「パラダイムシフト」という言葉を聞いたことはありませんか?
ビジネス書や日常会話でもよく使われるこの言葉、実はある一人の哲学者が生み出したものなんです。
その人物こそ、トーマス・クーン。
20世紀を代表する科学哲学者であり、科学がどのように発展するのかについて、それまでの常識をひっくり返す理論を打ち立てました。
この記事では、トーマス・クーンの生涯と思想、そして彼が残した「パラダイム」という概念についてわかりやすく解説していきます。
トーマス・クーンの概要
トーマス・サミュエル・クーン(Thomas Samuel Kuhn)は、1922年にアメリカで生まれた科学史家・科学哲学者です。
彼の名を一躍有名にしたのが、1962年に出版された『科学革命の構造』。
この本は100万部以上を売り上げ、25か国語以上に翻訳されました。
学術書としては異例のベストセラーであり、20世紀で最も引用された学術書の一つとされています。
クーンが提唱した「パラダイム」という概念は、科学哲学の枠を超えて社会科学やビジネスの世界にまで広がりました。
今では「ものの見方」「考え方の枠組み」という意味で日常的に使われていますが、これは実はクーン本来の意図からはかなり離れた使われ方なんです。
生涯と経歴
物理学者としてのスタート
クーンは1922年7月18日、オハイオ州シンシナティで生まれました。
ユダヤ系の家庭で育ち、父親は工業エンジニアでした。
1940年にハーバード大学に入学し、物理学を専攻します。
第二次世界大戦中は大学の研究所でレーダー対策技術の研究に従事し、イギリスやヨーロッパ大陸でも活動しました。
1943年に学士号、1946年に修士号、そして1949年に物理学で博士号を取得しています。
アリストテレスとの「出会い」
クーンの人生を大きく変えたのは、博士課程在学中のある出来事でした。
ハーバード大学の学部生向けに科学史の講義を担当することになったクーン。
その準備中に、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの物理学を読んだのです。
ところが、現代物理学を学んだクーンにとって、アリストテレスの記述はまったく意味不明でした。
なぜこんなデタラメな物理学が、2000年近くも信じられてきたのか?
悩んだ末、クーンはあることに気づきます。
「自分がアリストテレスを理解できないのは、ニュートン以降の物理学の枠組みで読んでいるからだ」
古代ギリシャ人の世界観に立って読み直してみると、アリストテレスの物理学にもちゃんと筋が通っていたのです。
この体験が、後の「パラダイム」概念の原点となりました。
研究者としてのキャリア
博士号取得後、クーンは物理学者としてのキャリアに疑問を感じるようになります。
科学史・科学哲学への関心が強まり、1948年から1951年にかけてハーバード大学のジュニア・フェローとして研究に専念しました。
その後のキャリアは以下の通りです。
| 期間 | 所属 | 役職 |
|---|---|---|
| 1951〜1956年 | ハーバード大学 | 助教授(科学史) |
| 1956〜1964年 | カリフォルニア大学バークレー校 | 教授(哲学部・歴史学部) |
| 1964〜1979年 | プリンストン大学 | 教授(科学史・科学哲学) |
| 1979〜1991年 | マサチューセッツ工科大学(MIT) | 教授(哲学) |
1969年から1970年にはアメリカ科学史学会の会長も務めています。
1994年に肺がんと診断され、1996年6月17日、マサチューセッツ州ケンブリッジで73歳の生涯を閉じました。
代表作『科学革命の構造』
科学史を変えた一冊
クーンの名を不朽のものにしたのが、1962年に出版された『科学革命の構造』(The Structure of Scientific Revolutions)です。
この本が出版されたのは、論理実証主義を推進するウィーン学団が企画した「統一科学国際叢書」の一冊としてでした。
皮肉なことに、この本は論理実証主義の衰退を決定づける一撃となります。
それまでの常識では、科学は「事実を積み重ねて、徐々に真理に近づいていく」ものと考えられていました。
まるで階段を一段ずつ上るように、着実に進歩していくイメージです。
クーンはこの常識に真っ向から異を唱えました。
「科学の歴史をちゃんと調べてみろ。そんな風には進んでいない」と。
科学は「革命」で進む
クーンによれば、科学の発展は連続的な進歩ではなく、断続的な「革命」の繰り返しです。
