山で修行する山伏の前に、突然現れる赤ら顔で鼻の高い不思議な存在。
それが天狗です。
平安時代から語り継がれるこの妖怪は、時には人を助け、時には恐ろしい災いをもたらす、日本の山岳信仰と深く結びついた存在なんです。
この記事では、日本の山の守り神とも魔物ともされる「天狗」について、その姿や種類、驚くべき能力、そして興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要
天狗(てんぐ)は、日本各地の山に棲むとされる伝説上の存在です。
神とも妖怪ともされ、強力な神通力を持っていると信じられてきました。
山岳信仰や修験道と深く結びついており、日本中には十二万五千もの天狗がいるとも言われています。東北から九州まで、霊峰と呼ばれる山には必ずといっていいほど天狗が祀られているんですね。
天狗は仏法を妨げる魔物とされる一方で、山の神として崇められることもあります。この二面性が天狗の大きな特徴なんです。
姿・見た目
天狗の姿は、時代によって少しずつ変化してきました。
現代のイメージ
現在、私たちが思い浮かべる天狗の姿はこんな感じです。
典型的な天狗の外見
- 顔:真っ赤な顔
- 鼻:非常に高く長い鼻
- 服装:山伏(修験者)の装束
- 履物:一本歯の高下駄
- 持ち物:羽団扇(はうちわ)
- 翼:背中に翼があり、空を飛べる
この赤ら顔で鼻の高い姿は、近世以降に広まったものなんですね。
歴史的な変遷
実は平安時代には、天狗は鳶(とび)のような鳥の姿で想像されることが多かったんです。
『今昔物語集』などの古い文献には、「鷹」と呼ばれる魔物や、顔は天狗で体は人間、一対の羽を持つ姿が記されています。つまり、もともとは鳥類的な特徴が強かったわけですね。
種類
天狗には様々な種類があり、それぞれに特徴があります。
大天狗(鼻高天狗)
最も強い神通力を持つ天狗が大天狗です。
赤ら顔で鼻が非常に高いことから、鼻高天狗とも呼ばれています。この高い鼻は、自分の知恵や技能を鼻にかけて慢心したためだとされるんです。
あるいは、人に剣術を教えたり、超能力を授けたりと教えたがり屋で、「先生」と呼ばれて得意になるのが好きだったからかもしれません。
優れた僧侶や修験者が死後に大天狗になると信じられており、そのため他の天狗より強大な力を持つとされています。
烏天狗(からすてんぐ)
烏のような嘴(くちばし)を持った天狗です。
小天狗とも呼ばれ、山伏の装束を着て、猛禽類のような羽毛に覆われています。剣術に優れており、あの有名な牛若丸(源義経)に剣を教えたのも、鞍馬山の烏天狗だとされているんですよ。
神通力も持っていますが、強い相手に負けそうになるとすぐに逃げてしまうため、臆病な天狗ともいわれます。
木の葉天狗
実力の中間層に位置する天狗で、関西地方に多く見られたとされています。
扇羽根のような羽を持ち、「ヒイヒイ」と鳴きながら夜空を舞うこともあるそうです。人気者であることが多く、修験者が修行を積んで木の葉天狗に化身したという伝承もあります。
その他の天狗
猿天狗は狼のような姿をした天狗で、山中で「オイオイ」と呼ぶ声を立てて人を驚かせます。
龍神系の天狗は、飯綱(いいづな)系とも呼ばれ、白狐の面を持ち、火炎を背にした姿で描かれることが多いんです。長野県の飯綱山や東京都の高尾山などが拠点だったとされています。
特徴・能力
天狗は様々な超能力を持っているとされました。
変化術
天狗の変身能力は驚くべきものです。
変化の例
- 姿を消す
- 自分の幻影を作る
- 僧侶、老人、美青年に化ける
- 鳥や狼などの動物に化ける
- 人に幻覚を見せる
「仏が降臨したように見せかけて、馬糞を饅頭だと言って食べさせる」といった悪質ないたずらも記録されています。
移動能力
天狗の飛行能力はほとんど瞬間移動に近いレベルです。
人間一人くらいなら抱えたまま何百キロメートルも飛び続けることができ、空中で静止することもできます。愛媛県の伝承では、子供が山頂から一瞬で家に送り届けられた話が残っているんですよ。
気象操作
羽団扇を使って様々な気象現象を引き起こすとされました。
天狗が起こす現象
- 石礫や「天狗礫(てんぐつぶて)」を降らせる
- 突風を起こして建物を倒壊させる
- 火災を引き起こす(江戸や大阪の大火は天狗の仕業とされた)
- 山鳴りや木が倒れる音を立てる
また、人の心を読んだり、未来を予言したりする能力も持っているとされています。
武器製造
手製の剣や鉄砲を作り、各地の忍者に伝えたという伝承もあります。
有名な天狗
日本各地の霊峰には、名の知れた大天狗が棲むとされました。
日本を代表する八天狗
特に有名な八天狗
- 愛宕山太郎坊(京都)
- 比良山次郎坊(滋賀)
