シームルグとは?ペルシャ神話の霊鳥をわかりやすく解説

神話・歴史・文化

象すら軽々と運べるほど巨大で、五彩七色に輝く羽を持ち、人の言葉を話す——。
そんな幻想的な鳥が、古代ペルシャで「鳥の王」として崇められていたことをご存知でしょうか?

その名はシームルグ
ペルシャ神話を代表する霊鳥であり、捨てられた赤ん坊を育て上げ、難産に苦しむ女性を救う方法を人間に教えたという、なんとも不思議な存在です。

この記事では、シームルグの姿や伝承、名前に隠された意味までわかりやすく解説していきます。


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シームルグとは

シームルグは、古代ペルシャ(現在のイラン)で伝えられてきた神話上の霊鳥です。
「鳥の王」あるいは「鳥の女王」と呼ばれ、深い知恵を持ち、人語を解することができるとされています。

その起源は非常に古く、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』では「サエーナ鳥(メレゴー・サエーノー)」として登場。
紀元前1000年頃から信仰されてきたと考えられています。

10世紀にペルシャの詩人フェルドウスィーが書いた大叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』で最も印象的な活躍を見せ、今でもイラン文化を代表するシンボルとして親しまれているんですね。


シームルグの姿

シームルグの外見は、一言で表すなら「いろんな動物の合体」です。

伝承によって細かい描写は異なりますが、代表的な特徴をまとめると:

  • 犬のような頭
  • 獅子の脚と爪
  • 鷲のような翼と体
  • 孔雀のように美しく長い尾羽
  • 五彩七色に輝く羽毛
  • 猛禽類のような嘴(くちばし)

ここで面白いのが、シームルグは「哺乳類の特徴も持っている」という点。
一部の伝承では乳を与えて子を育てるとされており、単なる鳥ではなく、鳥と獣が混ざり合った神秘的な存在として描かれています。

そして何より驚くのはその大きさ。
象やクジラを軽々と掴んで飛べるほど巨大だったといいます。


名前の意味——「30羽の鳥」の謎

「シームルグ」という名前には、実は二つの解釈があります。

一つ目は語源から。
中世ペルシア語の「セーンムルヴ」が変化したもので、アヴェスター語の「サエーナ・メレゴー(サエーナ鳥)」に由来するとされています。
これは単純に「鷲」や「猛禽類」を意味する言葉でした。

二つ目は言葉遊びから。
ペルシア語で「スィー・ムルグ(sī murğ)」と読むと、「30羽の鳥」という意味になるんです。

この「30羽の鳥」という解釈は、12世紀の詩人アッタールが書いた神秘主義の物語『鳥の言葉』で巧みに使われています。
この作品については後ほど詳しく紹介しますね。


シームルグの住処

では、シームルグはどこに住んでいたのでしょうか?

ゾロアスター教の神話によると、太古の世界には「ヴォウルカシャ」という宇宙の海があり、その中央に聖なる大木が立っていました。
シームルグは最初、この木——「サエーナの木」と呼ばれる世界樹——に巣を作っていたとされています。

シームルグがこの木の上で羽ばたくと、種子が世界中にまき散らされ、あらゆる植物が生えたのだとか。
つまりシームルグは、地上の植物の源を司る存在でもあったわけです。

しかしある時、悪魔たち(ダエーワ)によってこの聖なる木は打ち倒されてしまいます。
住処を失ったシームルグは、ペルシャ北部にそびえるアルブルズ山(エルブルズ山)の頂上に移り住んだと伝えられています。

アルブルズ山は、テヘラン北方に実在する山脈で、最高峰は5700mを超えるデマーヴァンド山。
人間には到達できない仙境として、シームルグの棲家にふさわしい場所とされてきました。