たとえば、天動説から地動説への転換を考えてみてください。
これは単に「新しい知識が加わった」のではありません。
宇宙の見方そのものが、根本からひっくり返ったのです。
クーンは、このような科学の根本的な変化を「科学革命」と呼びました。
そして、革命の前後で科学者たちが共有している世界観を「パラダイム」と名付けたのです。
パラダイムとは何か
クーンが定義した「パラダイム」
「パラダイム」という言葉は、もともと文法用語で「活用表」を意味していました。
「amo, amas, amat(愛する)」のように、動詞の活用パターンを示すものです。
クーンはこの言葉を借用して、科学における「模範」「手本」という意味で使いました。
クーン自身の定義によれば、パラダイムとは「一定の期間、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を提供する、一般的に認められた科学的業績」のことです。
ちょっとわかりにくいですね。
もう少し噛み砕いて言うと、こういうことです。
科学者たちが研究をするときには、「何が問題で、どうやって解けばいいか」という共通の前提があります。
教科書に載っている典型的な問題と解き方、これがパラダイムの核心なんです。
誤解されがちな「パラダイム」
現在、「パラダイム」という言葉は「ものの見方」「思考の枠組み」という広い意味で使われることが多いです。
ビジネス書でも「パラダイムシフトを起こそう!」なんてフレーズをよく見かけますよね。
しかし、これはクーン本来の意図からはかなり離れています。
クーンは自然科学の限られた領域についてパラダイムを考えていました。
社会科学や日常生活にまで拡大して使うことは、彼自身が望んでいたことではありません。
実際、パラダイム概念の曖昧さへの批判を受けて、クーンは後に「専門母型(disciplinary matrix)」という別の用語を提案しています。
ただ、すでに「パラダイム」という言葉が一人歩きを始めた後では、止めようがありませんでした。
通常科学から科学革命へ
クーンが描いた科学の発展モデル
クーンは、科学の発展を以下のような段階で説明しました。
第1段階:前パラダイム期
まだ支配的なパラダイムが確立されていない時期です。
さまざまな学派が乱立し、基本的な問題や方法についても合意がありません。
第2段階:通常科学
あるパラダイムが支配的になると、科学者たちはそのパラダイムに基づいて研究を進めます。
クーンはこれを「パズル解き」と呼びました。
教科書に載っている問題を解くように、パラダイムが提供するルールに従って、残された問題を埋めていく作業です。
科学の大部分の時間は、この「通常科学」の期間に費やされます。
第3段階:危機
パラダイムでは説明できない現象(アノマリー)が蓄積してくると、科学者たちの間に危機感が広がります。
最初は「実験の失敗だろう」「そのうち説明がつくはず」と片付けられていたものが、無視できなくなってくるのです。
第4段階:科学革命(パラダイムシフト)
ついに新しいパラダイムが登場し、古いパラダイムに取って代わります。
これが「科学革命」であり、「パラダイムシフト」と呼ばれるものです。
第5段階:新しい通常科学
革命が終わると、新しいパラダイムのもとで再び通常科学が始まります。
そしていつか、また新たな危機と革命がやってくる——この繰り返しが科学の歴史だとクーンは主張しました。
コペルニクス革命の例
クーンが最初の著書『コペルニクス革命』(1957年)で詳しく分析したのが、天動説から地動説への転換です。
古代から中世まで、人々は地球が宇宙の中心にあると信じていました(天動説、プトレマイオス体系)。
この世界観は、単なる天文学の理論ではありません。
キリスト教の宇宙観とも結びつき、人々の世界の見方そのものを形作っていました。
コペルニクスが地動説を唱えたとき、それは天文学の問題だけではなかったのです。
「宇宙の中心にいる人間」という自己イメージまで揺るがす、根本的な変革だったわけです。
興味深いのは、コペルニクスの地動説が最初から天動説より「正確」だったわけではないこと。
むしろ、惑星の位置予測という点では、当初は天動説とそれほど変わらなかったのです。
では、なぜ地動説は受け入れられたのか?
クーンによれば、それは単に「より正確だったから」ではなく、ガリレオの望遠鏡観測、ケプラーの惑星運動の法則、そしてニュートンの力学といった要素が組み合わさって、初めて新しいパラダイムとして確立されたのです。
通約不可能性——パラダイム間の「断絶」
新旧パラダイムは比較できない?
