【空から現れた巨大な七宝の塔】多宝塔とは?法華経の奇跡と日本独自の建築美

神話・歴史・伝承

お寺を訪れたとき、ちょっと変わった形の塔を見たことはありませんか?

下の階は四角いのに、上の階は丸い形をしている、不思議なバランスの塔。それが「多宝塔」なんです。

この美しい塔は、仏教経典『法華経』に記された驚くべき奇跡の物語から生まれました。大地を突き破って空中に浮かぶ巨大な宝の塔、そしてその中から響く神秘的な声──。

この記事では、多宝塔の起源となった法華経の神話から、日本独自に発展した建築様式まで、多宝塔の魅力を分かりやすくご紹介します。

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概要

多宝塔(たほうとう)は、日本の寺院に見られる特殊な形式の仏塔です。

初層(下の階)が四角形、上層(上の階)が円形という独特の構造を持ち、主に真言宗のお寺で見ることができます。

この塔の名前と形は、仏教の重要な経典である『法華経』に登場する劇的なエピソードに由来しているんです。空から現れた七宝の塔と、その中にいた多宝如来(たほうにょらい)という仏様の物語が、この美しい建築を生み出しました。

現在の多宝塔の形式は日本独自のもので、平安時代の僧侶・空海が計画した塔が原型となっています。

法華経に記された奇跡の物語

多宝塔の起源を知るには、まず『法華経』の「見宝塔品(けんほうとうぼん)」という章に登場する神話的なエピソードを知る必要があります。

空中に浮かぶ巨大な塔

その日、釈迦(しゃか、お釈迦様のこと)は霊鷲山(りょうじゅせん)という山で『法華経』の教えを説いていました。

すると突然、大地が裂けて、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られた巨大な塔が地中から現れたんです

その塔はゆっくりと空中へ浮かび上がり、雲の上にそびえ立ちました。

塔の中から聞こえた声

驚く弟子たちの前で、塔の中から大きな声が響きました。

「すばらしい!釈尊よ。あなたの説く法華経の教えは、すべて真実である」

その声の主は、多宝如来という仏様でした。多宝如来は、釈迦よりもずっと昔に悟りを開いた過去の仏で、東方の宝浄国という遠い世界に住んでいたとされています。

二仏並座の場面

釈迦が塔の扉を開けると、中には多宝如来が座っていました。

多宝如来は自分の座席の半分を空けて、釈迦を隣に招きました。そして二人の仏様は並んで座り、釈迦は説法を続けたのです。

この「二仏並座(にぶつびょうざ)」と呼ばれる場面は、法華経の中でも特にドラマチックで感動的なシーンとして知られています。

誓願の意味

実は多宝如来は、生前にこんな誓いを立てていました。

「世界のどこかで『法華経』が説かれるなら、私は必ず宝塔とともに現れて、その正しさを証明しよう」

つまり、多宝如来の出現は、釈迦の教えが真実であることの証明だったんですね。

多宝如来ってどんな仏様?

多宝如来は、釈迦よりも前の時代に悟りを開いた「過去仏(かこぶつ)」の一人です。

基本情報

多宝如来の特徴

  • サンスクリット名:プラブータ・ラトナ(「豊かな宝」の意味)
  • 住処:東方の宝浄国(無限のかなたにある世界)
  • 役割:法華経の正しさを証明する仏
  • 別名:不動如来、無動如来

仏像としての表現

多宝如来の像は、単独で作られることはほとんどありません

ほぼ必ず釈迦如来とペアで表現されるんです。これは法華経の「見宝塔品」で二人が並んで座った場面を再現しているから。

安置の決まり

  • 向かって左:多宝如来
  • 向かって右:釈迦如来

この配置は法華経の記述に基づいて決められています。

日蓮宗での重視

日蓮宗や法華宗では、多宝如来を特に重要視しています。

これらの宗派では「一塔両尊(いっとうりょうそん)」という形式をよく見かけます。中央に「南無妙法蓮華経」と書かれた宝塔を置き、その両脇に釈迦如来と多宝如来を配置する形なんです。

多宝塔の建築的特徴

現代の建築用語では、初層が四角形、上層が円形の二層塔を多宝塔と呼びます。

基本構造

多宝塔の構造

  • 初層(下の階):平面が方形(四角形)、通常は方三間(一辺に柱が4本)
  • 亀腹(かめばら):初層と上層の間にある漆喰塗りの円形部分
  • 上層(上の階):平面が円形、12本の柱を円形に配置
  • 屋根:宝形造(ほうぎょうづくり、四角錐の形)
  • 相輪(そうりん):頂上の装飾、そこから鉄の鎖を四隅の軒先につなぐ

この「亀腹」という丸い部分が、多宝塔の最大の特徴なんです。漆喰で塗り固められた白い壁が、まるで亀の甲羅のように見えることから、この名前がついたとされています。

内部構造

初層の内部には須弥壇(しゅみだん)という台座を設けて、仏像を安置するのが原則です。

多くの場合、大日如来(だいにちにょらい)という密教の中心的な仏様を本尊として祀ります。ただし、日蓮宗のお寺では多宝如来と釈迦如来を安置することもあります。

多宝塔と宝塔の違い

似たような名前の「宝塔」という建築もあります。

宝塔の特徴

  • 塔身(本体)が円筒形
  • その上に四角錐の屋根
  • 多宝塔よりシンプルな構造

一方、多宝塔は初層が方形、上層が円形という二層構造。この違いを覚えておくと、お寺巡りがもっと楽しくなりますよ。

多宝塔の歴史と起源

ここで不思議なことがあります。

法華経には「七宝の塔」や「宝塔」とは書かれていますが、具体的な形については何も記されていないんです。

では、今私たちが見る多宝塔の形は、どこから来たのでしょうか?