シームルグと白髪の子ザール

シームルグが最も有名になったのは、『シャー・ナーメ』に登場する「白髪の子ザール」のエピソードでしょう。

捨てられた赤ん坊

むかしむかし、ペルシャにサームという名高い英雄がいました。
待望の男の子が生まれたのですが、なんとその子は生まれながらにして真っ白な髪をしていたのです。

当時、白髪で生まれた子は「不吉の象徴」とされていました。
サームは悩み苦しんだ末、赤子をアルブルズ山に捨ててしまいます。

シームルグの子育て

山中で泣き叫ぶ赤ん坊の声を聞きつけたのが、シームルグでした。

最初は「雛のエサにしよう」と思って拾い上げたシームルグでしたが、血の涙を流して泣く幼子を見て心変わりします。
そっと自分の巣に連れ帰り、自分の雛たちと一緒に育てることにしたのです。

ザールと名付けられたこの子は、シームルグの血を飲み、柔らかい肉を与えられて成長。
言葉も知識も信仰も、すべてシームルグから教わりました。

父との再会

数年後、ザールを捨てた罪悪感に耐えられなくなった父サームは、家来を連れてアルブルズ山を訪れます。
シームルグは運命を悟り、ザールに「人間の世界に戻って名を挙げなさい」と諭して、山の麓まで送り届けました。

別れ際、シームルグはザールに自分の羽を三枚渡してこう言います。

「この羽を持っていれば、私の守護のもとにある。何か困ったことがあれば、羽を一枚燃やしなさい。私が必ず駆けつけよう」

こうしてザールは人間社会に戻り、やがてペルシャを代表する英雄の父となるのです。


シームルグが教えた出産の秘術

シームルグの羽が実際に役立つ日がやってきます。

成長したザールは、ルーダーベという美しい女性と結婚。
やがて子供を授かりますが、予定日を過ぎても赤ん坊は生まれてきません。
ルーダーベは苦しみ続け、命が危ぶまれる状態になりました。

途方に暮れたザールは、シームルグの羽を火にくべます。

すぐさま飛来したシームルグは、驚くべき方法を教えました。

「妊婦に薬草と酒を与えて眠らせ、腹を切り開いて赤子を取り出しなさい」

言われた通りにすると、ルーダーベは無事に元気な男の子を出産。
この子こそ、後にペルシャ最大の英雄となるロスタムです。

これは現代でいう「帝王切開」にあたる手術ですね。
もちろん『シャー・ナーメ』は神話であり、実際の医学史とは別の話です。
ただ、ペルシャの人々がこの物語を通じて、シームルグを医術や治癒の象徴として敬ってきたことは確かでしょう。


傷を癒すシームルグ

シームルグはその後も、ザール一族の守護者として登場します。

ロスタムが成人し、英雄として活躍するようになった後のこと。
イランの王子イスファンディヤールとの戦いで、ロスタムと愛馬ラクシュは毒矢を受けて瀕死の重傷を負います。

ザールが三度目の羽を燃やしてシームルグを呼ぶと、霊鳥は傷口から矢を抜き取り、薬草と自分の羽で傷口を撫でました。
すると、ロスタムも愛馬も完全に回復したといいます。

シームルグの羽には、治癒の力が宿っていると信じられていたのです。


「30羽の鳥」——スーフィー神秘主義の物語

シームルグは神話だけでなく、イスラム神秘主義(スーフィズム)でも重要な象徴として扱われています。

12世紀のペルシャ詩人、ファリードゥッディーン・アッタールが書いた長編詩『鳥の言葉(マンティク・ッ=タイル)』は、その代表作です。

あらすじ

世界中の鳥たちが集まり、「自分たちの王・シームルグを探しに行こう」と旅に出ます。
リーダーのヤツガシラに導かれ、険しい七つの谷を越えて、何千羽もの鳥が進んでいきます。