クーンの主張の中で最も議論を呼んだのが「通約不可能性(incommensurability)」という概念です。
通約不可能性とは、異なるパラダイム間には「共通の尺度がない」という考え方です。
新しいパラダイムの正しさを、古いパラダイムの基準で判断することはできない。
逆もまた然り。
たとえば、天動説の世界で生きている人に地動説を説明しようとしても、根本的な前提が違いすぎて、まともな議論にならない——というイメージです。
クーンは、パラダイムの転換を「ゲシュタルト・スイッチ」や「宗教的改宗」に例えました。
ウサギにもアヒルにも見える有名な「だまし絵」を思い浮かべてください。
ウサギとして見ているときはアヒルが見えない。その逆も同じ。
パラダイムの転換も、これに似た「見え方の切り替わり」だというのです。
相対主義への批判
この主張は、多くの批判を招きました。
「科学的理論を客観的に比較できないなら、どうやって『より良い理論』を選べるのか?」
「結局、科学は主観的なものに過ぎないのか?」
特に、科学哲学者カール・ポパーをはじめとする人々は、クーンを「相対主義者」「非合理主義者」として激しく批判しました。
クーン自身は、この批判を強く否定しています。
彼は確かに「理論に依存しない客観的な真理へのアクセス」は否定しましたが、科学が進歩してきたことは認めていました。
後のパラダイムは前のパラダイムより「真理に近い」とは言えないかもしれないが、問題解決能力は向上している——というのがクーンの立場です。
ただ、この微妙な立場は誤解されやすく、クーン自身も「私はクーン主義者ではない!」と叫んだというエピソードが残っています。
ポパーとの論争
1965年のシンポジウム
クーンの思想をめぐる論争で最も有名なのが、カール・ポパーとの対立です。
ポパーは「反証可能性」という基準で科学と非科学を区別する考え方を提唱した哲学者。
科学理論は反証(間違いを証明すること)によって進歩する、というのがポパーの主張でした。
1965年、ロンドンで開かれた科学哲学のシンポジウムで、両者は直接対決しました。
このシンポジウムは後に「ポパー派によるクーンの袋叩き」と評されるほど、クーンは徹底的に批判されました。
二人の立場の違い
| 項目 | ポパー | クーン |
|---|---|---|
| 科学の進歩 | 反証と批判によって進む | パラダイムシフトによって進む |
| 科学者の姿勢 | 常に批判的であるべき | 通常科学では「パズル解き」に専念 |
| 理論の比較 | 客観的に比較可能 | 通約不可能な場合がある |
| 重視するもの | 科学の「あるべき姿」(規範的) | 科学の「実際の姿」(記述的) |
ポパーにとって、クーンの主張は科学の合理性と客観性を脅かす危険思想でした。
「通常科学」で科学者がパラダイムを無批判に受け入れるという描写は、科学者の理想像に反するものだったのです。
一方、クーンは自分が「科学の歴史を正確に記述しようとしただけ」と反論しました。
ポパーの反証主義は理想としては美しいが、実際の科学史を見れば、そんな風に進んでいないではないか、と。
論争の遺産
この論争は単なる学術的な議論にとどまらず、20世紀後半の科学論・科学社会学に大きな影響を与えました。
クーンの思想は、科学が社会的・歴史的な文脈の中で営まれることを強調する「科学社会学」の発展を促しました。
一方で、「科学も結局は社会的構築物に過ぎない」という極端な相対主義(クーン自身は否定していた立場)にお墨付きを与えてしまった側面もあります。
影響と遺産
科学哲学への貢献
クーンの登場以前、科学哲学は主に「科学的方法とは何か」を論理的に分析する学問でした。
クーンは、科学の歴史を実際に調べることの重要性を示し、科学哲学を歴史学と結びつけました。
今日では、科学哲学を学ぶ上で『科学革命の構造』は必読書となっています。
学問を超えた影響
「パラダイム」「パラダイムシフト」という言葉は、科学哲学の枠を大きく超えて広まりました。
社会学、政治学、経済学、経営学……さまざまな分野で「パラダイム」という言葉が使われるようになり、ビジネス書の定番用語にもなっています。
ただし、これらの用法の多くは、クーン本来の限定的な意味からは離れています。
クーン自身、こうした拡大解釈には批判的でした。
主な著作
| 出版年 | 書名 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| 1957年 | The Copernican Revolution | 『コペルニクス革命』(常石敬一訳、講談社学術文庫) |
| 1962年 | The Structure of Scientific Revolutions | 『科学革命の構造』(中山茂訳、みすず書房) |
| 1977年 | The Essential Tension | 『本質的緊張』(安孫子誠也・佐野正博訳、みすず書房) |
| 1978年 | Black-Body Theory and the Quantum Discontinuity | 『黒体理論と量子不連続性』 |
| 2000年 | The Road Since Structure(死後出版) | 『構造以来の道』(佐々木力訳、みすず書房) |
まとめ
トーマス・クーンの思想のポイントをまとめます。
- パラダイム:科学者共同体が共有する「模範的な問題と解法」のこと
- 通常科学:パラダイムに基づいて行われる日常的な研究活動(「パズル解き」)
- 科学革命:古いパラダイムが新しいパラダイムに置き換わる根本的な変化
- 通約不可能性:異なるパラダイム間には「共通の尺度」がないという主張
- 科学の進歩:連続的な知識の蓄積ではなく、断続的な革命の繰り返し
クーンは、科学が「真理に向かって一直線に進む」という素朴なイメージを覆しました。
科学者も人間であり、その時代の「常識」に縛られている——という指摘は、科学を神聖視しすぎない健全な視点を私たちに与えてくれます。
一方で、クーンの思想は「科学も所詮は主観的なもの」という誤解を招きやすい面もあります。
クーン自身が「私はクーン主義者ではない!」と叫んだように、彼の思想は今も誤解と議論の的であり続けています。
科学とは何か、知識とは何かを考えるとき、クーンの問いかけは今なお色あせていません。


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