中国の神話や古典作品には、海や天候を支配する強大な存在として「龍王」が登場します。
なかでも特に有名なのが、東西南北それぞれの海を治める「四海龍王(しかいりゅうおう)」と呼ばれる四柱の龍王です。
『西遊記』や『封神演義』といった有名な物語にも登場し、孫悟空や哪吒といった英雄たちとの戦いで知られていますね。
この記事では、四海龍王の起源や役割、それぞれの龍王の名前と特徴、そして古典作品での活躍について詳しくご紹介します。
概要

四海龍王とは、中国神話において東海・南海・西海・北海の四つの海をそれぞれ統治する四柱の龍王のことです。
古代中国の人々は、大陸が四方を海に囲まれていると考えていました。そして、それぞれの海には強大な力を持った龍が君臨していると信じられてきたのです。
四海龍王は単なる海の支配者ではありません。雲を呼び、雨を降らせる力も持っているとされています。農業が盛んだった中国において、雨をもたらす龍王は人々の暮らしに欠かせない存在でした。
ただし、龍王たちは自由に天候を操れるわけではなく、天界の最高神である玉帝(ぎょくてい)の命令に従っています。龍王たちは玉帝の臣下として、決められたルールの中で役目を果たしていたのですね。
四海龍王の歴史と起源
四海龍王という概念は、中国古来の龍信仰と、仏教の蛇神「ナーガ」の伝承が融合して生まれました。
もともと中国では、龍は水や雲、雨と深く結びついた存在として信仰されていました。そこに、インドから仏教が伝わると、蛇の王であるナーガラージャが「龍王」と翻訳され、中国の龍信仰と習合していったのです。
歴史的な記録としては、唐の玄宗皇帝が751年に四海の神に王号を授けたことが知られています。
このとき授けられた称号は以下の通りです。
- 東海:広徳王(こうとくおう)
- 南海:広利王(こうりおう)
- 西海:広潤王(こうじゅんおう)
- 北海:広沢王(こうたくおう)
このように、海の神々に正式な王号が与えられたことで、四海龍王という概念がより明確に確立されていきました。
四龍王の名前と担当海域
四海龍王はそれぞれ固有の名前を持っています。ただし、登場する作品によって名前が異なることがあるんです。
特に有名なのは『西遊記』と『封神演義』に登場する四龍王ですね。どちらの作品でも、龍王たちは「敖(ごう)」という共通の姓を名乗っています。
『西遊記』での名前
- 東海龍王:敖広(ごうこう) — 四龍王の中で最も大きな領土を持つとされる
- 南海龍王:敖欽(ごうきん)
- 西海龍王:敖閏(ごうじゅん)
- 北海龍王:敖順(ごうじゅん)
『封神演義』での名前
- 東海龍王:敖光(ごうこう)
- 南海龍王:敖明(ごうめい)
- 西海龍王:敖順(ごうじゅん)
- 北海龍王:敖吉(ごうきつ)
このように、作品によって名前に違いがあります。ただ、東海龍王が四龍王の筆頭格であるという点は共通しているようですね。
龍宮と龍王たちの姿
四海龍王はそれぞれ海の底に「龍宮(りゅうぐう)」または「水晶宮」と呼ばれる壮麗な宮殿を持っています。
龍宮にはエビやカニ、カメ、魚などの水中生物たちが仕え、夜叉(やしゃ)と呼ばれる精霊も従者として働いています。まさに海の王国といえるでしょう。
龍王たちの姿についても触れておきましょう。彼らの真の姿は巨大な龍ですが、普段は人間に近い姿で過ごしていることが多いとされています。
中国の伝承における龍王の特徴をまとめると、こうなります。
- 人間のような体に龍の頭を持つ姿で描かれることが多い
- 皇帝のような華やかな衣装を身にまとう
- 怒ると真の龍の姿を現し、暴風雨や洪水を引き起こす
- 宝物を多数所有している
古典作品での活躍
四海龍王は、中国の代表的な古典小説に重要な役割で登場します。特に『西遊記』と『封神演義』での描写が有名ですね。
『西遊記』での龍王たち
『西遊記』では、四海龍王は孫悟空に翻弄される役回りとして描かれています。
物語の序盤、孫悟空は東海龍王・敖広の龍宮に乗り込み、海の底で「重り」として使われていた如意金箍棒(にょいきんこぼう)を奪い取ってしまいます。この金箍棒は後に孫悟空のトレードマークとなる武器ですね。
悟空の横暴に困り果てた四海龍王は、天界の玉帝に訴え出ることになります。
また、西海龍王・敖閏の三男である玉龍(ぎょくりゅう)は、罪を犯して処刑されそうになったところを観世音菩薩に救われ、後に三蔵法師の乗る白馬へと姿を変えます。これも『西遊記』の有名なエピソードの一つでしょう。
『封神演義』での龍王たち
『封神演義』では、四海龍王は少年英雄哪吒(なた)との壮絶な戦いで知られています。
哪吒が強力な宝具を身につけたまま海で水浴びをしたところ、その力で東海龍王の龍宮が揺れ動き、崩壊寸前になってしまいました。
調査に来た龍宮の部下を哪吒が殺害し、さらに東海龍王・敖光の息子である敖丙(ごうへい)までも倒してしまいます。哪吒は敖丙の背中の筋を剥ぎ取り、それを敖光に突き返すという大胆不敵な行動に出ました。
激怒した敖光は玉帝に訴えようとしますが、哪吒に待ち伏せされてねじ伏せられてしまいます。最終的に四海龍王全員が玉帝に訴え、哪吒は自ら命を絶つことで責任を取ることになりました。
このように『封神演義』の龍王たちは、強大な存在でありながらも若き英雄に翻弄される姿が描かれており、どこか情けない印象を与えますね。
まとめ
四海龍王は、中国神話において四方の海を統治する四柱の龍王です。
この記事の重要なポイント
- 東海・南海・西海・北海をそれぞれ治める四柱の龍王が存在する
- 唐の玄宗皇帝が751年に四海の神に王号を授けた歴史がある
- 龍王の名前は作品によって異なるが、「敖」という姓は共通している
- 海の底の龍宮に住み、雲と雨を操る力を持つ
- 玉帝の臣下として天界の命令に従う存在である
- 『西遊記』では孫悟空に、『封神演義』では哪吒に翻弄される
四海龍王は、古代中国の人々が自然の猛威と恵みをどのように捉えていたかを象徴する存在です。海を治め、雨をもたらす龍王たちへの信仰は、農業社会であった当時の人々にとって、とても身近で切実なものだったのでしょう。
古典作品では英雄たちに翻弄される姿も描かれますが、それは物語を盛り上げるための演出。実際の信仰においては、四海龍王は今なお人々に敬われ、祀られ続けている偉大な存在なのです。

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