北欧神話に登場する太陽の女神ソール(Sól)は、毎日天空を駆け巡り、世界に光と暖かさをもたらす存在です。
美しさゆえに「太陽」という名を与えられ、神々の怒りを買って太陽の御者となった彼女の物語は、北欧神話の中でも独特な悲劇性を持っています。
常に狼に追われながらも使命を果たし続け、ラグナロクで滅びた後も娘が新たな太陽となって世界を照らす──そんなソールの神話を、一次資料に基づいて詳しく解説します。
概要
ソールは北欧神話における太陽の女神であり、太陽の馬車を駆る御者です。
古ノルド語で「太陽」を意味するその名の通り、彼女は太陽そのものと同一視されることもあります。
『新エッダ』や『古エッダ』といった一次資料に記録されており、北欧神話の宇宙観において重要な役割を担っています。
名前の意味と別名
ソール(Sól)という名前は、古ノルド語で「太陽」を直接意味します。
この名前は、インド神話のスーリヤ(Surya)、リトアニア神話のサウレ(Saulė)、ラテン語のソール(Sol)と同語源とされています。
別名として、スンナ(Sunna)とも呼ばれます。
これは古高ドイツ語での呼び名で、古英語ではシゲル(Sigel)またはスィエル(Siġel)と呼ばれました。
太陽の運行は「妖精の栄光」を意味するアールヴレズル(Alfrodull)という名でも呼ばれています。
家族関係
ソールの家族構成は以下の通りです。
父: ムンディルファリ(Mundilfari)
「特定の時間に従って動く者」を意味する名前を持つ人間、または天体の運行を人格化した存在とされています。
兄弟: マーニ(Máni)
月の神。ソールとともに天体の運行を司ります。
夫: グレンル(Glenr)
「雲の隙間」を意味する名を持つ神ですが、詳細はほとんど伝わっていません。
娘: アールヴレズル(Alfrodull)
「妖精の円盤」または「妖精の光」を意味します。
母ソールがラグナロクで滅びた後、新しい太陽となって世界を照らす運命にあります。
太陽の御者としての役割
ソールは太陽を引く馬車の御者として、毎日天空を駆け巡ります。
馬車を引く馬
ソールの馬車を引く二頭の馬には、それぞれ名前があります。
アールヴァク(Árvakr): 「早起き」を意味します。
アルスヴィズ(Alsviðr): 「快速」を意味します。
『古エッダ』『グリームニルの歌』によれば、馬車には「イーサルンコル(Ísarnkol)」と呼ばれる鞴(ふいご)が取り付けられています。
これは馬たちの体を冷やすための装置とされています。
盾スヴァリン
『古エッダ』『グリームニルの歌』第38節では、太陽の前にスヴァリン(Svalinn)という盾が立っていると語られています。
もしこの盾が落ちれば、山も海も炎に包まれてしまうとされています。
神話における主要エピソード
太陽と月の名を与えられた兄妹
『新エッダ』『ギュルヴィたぶらかし』第11-12章によれば、ムンディルファリという男に二人の美しい子供がいました。
父は自分の子供たちの美しさを誇りに思い、娘にソール(太陽)、息子にマーニ(月)という名前をつけました。
しかし神々はこの傲慢さに激怒しました。
人間の身でありながら太陽と月の名を名乗ることは、神々への冒涜と受け取られたのです。
太陽の御者となる罰
怒った神々は、ムンディルファリ本人ではなく、その子供たちを罰することにしました。
二人は捕らえられ、天界に連れて行かれます。
太陽を引く馬車にはもともと御者がおらず、神々は美しいソールにこの役割を強制しました。
こうしてソールは太陽の運行を、マーニは月の運行と満ち欠けを司る存在となったのです。
親の傲慢さのために罪のない子供が罰を受けるというこのエピソードは、ギリシャ神話のアンドロメダとカシオペヤの物語を連想させます。
狼の追跡
ソールの太陽の旅は、決して平穏なものではありません。
彼女は常に狼に追われているのです。
『新エッダ』『ギュルヴィたぶらかし』第12章では、ガングレリ(変装したギュルヴィ王)が「なぜ太陽はそんなに速く動くのか」と尋ねます。
ハール(オーディンの変装)は答えます。「追いかけてくる者が近くにいるからだ。太陽には逃げる以外に道はない」と。
太陽を追う狼の名前については、一次資料間で矛盾があります。
『新エッダ』『ギュルヴィたぶらかし』第12章では、スコル(Sköll)が太陽を追い、ハティ・フローズヴィトニスソン(Hati Hróðvitnisson)が月を追うとされています。
しかし、より古い『古エッダ』『グリームニルの歌』第39節では、ハティが太陽を追い、スコルが月を追うという逆の記述になっています。
いずれにせよ、この狼は巨人族の血を引く存在で、いつかソールに追いつき、太陽ごと飲み込む運命にあります。
このため、ソールは一刻も休むことなく、急いで天空を駆け続けなければならないのです。
日食は、狼がソールに一時的に追いついた瞬間だと考えられていました。
ラグナロクでの運命と再生
狼に飲み込まれる最期
北欧神話の終末、ラグナロク(神々の黄昏)において、ソールはついに狼に追いつかれます。
『新エッダ』『ギュルヴィたぶらかし』第51章によれば、太陽は狼に飲み込まれ、世界は闇に包まれます。
なお、『古エッダ』『ヴァフズルーズニルの歌』第46-47節では、ソールを襲う存在として「フェンリル(Fenrir)」の名が挙げられています。
一部の伝承では、太陽を追う狼とフェンリルが同一視されることもあります。
これは単なる天体の消失ではなく、秩序の崩壊を象徴する出来事でした。
太陽を失った世界は、フィンブルヴェト(三年続く厳冬)に見舞われ、あらゆる生命が危機に瀕します。
娘による太陽の継承
