海辺の岩場から、巨大なタコの足がニョキッと伸びていたら、あなたは切り取って持ち帰りますか?
日本各地の沿岸部には、そんな誘惑に負けた人間を海底へと引きずり込む恐ろしい妖怪の話が伝わっています。
その名も「大蛸の足」。毎日一本ずつ足を奪われながらも、最後の一本で必ず復讐を果たす、執念深い海の妖怪なんです。
この記事では、西日本の漁村で語り継がれてきた妖怪「大蛸の足」について、その特徴と伝承を詳しくご紹介します。
概要

大蛸の足は、愛媛県や熊本県など西日本の沿岸地域に伝わる妖怪です。
普通のタコとは違い、岩場に棲みつく主(ぬし)として恐れられてきました。その足は人間の背丈ほどもあり、売れば大金になるほど立派なものだったそうです。
この妖怪の恐ろしさは、単に巨大というだけではありません。七本の足を奪われても耐え忍び、八本目を取ろうとした瞬間に復讐するという、執念深い性質を持っているんです。
欲に目がくらんだ人間を海に引きずり込み、二度と戻さない。そんな恐ろしい存在として、漁師たちの間で語り継がれてきました。
伝承

欲深い老婆を襲った大蛸(愛媛県・婆ヶ岩)
1963年に記録された愛媛県の伝承です。
欲深な老婆が岩の上で大きなタコを見つけました。彼女は誰にも言わず、毎日一本ずつその足を切って食べていったんです。
七日間で七本の足を食べ終え、八日目に最後の一本を切りに行ったとき…
「お前のような強欲な者はこうしてやる!」
大蛸は残った一本の足で老婆を巻きつけ、海へ引き込んでしまいました。
それ以来、この岩は「婆ヶ岩」と呼ばれるようになったそうです。
おくん婆さんの悲劇(熊本県・天草)
『まんが日本昔ばなし』でも紹介された、熊本県天草の白瀬に伝わる話です。
大蛸との出会い
ケチで有名なおくん婆さんが、嵐の後の磯で巨大なタコの足を見つけました。これを街で売れば大儲けできると考えた婆さんは、鎌で足を切り取って牛深の街で売りました。
翌日も同じ岩場に行くと、また大きな足が出ています。婆さんは毎日一本ずつ足を切っては売り、たいそうな儲けになりました。
隣人の忠告
七日目の夜、隣の爺さんが訪ねてきて言いました。
「あのタコの足はもう何本切った? 明日最後の足を切られたら、あのタコはもう生きていけん。あまりむごいことをすると、どんな祟りがあるかわからんぞ」
しかし婆さんは耳を貸しませんでした。
夢の中の警告
その夜、婆さんは恐ろしい夢を見ました。
いつもの岩場でタコの足を引いていると、大蛸が海から現れて「最後の足だけは切らないで」と泣きながら頼むのです。
復讐の時
翌朝、婆さんは夢のことなど忘れて岩場へ向かいました。八本目の足を引っ張り始めたそのとき、突然めまいを起こして海に落ちてしまいます。
婆さんは海中へと引きずり込まれ、空はかき曇り、一晩中大嵐が吹き荒れました。
嵐が去った後、婆さんの姿を見た者は誰もいなかったそうです。
この場所は「おくん瀬」と呼ばれるようになりました。
美しい娘に恋をした大蛸(愛媛県・大三島)
瀬戸内海の大三島には、少し変わった大蛸の話が残っています。
大蛸の求婚
十七歳の美しい娘・お浜が、じじ岩・ばば岩で潮干狩りをしていたときのこと。岩の主である大蛸が、お浜の姿に心を奪われてしまいました。
大蛸はお浜に求婚しますが、娘はすぐには答えられません。すると大蛸は毎晩のように暴風を起こすようになったんです。
娘の策略
困ったお浜は、ある条件を出しました。
「あなたの八本足が気に入りません。私に毎日一本ずつ切らせてください。あなたが二本足になったとき、私は喜んで嫁に行きます」
大蛸はしぶしぶ承知し、お浜は毎日一本ずつ足を切りに通いました。
裏切りと報い
六本目を切り終え、嫁入りの日がやってきました。お浜は船で沖に出ます。
しかし彼女の本当の目的は、残る二本の足も切ってしまうことだったんです。大蛸が現れると、隠し持った刃物で残りの足も切ろうとしました。
ところがまったく歯が立たず、怒った大蛸はお浜を抱いて海の底へと沈んでしまいました。
その後、父親が毎日海に潜って娘を探しましたが、二度とお浜の姿を見ることはなかったそうです。
まとめ
大蛸の足は、人間の欲望や裏切りに対して恐ろしい復讐を果たす、西日本の海の妖怪です。
重要なポイント
- 愛媛県・熊本県など西日本の沿岸部に伝わる妖怪
- 岩場に棲みつく巨大な蛸の主(ぬし)
- 七本の足を奪われても耐え、八本目で必ず復讐する
- 欲深い者や裏切り者を海に引きずり込む
- 「婆ヶ岩」「おくん瀬」など地名の由来となっている
- 海の恵みへの感謝と節度を教える存在
この妖怪が伝えるのは、「取りすぎてはいけない」「生き物を侮ってはいけない」という教訓です。
もし海辺で巨大なタコの足を見つけても、欲を出して全部取ろうとしてはいけません。八本目に手を出したとき、あなたも海の底へ引きずり込まれてしまうかもしれませんからね。
参考文献
- 『熊本の伝説』(日本の伝説26)荒木精之著、角川書店、1978年
- まんが日本昔ばなし「たこの足」


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