中国と日本の違い

中国の雲岡や龍門には、多宝塔を表現した浮き彫りが残っています。

これらはすべて三層の塔で、第一層または第二層に釈迦と多宝如来が並んで座る姿が彫られているんです。つまり、中国では普通の多層塔として表現されていました。

日本でも初期には同様でした。686年の長谷寺の板仏には、六角形の三層塔として描かれています。

空海の革新

現在の多宝塔の形式を生み出したのは、平安時代初期の僧侶・空海(くうかい、774-835年)だと考えられています。

空海は高野山に「毘盧遮那法界体性塔(びるしゃなほっかいたいしょうとう)」という塔の建立を計画しました。この塔こそが、初層が方形、上層が円形という、今の多宝塔の原型なんです。

この独特な形には、密教の深い教えが込められていると言われています。

南天竺の鉄塔伝説

この形式が定着したきっかけには、もう一つの伝説があります。

インドの南部(南天竺)に鉄で作られた塔があり、その形を模したという言い伝えです。実在したかは不明ですが、この伝説が日本独自の多宝塔様式を正当化する役割を果たしたんですね。

久米寺の多宝塔

記録に残る日本最初の多宝塔は、奈良の久米寺に建てられたものです。

高さは八丈(約24メートル)にも及ぶ大きな塔でした。残念ながら現存していませんが、これ以降、多宝塔の建立が盛んになっていきます。

密教との関係

平安時代に密教が広まると、多宝塔の建立はさらに増えました。

  • 821年(弘仁12年):比叡山に多宝塔が建立
  • 887年(仁和3年):高野山に多宝塔が建立

密教では宇宙の真理を象徴する建築として、多宝塔が重視されたんです。

代表的な多宝塔

日本各地には、美しい多宝塔が今も残っています。

国宝に指定された多宝塔

石山寺多宝塔(滋賀県大津市)

  • 現存最古の多宝塔
  • 建久年間(12世紀末、1190年代)の建立
  • 高さ約17メートル
  • 内部に大日如来を安置

石山寺の多宝塔は、多宝塔建築の完成形として高く評価されています。初層の方三間の構造、美しい亀腹、そして円形の上層が調和した、まさに芸術作品です。

その他の国宝多宝塔

  • 慈眼院(大阪府泉佐野市)
  • 長保寺(和歌山県海南市)
  • 金剛三昧院(和歌山県高野町)
  • 根来寺(和歌山県岩出市)
  • 浄土寺(広島県尾道市)

根来寺大塔の特異性

和歌山県の根来寺には、特別に大きな多宝塔があります。

一般的な多宝塔は初層が方三間ですが、根来寺大塔は方五間(一辺に柱が6本)という巨大なスケール。内部には12本の柱が円形に配置され、さらにその内側に四天柱という4本の柱が立つ複雑な構造なんです。

この特殊な構造は、多宝塔の原型が円筒形の塔身に裳階(もこし、ひさし状の屋根)を付けた形だったことを示していると考えられています。

東大寺戒壇院の二仏像

奈良の東大寺戒壇院には、中央の塔の中に釈迦如来と多宝如来の並坐像が安置されています。

これは中国の唐時代に作られたもので、日本に伝わった貴重な遺品です。まさに法華経の「見宝塔品」の場面を立体的に表現した仏像なんですね。

まとめ

多宝塔は、仏教経典の神話的な場面から生まれた、日本独自の美しい建築様式です。

重要なポイント

  • 法華経に登場する「空中に現れた七宝の塔」が起源
  • 多宝如来が釈迦の説法を証明した奇跡の物語に基づく
  • 初層が四角形、上層が円形という日本独自の形式
  • 空海の高野山の計画が現在の形の原型
  • 石山寺の多宝塔が現存最古(12世紀末)
  • 密教の広まりとともに全国に建立された
  • 宇宙の真理を象徴する神聖な建築

お寺を訪れたとき、多宝塔を見つけたら、その独特な形の中に込められた法華経の壮大な物語を思い出してみてください。千年以上前の人々が、経典に描かれた奇跡の光景を建築という形で表現しようとした情熱が伝わってくるはずです。


参考文献

  1. 『法華経』見宝塔品第十一
  2. 『仏像』「釈迦」の項(多宝如来の記述を含む)
  3. 日本建築史関連文献(多宝塔の建築様式と歴史)
  4. 寺院建築用語辞典(多宝塔と宝塔の定義)
  5. 各寺院の文化財指定資料

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