具一式は、京都の扇子専門店などで購入できます。
価格は数千円から4万円程度まで、箱の装飾によって異なります。
初心者向けのセットには、点数表(点式)が付いてくることが多いので、自宅でも楽しめます。
投げ方のコツ
上手に投げるためのポイントを紹介します。
基本姿勢
- 正座して背筋を伸ばす
- 扇を広げ、天(扇面の上)を前に向ける
- 手のひらに扇を乗せ、親指で要(かなめ)を軽く押さえる
投げ方
- 肘を前に伸ばすようにして、ふわっと放す
- 紙飛行機を飛ばすイメージ
- 扇が空中で半回転して、要側から蝶に当たるのが理想
力任せに投げると「野分」になってしまうので注意が必要です。
優雅に、風に乗せるように投げましょう。
まとめ
投扇興の点数表と源氏物語の関係、お分かりいただけたでしょうか。
この記事のポイント
- 投扇興の銘定は『源氏物語』54帖の巻名が使われている
- 点数は形の美しさや難易度で決まり、物語の重要度とは別
- 最高得点100点の「夢浮橋」は幻の大技
- 流派によって点数や解釈が異なる
- 江戸時代に庶民の間で大流行した歴史を持つ
源氏物語を知っていると、投扇興がもっと楽しくなります。
「夕霧」が出たら光源氏の息子を思い浮かべ、「明石」が出たら都を離れた源氏の姿を想像する。
単なるゲームではなく、日本の古典文学と遊びが融合した文化なんです。
ぜひ一度、投扇興を体験してみてください。
扇を投げた瞬間のドキドキと、銘が決まったときの達成感は格別ですよ。


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