しかし旅は過酷を極め、ほとんどの鳥が脱落。
最後にシームルグの住む山頂にたどり着いたのは、わずか30羽だけでした。

そこで彼らが見たものは、湖に映った自分たち自身の姿。
その瞬間、30羽の鳥たちは悟ります。

「自分たち自身がシームルグだった」と。

隠された意味

ここで「30羽の鳥」を表すペルシア語「スィー・ムルグ(sī murğ)」が、「シームルグ」と同じ響きになる言葉遊びが効いてきます。

この物語が伝えようとしているのは、「神は外にいるのではなく、自分自身の中にいる」というスーフィーの教え。
シームルグを探す旅は、自己の内面を探求する精神的な旅路の象徴なのです。


善のシームルグと悪のシームルグ

『シャー・ナーメ』には、もう一羽のシームルグが登場します。

イランの王子イスファンディヤールが「七つの艱難」を乗り越える物語の中で、シームルグと戦う場面があるのです。

ここで登場するシームルグは、ザールを育てた善良なシームルグとは別の個体とされています。
こちらは邪悪な存在で、イスファンディヤールによって首を切り落とされ、倒されてしまいます。

つまり、『シャー・ナーメ』の世界には複数のシームルグが存在し、善と悪の両面を持つ種族として描かれているわけですね。


フェニックスとの類似点

シームルグの伝承で興味深いのが、エジプトの不死鳥フェニックスとの共通点です。

シームルグの寿命は1700年といわれています。
300歳になると卵を産み、その卵が250年かけて孵化。
雛が成長すると、親鳥は自ら火の中に飛び込んで死ぬとされています。

この「火に飛び込んで死ぬ」という伝承は、炎の中で焼け死に、灰から蘇るフェニックスの伝説とよく似ていますよね。

また、アラビア神話にもシームルグと性質が似た霊鳥「アンカ」がおり、これが西洋に伝わって「ロック鳥」になったともいわれています。
さらに東を見れば、中国の鳳凰やインドのガルーダとも類似点が指摘されています。

洋の東西を問わず、人々は「巨大で神秘的な鳥」に神聖なイメージを重ねてきたのかもしれません。


シームルグの文化的影響

シームルグは神話の中だけの存在ではありません。
ペルシャ文化に深く根付き、今でもその影響が見られます。

王侯貴族の象徴

サーサーン朝ペルシア(3〜7世紀)以降、シームルグは吉祥の象徴として王侯貴族の衣服や王冠の装飾に使われました。
銀の皿や腕輪などの工芸品にもその姿が彫り込まれ、権威と繁栄のシンボルとされてきたのです。

イランの医療シンボル

西洋では蛇が巻きついた杖が医療のシンボルですが、イランには蛇を医療と結びつける伝統がありません。
その代わり、帝王切開を教え、傷を癒す力を持つシームルグこそ、イラン医療のシンボルにふさわしいという意見もあります。

スラヴ神話への影響

シームルグはスラヴ世界にも伝わり、「セマルグル」という霊獣に変化しました。
キエフ大公ウラジーミル1世が建てた6体の神像の一つがセマルグルだったとされています。


まとめ

シームルグについて紹介してきました。最後にポイントを整理しておきましょう。

  • シームルグはペルシャ神話に登場する霊鳥で、「鳥の王」と呼ばれる
  • 犬の頭、獅子の脚、孔雀の尾を持ち、象を運べるほど巨大
  • ゾロアスター教では「サエーナ鳥」として、植物の種を司る存在だった
  • 『シャー・ナーメ』では白髪の子ザールを育て、難産を救う方法を教えた
  • 「30羽の鳥」の意味を持ち、スーフィー神秘主義で神の象徴となった
  • フェニックスと同じく、火に身を投じて死ぬ伝承がある

ペルシャの人々にとってシームルグは、単なる伝説上の怪物ではありませんでした。
知恵と慈愛を持ち、困った者を助ける守護者であり、自己の内なる神性を象徴する存在だったのです。

もし機会があれば、ペルシャ美術の中に描かれたシームルグの姿を探してみてください。
何千年もの時を超えて、今もなおイランの人々の心に生き続ける霊鳥の姿が見えてくるはずです。

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