しかし、ソールの物語はそこで終わりません。
『古エッダ』『ヴァフズルーズニルの歌』第47節、および『新エッダ』『ギュルヴィたぶらかし』第53章によれば、ソールはラグナロクの前に美しい娘を産んでいました。
新しい世界が生まれた後、この娘がソールに代わって太陽の軌道を巡るとされています。
娘は母に劣らず美しく、新しい世界を照らし続けます。
この再生の物語は、北欧神話の中心的なテーマである「滅びと再生の循環」を体現しています。
『古エッダ』における描写
『グリームニルの歌』での言及
『古エッダ』の『グリームニルの歌』第39節では、太陽が「天の花嫁(bright bride of the heavens)」と呼ばれています。
これは北欧神話に特徴的なケニング(詩的な言い換え表現)の一例です。
第38節では、前述の盾スヴァリンについて語られており、太陽の熱から大地を守る存在として重要視されています。
『ヴァフズルーズニルの歌』での予言
『ヴァフズルーズニルの歌』第47節では、オーディンが巨人ヴァフズルーズニルに「フェンリルが現在の太陽を襲った後、新しい太陽はどこから来るのか」と尋ねます。
巨人は答えます。「アールヴレズル(ソール)がフェンリルに襲われる前に、彼女は娘を産む。ラグナロクの後、娘が母の道を進むだろう」と。
この詩節は、ソールの神話における最も重要な予言の一つです。
文化的意義と信仰
農業社会における太陽崇拝
北欧の厳しい気候において、太陽は生命そのものを意味しました。
ソールの光と暖かさは農作物の成長に不可欠であり、人々の生活を直接支えていたのです。
考古学的証拠として、トルンホルムの太陽の馬車(Trundholm sun chariot)が挙げられます。
これは紀元前1400年頃のデンマークで作られた青銅器時代の遺物で、太陽の円盤を引く馬の像が描かれています。
この遺物は、北欧における太陽崇拝が非常に古い起源を持つことを示しています。
ルーン文字との関連
若いフサルク(北欧ルーン文字)において、s-ルーン「ᛋ」は「ソール(Sól)」と呼ばれます。
これは女神ソール、または太陽そのものを表しています。
アイスランドのルーン詩では、このルーンが太陽に関連付けられており、勝利、名誉、成功を象徴するとされています。
他の神話との比較
ギリシャ神話との対比
ギリシャ神話の太陽神ヘーリオス(Helios)は男性神であり、これはソールが女性神である点と対照的です。
ただし、どちらも馬車に乗って天空を駆けるという共通点があります。
ヘーリオスは炎の馬に引かれた馬車で太陽を運びますが、追われることはありません。
一方、ソールは常に狼に追われ続けるという北欧神話独自の緊張感を持っています。
インド神話との関連
インド神話の太陽神スーリヤ(Surya)は、言語学的にソール(Sól)と同語源とされています。
これは印欧語族に共通する太陽神の概念が存在した可能性を示しています。
スーリヤもまた馬車に乗って天空を駆ける神として描かれており、基本的なモチーフの共通性が見られます。
現代文化への影響
ゲームや映画での登場
北欧神話をテーマにした作品において、ソールはしばしば登場します。
『ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク』: ソールは直接登場しませんが、太陽が止まるという設定が物語の重要な要素となっています。
Marvel作品: マーベルの北欧神話関連作品では、ソールの名前は主に言及される程度ですが、北欧宇宙観の一部として重要です。
曜日名への影響
英語のSunday(日曜日)は、古英語のSunnandæg(太陽の日)に由来します。
これはゲルマン系言語における太陽神崇拝の痕跡と言えます。
同様に、ノルウェー語のsøndag、スウェーデン語のsöndagなど、北欧言語でも日曜日は太陽に関連する名前を持っています。
参考情報
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この記事で参照した情報源
一次資料(原典)
- 『新エッダ(スノッリのエッダ)』『ギュルヴィたぶらかし』第11-12章、第51章、第53章 – ソールの起源、太陽の御者となった経緯、ラグナロクでの運命を記述
- 『古エッダ』『グリームニルの歌』第38-39節 – 盾スヴァリン、「天の花嫁」としての太陽の描写
- 『古エッダ』『ヴァフズルーズニルの歌』第47節 – ソールの娘による太陽の継承の予言
参考になる外部サイト
- Wikipedia「Sól (Germanic mythology)」 – 基本情報の確認
- Wikipedia「ソール (北欧神話)」 – 日本語での基本情報
まとめ
- ソール(Sól)は北欧神話の太陽の女神であり、太陽の馬車の御者
- 美しさゆえに「太陽」と名付けられたことで神々の怒りを買い、太陽の運行を強制された
- 常に狼に追われながら天空を駆け、ラグナロクで飲み込まれる運命(追う狼の名前は資料により異なる)
- 娘が新しい太陽となり、世界の再生を象徴する
- 『エッダ』などの一次資料に記録され、北欧の太陽崇拝の伝統を今に伝える
北欧神話のソールは、ただの天体の擬人化ではありません。
彼女の物語は、美しさゆえの悲劇、逃れられない運命、そして絶望の中でも受け継がれる希望を描いています。
常に追われ続けながらも使命を果たし、最後には娘に太陽を継承する──そんなソールの姿は、北欧神話の「滅びと再生」というテーマを体現する存在として、今も私たちに語りかけています。


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