- 飯綱三郎(長野)
- 鞍馬山僧正坊(京都)
- 大山伯耆坊(鳥取)
- 彦山豊前坊(福岡)
- 大峰山前鬼坊(奈良)
- 白峰相模坊(香川)
さらに別格として、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が変化したとされる石鎚山法起坊を加えることもあります。
四十八天狗
江戸時代中期に書かれた『天狗経』には、日本中に四十八種、十二万五千五百もの天狗がいると記されています。
これらは基本的に天狗の住処と、その地域の天狗集団の名前を表しているんですね。
伝承
天狗にまつわる不思議な伝承は数多く残されています。
牛若丸と鞍馬山の天狗
最も有名な天狗伝説の一つが、幼い源義経(牛若丸)が鞍馬山で天狗から剣術を学んだという話です。
鞍馬山には魔王天狗と呼ばれる強力な天狗が棲んでおり、その配下の烏天狗たちが牛若丸に武術を教えたとされています。これが後の源義経の驚異的な戦闘能力の源になったというわけですね。
天狗倒し
山中で突然、大木を切り倒すような大音響が聞こえることがあります。これを「天狗倒し」といい、天狗の仕業とされました。
不思議なことに、音はすれども実際に木が倒れているわけではないんです。鉄砲を三発撃てば、この怪音が止むという説もあります。
天狗礫(てんぐつぶて)
深い山の中で、突然あたり一面に石が降ってくる現象です。
昔、秋田県檜山で狩りをしていた若者たちが、この天狗礫に遭遇しました。知識のある仲間が「みんな座れ!」と叫び、全員が座ると、石は彼らの頭上を飛び越えていったそうです。
天狗礫に遭うと決まって獲物が捕れなくなると信じられていました。
天狗火
夜中に山や海辺に現れる不思議な火の玉です。
遠州(現在の静岡県)など東海地方では、この火に出会った者は必ず病気になると恐れられました。遠くに見えていても、人が呼ぶとたちまち目の前まで飛んでくるという恐ろしい特性があったんです。
神隠し
天狗は「神隠し」の犯人としてもよく語られます。
愛媛県の石鎚山では、子供が山頂で小便をしていたところ、真っ黒い顔の大男(烏天狗)が現れ、「こんな所で小便をしてはいけないよ」と優しく注意し、目を瞑らせて一瞬で家まで送り届けた話が残っています。
起源・由来
天狗という概念は、実は中国から伝わってきたものなんです。
中国の天狗
古代中国では、天狗は流れ星のように空を飛ぶ気体の怪物として記されていました。
大気圏に突入した火球が空中で爆発し、大音響を発する天体現象を、咆哮を上げて天を駆け降りる犬の姿に見立てたんですね。つまり、文字通り「天の狗(犬)」だったわけです。
中国では天狗は災いをもたらす凶星として恐れられ、日食や月食を起こすという信仰もありました。
日本での変化
日本での初出は『日本書紀』の637年で、巨大な流れ星が雷のような轟音を立てて東から西へ流れた記録があります。
この時は中国と同じく流星の意味でしたが、その後、長い間文献に登場しませんでした。そして平安時代に再び登場した時には、山の妖怪として語られるようになっていたんです。
修験道との結びつき
奈良時代から行われていた山岳信仰や修験道と結びついたことが、日本独自の天狗像を作り出しました。
山伏は名利を得ようとする傲慢な者として、死後に天狗になると考えられたんです。一方、民間では山で起きる不思議な現象を天狗の仕業と呼び、山の神として畏怖しました。
現在の赤ら顔で鼻の高い山伏姿の天狗は、こうした日本独自の発展の結果なんですね。
猿田彦との関係
日本神話の猿田彦神(さるたひこのかみ)も天狗と同一視されることがあります。
『日本書紀』によれば、猿田彦は鼻の長さが1メートルを優に超え、背は2メートル以上、目は大きく丸く赤かったとされています。この容姿の描写が天狗のイメージと重なり、祭礼で猿田彦役が天狗の面をかぶることが多いんです。
ただし、これは中世以降の神道家が唱えた説で、本来は別の存在だったという指摘もあります。
まとめ
天狗は、中国から伝わった概念が日本の山岳信仰と融合して生まれた、独特の存在です。
重要なポイント
- 日本各地の山に棲む神とも妖怪ともされる存在
- 赤ら顔で鼻が高く、山伏姿が典型的なイメージ
- 大天狗、烏天狗、木の葉天狗など様々な種類がある
- 変身、飛行、気象操作など驚異的な能力を持つ
- 牛若丸への剣術指導など、数多くの伝承が残る
- 中国の流星信仰が日本の山岳信仰と結びついて成立
- 修験道や山伏との深い関わりがある
- 山の神として崇められる一方、仏法を妨げる魔物ともされた
現在でも日本各地の神社には天狗が祀られており、火伏せの神として信仰を集めています。山で不思議な音や現象に出会ったら、もしかしたら天狗の仕業かもしれませんね。

